概要
超教育協会は2023年6月7日、ノートルダム清心女子大学 人間生活学部児童学科 准教授/インクルーシブ教育研究センター長の青山 新吾氏を招いて「インクルーシブ教育を実装するために ~今、通常学級でできること~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では青山氏が「インクルーシブ教育」の定義を説明したうえで、それを実現するために通常の学級で実践できる取り組みについて提案。既に取り組んでいる学校の事例も多数織り交ぜながら、日本の「インクルーシブ教育」が目指すべき方向性を示した。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、 視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「インクルーシブ教育を実装するために ~今、通常学級でできること~」
■日時:2023年6月7日(水)12時~12時55分
■講演:青山 新吾氏
ノートルダム清心女子大学 人間生活学部児童学科 准教授/
インクルーシブ教育研究センター長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの超教育協会理事長の石戸 奈々子が、参加者からの質問も織り交ぜながら質疑応答を実施した。
インクルーシブ教育にゴールは明確にはない 方向性と取組みの過程を大切に
石戸:「青山先生の著書を拝読しましたが、これまでの実践内容をエピソードで語られ、具体的にどのように子どもたちを見ているかが書かれていました。青山先生の人間力の高さに驚き、通常学級か特別支援学級に関係なく、子ども達一人ひとりをよく見て、適切なタイミングで適切な言葉をかけ、選択肢を提示されている姿に、非常に感銘を受けています。すべての先生方がこのように実践できるようになるには、どんなことが必要になるとお考えですか」
青山氏:「私自身は人間力が高いとは思っていません。毎日よく分からないことがたくさんあり、学生や卒業生もよく研究室に相談に来る、それに『どうするかなぁ』と一緒に考えることが癖になっているだけです。素朴に思うのは、『やさしいどうして!?』にも繋がるのでしょうが、よく分からないけれど『どうするかなぁ』と一緒に考えてくれる仲間がいたり、場があったりすることは、とても大切だということ。一緒に考えてくれる人が必要で、もし既にいらっしゃるなら大切にしたほうがよいと思います」
石戸:「青山先生の著書、学校のプールにだけ入れなかった子どもを、『学校のプールだけ、なぜ入れないのか?』の理由を1つ1つ突き詰めて、最後プールに入れるように導いていくエピソードが印象的でした。さきほどの授業の中で選択肢を広げるお話は、仰る通りだと思う一方で、例えば『いろいろなノートを用意すればよいんだ』とメソッドだけ広がってしまうと、解決方法の手段は多様であるべきなのに、そこが担保されなくなる懸念があると思います。
つまり、根本的な考え方の部分をどう伝えていくかが、とても大切なのではないかと思います。青山先生が大学や研究室で、そのあたりをどう学生たちに伝えているのかとても気になります。コツがありましたら、教えていただけますでしょうか」
青山氏:「私自身が意識しているのは、エピソードを語ることです。エピソードとして語ると本質が伝わりやすいと思っています。『いろんなプリントを用意してください。3種類が理想です』」となると、とても簡単なようですが、実際はそれほどシンプルな話ではなく、『なぜ3種類あったほうがよいと思うようになったの?』、『どういう子どもたちがそこにいて、何があったの?』、『今までやってみて、何が起きたの?』といった文脈を丁寧に取っていく過程がないと、本質的な意味を考える発想に至りにくいのではないかと思います。授業や演習でも、わりと回りくどく『もっと丁寧に語りましょう、そこであなた自身は何を思ったの?』、『うまくいかなかったり、ダメだったりしたとしても大切だから、自分の内面を頑張って言葉にしてごらん』と伝えています」
石戸:「質問がたくさんきています。『子どもがときに差別的な言葉をぶつけられてしまう様子を見ると、理想的なインクルーシブ教育の実現に大きな壁を感じます。周りの意識をどう変えていけばよいでしょうか』というものです。先ほど、寛容度のお話がありました。先生の学級経営における寛容度もそうですが、周りの子ども達の寛容性を上げていくために、クラスや学校ができることには、どのようなことがありますか」
青山氏:「私がよく行くところでは、よいこともしんどいことも、驚くようなことも、いろんなことが起きています。言われることはよく分かります。素晴らしい状況ばかりではない前提に立つと、まずは教師自身の価値観が子ども達に伝播することは、とてもあると思います。みんなと違う状態の子どもに対して、『何してるの!ちゃんとやりなさい!』と毎回怒っているのと、『どうしたのかなぁ、ここが難しいんだよね、私も難しいです』とやさしく接するのとでは、日々それが重なると、周りの子ども達がどう認識し、どうアウトプットしていくか大きく変わってくると思います。大人の価値観と大人のアクションが、子どもたちに大きく影響するのではないかと思います。
