人工知能と発達障害の「当事者」を研究することで見えてきたメカニズム
第140回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2023.12.8 Fri
人工知能と発達障害の「当事者」を研究することで見えてきたメカニズム</br>第140回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は20231025日、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授の長井 志江氏を招いて、「AIが見える化するニューロダイバーシティ:多様性を活かす教育に向けて」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では長井氏が、人工知能とニューラルネットワーク、ロボットによる発達障害のメカニズムを解明する研究について紹介。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

>> 前半のレポートはこちら

 

AIが見える化するニューロダイバーシティ:多様性を活かす教育に向けて」

■日時:2023年10月25日(水)12時~12時55分

■講演:長井 志江氏

東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。

自閉スペクトラム症などの児童・生徒を教育現場でどう支援していけばよいのか

 石戸:「私は最近ニューロダイバーシティのプロジェクト(※)も始めまして、先日も展示を行いました。5つのコーナーに分けたうちの1つめで、みんなが同じ世界を同じように見ているわけではないことをまず知る、というコーナーを設けたのですが、そのときに長井先生の研究が素晴らしいと感じ、そこでのご縁があり、本日この超教育協会のシンポジウムでお話をしていただくに至りました。一人ひとり見ている世界、感じている世界が違うことを知ることが、教育におけるインクルーシブの実現にも一歩近づくのではないかと思います。

 

さっそく質問させてください。今日は視覚の視点から、自閉症スペクトラム障害の方々が世の中をどう見ているかのお話がありました。五感すべてにおいて過敏性がある方もいらっしゃるかと思いますが、聴覚や触覚などほかの感覚についても、可視化するような研究はすでにあるのでしょうか、もしくは長井先生の研究室でこれから研究されるご予定はあるでしょうか」
※ニューロダイバーシティプロジェクト
https://neuro-diversity.world/

 

長井氏:「聴覚過敏についてはすでに実験が終わっていて、どう聞こえているかのデータは集まっています。それを共有するシミュレータの開発には至っていませんが、実際に聴覚過敏の人たちがどういう音を聞いているのかはわかってきました。例えば耳鳴りのようなキーンとした音や昔のテレビの砂嵐のような音が、脳の中で発生している音として、外から入ってくる音と同時に聞いている人がいらっしゃいます。興味深いのは、視覚過敏の研究にあった環境要因との関係性で、聴覚過敏でも非常に似たことが起こっていることがわかりました。環境側の動きや音の強さが変化したときに点々のちらつきが見えるという視覚症状があるのですが、聴覚におけるザーッという砂嵐のようなノイズも、視覚や聴覚で同様の変化が起こっているときに生じやすいのです。我々は、感覚様式に関係なく、脳のメカニズムとして共通したことが起こっていると考えています」

 

石戸:「視覚から脳のメカニズムにアプローチしたものが、今後、他の感覚の研究をするにあたってもベースになる可能性が高いということですね」

 

長井氏:「技術的には視覚と聴覚だけですが、自閉スペクトラム症の人は実は触覚過敏がより深刻な困りごとであるとおっしゃいます。触覚の研究は非常に難しいのですが、脳のメカニズムとしては似たことが起こっているのではないかと考えています」

 

石戸:「次にお伺いしたいのですが、視覚過敏でチラチラ見えるというのは、しんどい、疲れる、と思われる人が多いのではないかと思います。この研究を踏まえて、眼鏡のようにより過ごしやすくできるような道具の開発は、可能なものなのでしょうか」

 

長井氏:「可能な部分と難しい部分があると思います。例えば視覚過敏の明るく見えるパターンは、サングラスをかけることで簡単に軽減することができます。我々の実験に参加した当事者の人も、以前はサングラスをかけていませんでしたが、実験に参加してどういう場所でどんな見え方をするか細かく答えていくうちに、外に行くときまぶしいから目が疲れるのだと自分で気づいて、そこからサングラスをかけたり、自宅も蛍光灯からLEDの調光タイプの照明に変えたりしたそうです。自分にどうしてあげれば苦痛や困りごとが和らぐか、自分で発見できたとおっしゃっていました。我々はもともと、周りの人が理解をするためとして研究を始めたのですが、当事者が自分自身を理解するためにもなったことに気づけました。重要なポイントだと思っています」

