概要
超教育協会は2023年8月30日、株式会社ドワンゴファウンダー、角川ドワンゴ学園理事の川上 量生氏を招いて「オンライン大学『ZEN大学』 開学に向けた取り組み」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では川上氏が、2025年4月に開学予定の日本初のオンライン大学・ZEN大学について説明。ZEN大学を通じて、日本の高等教育のあり方を変えていきたいという想いを語った。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「オンライン大学『ZEN大学』 開学に向けた取り組み」
■日時:2023年8月30日(水)12時~12時55分
■講演:川上 量生氏
株式会社ドワンゴファウンダー、角川ドワンゴ学園理事
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
川上氏は約50分の講演において、「ZEN大学」(仮称) の詳細と、設立の基礎となったN高・S高の取り組み、ZEN大学が目指す新しい高等教育のあり方についての考えを示した。
「教育」に注力し質の高い授業を安価に提供 「新しい通信制大学」がZEN大学
ZEN大学は、2016年にKADOKAWAとドワンゴがインターネットと通信制高校の制度を活用して設立した日本初の本格的なネットの高校「N高」の実績のもとにつくる大学です。N高は現在8年目ですが、設立4年目から日本最大の高校になりました。現在の生徒数は、2021年に設立した同じくネットの高校「S高」を合わせると2万5千人を超えます。こうした実績を踏まえて、2023年に発表したのがZEN大学です。
N高は「通信制高校のイメージを変えた」と多方面から評価いただいています。従来、通信制高校の典型的な生徒像は、「全日制の高校に入学したけれど、不登校になるなど通えなくなった生徒」だったといえると思います。家庭の事情で、働きながら高校に行きたい生徒なども多く在籍していました。一般の人たちからは「普通に中学を卒業した生徒が進学する高校」とはちょっと違ったイメージを持たれていたと言えるのではないでしょうか。そのイメージを変えたのがN高です。現在は、7割の生徒が中学を卒業してすぐに入学しています。これは通信制高校としては異例なことです。
日本の通信制大学も、これまでは「高校を卒業した直後に入学する大学」ではなく、社会人などが通う大学というイメージを持たれていたと思います。2022年度に全国の高校を卒業した生徒は100万人弱いましたが、その中から通信制大学に進学した生徒はたった2,000人でした。しかも2,000人の大部分は通信制高校からの進学で、うち500人はN高生でした。社会的には、まだ認められていないのが通信制大学といえるでしょう。
こうした背景もあり、日本初の本格的オンライン大学であるZEN大学を設立する目標の一つは、「高校卒業後の進学先として考慮される通信制大学となる」ことです。そのために、研究はもちろん学生の教育に力を入れ、質、量ともに高い授業を安価に提供し、これまで大学進学を考えられなかったような人たちにも高等教育の機会を与えていきたいと考えています。
▲ スライド1・ZEN大学が目標としていること
ZEN大学は、2025年4月の開学を目指しています。角川ドワンゴ学園のN高とは別の学校法人を作り、2023年10月に設置認可を申請する予定です。法人本拠地は神奈川県逗子市です。学部学科は、知能情報社会学部知能情報社会学科、ひとつだけです。1年あたりの授業料は、だいたい38万円と他大学と比べて安価に設定しています。初年度の入学定員は5,000人、4年間では総定員数は2万人として申請する予定です。これだけの規模の大学の申請は、これまでなかったのではないかと思います。
▲ スライド2・2025年4月の開学を
目指して準備中。10月に認可申請予定
このプロジェクトは、日本財団の支援を受けて、日本財団とドワンゴの共同プロジェクトとして実施します。日本財団とは、「今の教育を変える可能性があることを一緒にやりましょう」と意気投合し、さまざまな取り組みを現在検討中です。
▲ スライド3・日本財団とともに
さまざまな学生サポート案を検討中
地方格差、男女格差、収入格差 日本の高等教育が抱える課題を払拭する
日本の大学進学率は、首都圏だけが高く、地方は非常に低いです。東京は70%ぐらいですが、一番低い鹿児島県はその半分ぐらいの36%です。そもそも県内に国公立の4年制大学がなかったり、あっても行きたい大学がないといった問題が首都圏と地方との格差を生んでいます。
▲ スライド4・大学が多い