もう一つ、今申しあげたことと矛盾しますが、大人の価値観をなんでもかんでも注入するのはよくないです。難しい子がいる状況になったとき、『どうやったら、みんなで楽しくできると思う?』とか『どうなったら嫌な思いをする人がいなくなるか』を協同的にみんなで考えるような学級経営をしているクラスは、理想に近いような印象を持ちます」
石戸:「青山先生の著書の中でも、不登校の子どもへの対応をクラスみんなで話し合う中で、クラスみんなにとって幸せになるような方法を見出したエピソードがありました。将来的なインクルーシブな社会を実現するという意味でも、よりよいクラス、学校、社会をどう作っていくのかを、子ども達も含めて話し合っていくことがとても大事であると思いました。
『大人の価値観』とありましたが、大人になったときにいろんな人たちと生きていくためにも、青山先生の思想が広く伝わることが大事ではないかと思います。それも踏まえて、参加者からは『まず保護者の理解が重要ではないのか、保護者に向けた先生の取り組みがあれば教えてほしい』との質問もあります。確かに子ども達にとっては、保護者の一言の影響もとても大きいのではないかと思います。保護者に向けた理解を促す取り組みがありましたら、教えていただけますか」
青山氏:「ものすごい成果が上がっているわけではなく、試行錯誤しながらやっているということで、聞いていただければ幸いです。地域の方向けの講演会や学校のPTAの講演会など、すべての保護者の方に向けて講演する機会があるときに意識していることがあります。『こういう子ども達がいるので理解してください』ではなく『障害があるないに関わらず、いろんな状態の子ども達がいますよね』とするのです。参加されている方のお子さんも、例えばデジタル教科書の機器操作が得意な子と苦手な子がいるでしょう。漢字の勉強の仕方のバリエーションが多い子も少ない子もいる。いろんなバイアスをかけると、子どもたちはいろんな意味で多様ですよね、それを切り口に『わが子は普通の人のグループで、それ以外の人たち』という分け方にならないようにしています。大人の職場にもいろんな人がいますよね。そこと同一線上の話から始めていくコンセプトはぶれないようにしています。保護者にもいろんな方がいて奥深いです。講演の感想を拝見すると、『これまで聞いたことも考えたこともなかったです』、『そういう風に見るのか』という方もおられます。このように少しずつ考え方が変わることを大切に、いかに持続してけるかだと思っています」
石戸:「青山先生は、子どもたちに対しても保護者や大人に対しても、共感を伝えるのが本当にお上手だなと思いながら、お話を伺いました。今、デジタル教科書の話がありましたが、選択肢を増やすという視点、もしくは、個々にあった学びの場を選択できるようにするという視点において、ICTはすごく大きく役に立つと思います。教材会社の方からの質問です。『多種多様なコンテンツを用意した場合、現場の先生方の選択の幅を広げるという面もある一方で、あるクラスで起こったお話のように、多くの先生が選ぶものを選ぶという先生もいる。バリエーションのあるコンテンツを提示する場合、現場の先生への提案の仕方が重要なのではないか。どんな投げかけ方をすると先生方が使ってみようと思えるのか、ご意見をお聞きしたい』とのことです。いかがでしょうか」
青山氏:「すごくうれしいリアクションです。ありがとうございます。特別支援の教材としてデジタルコンテンツをどう使うかの研究も進んでいますが、今、質問をくださったように、デジタル教科書は一般的に、先生方が今までの授業の在り方を便利にするものとしてではなく、新しい教育を進めていく中で個別最適な学びと結びつく重要アイテムなのだと認識してもらわないと、他の先生が選ぶものを選ぶというようになってしまう気がします。単なるデジタル教科書としてではなく、インクルーシブ教育だけではなく、個別最適学習など通常学級の教育に関係している人たちとタッグを組んで、『教育が変わってきている。インクルーシブの視点もあるし、特別支援で重要な作用をする場合もある』と価値を高めていくのが良いのではないかと思います」
石戸:「一朝一夕では解決できないからこそ、多様な視点の方々が連携しながら一つ一つ地道に取り組んでいくことがとても重要であると、先生のお話しから感じます。
他にもたくさん質問がきています。『日本が、真のインクルーシブ教育ではなく、インクルーシブ教育システムを取り入れることになった経緯や背景を知りたい』というものです。その先に、日本で本当の意味のインクルーシブ教育を実現できるかどうかのヒントがあるのではないか、ということだと思いますが、いかがでしょうか」
