概要
超教育協会は6月22日、横浜市立大学 研究・産学連携推進センター 教授の宮﨑 智之氏を招いて「生きづらさを抱える若者に向けた横浜市大COI-NEXTの取り組み」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、宮﨑氏が「生きづらさ」や心の不調を抱える若者のケアにメタバースを活用する取り組みについて説明し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「生きづらさを抱える若者に向けた横浜市大COI-NEXTの取り組み」
■日時:2023年6月22日(木)12時~12時55分
■講演:宮﨑 智之氏
横浜市立大学 研究・産学連携推進センター 教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
宮﨑氏は約30分の講演において、近年のコロナ禍において深刻化している「若者の生きづらさ」や心の不調に対して、心理的障壁の低い相談・ケアの提供手法として横浜市立大学と他の大学、企業、自治体による研究グループが進めているメタバースなどを活用してバーチャル空間に「メタケアシティ」の構築を目指す取り組みについて説明した。主な内容は以下の通り。
【宮﨑氏】
若者の心の不調に対する治療は、心の不調が表に出てから治療する対処療法が一般的ですが、我々はそれでは遅いと考え、表に出る前に心の不調に気づいて対処することが大切だと考えています。そこで、デジタルテックを活用して心の不調に気づいて対処するプラットフォームの構築を提案したのがこのCOI-NEXTの取り組みです。
若者の心の不調について、さまざまな方向から考えてみます。まずは、日本人の幸福感尺度ですが、20代になると非常に幸福感尺度が落ちて、働いている間はずっと低く、会社や仕事を辞めたら上がるというような状態です。社会活動が活性化していく高校、大学、社会人といったところの幸福感尺度が非常に低いということが大きな問題です。
また、内閣府による平成30年度の調査では、自分に満足していると感じている日本人は45%、アメリカは86%で、先進国に比べると日本は低いことがわかっています。自分の長所についても、日本人では自分に長所があると感じているのは60%ぐらいで、アメリカは90%ぐらいです。つまり、自分に対する満足感、自己効力感が著しく低いというのが日本の若者の現状です。こういったことが積み重なることによって、社会に出たときに少しストレスがあるとすぐ仕事のパフォーマンスが落ちたり休職したり、学校では不登校や引きこもりになることと大きく関与しているのではないかと考えています。COI-NEXTでは、こうしたことのエビデンスも集めているところです。
▲ スライド1・自分の対する満足感、
自己効力感が著しく低いというのが
日本の若者の現状
若者の多様な「生きづらさ」に寄り添う取り組み
COI-NEXTの研究では、若者たちがどのようなことで生きづらさを感じるか、例えば虐待、貧困、いじめなど、若者のいきづらさは非常に多様であるという考えが根本にあります。従来型のアプローチだと虐待に対してセーフティーネットを作るなど、生きづらさの要素に対して環境整備をしていくところが主流でした。それに対し、COI-NEXTでの取り組みは、生きづらさを感じる要素は多様だが、そういう中でも自己効力感や自己肯定感を下げずに生きていける若い人たちをどう育んでいくか、デジタルテックを使いながら進めていこうというのがプロジェクトのコアなビジョンです。
▲ スライド2・若者の多様ないきづらさに
寄り添うことがプロジェクトの根本にある
我々の研究チームのリサーチでは、鬱など病名がつかない状態の人でも、細かく心理的なプロファイリングをすると大学生の心の不調が50%、1回でも死んでみたいと思ったことがある人が4分の1もいることがわかりました。社会人でも軽いうつ状態が3分の1です。つまり、鬱などの病名がつかない前の段階で心の不調者が多いのです。
この段階で心の不調をきちんとくみ取り、何らかの手だてをしなければならないですが、病気ではないため医薬品などは使いにくいのが実情です。保険適用にもならない。そこをどうしていくかということで、デジタルテクノロジーの活用を研究しています。私どもの児童精神科のグループは横浜市の委託を受けて不登校やひきこもりの若者のケアを実施していますが、実際に病院に来て診察を受けてくれるお子さんは20~30%以下ぐらいです。病院に来ていただかないと治療ができないという状況だと、病院に来られない彼らは、結局、何の手だてもなくそのまま放置されてしまいます。それを見過ごすことに非常に問題意識を持ち、子どもや若者が家から出なくても、アバターで診察ができるような、いわゆるメタバースの診療所を作っていくプロジェクトを進めています。こうやって多角的なアプローチによって若者の心の不調を改善していきたいと考えています。
