概要
超教育協会は2023年12月27日、文部科学省 初等中等教育局 学校デジタル化PTリーダー/修学支援・教材課長/デジタル庁参事官(併)学びの先端技術活用推進室長、GIGA StuDX推進チームディレクターの武藤 久慶氏を招いて、「文部科学省が解説~生成AI利用に関するガイドラインと現場実践について」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、武藤氏が生成AI利用に関するガイドラインの内容と生成AIを教育現場で利用している学校の事例について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「文部科学省が解説~生成AI利用に関するガイドラインと現場実践について」
■日時:2023年12月27日(水) 12時~12時55分
■講演:武藤 久慶氏
文部科学省 初等中等教育局 学校デジタル化PTリーダー/修学支援・教材課長/デジタル庁参事官
(併)学びの先端技術活用推進室長、GIGA StuDX推進チームディレクター
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
武藤氏は、約30分の講演において、生成AIの教育現場における利用のガイドラインと、生成AIを利用している学校の事例について話した。主な講演内容は以下のとおり。
文部科学省では2022年7月に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を公表しました。ガイドラインでは生成AIの概要から教育利用の方向性、個人情報やプライバシー、セキュリティ、著作権などについても解説しています。
▲ スライド1・生成系AIの活用についての
ガイドラインの目次
ガイドラインを作るのは正直、大変な作業でした。教育学者やAI専門家、地方の教育行政に携わっている人など多数の方々に参加していただきましたが、全面的に学校で禁止すべきという意見も自由に使わせるべきだという意見もありました。意見の振り幅が非常に大きい中で、さまざまな人の意見を取り入れて作ったので、「これでよい」という声も「しょうがない」という意見もありました。そのような背景のある内容だとご理解ください。
ガイドラインの位置づけは、あくまでも「参考資料」です。
「一律に禁止する」、「こうしなくてはいけない」というのではなく、国としての一定の考え方をまずは示そうということです。
生成AIの概要の部分では、とくに文章の生成AIを使った場合には、誤りも含むなど懸念が色々あり、最後は自分で判断しなくてはいけないということを示しています。これは当たり前のようですが、子どもたちの年齢では難しいことだと考えています。こうした内容を考える際に私たちも悩みました。その時に拠り所にしたのが学習指導要領です。学習指導要領には「情報活用能力」という、学習の基盤になる資質能力が書かれています。そして、情報技術を学びの場、日常生活で活用できるようにするというのが大切ということを示しています。さらに、情報活用能力について、情報技術を適切に使いながら問題を発見したり解決したり、自分の考えを形作っていく、そのための大事な能力としています。その上で学習の基盤としていることからもわかるように、ひとつひとつの教科よりも一段上のレベルで規定しています。そこを私たちは拠り所としました。
そのことを踏まえると、現に多くの社会人も活用している生成AIという新しい技術が、一体どういう仕組みで動いているかを知り、それをどのように学びに活かしていくかという視点が重要になります。近い将来これを使いこなし、学びを豊かにしていったり生活を豊かにしていったりする、そのための力を意識的に育てていくという基本スタンスが大事ではないかという視点で議論を重ねました。
実際に教育に使う時は利用規約の順守だけではなく、事前に生成AIの性質とかメリットデメリットを理解することが求められます。生成AIには自我があるわけではない、人格があるわけではないということを理解し、生成AIに全部委ねるのではなく、自分の判断と考えが大切になることを十分に子どもたちに教育することが重要になります。その上で個別の学習活動で使うか使わないか、使うべきか使わざるべきかという適宜の判断においては、私たちが大事にしている資質や能力の育成を阻害しないか、その目的を達成するうえで効果的か否かということで判断すべきであろうという考え方を示しました。
そして、それらの判断を適切に行うためには、先生にも一定のリテラシーが必要と考えます。その時に忘れてはならないことは、手軽に色々な回答が得られるデジタル時代だからこそ、根本に立ち戻って学ぶことの意義です。人間中心の発想で生成AIを使いこなしていくためにも、それぞれの教科で学ぶ知識や文章を読み解く力、批判的な考察をする力、問題意識を常に持って問いを立て続けることなどが大事になってきます。そういう教育をもっと豊かにしていくためには、リアルな体験も大事であって、デジタルとリアルのバランスとか調和にも留意していく必要があるのではないかということも書きました。
ガイドラインで示された生成AIの適切な使い方、不適切な使い方とは
