概要
超教育協会は6月28日、東京大学大学院工学系研究科 附属国際工学教育推進機構 准教授の吉田 塁氏を招いて、「ChatGPTが教育に与える影響」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、吉田氏がChatGPTをはじめとする生成AIの現状や教育での活用について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「ChatGPTが教育に与える影響」
■日時:2023年6月28日12時~12時55分
■講演:吉田 塁氏
東京大学大学院工学系研究科 附属国際工学教育推進機構 准教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
ChatGPTをどう使えばよいのか 脳の発達や教育への影響に関する質問が多数
石戸:「生成AIが社会的にも広がっていくなかで、人間としてどんな力やスキルが大事になっていくとお考えですか」
吉田氏:「ChatGPTを使って思うのは、現時点ではまだまだ人間の専門性や判断が重要だということです。でたらめを言うことが多いため、アイデア出しをしてもらうのはよいですが、生成AIが出力したものを根拠にして何かするのは、基本的にはまだ難しいと思っています。
もちろん、専門分野に特化したAIも今後出てくると思うので、性能は上がってくると思いますが、少なくとも現状では、最終的に意思決定するのは人間です。そのうえで専門性を持つという観点では、高等教育においては本来の教育目的とそこまで干渉ないので、それほど問題ではないと思います。初等、中等教育でも、すでに情報の信頼性は確かめていきましょうと児童・生徒には伝えているので、その点がより強調されていくようになると思っています。もちろんツールとして、技術としてインパクトは大きいですが、本質的に重要な情報の信頼性を把握する、自分なりの考えをまとめるというところまでは、現時点の生成AIは侵食していないと思います。これまで大事だったものに対する気づきを与えてくれるものだと思っています」
石戸:「問いを立てる力、AIと対話する力を高めるために必要なことはどのようなことだと思われますか」
吉田氏:「基本的な使い方をするなら、人間との会話と思ってもらってよいでしょう。例えば具体的な指示出しをするとか、自分が思っていることを言葉にしてそれを入力することが重要になると思っています。コミュニケーション能力が重要で、そこを伸ばしていくことが必要です。こうしたことは生成AIが登場、注目される前からも重要でした。生成AIが出ることによって、その部分がより強調されるということはあるかと思います。基本的な姿勢としては、出力を理解してその上で自分の考えをAIに伝えるというコミュニケーション能力を育むことが重要です」
石戸:「これまでの義務教育で基礎教養として学んでいたことの中に、ここから先も必要なものと、もう必要はなくいもの、そしてプラスアルファで足した方がよいものがあると思いますが、吉田先生から見てこういうところは要らない、むしろこういうところを足した方がよいのではないかということがありましたら、具体的に教えてください」
吉田氏:「どんな学問分野にも学ぶ意義はあります。学んだことがのちのち繋がって、その人の人生にプラスになるからです。現時点では『対話』というキーワードが重要と思っていて、生徒同士が対話して学ぶいわゆるアクティブラーニングの重要性がより高まるでしょう。生成AIは簡単な問題であったら答えをすぐに出してくれます。そうすると教員がチェックする時に、テキストだけでチェックすると本当にその生徒が学んでいるのかの評価が難しくなってしまいます。例えば対面の授業の中で、そのテーマについてディスカッションしてもらうと、単にコピペだけでは対応できない状況を作り出すことになります。私としては対話を授業の中に盛り込むのが良いと思います」
石戸:「デジタルリテラシーとAIリテラシーの違いという視点で、これは留意すべき点として伝えたいことを具体的に教えてください」
吉田氏:「留意点はたくさんありますが、Hallucinationについても留意しておくこと、出力の信頼性を検証することが重要です。出力の信頼性があまり高くないことがあるのを認識してもらうことが大切です。また、大規模言語モデルはバイアスを持っているため、それについて知ってもらうのも大事だと思っています。実際に使ってもらい、それを教員と一緒に確認し、『こういった出力が出てくるが教科書など信頼性の高い情報源ではこう書いてあり、異なっている』など、自分たちで出力の内容を吟味することが大事です。実際に使ってもらうことで、リテラシーを向上させることが第一歩だと考えています。学習者のリテラシー向上も重要ですが、ある程度管理された環境でリテラシーを向上させていくのが重要です。
さらに、教員がAIの限界やメリットをキャッチアップすることも非常に重要です。学習者に対するリテラシー向上だけでなく、ChatGPTやAIの活用を管理する側のリテラシー向上も求められるでしょう」
石戸:「参加者からの質問です。『子供の脳の発達への影響はどうですか』というものです。また、『人間の脳は生成AIの登場によってどう変化していくのか』という質問もきています。先生のご見解がありましたら教えてください」
