概要
超教育協会は2023年8月23日、東京大学 理事・副学長(教育・情報担当)の太田 邦史氏を招いて「生成AIの登場は教育にどのようなインパクトを与えるか」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では太田氏が、生成AIのChatGPTと同じ仕組みの東京大学公式チャットボット「Chatbot UI」の活用例を示しながら、教育現場で生成AIを使いこなすために重要なポイントを説明した。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「生成AIの登場は教育にどのようなインパクトを与えるか」
■日時:2023年8月23日(水)12時~12時55分
■講演:太田 邦史氏
東京大学 理事・副学長(教育・情報担当)
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
太田氏は約35分の講演において、教育現場で生成AIを活用する際の留意点について説明した。
生成AIの登場で教育・研究は大幅に変わる
生成AIが出てきたことで、いろんな期待があると同時に不安もあると思います。これまで、人間がコンピューターに指示をして何かをさせるには、プログラミング言語を習得してコードを書けなければなりませんでした。ところがChatGPTのような生成AIでは、自然言語でLLMトランスフォーマーを使って指示を出せます。これは全く新しいフェーズです。ことばで細かい指示が可能で、対話(チャット)をしながら指示を最適化していくこともできるようになってきています。
▲ スライド1・従来のコンピューター
とは異なり、生成AIは人間の
ことばでの細かい指示が可能
ChatGPTは2022年11月頃にGPT-3.5がリリースされて「いろいろな質問に答えてくれる」とかなり大騒ぎになりました。精度がさらに高まった有償のGPT-4.0が2023年3月に出て、これは入試問題や試験問題を解かせてみると上位の成績を取るとされています。GTP-4は全くレベルの違うものです。私たちの研究の世界でも、当たり前のように使うようになってきました。
生成AIの登場は、パーソナルコンピューターの登場やインターネットやスマートフォンが出てきたのと同等のインパクトがあると思います。早く「自分のツール」として活用できた人が新しいビジネスを作ったり、多くのものを取得したりできます。「First come, first take」です。若い人には、あまり制限をせずに使ってもらった方がよいのではないかと思います。
特に大学は、新しい知を生み出していかなければならないところですので、抑制してしまうのはいけないだろうと思い、どう使っていくのがよいかを考えました。
使ってみて分かるのは、学びを個別に最適化することや、さまざまな教育の包括性の向上にも使えるということです。それと日本の仕事にすごく多い、誰が読んでいるか分からない書類をたくさん書かなければならない定型作業。この大幅な省力化ができます。あとは英語など言葉の壁が突破できるのと、自分の知らない分野との統合や創発ができる点に大きなパワーを秘めています。
▲ スライド2・生成AIは、
使いこなす術を早期に見出し、
多くを得るツールとして活用すべき
プラグインツールの充実で生成AIの可能性がさらに広がっている
生成AIには利点とともに問題もあります。その問題も理解したうえで賢く使うことは非常に重要です。例えば相談やコンサルティングに使うと、非常に優秀な秘書や部下がいるイメージです。あいさつ文や報告書、メールの定型文など、英語でやり取りする時もだいぶ楽になります。文章の構成のロールも指定できます。「フォーマルな文章に」や「フレンドリー、カジュアルな文章でメール書きたい」と指示すれば、そのように書いてくれます。
資料や論文は、「AskYourPDF」というプラグインを使うと、しらみつぶしに読まなくてもさまざまなことが簡単にできます。会議の文字起こしや要約の作成も自動でできて、外国語の翻訳もGPT-4を使うと相当レベルが高いです。要約や論点整理は、文章だけでなく動画でもできます。また「GitHub Copilot」というツールは、プログラミング支援やプログラムのバグ発見と修正によく使われています。教員ならシラバスやカリキュラムの作成に活用できるでしょう。本試験ではない小テストの問題も作ってくれますし、アイデア出しの支援ツールとしても非常に便利です。自分で勉強するときに「こんな考え方でどうだろう、批判できますか」と投げかけると、ソクラテスメソッドのようなディスカッションができます。24時間365日できるのが非常に便利です。発達障害系やコミュニケーションに課題がある学生にもうまく使えます。