精神疾患には医療上のさまざまな定義がありますが、それらの定義に当てはまる前は健康で、当てはまった途端に精神疾患になるのかというとそうではありません。心の状態というのは徐々に悪くなっていくものです。心が不調の状態だと、鬱ではなくてもパフォーマンスが上がらないことはあり、実際、精神疾患の患者より圧倒的に人数が多いのです。
▲ スライド3・精神疾患とは
徐々に進行していくもの
デジタルデバイスを活用した心理的障壁の低いアプローチが足りていない
そういった若者に対して最も足りていないのが、デジタルデバイスを使いながら心の不調を早期に検出する仕組み、心の不調を改善するソリューションです。それらを我々が開発、提供していくことによって、心の不調の段階で抑止できて病気にならないという若者を1人でも増やしていくことができればと考えています。ここにコミットしていただけるような産官学のメンバーを増やしながら、心の不調をきちんと見る、心を整えることの大切さに気づく、そういう文化を作っていくのが最終的なゴールです。
心の問題や心の健康、心の幸福というのはものすごく大事です。初等教育の中に取り入れて体育測定や学力の定期考査があるのと同様に、心のチェックも入れないといけないと私は思っています。実際に企業ではストレスチェックが始まっています。ただし、そうしたストレスチェックがうまくソリューションに結びついているか、不調の人の改善に結びついているかはまだ見えないため、こうした部分のエビデンスをしっかりと収集して取り組んでいかないと日本の若者はよくならないし、ひいても日本もよくならないと感じています。
このように若者の心の不調が非常に問題で、それを改善できる未来が達成できたときには波及効果が非常に大きいと考えています。社会人であれば労働生産性の向上、学生なら主体的に自分で勉強することも含めて学習成果とか個人特性の伸長が期待できます。
▲ スライド4・若者の心の不調を
改善することの波及効果は非常に大きい
私たちの目指すべきところは、高校・大学・若手の社会人に対して、多角的な形で心理プロファイリングを実施し、デジタルデバイスを使って心の見える化をしていくということです。心の不調を抱える人たちにカジュアルなコンテンツを提供しながら彼らを治していくということを最終的には仮想空間を使って行いたいと思っています。
その主軸になるのは、ゲーミフィケーションや音楽、書籍、スポーツ、アート、瞑想などです。こういったコンテンツの中に心を上向かせるエビデンスがあることを我々は知っています。
▲ スライド5・カジュアルなコンテンツによる
デジタルメディスンの市場を開拓する
実際には、世の中にはメンタルヘルスのデジタルツールやアプリなどは多数あり、どれを選んでよいかわかならい状態です、しかも、その効果などについてきちんとしたエビデンスが示されていない状態です。私どもは、こうした状況に対してもきちんと認証制度を作るなどして、エビデンスを基にした効果を示し、それらを個人に対する心理特性に応じて提供できるようにするための取り組みもしていかなくてはならないと考えています。レギュレーションも合わせて開発を進めています。
若者の心を「見える化」するための5つの課題とは
現在の具体的な取り組みとしては、若者の心を見える化することをターゲットにコンテンツを提供し、コンテンツの有効性についてはきちんとした医学研究のクオリティーでエビデンスを集め、承認・認証されたものをメタバース上に展開し、社会実装を進めるという取り組みを進めています。5つのチームと、3つの作業部会が我々のチームの中にあり、それぞれの取り組みと課題について説明します。
まず、課題1です。産業保健に関わっている看護師や心理士によるチームでは現在、心のウェルビーイング尺度にかかわる部分のアンケートをLINEのプラットフォームを使いながら、1万5,000人程度に縦断調査を実施しようとしています。継続調査の過程で心の不調が顕在化し、鬱などで学校に行けない、仕事に行けないという人が出てくると考えられるため、そういった人たちのデータを詳細に分析します。不調に先立ってある項目が動いているといったことが見えてきたら、そこを定期的に若い人をチェックすることで、心が不調になる前段階でそれをストップできるのではないかと考えています。
そういったことがわかるような質問項目を作っていくのが「課題1」のチームの取り組みです。最終的には初等教育に落とし込んで、小学校・中学校で心のチェックを定期考査と同じように実施し、心の不調が項目に出てきた子に関しては、改善できるようなコンテンツを提供できるようにして、不登校や引きこもりの子どもを少しでも減らしていきたいと考えています。
▲ スライド6・心の不調を早期発見できる
指標=質問項目を開発し
LINEプラットフォームで展開する
課題2では、児童精神科のチームがメタバース上に診療所を作ります。心の不調を抱えている若者は、有効な医薬品や医療機器があったとしても、リアルの病院にはなかなか来ていただけないのです。また、臨床研究になかなか参加していただけないです。メタバースのような秘匿性を持ち、アバターを介して治療ができるのであれば、臨床研究に対する参加の障壁も下がるということが我々の事前調査で分かっています。そこで、メタバース上の診療所の開設を進めています。
