インクルーシブ教育先進国から日本が学ぶことは
第130回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2023.9.1 Fri
インクルーシブ教育先進国から日本が学ぶことは</br>第130回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は2023年7月5日、フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了Ph.D. Education)、公認心理師、臨床心理士の矢田 明恵氏を招いて「海外のインクルーシブ教育~フィンランドのインクルーシブモデル」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、フィンランドのインクルーシブ教育を研究する矢田氏が、フィンランドの特別支援教育の仕組みや日本と異なる点について説明した。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

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「海外のインクルーシブ教育~フィンランドのインクルーシブモデル」

■日時:2023年7月5日(水)12時~12時55分

■講演:矢田 明恵氏

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了Ph.D. Education)、公認心理師、臨床心理士

■ファシリテーター:石戸 奈々子

超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。

日本でインクルーシブ教育をさらに実践するために北欧から学ぶべきことに関する質問が多数

石戸:「たくさんの質問が届いています。とても多いものは、フィンランドだけではなく、スウェーデンなども含めた北欧のインクルーシブ教育と日本のインクルーシブ教育の違いに関する質問です。具体的には、『北欧でなぜインクルーシブ教育がこんなにも進んだのか、その理由を知りたい』、それに対比して日本は遅れているという文脈で語られがちですが、『日本はなぜ遅れているのか、その最大の障壁はどこにあるのか』という質問です。北欧と日本を比較しながら、北欧でなぜインクルーシブ教育が進んでいるのか、日本がなぜ遅れを取ったのか、ご見解を伺えればと思います」

 

矢田氏:「私はフィンランドのことしか研究していないため、北欧全体という話はできませんが、北欧には一体的なところがあると思っています。過去にノーマライゼーションという考え方がデンマークから発祥して、高齢者や障害者、ジェンダーも含めて社会でノーマライズしていこうという考え方がかなり早い段階から始まりました。それに向けた取り組みが北欧で広がって、そこから世界に広がっていった歴史があります。

 

そういう意味ではインクルーシブ教育について宣言をしたサラマンカ宣言よりも前から、すでにインクルーシブという考え方は定着していました。それに加えて、フィンランドでは特別支援教諭を全校に配置するといったことが、インクルーシブ教育が言われ始める前から実施されていました。フィンランドについては、そういった取り組みが以前から進められていたことが大きいと思います。

 

文化的な価値観もあるのかなとは思います。日本ではやはり上下関係や集団からどのように見られるかをすごく気にするところがあると思います。一方、フィンランドでは『みんなが違ってみんながよい』というような、あまり周囲を気にしない文化があるため、そういう意味でもインクルーシブ教育を進めやすかったと思います」

 

石戸:「社会的な受け入れに関する質問も複数届いています。日本ではインクルーシブ教育の必要性をそもそも社会的に感じられていないのではないか」というもの、それに対して『フィンランドはどうなのか』、『障害に対する理解が日本では差別的ではないか』、『そもそも社会側の理解が日本とフィンランドで違うのではないか』というものです。フィンランドでは社会全体としてインクルーシブ教育に対する理解が進んでいるということですよね」

 

矢田氏:「そうですね。感じるのは、個人の権利に対する考え方も日本とは異なることです。日本人は自分の権利を主張することを遠慮してしまうというか、みんなも我慢してるのだから自分も我慢しようという考え方など、集団主義的な考え方があると思いますが、フィンランドでは権利は主張していかなければいけないものだという権利教育を受けています。障がい者でも社会に参加する権利があるし、『私に権利があるのだから、あなたにも権利あるよね』というように、自分の権利を主張するだけでなく相手の権利も尊重するところがあります。日本はそういった教育が弱いと感じています」

 

石戸:「ダイバーシティに対する寛容度が、フィンランドでは社会全体として高いというのも話を伺っていて感じました。国が違えば背景も違うという話もありましたが、その点に関する質問も届いています。『学校内にさまざまなサポートメンバーがいて安心できる環境が充実しているのは羨ましいということですが、その点において、日本はサポートする人員不足の問題があります。フィンランドではどうなのか』というものと、『それらは全て公費で賄われているのか』という2点です。いかがでしょうか」

