AIの時代は読み、書き、数学がより重要に
第131回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2023.9.1 Fri
AIの時代は読み、書き、数学がより重要に</br>第131回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は712日、東京大学次世代知能科学研究センター教授の松原 仁氏を招いて、「AIと教育の関係~教育はどう進展していくのか」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、松原氏が生成AIの概要と、AIの時代における教育のあり方について講演を行い、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。

 

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「AIと教育の関係~教育はどう進展していくのか」

日時:2023年712 12時~1255

講演:松原 仁氏
東京大学次世代知能科学研究センター教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。

 

「考える力」とはどういう能力なのか AI時代に必要な能力に関する質問が多数

石戸:「まず、『何をどうすることが『考える』ということなのか』という質問が視聴者からきています。例えば数学の問題を解くことも『考える』とも言いますが、AIも数学の問題をかなり解いてくれます。そうすると、人間だけにできる『考える』という行為はどういうことなのでしょうか。同時に、『人間だけができる『考える』をより培うためにAIはどう役に立つのか』という質問についても先生の考えをお聞かせてください」

 

松原氏:「私がイメージする『考える』は、問題を作る能力のことです。問題を解く能力はAIがかなり高いです。しかし、よい問題を作る能力は人間の方が高い。その高さを保つことが人間の役割だと思っています。数学を勉強するということは、数学の問題を解くことですが、それによってまだ解けていない問題や、数学の問題だけでなく社会的な問題を提起することができます。その基礎体力が数学を解くことによって培われると思っています。

 

そういう意味で、考えるというのは問題を作る能力だと思います。人間はさまざまな問題を作ってみて、試しにAIに解かせてみる。AIがすぐ答えを出せる問題は、よい問題ではありません。AIが困るような問題をいかに作れるかという意味ではAIが助けになると思います

 

石戸:「こんな質問もきています。『AIが考える力を獲得する日も来るのではないか。人間だけができる考えることを、AIが今後できるようになる可能性も秘めているのではないか』ということですが、いかがでしょうか」

 

松原氏:「可能性は秘めています。我々、AI研究者は、考える力をAIに持たせたいと思い研究しています。ただし、先ほども話しましたが、人間がすぐには解けない問題を作る能力は現時点ではAIにはないと思います。それがいつ作れるかということですが、私はそう簡単にはできないと思っています。

 

哲学的になりますが、AIは目的を持っていないので、『何をすべきか』は人間が与えない限りは自分から何かをするということはありません。問題を作る能力は、目的に関係が深いと思います。プログラムに目的を持たせるにはどうすればよいか、現時点ではわかっていません」

 

石戸:「松原先生は将棋の藤井 聡太名人をAIネイティブと表現されていますが、これから生まれてくるAIネイティブな子どもたちの特徴はどういうところに表れると思いますか」

 

松原氏:「藤井 聡太さんは、詰将棋という終盤の詰むか詰まないかの能力が小学生くらいから飛び抜けていたと聞いています。将棋の羽生さんや谷川さんも若い頃から抜きんでていて、その意味では藤井さんと同じですが、藤井さんが違うのは、中学生のころから高性能のパソコンを用意して最先端のAIを使っていたことです。通常、若い人は経験が少ないと序盤中盤が弱くなりがちですが、藤井さんは序盤から強いです。これはAIネイティブで、序盤からAI相手に練習しているので、序盤の戦い方が身についているからでしょう。藤井さんはAIの言ったことを丸呑みするのではなくて、AIを超えたことを考えてAI『この手はどうか』と聞いてみることをよくやっているらしいです。そうするとAI『この手にはこの手で返します』と答えを出してきます。ここのやり取りで練習しているところが、他のプロ棋士と違っているところだと思います。

 

藤井さんの話は将棋の世界のことですが、これからは物心ついたときに生成AI身の回りにある子どもがでてきます。AIがかなり賢いというのを前提として、それを自分の生活に取り入れていく子どもたちが中心になっていくだろうと思います。問題を解くのはAIに頼めばよく、自分はその先の問題を作ることをやらなくてはいけないという、そういうことが子どもの頃から身についてくれるのではないかという期待はあります」

 

石戸:「AIの進化にともない人間の知能ももっと高まっていく相乗効果なのかなと思いました」

 

松原氏:「将棋は明らかに10年前のプロより今のプロの方が藤井さんを含めてみんな強くなっているという結果が出ています。将棋以外の業界も、AI研究者から見るとそうなって欲しいところです。AIが助けることによって今のレベルより、さらに人間のレベルが上がってくれることが、AIがうまく使われているということだと思います

 

石戸:「AIリテラシー教育はとても重要だと思いますが、具体的にはどのような教育だとお考えでしょうか。ICT利活用の促進のためにもICTリテラシー教育が必要とされてきましたが、ICTリテラシーとAIリテラシーの差分というか、ICTリテラシーに補うことがあるとすれば、どういうことを入れることが大事だとお考えですか

 

松原氏:「よくできた間違いが、AIがらみだと出てきます。普通のICTよりは間違いが出現する危険が高いため、安易に信じないことがひとつのポイントだと思います。あと、進歩が速いため、何ができる何ができないということの線引きが刻々と変わっていくことに対するリテラシーも必要です。『今日のAIと明日のAIは違う』ということを知るべきです。今の生成AIについても毎日のようにニュースが飛び交って論文が飛び交って、昨日の常識が今日には常識ではなくなっていることがけっこうあります。これまでに想像してきたペースを遥かに超えたペースで進化しています。ドッグイヤーがもうドッグではなくなっているのです」