▲ スライド7・メタバース上に
心の不調を改善できるような診療所を開設する
課題3に取り組むチームでは、心理アンケートによって心のプロファイリングをする取り組みと連動しながら、音声分析、スマートフォンのカメラで心拍変動係数を測定、脳波の計測などから心の不調の見える化する取り組みを進めています。スマートフォンやスマートウオッチを経由しながら、心の不調の数値化や変化の傾向を把握できるソリューションを個人ごとに提供できるようなシステムを構築していこうと取り組んでいます。
▲ スライド8・音声分析、スマートフォンの
カメラで心拍変動係数を測定、
脳波の計測などから心の不調の見える化する
課題4のチームでは、メタバース上の診療所などで取り扱う秘匿性の高い個人情報について、サイバーセキュリティーの観点も含めたデジタルトラストの研究をしています。病気の情報やウェルビーイングについては秘匿性の高い個人情報となるので、安全に取り扱えるような指針やガイドラインについても、サイバーセキュリティーのメンバーと連携しながらデジタルトラストに関する指針を世界に先駆けて作っていきたいと考えています。
▲ スライド9・若者の心に関する
データナレッジの構築を目指す
課題5のチームでは、具体的にこういったメタバースをつくっていきましょう、コンテンツを開発していきましょうという実装部分を手掛けています。
▲ スライド10・仮想空間の産業化や
市場開発も視野にいれている
メタバースで高校を開設、就活・就労も支援するCOI-NEXTが目指すもの
学校教育の視点で完全に登校しなくてもよいというのは認められていませんが、私たちは完全にスクーリングもフリーにしながらメタバースで完全に完結できるような教育のプラットフォームを作っていきたいと考えています。文部科学省にも相談に行きながら、横浜市や神奈川県にも入っていただきながら進めています。具体的には公設民営の学校を作り、スクーリングをしなくてもいいように国家戦略特区的を狙いながら「完全メタバースの高校」を立ち上げようとしています。
▲ スライド11・メタバース学校や
メタバースの就労支援などで
誰ひとり取り残さない社会の実現を目指す
私どもはもともとも教育の専門家ではありませんが、それなのにこうした取り組みをするアドバンテージはどこにあるのか。3つポイントを示します。
1つめは、自己効力感を上げる心理プログラムの開発におけるアドバンテージです。我々のチームの中には15人ぐらい心理士がおり、大学生を中心に自己効力感を上げるワークショップをリアルでやってきたメンバーが複数人います。そういった人たちがメタバースで学生とアバターで交流しながらワークショップをやることで、リアルと同様のエビデンスが取れるのかを探ります。さらに、ChatGPTなど生成AIやAIチャットボットのシステムを使いながらデジタルプログラムに落とし込めるかを研究開発しています。
2つめは、就労や就学に当たって、その本人の強みを理解しているということです。若者に対して、例えば発達特性があっても何か自分の強みを持っているということを我々はずっと見てきているので、そのうえで「この強みはどの企業のどういったセクションだったら生きるだろう」ということを、企業側でのプロファイリングもしっかりしてもらうことで進めます。こういったプロファイリングによって本人の希望と企業のニーズとをきちんとマッチングできるようなシステムを入れることで、今まで就労期間が長く続かなかった若者たちの就労期間が長く続くかどうか、そういったエビデンスを取っていきたいと考えています。
3つめは医療とのコネクトです。今、特定の小学校や中学校では保健室登校が多すぎて第3保健室まである小学校もあり、実際、保健室の先生や養護教員では手に負えない状況です。そこで、保健室登校の中でも、少し調子が悪い子とそうでない子、学校に来なくなってしまう前段階の子はどういう違いがあるのかをいくつかのデバイスを使いながらプロファイリングし、メタバースを使ってカウンセリングする、もしくは学校にいる保健室の先生に対して後方支援をしていくといったことを少しずつやり始めています。AIチャットボットなどを取り入れながらできるプログラムを作れないか模索しているところです。
一定の病理水準がある子に関してはきちんと医療にコネクトしなければいけないというところがあります。例えば横浜市立大学は日本で唯一、大学病院が児童精神科を標榜していますが、外来の初診が9カ月待ちです。メタバース診療所なら潜在的な医療人材を活用・提供できるでしょう。教職員とかも含めて、潜在的な人材をメタバースだったら活用できるのです。あわせて、メタバース上に高校を設立することを2023年度の後半から試験運用を始めようと考えています。
▲ スライド12・メタバース上での
高校の開設を目指している
>> 後半へ続く