概要
超教育協会は2024年2月14日、千葉大学教育学部長・教授の藤川 大祐氏を招いて「生成AI時代に教育はどのように変化するか~授業実践を踏まえて考える」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では藤川氏が、文章生成AIの仕組みや特徴を踏まえて、生成AIで学習が変わる3つのポイントについて解説した。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
>> 後半のレポートはこちら
>> シンポジウム動画も公開中!Youtube動画
>> 藤川氏講演資料公開「生成AI時代に教育はどのように変化するか~授業実践を踏まえて考える」(pdf 1.15MB)
「生成AI時代に教育はどのように変化するか~授業実践を踏まえて考える」
■日時:2024年2月14日(水)12時~12時55分
■講演:藤川 大祐氏
千葉大学教育学部長・教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
藤川氏は約30分の講演において、まず文章生成AIが回答を出す仕組みについて触れ、生成AIで学習が変わる3つのポイントを説明した。
さまざまな文書生成AIが登場 違いを理解して授業に取り入れることが大切
【藤川氏】
これまでの主なAIは「何かを識別する」識別系AIでしたが、生成AIは、「何かを生み出す」機能で注目されています。
▲ スライド1・これまでAIは「識別系」で、
今注目されているのは「生成系」のAI
文章を生成するAIであるChatGPTでは、名前のG(Generative)が示す「生成的な」意味合いだけではなく、PやTがChatGPTを使うときの鍵になるのではないかと思っています。
Pは、Pre-trained、「あらかじめ訓練された」という意味です。これまでも文章を生成するAIはありましたが、差別的な表現や間違った表現を生成することがかなり多かったため、実用化されなかった歴史があります。ChatGPTの成功は、ある程度常識的で倫理的な表現がされるようにあらかじめ訓練されたからだと考えられます。
Tは、もともとの大規模言語モデルの中心になっているTransformerという仕組みで、意味は「形を変えるもの、変換するもの」です。自然言語で入力されたものが内部で数値に変換され、処理され、処理の結果に従って再び自然言語で出力されるという変換の仕組みにより、人間から見て自然な形の多言語対応ができているのが特徴です。
▲ スライド2・GPTは
「あらかじめ訓練されている」ことと、
「変換の仕組み」がポイント
さまざまな文章生成AIサービスがありますが、学校で使う場合には、意識して使い分ける必要があります。利用にあたって年齢制限はありますが、まず無料プランがベースになると思います。GPT系のサービスにはChatGPTの他にBingやPerplexityなどあります。Perplexityは、情報の出典元をしっかり含めて検索結果を示すBingに近い機能を備えていますが、とくに論文検索には便利に使えます。
ChatGPTの有料プランではいろいろな機能が実装されており、「GPTs」は、自分でアレンジバージョンを作って公開でき、有料プラン利用者なら誰でも使えます。スマートフォンのアプリストアにいろいろなアプリがあるように、GPTsがどんどん出てきている点も面白いと思います。ただ、お金がかかることもあり、学校ではなかなか使いにくいと思います。
他のサービスで注目すべきは、GoogleのGemini(旧Bard)です。GPTとは全く違う言語モデル使ったものです。
さまざまな生成AIが登場している中、クリティカルシンキングとメディアリテラシーの重要性がますます高まっています。生成AIで出力された情報で満足せず、複数の情報源を比較検討することが重要であり、複数の生成AIのシステムを比べながら使うことが大切になってきています。その意味でも、GeminiはGPTの比較対象としても意味があると思います。ただし年齢制限があるので、子供には使いにくいということがあります。
▲ スライド3・主な文章生成AIサービスについて、
機能、違いの比較
現状の文章生成AIは、インターネットで調べられるようなことを総括して平均値のような回答を出してくれます。そして、基本的には常識的で倫理的であり、暴言暴論のような回答は出てきません。ただ、例えばある種の職業について、暗黙のうちに男性中心の職業、女性中心の職業のような社会通念が反映された回答になる可能性はあります。しかし人間が書く文章と比べると、かなり倫理的な文章が出てくるように思います。また、根掘り葉掘りしつこく質問しても嫌がらないことも、人間と違う良いところです。