首都圏は大学進学率が高く、
地方は大学進学率が非常に低い
地域的な問題だけではなく、世帯収入も影響しています。国公立大学は学費が安く、私立大学は高いのですが、実は収入の多い世帯の子どもが学費の安い国公立大学に行き、そうではない世帯の子どもが学費の高い私立大学に通っているのが実情です。地方の場合はさらに、下宿しないと通えない場所にしか大学がありません。そのような環境が、大学進学率の格差を生んでいるのです。
▲ スライド5・学費が安い
国公立大学には収入が高い世帯の子が
通うことが多い
男女格差もあり、いまだに「女性の教育にはお金をかけられない、結婚資金がなくなってしまう」という考え方も根強いのかもしれません。
▲ スライド6・40もの都道府県で、
女子の大学進学率が男子よりも低い
日本では、恵まれた環境の人ほど大学進学費は安くなるという逆転の構造になっており、基本的に収入が低い世帯では大学へ行くチャンスがかなり奪われてしまっています。
▲ スライド7・収入が多い世帯ほど、
大学に安く通える状況になっている
このような問題を解決できるのがオンライン大学です。まず、地域の問題がありません。学費も非常に安い。昼間働いている人でも時間を工夫して学ぶことができます。オンライン大学はオンデマンド授業ですので、授業のクオリティを上げられるとともにラインナップも増やしていけます。質と量を同時に実現した教材の提供を目指せることもオンライン大学の特長です。ZEN大学はこれをやりたいと思っています。
▲ スライド8・オンライン大学は、
学費、地域、時間、などを
理由に断念する必要がない
IUTの研究拠点、「第二松尾研」の設置など数学理論やAIの最先端研究を
ZEN大学の設立に際し、同じく海外のオンライン大学の先行事例として注目しているのはアリゾナ州立大学とミネルバ大学です。ミネルバ大学は少人数で世界中を旅しながらエリートを育てる大学です。アリゾナ州立大学は、学生を選ぶ入学試験もなく、「どんな学生ならインクルードできるのか」をコンセプトとしています。
10年ほど前に大学をオンライン中心に切り替えたことで大幅に学生が増えました。特徴的なのは、学生の3分の1がファースト・ジェネレーション、つまり、これまで家族で誰も大学に行ったことがない家庭での「初めての大学進学者」ということ。アメリカで非常に注目を集め、アリゾナ州立大学にしかない授業もたくさんあります。世界のモーストイノベーティブな大学のランキングの1位はミネルバ大学ですが、2位はアリゾナ州立大学です。ZEN大学は、アリゾナ州立大学をモデルにしていこうと考えています。
▲ スライド9・オンラインに
力を入れてから生徒数が増え、
注目を集めるアリゾナ州立大学
ZEN大学では、日本の教育をずっと変えてきた、変える可能性を先導してきた方々をメンバーに迎えることができました。理事長は、文部科学省でグローバル教育に長年携わり、事務次官も務めた山中 伸一氏です。チェアマンは、長きにわたって日本の教育改革に取り組んできた鈴木 寛氏。学長は、数理科学で産学共同プロジェクトの実績や経験が豊富な若山 正人氏です。副学長は、地方自治の第一人者で上山 信一氏と、アリゾナ州立大学特任教授でもあった渡邉 聡氏です。
ZEN大学の特長をご紹介します。オンライン大学は「教育」に非常に有効ですが、「研究」の領域でもこれまでの大学ではできなかったユニークなことができるようになります。
ひとつは数学のIUT理論です。京都大学数理解析研究所の望月 伸一教授がABC予想を解決するIUT理論を作りましたが、理論が膨大すぎて学ぶのが大変難しいため、世界の数学界で認められているとは言えない状況になっています。
ZEN大学では、日本が生み出した大理論の流れを支援しようと、IUTの日本の研究拠点を作ろうと考えています。2023年7月に発表しましたが、IUT理論に関する数学的議論に決着をつけた人に100万ドルの賞金を出します。新設大学の目玉としてIUT普及のための活動を行っていこうと考えています。
▲ スライド10・教育だけでなく
研究にも注力。世界2番目の
IUT研究拠点を日本に設立予定
そして、ZEN大学の研究機関である「宇宙際幾何学センター(IUGC)」(仮称)の所長に望月教授の親友である加藤 文元東京工業大学名誉教授、そして副所長にヨーロッパでIUT理論の普及を先導されている数学者のイヴァン・フェセンコ氏を迎えることになりました。IUT理論は非常に難解なもので普通の学生には難しいと思いますが、裾野を広げるために解説の講座も用意しようと思っています。