 

矢田氏:2点目の質問から先にお答えしますと、全て公費で賄われています。そのため、例えば、Valteriから貸し出しされていた機器も全て公費で賄われているので、お子さんや親御さんが機器代を支払う必要はありません。Valteriに宿泊する費用も国が払ってくれるため、それも必要はありません。

 

1点目の質問については、フィンランドでは日本に比べると教師はすごく人気のある職業です。ユヴァスキュラ大学の教育学部も入学倍率が20倍と高くなっています。さらに特別支援教諭になると給与も少し高くなりますので、そういった意味で子どもに関わるという尊敬される職業であり、なおかつ安定した職業で、夏休みも長いことから人気があります。それでも最近はフィンランドでも教員不足は言われてはいますが、日本や他の国が抱えている教員不足の問題ほどではありません」

 

石戸:「そのことに関する質問も届いていて、『フィンランドでは教員の人気が高いのはなぜか』という、まさに日本では教員不足を課題として抱えていますがどうでしょうか」

 

矢田氏:「実は10年前ほどまでは、教師はものすごく人気の職業だと言われており、なりたい仕事ランキングとして、弁護士、医者、教師と言われていた時代もありました。しかしこの10年でそれが少し変わってきていて、教師は大変な仕事なために人気が下がってきています。

 

とはいえ、教師は今でも社会的に尊敬される仕事ではあります。それはなぜかというと、まず高い倍率を勝ち抜いて教育学部に入っている人たちであるほか、フィンランドでは教員になるために修士号まで取らなければいけないため、研究者であり教育者でもあるのです。そういった背景があります。

 

ただ最近、教師の人気が落ちてきているのは、やはりインクルーシブ教育の影響もあると思います。本当にダイバーシティが広がってきて、移民も増えています。他のヨーロッパの国々と比べると移民は少ないのですが、それでも日本に比べると多いため、障がいがある子どもだけでなく移民の子どもにも対応していかなければいけない大変さがあると思います。

 

さらにヨーロッパ全体でも物価が上がってきており、それに合わせて民間企業の給与は上げてきているのですが、教員など、公的な仕事で働く人の給与は上がっていません。報酬面で割に合わないと感じることが、人気が下がる一因でもあると思います」

 

石戸:「続いての質問も複数届いていますが、国が違えばもちろんそのまま輸入できるわけではないですが、『今の日本のインクルーシブ教育の実態を見ていて、フィンランドとの比較の中で、ここをこのように取り入れたらよいのではないか、ここから取り組めばよいのではないかという、日本のインクルーシブ教育の質的改善に向けてアドバイスがあれば欲しい』というものです。

 

もう1つは、『フィンランドが素晴らしいのはわかったが、良い面だけではないのではないか。フィンランドが持つ課題や、これから先、フィンランドが変わるべきと捉えられている点はどういうとろにあるかということに関して、ご意見を伺いたい』というものです」

 

矢田氏:「日本に関しては、もっと子どもたちの選択肢を増やすことが必要です。それはインクルーシブ教育に関わることだけではなく、今までやってきたことが本当に必要かという視点で柔軟に考え直すことがあっても良いのではないでしょうか。

 

極端なことを言いますと、『運動会って本当にいるのか』というような疑問です。これまで長く続けてきて運動会を開催するのが当たり前になっていますが、運動会が負担な教員や子どもいるわけです。そこで『本当にこれっている?』ということを柔軟に考えてみて、いらないかもしれないと思ったのであれば『1回やめてみる』という選択があってもよいのではないかと思います。それが選択の自由です。やるかやらないかを選択していくことをやっていってもよいのかなと思います。

 

あとは、日本にはまだ特別支援学校がたくさんあります。それが悪いとは私は思ってなくて、通常学級できちんと支援が得られない、その子が例えば孤立してしまって成長ができないのであればそうするべきではないとは思ってはいます。必要なのは、通常学級と特別支援学校の風通しを良くしてノウハウが行き来するような取り組みです。それができるとよいのかなと思います。またソーシャルモデルへの転換もあります。支援が必要な子どもに本当に診断書はいるのかなというところです」