吉田氏:「テキスト生成AIの出力を検証することが重要だと思っています。その評価・分析をする行動は、いわゆる認知的な活動では高次なものに含まれます。アメリカの教育心理学者であるブルームのタキソノミーという教育目標分類があって、これは認知に関する教育目標を分類しています。そこでは評価や分析が、高次の認知的な目標として位置づけられています。そういった高次な目標にアプローチすることで、例えば知識の定着が促されたりなど、低次元と見なされている目標にもよい効果があると言われています。
これまでは知識を学ぶことに大きなウェイトが置かれていたのが、生成AIのおかげで評価や分析にもよりフォーカスが当たり始めると思います。そうすると、人間の認知的な能力は上がっていくし、脳のアップデートにも繋がると思います。出力を検証しないといけない、検証するためには認知活動における高次な目標を達成しないといけないため、そうすると人間の認知的な能力はAIのおかげで向上せざるをえない環境になっていくのはないかと予想しています」
石戸:「高等教育への影響に関する質問がきています。『大学に行く必然性が相対的に下がるのはないか』というものです。いずれにせよ大学の役割もこれから変化せざるをえないと思いますが、大学や研究はどのように変わっていくべきでしょうか」
吉田氏:「まず大学が要らなくなるのではないか議論については、結論をお伝えすると私はそうはならないだろうと思っています。少なくともまず、大学ではカリキュラムが用意されており、また単なる個別の学習ではなく友だちを作ったり、先輩や教員とディスカッションしたりなど人の繋がりがあります。
カリキュラムの話をすると、人間が自己のペースで学習していくのはハードルが高いです。各有名大学が無料でその大学の授業をオンラインで公開している『MOOCs(大規模公開オンライン講座)』がありますが、いつでもどこでも学習できるから、高等教育機関がいらなくなるというシナリオを描いていた人もいました。しかし現状はなくなっていません。MOOCsで最後まで学ぶ割合は3%から多くても10%くらいです。さまざまな事情もあって、自学自習は難しいということです。
また、MOOCsには十分カリキュラムが整っていないという事情もあります。カリキュラムが時間に沿って提供される教育機関の役割はまだまだあると思いますし、人との繋がりという点ではAIが出てくることによって人との繋がりがより重要になってくると思います。人と繋がっているからこそできることもあります。『場』が必要となってくるということで、大学は対話の場、交流の場になりえます。そこの役割も欠かせないと思うと、私は大学はなくならないと予想しています。カリキュラムや人間関係の構築はこれまでも重要でしたが、その重要性がよりフォーカスされていくと予想しています」
石戸:「参加者から『生成AIを使うことで政治的や思想的な偏りから来る影響を受けるのではないかと思うと、どういうことでAIを使うにふさわしく、初期の段階でどういう入り方がよいのかに関して具体的に知りたい』という声が寄せられています」
吉田氏:「基本的には管理された環境で使ってもらうことが重要なポイントだと思います。それは学校でも家庭でもよいでしょう。管理されていない状態で使ってしまうと、出力を鵜呑みにしてしまいます。OpenAIも懸念点として過剰依存を挙げています。対話することによってのめり込んでしまう危険性があるでしょう。そのため、管理された環境ならば、何歳からでも使ってよいと思いつつも、何かしらの線引きをしないといけないところで、決めないといけない場合もあるかと思います。その場合、『中等教育で扱えるぐらいの年齢になったら使える』というのは、ひとつの線引きなのかもしれません。私のコンセプトとしては、管理された環境で使ってもらう、かつ管理する人もその理解を持っているのが重要かと思っています」
石戸:「管理された環境を具体的にどう創出すればよいのかに悩んでいることがわかる質問も複数きています。どう創ればよいのでしょうか」
吉田氏:「わかりやすいのは、一緒に学ぶことです。教員にとっても新しいものだし、親にとっても新しいものなので、一緒に学ぶスタンスでもよいと思います。教員のリテラシーを私の可能な範囲で上げたいと思って講座を開発しています。今後も積極的に情報発信していこうと思っています。リテラシー向上のプラットフォームがあると、親にとっては助かるのかもしれません」
石戸:「新しい技術が出たとき、親も含めて将来に渡って学び続けることが大事ですよね。『先生が今まで見たなかで、最も優れたChatGPTの使い方があれば教えてほしい』という質問がきていますが、いかがですか」
吉田氏:「感動した使い方は、うめさんのAI家庭教師の使い方です。本質的にはChatGPTとの対話が重要だと思っていて、自分が想像している出力を出してもらいたいのであれば、それを丁寧に説明したり、他のプロンプトも参考にしたりして、適切な出力ができるように促していく、そのうえで出てきたものを自身で判断する、その姿勢が一番重要だと思います」
最後は石戸の「AIをこれから使いこなしていく力が大事で、そのためには教職員も含めてしっかりとリテラシーを育んでいかねばならないということですね」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。