そしてもうひとつは「第二松尾研」の設置です。東京大学大学院の松尾 豊教授は、AI研究の第一人者です。東京大学大学院の松尾研究室はさまざまな企業や他大学と共同研究をしていることで知られています。AIは今後、数理科学など工学的なエリアだけではなく、人文科学にも応用されることが目に見えているのですが、日本ではその動きが始まっているとは言えません。そこで、ZEN大学にも松尾研究室を作り、AIの新しい研究者を集めて積極的に研究を進めていこうと考えています。ZEN大学に来て研究すると、東京大学大学院の松尾研究室とも交流してAIに関する知見を深められる、そんな体制を作り、松尾先生といろんなカリキュラムを用意しようと思っています。ZEN大学でもAIに関連して非常に多くのトライアルを実践したいと思っています。
一方、もう一つの柱としてエンタメに関する歴史を研究するプロジェクトを考えています。ジャンルとしては、ITとゲームとマンガとアニメ、そしてネット文化です。
▲ スライド11・「歴史」プロジェクトでは
日本のコンテンツ業界の歴史を編纂していく
このような文化を創りあげてきた人たちが存命のうちに、証言を収集するような授業をやっていこうと思っています。日本でもマンガやゲームの研究者は、実は多くいるのですが、業界で認知されているわけではありません。ゲーム会社も必ずしも歴史的な研究に協力的ではありません。そのようなところの橋渡しができるのが、角川が教育事業に関わる大きな意味です。アカデミアと産業界をつなげて歴史を編纂するようなプロジェクトを大きな事業としてやっていこうと思っています。そして、研究の成果を基本的には無料で世の中に公開することを考えています。大学は2025年に始まりますが、こちらは来年からかなり具体的にスタートしたいと思っており、一部は既にスタートしています。
この歴史プロジェクトでは、実際に業界とつないでいく人として、月刊ニュータイプの元編集長である井上 伸一郎氏、週刊ファミ通の元編集長である浜村 弘一氏に客員教授となっていただき、業界とアカデミックの橋渡しをやっていただこうと思っています。
アニメやゲームなどの世界では、例えばコミケなどの大イベントにおいても、その歴史的なデータを公的には収集するのが難しかったということがあります。海外を含め、たくさんのイベントのデータを収集していくことも、一つの事業としてトライしようと思っています。実際に海外のイベントをやっているコミケ事務局などの事業者とも話を進めているところです。
▲ スライド12・海外のイベントの
事務局とも連携して
コミケの資料も収集し、デジタル保存する
また、東 浩紀氏が創業したゲンロンカフェは、有識者の方が交流する非常に重要なサロン的なものとして知られていますが、ZEN大学が目指すイメージにとても近いといえます。そこで、東氏には基幹教員に就任していただくことになっています。
ゲンロンカフェとのいろんな連携イベントを行い、ZEN大学を中心にさまざまな異分野の研究が活発化するような人的交流の場を作っていきたいと思っています。既にイベントとしても2回ぐらい開催しています。
▲ スライド13・対話型講座の
イベントに参加することで
新しい「知」に出会えるゲンロンカフェ
教員の予定者については、40名ぐらいほど発表しています。日本にはいろんなよい大学、よい教員の方がいらっしゃいますが、新設大学でここまで集めるのはなかなかできないことではないかと思っています。産業界で活躍されている方など、学生の教育を考えても有効なユニークな教員を集めることができました。2025年、まだ先ですので発表できない方もたくさんいらっしゃいます。2024年2月または7月に予定している発表会でご紹介したいと思っています。
専用の収録スタジオを使って膨大なオンライン授業のコンテンツを制作中
教材については、工場のような体制で膨大な量を作っています。普通の大学では教材の準備・制作は教員ひとりで担当しますが、ZEN大学には動画やイラストなど、授業をよりよく、より分かりやすく見せるために技術スタッフを専用に抱えていて、教員をサポートする体制があります。専用の撮影スタジオも2023年2月頃から稼働していて、年内に第2スタジオも作る予定です。膨大な量の動画を今まさに日々作っているところです。毎年同じ授業であったとしても、より分かりやすいように変えていく体制を整えています。
▲ スライド14・専用の撮影スタジオにて
質の高い授業動画を多数制作中
その授業を配信するアプリは、N高校で使われてきたN予備校という評判のよいアプリがありますが、大学の設立に合わせて、さらに機能アップをおこないます。ZEN大学の授業は高校生でも受けられるようにし、単位の取得も大学入学前にできるようにしたいと思っています。普通、大学の勉強は大学に入ってからしかできませんが、もっと早いうちから、大学や実社会のより実践的な学習ができるような体制を作ります。これもZEN大学が目指している大きなことです。