▲ スライド3・生成AIには
さまざまな活用の可能性がある
マッピングすると、このようにかなり多様なことに幅広く使えます。
▲ スライド4・教育・研究での
活用法をマッピングしたもの
東京大学もChatGPTと同じことができる生成AI「Chatbot UI」を開発
東京大学では、契約して取得しているAPIを使って、大学公式のチャットボット「Chatbot UI」を作りました。ChatGPTと同じことができて、内容は秘匿されます。まずは教員たちから試験的に使ってもらい徐々に学生にも広げていきたいと思っています。
▲ スライド5・東京大学公式のチャットボット
例えば、ChatGPTの有償版ではプラグイン機能である「AskYourPDF」を使うことも可能で、文章を読み込ませたうえで質問することができます。例えば、日本酒についてのレポートを「このサイトのPDFを読んでください」と指示してから、レポートに書かれていることに対して質問すると、どんどん答えてくれます。「箇条書きに」と指定すれば箇条書きにしてくれますし、「この件はどこに書いてありますか」と聞けば教えてくれます。
▲ スライド6・プラグインの
「AskYourPDF」を使って
内容分析と整理をさせた例
PDFだけではなく動画もできます。「VoxScript」というプラグインは、YouTube動画の音声を文字起こししてくれます。その内容をサマライズしてくれる「Video Insights」というプラグイン2つを同時に使います。例えば、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の2005年の式辞の動画を読ませて、「内容を教えてください」と聞くと、要約してくれます。さらに「Show Me」というプラグインと連動させて、「それをダイヤグラムにしてください」と指示すると、「最初のパートでConnecting the Dotsの話をして、次にLove and Lossで、次にDeathの話で、最後Stay Hungry. Stay Foolish.で締めています」と非常に簡潔に構造を示してくれます。
このような使い方をすると、例えばYouTubeの講義なども自動的にノートを生成できることになります。
▲ スライド7・プラグインを複数連動させて、
講演動画の構造を解説させた事例
プログラミングの授業や実際にプログラミングする時にも使える重要なAIツールがあります。「GitHub Copilot」は、自分がやりたいプロジェクトの内容をコメントで入力すると、過去のGitHubのいろいろなプログラムの中から妥当なコードを探してきて組み合わせて、「こんなのはどうですか」といろんなものを提案してくれます。最初からスクラッチで作る必要がない点では非常に便利です。
2023年7月頃にはChatGPTにも同じような機能が搭載されました。有償版ユーザーだけが使えるのですが、「Code Interpreter(現在はAdvanced Data Analysis)」でChatGPTにデータを読み込ませて、「こういう解析をしたい」と日本語でお願いすると、背後でPythonのコードを書いて問題解決してくれるという、まさに「アラジンと魔法のランプ」のような仕組みです。
▲ スライド8・プログラミングの
授業に使える生成AIツール2点の紹介
そこで、アメリカの電気自動車に関するサイトをChatGPTとCode Interpreterに読み込ませて、解析をさせました。背後で勝手にPythonのコードを書いて、「ヒートマップがほしい」と指示すれば描いてくれます。しかも「全て記載するのは大変なので、上位20位だけのカウンティごとの年次推移を示していて、BMVの数を示しています」といった説明もつきます。「一部のカウンティでBMVの数が非常に増加していることが分かりましたが、そうではないところがあることも分かりました」と考察までしてくれます。
我々の研究室ではDNAやゲノムや遺伝子の解析をしており、次世代シーケンサーを使って大量のデータを解析しています。通常、論文にするときには、コンピューターに特別な指示をして図を描かせるのですが、このChatGPTとCode Interpreterを使うと、「遺伝子発現の違いがあるところだけ示してほしい」、「MA plotを描いてほしい」といった指示でプロットを自動的に描いてくれます。
「発現が落ちているものは青く、増えているものは赤く表示してください」「FDRの数値が0.01を下回るものだけ抽出してください」と指示すれば、色分けもしてくれます。普通に作ると結構大変なのですが、ChatGPTなら1~2分で作れてしまいます。こうなるともう、使わざるを得ない状況だと思います。