ガイドラインの中で示されている一定の結論は、活用が有効な場面というのがどんなものなのかということを検証しながら、限定的にパイロット的に活用してきましょうということです。そうした実践を通じて成果や課題を検証して次の議論につなげていくことが大切です。
一方で、学校外で子どもたちが使う可能性も非常に高いことから、全ての学校で情報の真偽を確かめることの習慣づけも含めて、もともと私たちが大事にしてきた情報活用能力を一層育んでいく必要があるのではないか、AI時代に必要な資質能力の向上を図っていく必要があるのではないかと考えました。さらに、そうしたことをする上でも先生方のリテラシーが大事だから、まずは働き方改革を推進する意味を込めて、校務での活用を推進しましょう。
まとめると、1つめのレイヤーではパイロットでやりましょう、2つめのレイヤーでは全部の学校で情報活用能力の育成をもっと強化しましょう、3つめのレイヤーでは、教員研修や校務でどんどん使っていただいて、先生方のAIリテラシー向上や働き方改革につなげる必要があると書きました。先生方のAIリテラシーが高まってくると、それはおそらく1つめのレイヤーや2つめのレイヤーがもっと充実することにもつながっていくでしょう。
そのうえで適切な例と不適切な例を示しています。不適切な例としては、生成AI自体のメリットとデメリットをしっかり学ばないうちに自由に使わせる、作文コンクールなどに生成AIが作成した文章をそのまま自分の成果物として出すといった使い方です。あるいは子どもの感性とか独創性を発揮させたい場面や最初の感想を求める場面で最初から使ってしまうのも不適切です。その他にも先生方が正確な知識に基づいてコメントしたり、評価する場面で安易に生成AIに評価やコメント求めてしまう、定期考査や小テストで使える状況にあるのも不適切です。
▲ スライド5・生成AIの
教育利用において適切ではない事例
適切な活用例としては、例えば情報モラル教育の一環として生成AIが生成する誤りを含む回答を教材として使い、その性質や限界を生徒に気づかせるということが挙げられます。これはだいぶ進んできていて、先生方は色々工夫されています。この例で、よく耳にするのが、子どもたちがよく知っているものを、あえて生成AIで調べさせるというやり方です。例えばポケモンなどは子どもがよく知っていて、生成AIの回答の誤りに気づけます。
それから、生成AIをめぐる社会的論議について子どもたち自身が主体的に考えて議論するときの素材として使うなど、グループの考えをまとめたりアイデアを出したりする途中で足りない視点を見つめて議論を深めることに使うなどです。自分がまず文章を作って、それを生成AIに修正させたものを叩き台にして何度も推敲すると、よりよい文章を作ることができます。これも適切な活用法です。あとはまだちょっと進んでいないのですが、高度なプログラミングを、生成AIを活用して行うといったことも考えられます。
▲ スライド6・生成AIの
教育利用において適切と考えられる事例
そのなかで、特に夏休みなど長期休暇中の使い方についての考え方も示しました。
AIの利用を想定していないようなコンクールなどに、生成AIが作ったレポートをそのまま出すのはよくありません。そのうえで使う方向性についても書いてあり、課題研究などの過程で自分が作ったレポートの素案に足りない観点を補充するために生成AIを使うことや、生成AIとのやり取りのプロンプトの過程を参考資料として添付させるなど、引用文献、参考文献を明示させるといったことも書きました。校務での使い方では、全国の学校で働き方改革の一環として使いましょうという視点でまとめています。
私たち行政官や企業で働いている人たちはピラミッド型の組織で働いています。何か成果物を作るときには、叩き台を作る人、それをベースにブラッシュアップする人などがいて、最終的に所属長が確認し判断します。ところが、学校の先生は、ほとんどが「一人仕事」です。叩き台を作ってくれる人は、ほぼいないでしょう。その意味で、この生成AIは先生方にとって極めて有効なツールになり得ると考えています。
生成AIの活用を進めたいという立場からすると、もっと早く取り入れるべきというお考えもあるでしょう。しかし、学校は約3万5,000校あり、先生たちも100万人いて、そこに生身の子どもたちが通っています。しかも、学校は多岐に渡る業務で疲弊しているところもあります。まずは、働き方改革の視点で生成AIを使って、先生方自身がこの新しい技術に慣れ親しみ、ノウハウを積み重ねていくことが生成AIの教育利用を進めていく観点で大事なファーストステップではないかと思っています。
文科省指定の生成AIパイロットスクールではどう生成AIの教育活用が実践されているのか
文部科学省では37自治体の52校を生成AIのパイロットスクールとして指定しています。どのような取り組みをしているのかを紹介します。まずは使い方を学ぶというファーストステップのところですが、例えば千葉の小学校では外部講師も活用しながら、生成AIのできることとできないこととやってはいけないことを学ぶ授業を展開しいぇいます。