▲ スライド15・学習システムは、
N高向けのアプリを
リニューアルして提供する
単位取得については、ほとんどが1科目2単位です。卒業に必要な単位数の2倍以上の選択肢が用意されています。これはオンデマンドだけで、これ以外にも選べる選択肢としては非常に多い大学になっています。
▲ スライド16・卒業には124単位必要。
その倍以上のコンテンツが用意されている
オンラインだけではなくゼミ形式の授業も、その意欲がある学生に対しては実施しようと用意をしています。オンラインだからといって双方向性がないということではありません。双方向性を非常に重視し、そのような教材を作っていこうと思っています。
▲ スライド17・双方向のゼミ形式の
授業開催も予定している
N高とZEN大学との連携で「受験勉強の弊害」をなくす
私たちはZEN大学の取り組みを通じて、今の受験勉強の弊害をなくしたいと思っています。今の日本では受験勉強に非常に優秀な生徒の青春、非常に大切な時間が費やされていることは、日本の国家的損失だと思います。それだけではなく、小学校から大学受験の勉強をしていますが、競争が激しくなりすぎていて、単に大学に入るためのテストに捧げるための犠牲が大きすぎて、見合わないものになっていると思います。そのような時間があったらもっと有意義な勉強、大学に入ってからの勉強や社会に出て役に立つ勉強をすればよいと思っています。
▲ スライド18・大学へ入学するための
受験勉強をしなくてもよい環境を作りたい
そうした試みについてはZEN大学以前に、N高で既に実践してきています。そのひとつが2021年度からスタートした研究部の取り組みです。中高生である分野・領域について研究したい人と、その分野・領域を専門とする大学院生をマッチングする企画です。
▲ スライド19・外部の生徒も
受け入れて行う「研究部」の取り組み概要
活動内容は、高校生とは思えないレベルの高いことばかりです。この研究部に類似することで、数学に特化した「数理空間 “τόπος”(トポス)」も運営しています。研究部や数理空間で、研究や専門的な学びに取り組む生徒は受験勉強をしていないので、日本の大学入試には通らないことがあります。ショックだったのは2年前、数学が大好きで高校生のときからかなりレベルの高い数学雑誌に論文を投稿していた生徒が、受験勉強をしていないから共通テストの点数が取れず、国公立大学に行けなかったことです。
AO入試で難関私大なども受けたのですが結局、不合格でした。仕方なく、カリフォルニア工科大学(Caltech)のドクターコースに行きました。ドクターコースに入学を許されたということは、つまり「飛び級」です。高校卒業後、Caltechのドクターコースに飛び級で進学できるような生徒に対し、日本国内では入学を認めてくれる大学がなかったのです。これは、生徒と日本の大学制度とどちらが間違っているのでしょうか。
このように専門性を持った優秀な生徒はもっと増えるべきだと考えています。しかし、現実にはそういった生徒の多くが受験勉強だけをやっているのです。この状況を変えたいと強く考えています。
また、研究部とは別に「政治部」での取り組みでは、毎年、総理大臣経験者に来ていただいていて、高校生とディスカッションをする機会を作っています。2022年は菅 義偉氏に来ていただきました。社会の最前線で活躍する人と接する機会を高校生のうちから作ってあげようと、いろいろやってきたのです。
▲ スライド20・「政治部」は、
実社会の政治の最前線の人々と
接する機会がある
在学中に起業することを目指す「起業部」も、部員121人の中から、去年は2チームが起業しました。
▲ スライド21・「企業部」から
実際に起業した高校生もいる
このように、高校生のうちから専門領域でも、社会でも活躍できる生徒を育てることはできるのです。大学受験には、その妨げになってしまう弊害があると考えています。
地方自治体や企業とのコラボレーションも、年間20~30件実施しています。社会との接点をここまで継続的に作っている高校はなかなかないと思います。このようなことは大学でも延長して行っていきたいと思います。
▲ スライド22・N高では地方自治体や
企業との交流も多数行っており、
大学でも続ける予定
受験勉強の代わりに社会を学び、エリートを育成していくことは、N高でもやってきました。これをZEN大学で確実なものにしたいと考えています。
▲ スライド23・受験勉強の代わりに
社会を学んだエリートを育てていきたい
>> 後半へ続く