生成AIの教育分野への活用 「真贋を見抜く力」が大切になる
生成AIが出てくると教育や研究も大幅に変わってくると考えられていますが、そうなると人間が勉強しなくなるのではと心配されています。しかしそれは違います。例えば、日本語の文章をChatGPTに中国語に翻訳させたとき、中国語が分からなければ出力された翻訳が正しいかどうか、分かりません。やはりきちんと中国語を理解して批判できなければならない。真贋を見抜く教養が必要になってくるのです。
もう一つ、AIにどのように問いかけてどういう使い方をするかについても、技術が必要です。なんでもよいから質問しても、大してよい回答は出て来ません。うまく質問を投げかけ続けることで素晴らしい回答が返ってきますので、質問する能力が鍛えるための教育が必要になり、うまく使いこなせる人材を育成することが大事になっていきます。
▲ スライド9・人間に生成AIが出す
回答の真贋を見抜く力が必要になる
ChatGPTのGTP-4.0が出てきた2023年3月頃に、「このままいくと世の中が大幅に変わるのではないか」と不安視されました。日本の悪いところは、よく分からないものに対して非常に警戒感が強く、「使うのをやめよう」、「外国でもう少し発展してからやろう」などとなることです。しかし技術が出てきたのであれは早く取り組んだほうがよいです。問題点があるのならむしろ大学としては先導して、問題点も含めてどう使っていくのか、社会的な実装を含めて考えていく役割があるだろうと思いました。
東京大学は全学内にSlackを導入しており、チャットベースのフォーラム「UTokyo ARC」も始めています。必ずしも技術系の先生だけではなく法学部など、いろんな方が関わって生成系AIの話をする場を立ち上げています。
授業における利用について、教員への指針としては、「まずは使ってみないと分からないので、使ってみてください」ということで、大学で作ったChatbot UIをまず使ってもらうことを考えています。授業にAIツールをどう使うかの教員のスタンスは、使わなくても結構ですが、「むしろ使ってください」なら最初に明確に学生に示してくださいと伝えています。
もう一つ、教員には、学生に対して「一人ひとりが成長して目標に到達するために使うのだ」ということをきっちり説明することを伝えています。学生が「単位が取れればよい」と考えてしまうと、AIを使って回答を出せばよいことになってしまいますが、結果よりも回答を得る過程で学生が成長することが大事なのだということをきちんと伝えることが大切です。
また、従来の単純なレポート課題では公正な評価が難しくなっています。「AIでは簡単に答えが出てこないような出題形式にするのがよいのでは」、「授業中に短い課題をたくさん出して答えさせるとよい」、「課題を選ばせて余地を設けていくのはどうか」などいろいろと検討されています。以前のChatGPTは引用元が分からなかったのですが、(現在は機能停止中のWeb Browsingなどを用いれば)最近は分かるようになってきましたので通用しなくなってきていますが、情報ソースを引用させるという方法もあります。このように東京大学では、教員が生成AI活用するための、さまざまな指針を示しています。
▲ スライド10・教員に向けた、
授業での生成AI利活用に関するアドバイス
なお、AIで生成された文章を検出するツールがありますが、過信は禁物です。アメリカで、生成AIで生成されたと検出した事例が、実は優秀な学生が自分で書いたものだったということがありました。生成AIで生成された文書の真贋については、きちんと自分で調べる必要があります。自分で一次情報を調べて、本当にそれが真実か、検証する能力を鍛えておく必要があると思います。
レポートを執筆する際に議論相手になってもらう使い方など、新しい可能性もあります。ブレーンストーミングやプレゼンテーションの壁打ちなど、「このようにまとめたのだけれど、なにか弱点はありませんか」とあえて悲観するコメントを投げかけると、辛辣な回答が出てきて弱点が見えてくることがあります。全く新しい分野の知識と組み合わせて「こんなこともできます」と提案されることもあり、ブレーンストーミングにも使い勝手がよいです。ここでも質問や指示の仕方、プロンプト生成ノウハウが大事になります。
実際に大学でどう使われているかを少しご紹介します。アクティブラーニングするときに、10人ぐらいいればちょうどよいところ参加人数が足りないとき、AIに仮想の学生になってもらい、問題提起してもらうこともできます。生成AIにあえて間違った文章を書かせて、その誤りをみんなで修正して本当のことを探索したり、批判的に物事を見る練習をしたりするのも面白いと思います。