 

石戸:「まさに当事者研究の話に通じる、自分自身をより理解することによって生きづらさを改善できるということですね。ちなみにさきほどABの輝度のお話がありましたが、感覚過敏のある自閉症スペクトラム障害の人は、どう見えるのですか」

 

▲ スライド17・実際には同じ明るさなのに
一方が明るく見えてしまう錯視の例

 

長井氏:「自閉スペクトラム症の人は一般的に錯視が起きにくいとされています。錯視は、脳の中で情報を統合することで起きます。縦のバーを外した状態でBが明るく見えるのは、周りとの差や影の影響など、いろんな情報を統合して初めて起きることなのです。自閉スペクトラム症の人や年齢の低い子供は、脳の中で情報を統合する能力が未熟だったり非定型だったりすることで、錯視は起きにくいと言われています」

 

石戸:「予測が大きすぎるパターンと小さすぎるパターンというのがあったと思いますが、どちらだとしても統合の部分の違いにより、錯覚は起こりにくいということですか」

 

長井氏:「錯視の例に関していえば、予測する信号が弱いがゆえに今見えている物理的な信号、感覚入力にものすごく強く依存している感覚過敏のような状況ではないかと思います。錯視が起きるのはこの予測する信号が影響している結果で、知覚からちょっと離れたところに、実際には物理的に存在しないものが見えることなので、自閉スペクトラム症の錯視が起きにくいパターンは、次のスライドの右下(スライド18)に対応するのではないかと思います」

 

▲ スライド18・錯視が起きにくいパターンは、
感覚過敏の状態に似ている

 

石戸:「教育関係者が多いので、教育関係の質問です。『学校や実社会で困りごとを抱えた方々に向けて、この研究を踏まえて新たな支援方法や合理的配慮の方法があれば教えてほしい』。実際に学校の先生で、『生徒が自閉症スペクトラム障害で苦しんでいるからどうにかしたい』とのお声もあります。こういう支援方法があるのではないか、こういう合理的配慮があるのではないかなど、ありましたら教えていただきたいと思います」

 

長井氏:「パニックになる子供がたくさんいると思います。パニックという言葉はあまり良いとは思えませんが、騒いでしまう子供です。その理由は、実は論理的だと考えています。予測する脳に基づいた我々の仮説ですが、外から入ってくる信号はどうしても予測しづらい。発達障害があるなしに関わらず、脳は感覚信号と予測信号の誤差がなるべく小さくなるように環境認識や運動生成をしています。つまり、自分で騒いだり自分で動き回ることは、内部モデルからの信号を作り出していることに相当しており、結果的に、自分の周りの環境を予測できる信号で満たしているのではないかと考えられます。

 

パニックとは、子供たちが何もできなくて最後の手段で行っている意味のない行動に思われがちですが、予測する脳の考え方に基づけば、論理的に彼らなりに対処している方法なのです。自分たちで周りの環境を予測しやすい信号に変えていると考えられます。その意味で、これまで学校の先生がパニックになる子供を見て困ってしまった状況は、実は子供たちはすごく論理的なことをやっているのだと理解していただけるのではないかと思います」

 

石戸:「今の話のように、『見えにくい障害を見える化することによって、当事者の支援方法に変化があった、もしくは当事者が変化した事例があれば、具体的に教えてほしい』との声も届いています。いかがでしょうか」

 

長井氏:「視覚過敏や聴覚過敏を持つ方は、外から入ってくる信号に疲れてしまう人が多いです。イギリスのスーパーマーケットの取り組みで『クワイエットアワー』というのがあります。1時間だけ完全に音も電気も消す、でもお店は開いているという状態を作りだすのですが、それによって視覚過敏や聴覚過敏を持った人たちが買い物に来やすくなるだけでなく、年配の方や小さな子供を連れた親御さんなどたくさんの人がお店に来やすくなったと言われています。電気や音を消すように非常に簡単なことで、みなさんが生きやすい環境が作れるようになると思います。日本でも最近映画館で、少し明るい状態で映画を見られる状況を作るという似た事例があります」

 

▲ スライド19・イギリスのスーパーマーケットで、
電気と音を消す取り組みが行われている

 