 

石戸:「個別の教育計画に関する質問も複数届いています。『特に関係者が複数いる中で意識共有はどのようにされているか』という質問です。

日本の場合は、内申書を保護者は見れなかったりしますが、保護者も合意し記録として残していくことであったり、子どもも交えて教育計画を立てるという、当事者全員が集まる場を作るのは、とても特徴的だと思いました。当事者全員が集い、個々人の計画をしっかり作り、意識共有していくシステムはどのように形成されていったのでしょうか」

 

矢田氏:「フィンランドでは、学習指導要領に『参加』を意味するパーティシペーションが大きく掲げられたっていうのが2015年の改定でしたが、そこで『誰のための教育なのか。子どものための教育だよね。だから子どものための教育計画に子どもを入れないのはおかしいよね』という考え方が出てきました。そこから子どもの参加を促すようになり、例えば、学校の理事会にも子ども代表が入るという取り組みが行われています。なのでフィンランドでも意図的に、みんなが参加できるよう学習指導要領に入っていると思います」

 

石戸:「お聞きしたい質問がまだいくつかあります。最後に3点お答えいただければと思います。まず『質の担保に向けた支援員の研修やきちんとした指導がなされているのか、もしくは定期的に研修がなされているのか』という、質を保つという意味でどのように仕組みがなされているのかというものです。2点目が『ICTAIといったテクノロジーを教育に導入することに関して、どのように受け止められてるのか』、3点目が『不登校といった課題はないのか、そういう子どもたちのウェルビーングや幸福に対する考え方に関してどのようになっているのか』というものです」

 

矢田氏:「1点目の質の担保に関しては、教員の質という考え方でよいのかなと思いますが、まず教員養成がバチュラーとマスターの両方をやって5年という形になっていて、教育実習についても早い段階から数年に分けて行っていきます。その中で、インクルーシブ教育の考え方も学んでいきます。

 

また、先ほどもお話ししたように、教育学部の倍率がすごく高く、モチベーションの高い優秀な学生さんが教師を目指すということがあります。先生たちについては、そこまでインクルーシブ教育について研修しなさいと言われてるわけではなく、どちらかというと自分が足りないと思ったスキルを学びにいくという研修になっています。先生たちがカリキュラムを割と自由に選べるようになっています。その中で、自分は特別支援の知識が足りないという先生たちは、そういうコースを選んで研修をしにいく形になっています。

 

2点目のICTに関しては、フィンランドでは早い段階から学校に導入されています。そのため、コロナ禍に学校が一時期閉鎖した時も、オンライン授業に切り替えるのも全く問題ありませんでした。先生たちは大変だったと思いますが、比較的スムーズに切り替えられたと言われていて、ICTはかなり活用している国だと思います。

 

3点目の不登校の話ですが、まさに今、フィンランドでも不登校が増え始めているのが課題になっています。日本では昔から不登校はあるので、私は日本人だと言うと、『あっ、日本って不登校の歴史長いよね。ノウハウを教えてよ』と言われることがあります。

 

フィンランドで、なぜ不登校が増えてきているのかというと、それもインクルーシブ教育に関わっていて、クラスのダイバーシティが増えてきているため、なかには馴染めない子どもたちが出てきていて、不登校が増えてきているというのが1つあります。

 

あとは、選択的な不登校も増えてきています。それはICTの進化に関わっていますが、オンラインでも授業を受けられるという選択肢が増えてきたので、『私は学校には行かないで家で学びたい』という選択的不登校の数が増えているという話を聞いています」

 

最後は石戸の「日本と共通する課題もあることが分かりました。諸外国の情報を共有しながら独自の文化に合ったものを取り入れていくことが大事ですね。何よりも、インクルーシブ教育を考えるときに、教育だけではなく、社会全体としての課題として、どう捉えていくかが重要だなと改めて感じました」との言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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