ただし、以前よりはかなり少なくなっているように思いますが、間違い(ハルシネーション)はあり得ます。多くのサービスで回答内容の根拠を示すようになっていますので、その根拠を確認すれば間違いかどうかはわかりますが、間違いがあることは認識しておかなければなりません。
現状の生成AIは、「物知りで親切で常識がある。しかし少々知ったかぶりをして間違うこともある」、「いくら質問しても嫌がらない、しかもものすごいスピードで回答してくれる話し相手」、ということになります。
▲ スライド4・現状の文章生成AIの
特徴をまとめた解説
生成AI活用事例は35件 実際の学校における「生成AIでできること」
ChatGPTの無料版を想定して、生成AIでできることをまとめました。文章の作成、アイデア出し、学級通信の名前やイベントの名前などネーミングなどです。ネーミングでは「こういう条件で名前を付けてください、10通り出してください」と指示すればすぐに出てきます。人間が10通りのアイデアを瞬時に出すことはほぼ不可能ですから、このようなアイデア出しにはもっと活用してもよいのかなと思います。
それから、学校として「素朴な疑問に答えること」は大事だと思っています。私が数学の教員をしていたとき、中学生に「なぜこんな面倒くさい方程式を学ばなきゃいけないの」と質問をされて困ったことがありました。子供たちに問われる素朴な疑問に対する回答は、答える側が深く考えていないことで、かなり偏った内容になりがちです。
他方、ChatGPTは非常にバランスの取れた回答をしてくれます。それを踏まえながら「自分はこう思う」という回答を伝えれば、説得力が増すと思います。
それから、学校としては日本語ができない保護者の家庭に向けてスペイン語、中国語、いろんな言語に翻訳してお知らせを作らなければならないこともありますが、その点についても生成AIで多言語対応できてしまいます。生成AIは文脈を意識して翻訳してくれるので、翻訳サイトのような支離滅裂な訳になることは、ほとんどありません。
書類の作成、フローチャート的な手順の記述、子供一人ひとりに家庭教師的に励ましながら指導することについては、漫画家の「うめさん」のプロンプトが有名です。生成AIは、このようなさまざまな使い方ができます。
▲ スライド5・ChatGPT(無料版)で
できるいろいろなことを、
学校でも活用できる
どのように使われているか、実際の学校での生成AI活用事例を調査しました。本、新聞記事、ネット記事を検索し、昨年10月時点で35件見つけることができました。
活用例は、授業と校務の2種類に分けられます。授業については先生が生成AIを操作する例と、主に子供が操作する例の2つに分けられます。小学校では年齢制限の問題もあって主に先生が操作し、スクリーンで子供たちに見てもらい、道徳や国語で、何か議論をしているときに「じゃあChatGPTはどう言うだろうか」と意見を聞くパターンがかなり多いです。それから、「生成AIに何か作ってもらう」ということで、オリジナルの物語や、学級のキャラクターを作ってもらうといった例が報告されています。
中学・高校では1人1台端末環境で、生徒たちが生成AIを操作する実践の報告もあります。多くが個人の学習をサポートするというもので、質問したり対話したりして考えを深める、英作文を手伝ってもらうといったことが多く見られました。生成AIを学ぶ授業で、各自が生成AIを操作してみるというタイプの報告も5件ほどありました。
児童生徒が操作する例はほぼすべて中学高校でしたが、1件だけ千葉県の小学校の事例がありました。生成AIを学ぶ授業で、NPO「みんなのコード」が作った、ChatGPTを子供が使っても良いようにアレンジしたソフトウェアを、子供たちが1人1台端末環境で使うという実践でした。
このように、小学校では先生が操作して見せる、中学高校では1人1台端末で操作する実践が多く報告されています。最近は違う使い方もされていると思いますが、基本はこの形で、まだそれほど驚くような使い方は出てきていないように思います。
▲ スライド6・生成AIを学校の
授業で活用した例の報告は
2023年10月までで35件あった