石戸:「イギリスのスーパーマーケット、すごくよい事例だと思いました。ニューロダイバーシティは特別な誰かの話ではなくすべての人のことだと考えています。全ての人には多少なりともその人の特性があります。すると実は、困りごとを感じている自閉症スペクトラム障害などの人たちのための対処と思ってやっていたことが、ほかの人たちにとっても過ごしやすい環境になる。すべての人にとってよりよい社会になるためのヒントがあるのではないかと思います。そのような人たちの声をどう拾い、新しい社会づくりに生かしていくかがとても大事だと思いました。

 

視聴者の中には教科書や教材を作っている人たちもいらっしゃいます。『紙の教材やタブレットのコンテンツ作成において、色覚や弱視などの特性への対応は進めていますが、今回のお話で、教材開発につながるような研究もされていますか。多くの方によりよい教材コンテンツを提供したい考えがある』との質問です。今回の研究を踏まえて、教科書や教材、デジタルコンテンツを作るときに、留意するべき点があれば知りたいとのお話かと思いますが、いかがでしょうか」

 

長井氏:「デバイスの開発は専門ではありませんが、最近はタブレットの文字の大きさや明暗を簡単に変えられますよね。この技術は現場でたくさん使われていると思います。一つ重要なのは、これをやれば正解というわけではなく、個人に合わせてやるしかないということです。ワークショップなどでも、『こういう知見を得たら、何をしたらよいですか』とよく聞かれるのですが、皆さんの正面にいる子供たちに必要なものが、支援として必要なものです。視覚過敏も全員が持っているわけではないです。視覚過敏は全くなく聴覚過敏だという子供もいます。さまざまなデバイスを使うことで、それぞれ子供たちの特性に合ったものを開発できるのではないかと思います」

 

石戸:「仰る通りだと思います。個別最適化された環境を用意することが重要で、だからこそ背景となるメカニズムを知ることによって、画一的な答えではなく個々に合わせた環境を作ることに寄与できればと、私自身も改めて思いました。

 

『最近発達障害の方の割合が増えているとよく言われると思います。発達障害への認識が広まり認知された数が増えただけだという話も聞ききます』という声が届いています。実際のところ増えているのでしょうか。研究をふまえてその要因となっていることはあるのか、ご意見を伺えればと思います」

 

長井氏:「最近は10人に1人が発達障害、もしくはそのリスクがあると言われています。要因は大きく2つです。一つは遺伝的に決まってくるもの。最近は親の年齢が子供の発達障害のリスクと相関があるともいわれています。他方では発達障害そのものが広く知られるようになり、診断を受けに行く親御さんが増えました。今までは、定型発達の子供が社会的な能力を獲得する23歳の時期になって、初めて発達障害なのかそのリスクがあるのか診断されていたのが、最新の研究では、生まれたばかりの子供のさまざまな身体運動から発達障害のリスクの推測ができるようになっています。結果的に診断数の増加につながっていると考えられます。神経科学や発達科学の研究によって発達障害そのものが解明されてきた一方、診断の現場や教育現場でどう対応していくかは、今後、取り組まなければならない課題だと思います」

 

石戸:「最後にニューロダイバーシティについてお伺いしたいと思います。根拠があるわけではありませんが、さきほどのイギリスや北欧、アメリカなどと比較しても、日本はまだ理解が進んでいないのではないかと思っています。なぜでしょうか。日本でニューロダイバーシティを広げて、より生きやすい環境を作るために我々は今なにをすべきでしょうか」

 

長井氏:「日本の教育は、『みんな一緒であることが良い』が根本にあり、他の子と違うことをあまり良しとしてこなかった歴史があると思います。それで他の国に比べて、ニューロダイバーシティへの対応が遅れているのではないかと思います。一方で、最初の方にご紹介した発達障害当事者研究は、日本発信の研究分野です。当事者の第一人称視点から発達障害を考えなおそうという試みは、日本が一番強いと思います」

 

最後は長井氏が「このような考え方をより多くの人に知っていただき、当事者だけでなく学校の先生、親御さんはもちろん、当事者視点のアプローチを知っていただくことが、今まで遅れてきた分を取り戻し、日本の強みになってくと考えています」と語り、シンポジウムは幕を閉じた。

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