また茨城県の高校では、デマに騙されないためのファクトチェックを指導しています。「悪い例」のわかりやすい事例がたくさんインターネット上やSNS上には流れてくるので、具体な事例を使いながらファクトチェックをどうやってやったらよいか指導をしています。
先ほど紹介した千葉県印西市の小学校では、対話型AIを使ってみて、実際に対話型AIとの関わり方について気が付いたこととか疑問に思ったことを子どもたち自身が整理したり、2つのAIの会話の例を比較して、どう活用したら良いのかを話し合うとか、ディベートの相手としても活用しています。
東京の九段中等教育学校では、実際に高校生が使用した後に三カ条を生徒自身で議論して、考えていくといった授業を実践しています。
函館の学校では、AIの良い点と悪い点を意見交換しています。子どもたちが共有できる表計算ソフトを使って意見を書き込み、相互参照しながら学びを深めています。
加賀市の中学校では、何度も何度もプロンプトを打って重ねて指示をして、完成イメージに近づけることをやっています。
各教科での活用では国語科で意見文を作ってみようということで、その推敲相手としてAIを活用するような授業、友だちと意見文の交流をするのにAIを使っています。それから総合学習のなかでAIを活用してレポートを作っています。レポートの様式は先生が子どもに示して、そのうえで例文を生成してそれを全員に共有します。ここまで先生がやって、そのあと例文を叩き台にして個々の子どもたちがレポートを作るという授業をやっています。
山口県防府高校では、一通り仕組みを学んだ後にディベートの相手として活用するということで、相手の意見を聞きながらうまく自分の主張をする能力を伸ばす授業をやっています。人と対話するのがよいのですが、気軽に主張できて何を言っても反論してくるAIの特性を活かすことで、自分の視野を広げるヒントを得ることができます。そんなことも導入しながらやっている例です。
函館市立万年橋小学校では、学級活動で出された意見をもとにして劇の台本を作らせて、それをさらに議論して高めていく授業を行っています。
これは学校そのものではなくライフイズテックさんがキャンプでやった内容ですが、AIを使ってCMを作ってみよう、コードをさらにアレンジしてみようなどの取り組みも行われています。今はデジタル部活動みたいなデジタル課外活動が広がっていて、文部科学省もさまざまな形で応援していきたいと思っています。そういう中で、さらに興味を持った子たちにもっと深く学んでもらえるような色んな取り組みは今後考えられるでしょうし、文部科学省でもどう応援していけるのか考えていきたいと思っています。
教科書は最も大事な教材だが学習意欲をより高める教材として生成AIも重要
これはどこかの事例ではなく、時々先生方に講演する時にお示ししているのですが、「Speech Synthesis」というGenerative Voice AIというのがあるのはご存じでしょうか。これは例えば私が3分間、英語のある文章を読んで、それを音声ファイルでアップすると、私の声でネイティブの発音で任意のテキストを音読してくれるツールです。なので、個別最適な教材を提供する意味では非常によいと思っています。
また、ChatGPTでは、例えば私は東京に住む女子中学生です、両親は離婚していて妹と3人暮らしです、妹の面倒を見ないといけないので勉強の時間を取れません、部活はテニスをやっています、料理が好きです、英語が好きですなど、バックグラウンドを踏まえてA2レベルの例文を作ってください、そのなかにこういう文法事項を入れてくださいと指示したら英文が生成されます。
私たちは文部科学省なので当然、教科書は大事だと思っています。一定の質が担保されて主たる教材として使うという意味では非常に大事な仕組みの一部だとは思いますが、やはり子どもたちもっとモチベーションを持って勉強していけるようなそういう教育をしていきたい、そのための個別最適な教材が欲しいという時には生成AIは重要な役割を果たし得るではないかと考えています。
この手のツールは、学校によっては子どもたちにもっと個別化した豊かな学びを提供しようということで積極的に使っている地域や学校や先生もいる一方で、こんなものはけしからんと言ってアクセスすらできないような地域や学校もあります。せっかくギガ端末が一人1台になって、かなり活用が進んできている中で、このデジタル学習基盤を最大限生かしていくには、生成AIとどう適切に向かい合うかが重要です。今すぐに解があるわけではないけれど、すごく可能性があります。問題もあるが可能性もたくさんあるので、そこを先生方一緒に考えていきましょうという立場です。
直近の予定では、パイロット校が52校ありますが、2024年2月20日に成果の報告会を開催します。現時点での先生方の工夫だったり、懸念点だったりを含めて報告してもらいたいと思っています。2024年度もパイロット校を募集する予定にしています。加えて校務の方ですが、基本的にChatGPTはいわゆる外部の約款に基づくサービスということになっていて、放っておけば機械学習されてしまうといった懸念もあります。まさに企業がChatGPTを使っているように、セキュアな環境下で校務に使うにはどんなことがあるのだろうかといった実証研究も2023年度の補正予算で実施します。
>> 後半へ続く