次に校務での活用例です。文部科学省のガイドラインでも例は示されていますが、生成AIを使って本格的に校務をこなしている学校は、それほどないようです。報告されているものもそう多くなく、「ちょっとやってみた」レベルのものが大半です。
大きく4つに分かれていますが、1つめは計画や資料を作る、2つめは問題課題を作ったり評価したりする。3つめは教材を作る。新しい遊びを作るというのも面白いと思いました。
4つめは仕事の相談相手にするというものです。私もこの使い方には可能性があると思っています。学校の先生の気が重いことの一つに、保護者対応があると思います。私は昨年度まで千葉大学教育学部の附属中学校の校長を5年間やってきましたのでよく分かります。校長の下に来る頃にはかなりこじれた状態で、私自身が保護者対応をしなければならないことがそれなりにありました。当時は生成AIがありませんので、本や新聞記事やネット記事などいろいろ参考にしながら、どんな姿勢で臨むことが大事なのかと、かなり準備をして対応しました。準備をすれば意外ともめないで済むことが多いのですが、準備は大変であったと記憶しています。
試しにChatGPTなどに、同じような状況でどうするか聞いてみした。個人情報等を入れずに一般論として、「こういう問題について、こんな状態の保護者が来ます。自分はこんな立場でこんなことを知っています。どのように対応するとよいでしょうか」といったように聞きます。すると非常に親切にバランスの取れた的確なアドバイスを得られました。生成AIに頼り、やりづらい仕事をしやすくすることも、よい活用方法の一つなのではないかと思います。
▲ スライド7・数は多くないものの
校務への活用事例も報告されている
学校での生成AI活用の進め方は、基本的に、校務や教材研究に先生が使ってみることが最初だと思います。2つめには授業の中で、先生中心で使ってみる。3つめは個々の生徒ですが、これには基本的に13歳以上で、保護者の許可も必要です。
ChatGPTはアカウントを取得する際に電話番号の認証が必要です。千葉大学教育学部付属中学校では保護者全員に呼び掛けてChatGPTのアカウントを作ってもらうようにしていますが、保護者の協力なしにはできないこのようなことを丁寧に行わないと、授業で使うこともできません。
さらに小学生に使わせるにはハードルが高く、今のところは簡単にはできません。ただ、一定の条件下で安全であれば使ってよいことになっていくのではないかと、期待はしています。
▲ スライド8・生成AI活用の進め方への提言
また、個々の生徒が使う場合、AIについての基本的な理解するための「AI入門」のような授業も必要だと思います。生成AIには様々な課題があることが指摘されていて、特に教育上不適切な利用もあり得ますので、注意しなければなりません。それは文部科学省のガイドラインでも示されています。
知能・創造性の拡張、イノベーションの視点で生成AIと人間との協働を考える
ここから先はみなさんとぜひ議論したい内容です。AIが多用されるようになり、社会は変わりつつあります。これからのAIと人間との協働について、いろいろと検討していかなければなりません。議論すると「学校ではどうするか」という話になっていくようにも思います。
AIやコンピュータと人間の協働の象徴的な出来事をいくつかご紹介します。
まずは藤井 聡太さんの将棋です。彼はAIと練習したりAIの手を学んだりすることで、これまでにない戦略を立てて戦えるようになっています。AIによって常識とは違う世界が展開し、それに合わせて自分を鍛え強くなっていった例です。
そしてYOASOBIという音楽ユニットは、「VOCALOID(ボーカロイド)」という歌声合成ソフトウェアを使い、人間が歌えるかどうかを無視してコンピュータならではの音楽をたくさん作ってきた人が始めました。AIとは少し違いますが、コンピュータが作り出した世界に合わせて人間のボーカリストが唄うことで新しい音楽が生まれ、大ヒットしています。
また、野球の大谷 翔平選手は、従来と違うピッチングやバッティングをするために、コンピュータで自らのデータ取得・分析し、どんなパフォーマンスが出るかを計算して自分のフォームを変えているそうです。非常に大きく曲がるスイーパーという変化球なども、コンピュータとのやりとりの中で生まれたものだったそうです。それで肘を痛めてしまいましたので課題もありますが、大谷選手は、自身の努力や素質もものすごくありながら、さらにコンピュータとやり取りして新たな力を生み出し、大活躍しています。