 

石戸:「情報の真偽を判断するためにベースとなる知識が必要という意味において、義務教育段階でAIを使うために留意すべき点がありましたら、教えてください」

 

松原氏:「考える力や批判能力、AIが言ったことは正しいのか判断する能力はこれからの人間には必須になってきます。その判断する能力を鍛える初等教育からAIの助けを借りると、例えば電卓で計算はできるけれど筆算の基礎がない子どもになってしまうと危惧しています。なので学校では、この学年まではコンピューターを使わないで本を読んで自分で考えて答えるという教育を、一定期間やることが重要だと思います。

 

小学校で筆算を学んでいる時に電卓で答えを出していたら、筆算ができるようにならないでしょう。電卓を横に置かずにちゃんと繰り上がりなど学んでいますが、そういう能力を身につけさせないといけないと思います」

 

石戸:「筆算の能力を身に付ける必要があると先生が考えるのは、繰り上がりみたいなことも含めて、論理的に考える力と、概算的なことをパッとイメージできる力を養うという理解でよろしいでしょうか」

 

松原氏:「この町に郵便局がいくつあると聞いたときに、1万局あるといったらおかしいだろうと言える能力です。ざっくりと把握できる能力や常識的な能力が、人間が生きていく上で一番大切な能力だと思います

 

石戸:「その一方で、『読み書き数学がどうして必要とされているか、もう少し具体的に知りたい』という声もありますが、いかがでしょうか」

 

松原氏:「自分に考える能力がそれなりにあるという前提ですが、それはどうして身に付いたのか振り返ると、母親が小説を読ませるのが好きで、本を読むように仕向けられたということがあります。本をたくさん読んだのが今のベースになったと思うのと、私は理系なので数学をがちがちに学んだのですが、そのベースになっているのが論理的思考能力でした。

 

論理的思考能力とは何だったのかと思うと、算数、数学だったのかなと思います。とはいえ、社会学や歴史学や哲学の重要性を否定しているではありません。私も理系ですが哲学書も好きでたくさん読んでいます。教養は重要だと思います。考える力が必要だというのは、計算のための能力とか実務的な能力ではなくて、人間のベースとなる教養的な能力がますます重要ということです。

 

哲学はAIにはわかりません。哲学の文章や哲学の考えをAIに入れて、カントがこう言っているとAIに教えることはできても、人間とは違って非生物なので『生きる』ということがないし、感情がもともとありません。哲学は人間そのものの能力に近いところがあるので、その意味では哲学も非常に重要だと思います。広い意味で、読み書きには哲学の素養なども含んでいるつもりです。それが本を読むことから始まるということです」

 

石戸:「みんなが脳にチップを入れると、基礎的な知識を入れることができるような研究も進んでいますよね」

 

松原氏:「いつ頃かはわからないですが、そういうこともできるようになるかもしれません。そうすると、日本人共通チップみたいなのができて、ある年齢になったらこれを頭に入れることで、基本的な読み書きの能力が入る可能性はあると思います。そうなった時の教育とは何であるかは、抜本的に考え直さなくてはならないでしょう」

 

石戸:「松原先生は、そういうことが起きるのはどのくらい先だと思いますか」

 

松原氏:「10では無理だと思いますが、数十年経つともしかしたらできるかもしれない。今世紀中にはできるような気はします」

 

石戸:「AIというものを人間はこれからどのように捉えていけばよいでしょうか。AIは間違えると言って怒る人もいますが、人間も間違えます。なぜAIだけが間違えてはいけない存在になっているのか。AIというものを人間がこれからどういう風に捉えていけばよいのか、捉え方によって人間とAIの距離感が変わってくると思いますが、いかがでしょうか」

 

松原氏:「私個人のイメージは、執事みたいなものです。自分の横に備えていて、こちらが何かを主体的にしようとした時には温かく見守っていて、こちらが致命的なミスをしようとすると止めてくれるし、こちらが困っていて何かを聞くと助言してくれる、そんな存在です。

 

人間の自己決定感、自分が意思決定をしたという決定感は人間が生きていく上で重要だと思うので、それをうまくサポートする執事のような存在です。最近ではマイクロソフトがコパイロット(副操縦士)と言っていますが、それに近い概念だと思っています。あくまで補助役。いくら賢くなっても補助役。それを子供のころから分かってもらうということが教育上求められると思います」

 

石戸:「そうは言いながらも知らぬ間にAIに自分の意思決定をコントロールされているところもあるかなと思います。最後に『人間が人間として生きる意義はどういうことなのか』という難しい質問がきています。哲学的な質問かもしれませんが、いかがでしょうか」

 

松原氏:「私自身は、自己決定ということと考えます。70歳になった時にどういう人生かというのを自分で決めているという感覚を持ち続けることだと個人的には思っています。AIは責任を負えないので。自分の決定に対して責任を追うのは人間の義務かもしれませんが、人間だけに許されたことです。AIは絶対に責任を負えません

 

最後は石戸の「AIをうまく使いこなしながら自分が責任をとれる判断や決断をして、自分の人生を納得いくように生きていくことが大事だと思いました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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