それから限界や問題点について協議していくことも非常に重要だと思います。プログラミングは、コンマとピリオドを間違うだけで動かなくなってしまったりするわけですが、そのようなバグを先生に聞かなくても自動的に示唆してくれるので、修正にすごく便利だと日本女子大学の中で使っている先生もいらっしゃいます。
語学の自己学習に使っている方の事例もあります。よい使い方だと思います。
▲ スライド11・教員に向けた、
授業での生成AI利活用に関するアドバイス
生成AIを正しく使いこなすためにはプロンプトの書き方が重要
文部科学省から、初等中等領域への暫定ガイドラインが4月に出ています。「やってはいけないこと」は、生成AIのメリットデメリットをきちんと学習しないまま自由に利用させてしまうことです。生成AIが作ったものでコンクールなどに応募したり、音楽や美術の表現など、創造性や独創性を重視する場面で、自分で作るのを放棄して最初から使わせたりすることはやめましょう。
教師が対面で評価するべき時があると思いますが、その時に先生の代わりに生成AIが回答することも良くないです。初等中等教育では、定期考査や小テストの場面で生徒に生成AIの使用を許可するのは、やめた方がよいと思います。さらに、生成AIの出力のみで生徒の学習評価を行うこともやめた方がよい、これは妥当な話だと思います。
▲ スライド12・文科省の
生成AI利活用のガイドライン
「やってはいけないこと」が示されている
「生成AIが苦手なポイント」ですが、基本的に事実の調査をするのには向いていません。過去の一定時間までのデータしか学習していないからです。ただ最近「Web-browsing」という機能が、有償のChatGPT Plusで追加されていますので、それを使うと最新データも踏まえた分析ができるようになり、こうした問題は遠からず解消されてくると思います。
回答には平均的な文章が出てきますが、すごく魅力的な面白い文章はあまり出ません。そこはやはり人間が必要とされるところだと思います。過去の事例で確率的に高いものを示しますので、全く新しいこと、0から1にするような仕事はできません。
それから感情も、理解しているようで理解していないので、よろしくないことがあります。例えば医師の国家試験問題を説かせると、高得点で合格するらしいのですが、論述では倫理観が欠如していると思える回答もあります。そのような点が足りないことは理解しておくべきです。
計算そのものも苦手ですが、これは「Wolfram」というプラグインと連携させるとうまくなります。
▲ スライド13・生成AIが苦手なことも
よく理解しておく必要がある
どう使いこなすかについては、プロンプトで何をどう問うかが大事です。今のところは英語で書いた方がよい回答が出てきます。日本語をChatGPTで英訳してから質問すると、よりよい回答が返ってきます。Custom Instructionsという指定ができるようになりましたので、「自分は特定の分野の専門家である」との設定をしたり、フォーマルの文章から小学生向けの文章まで、いろいろな文体の指定もあらかじめできるようになりました。判断基準も指定しておけば、採点などにも利用できます。
最初にお話しした絵の生成、Stable Diffusionなどの画像生成系AIは、過去の人の描いた絵を取り込みノイズをつけて返すことをしています。「〇〇(画家の名前)風の絵を描いてください」とすると、著作権に関係してくる可能性がありますので要注意です。生成AIで作成した創作物に、どのAIを使ったか書いておいた方がよいのが現状です。
▲ スライド14・生成AIを使いこなすために、
知っておいた方がよいこと
これまでの教育は、いろんな勉強をして知識を蓄積させ、試験でどれぐらい覚えているのか調べて、正答率が上がってくれば良いとされていました。今後そのようなことはChatGPTができる話になってきます。今後人間の教育としては、もちろん知識の蓄積も大事ですが、課題を解決していく力を得るために、AIに何をどう聞くのか、質問をどう設定するかが大事で、そのための知識が必要です。
それから、出てきた回答が正しいか分かりませんので、批判的に分析する能力も今後、重要になっていくと思います。
そして、生成AIに適切に質問して回答の真偽を精査することを繰り返していくと、人間の拡張性という新しい能力が出てくるように思います。
具体的なよい事例が日本にあります。将棋が圧倒的に強い藤井 聡太さんという方は、AIの将棋を使って自分の将棋の能力を高めています。今後の教育には、藤井さんの事例も参考にしながら進めていくのがよいのではないかと考えています。
▲ スライド15・生成AI登場後の教育は、
これまでの方向性を変えていく必要がある
>> 後半へ続く