3つの例に共通するのは、コンピュータによってこれまでの常識にとらわれない新たな姿がデザインされ、それに合わせて自分の可能性を開いていく営みであることです。これからの教育を考える上でも、このようなことをヒントにしながら、人間と生成AIとの関係について検討していかなければならないと思います。
AIと人間との協働に関して、いくつかの概念が示されています。その一つが「拡張知能」で、コンピュータを使うことによって人間の知能を拡張するという意味合いの関係性です。それから、「AIエンハンスト・クリエイティビティ」というAIを使って人間の創造性を拡張していくという関係性です。そして「ハイブリッド・インテリジェンス」という人間とAIが連携してイノベーションを作るという関係性が考えられます。このような関係性をさまざまに議論して、生成AIと人間との協働について考える必要があると思います。これが私の目下の最大の問題意識です。
▲ スライド9・生成AIと人間との
協働の可能性の概念について考える
生成AIで学習がどう変わるのか3つのポイントで考える
生成AIを使うと学習がどう変わるのかについて、まだ答えは出ていませんが、現在はポイントが3つあると思います。
1つめは、AIに学び方をデザインしてもらうことです。「生成AIに答えを聞く」使い方ももちろんありますが、それだけではあまり学習として進みません。そうではなく、「自分はこんなことを学びたいけれど苦手です。どうやったら学べますか」と聞いて、学び方をデザインしてもらい、それに沿って学ぶというやり方です。個別のステップについても「具体的にどうやればよいですか」と聞いていき、メタ認知的に学ぶ使い方です。
2つめは、AARサイクルを超スピードで回すことです。AARサイクルとは、「Anticipation 予測、Action 行動、Reflection 振り返り」の頭文字です。PDCAサイクルにも似ていますが、PDCAはプランをきっちり作って次に進むのに対し、AARサイクルはちょっとひらめいて予測したらすぐ次に進む、こまめに軽やかに回すサイクルです。
生成AIとAARサイクルは、非常に相性がよいと思います。生成AIとの対話は、短時間で非常に濃密にできます。何か思いついたらとにかくすぐ聞いてみて意見をもらう、その対話自体がAARサイクル的です。意見を元に考えた上で実際に行動し、振り返ってまた生成AIと対話することもできます。生成AIによって、次の一歩を非常に軽やかに踏み出せる状況が生まれています。これからポイントになっていくことだと思います。
3つめはプロンプトの書き方です。質問スキルは鍵になります。つまりどんな難しい問題でも、とりあえず生成AIに質問することさえできれば、解決の糸口が掴みやすくなるのです。今まで人類が誰も考えたことがないような問題について質問しても何も返ってこない可能性はありますが、自分が初めて学ぶことでも、ほぼ必ず誰かが先に知っていて、世界の誰かが考えてネットに書いていますから、うまく質問さえできれば、それが生成AIに拾われて、回答になって何かヒントをもらうことができ、学びが始まるはずです。
▲ スライド10・生成AIを学習に
うまく活用するための提案
問いには必ず前提があり、前提がずれると思ったような答えは返ってきません。ChatGPTのプロンプトにひたすら条件を書けばよいと言われますが、自分が思っていることの前提を明示的に、ひたすらChatGPTに伝えると、よい回答をくれるようになります。私はディベート教育などもやっているのですが、人間同士の会話もこれをするとすれ違わなくなります。書き足りないことがあると、ChatGPTは変な答えをします。だから「こういう前提もありました」とどんどん追加していく。このやり方に慣れるとよいと思います。それから「どうしてAなの?」という質問をしたいとき、「自分はBかもしれないと思うのだけれど」という思いの前提もあれば、「どうしてBではなくAなのですか」と聞くと、望んだ答えが得られやすくなります。
チャット、「対話」ですから、答えを一回聞いて満足する必要はありません。掘り下げる質問をすることも重要ですが、「掘り下げる」とは基本的に、理由や具体例を聞くことです。そう割り切ると、会話を深めることが可能になります。なんだかモヤモヤするときは、とりあえず「どうして」と聞いてみる、具体例を挙げてみる。これはもちろん人間同士の対話でも有効なスキルです。このようなことを質問術として学んでいくことが、学習のポイントになっていくと思います。
▲ スライド11・生成AIのプロンプトの
書き方が重要なため、
質問するスキルを学んでいくことが必要になる
>> 後半へ続く