青山氏:「私見ですが、ユニセフの定義は教育システム自体を変えていく発想が必要とされているのに対し、日本のインクルーシブ教育システムは、特別支援教育の延長上の位置づけです。今の制度を維持しながらインクルーシブという発想を入れていく提案で、教育制度にメスを入れるものではないため、取り入れやすかったのではないでしょうか。ただ、完成形が曖昧だと思います。それで今回、私は対立的なスライドの作り方をして『ユニセフのインクルーシブ教育とは考え方が違う、立ち位置を決めないと混乱する』と説明しました」
石戸:「目指すゴールが異なっていると、当然のことながら誤った方向に導かれてしまいますので、ゴールを明確にした上でそこへ向かう手段として、インクルーシブ教育システムを取り入れるということも、ステップとしてはあり得るかなという、先生のお考えかと思います。
一方で、障害か健常か、病気か健康か、ということではなく、本来はその間はシームレスであり、通常学級にいるけれど困りごとを抱えている子どもたちもたくさんいますし、だからこそ不登校の急増という背景もあると考えると、先生のご意見としては、抜本的に通常学級から改革をしていく必要があるのではないかというご提案ですよね」
青山氏:「今のシステムの構造上、あれもこれも同時にやるのは無理があると思いますが、個別最適学習、ICTを取り入れた教育など通常の一般教育の変革と、インクルーシブ教育は、分けて考えるものではありながら、当然、連動しているべきだと思います」
石戸:「そうですよね。こんな質問もきています。『現状の日本の先生方で、インクルーシブ教育を正しく理解していると考えられる割合は、青山先生の体感ではどのぐらいですか』確かに、理解具合はこれから先の日本でのインクルーシブ教育の進展に大きな影響を与えると思います。いかがでしょうか」
青山氏:「日本全部を知っているわけではないですが、文部科学省が示す特別支援教育の延長としての、インクルーシブ教育システムを理解しようとしている先生方は増えていると感じています。
ただ、不安はひとつあります。去年ぐらいから『インクルーシブ教育とはなにか』、『インクルーシブ教育の基礎、基本について』といったテーマの講演依頼が増えました。これは、20年前に特別支援教育が出てきたときにすごく似ている気がするのです。特別支援教育のときは、『分かった感』が漂って、数年で特別支援教育の本質を考えていこうとするウエイブが消えてしまいました。インクルーシブ教育も、そのように一過性のものになってしまうと本質的なことが伝わらないので危険だと思うのです。3~4年ぐらいで『もう知ってます』となることを、私は一番恐れます」
石戸:「ありがとうございます。現職の先生からのコメントをご紹介します。『正直、多くの先生が、心の余裕を持って働くことがなかなかできていない実態があるのではないか。だからこそ子どもにイライラしてしまう方も多い』と書かれています。文部科学省の調査によると『発達障害ではないかと教員が思う子どもの割合』は通常の学級に在籍する小中学生の8.8%というニュースがありました。とすると、先生方もどう対処すればよいのか困っている側なのではないかと思います。先生方に、何かこうするといいということがあれば、いただけますでしょうか」
青山氏:「その通りだと思います。私の研究室に遊びに来る卒業生の若い教員からも聞いています。私は彼らに、『そこまででよいから』と言い切って『休め』と実際に言っています。もうひとつ、年配や管理職なら問題は大きいと思います。私の同級生の管理職連中とはフランクな議論をしています。例えば、やらなければいけないことが多すぎて追われていると感じる。そんなとき『実は、やってもやらなくてもよいこと』は、やらなければいけないことではないと割り切ることです。カットすることです。ただし、『やってみたいと思うこと』までカットすることが働き方改革であると言われると、『ちょっと待て、それは改革ではないと思う』などと議論しています」
石戸:「さきほどの『やさしいどうして!?』ではないですが、先生のコメントすべてがやさしいと思いました。最後に一言いただいて終了にしたいと思います」
青山氏:「インクルーシブ教育に、ゴールは明確にはないと思います。それでも方向性は大切にしたいということで、プロセスそのものを進めていくご提案をさせていただきました」
最後は石戸の「青山先生が本の中で『一人ひとりを大切にすること、インクルーシブ教育はその一言に尽きるのだ』と書かれていました。それは教育だけではなく社会全体にも言えることだと思います。さきほどのコメントにもありましたが、すべての大人が、今日、青山先生にお話しいただいたような考え方を理解することによって、子どもも大人も一人ひとりが生きやすい社会が実現できるのではないかと思いました」との言葉でシンポジウムは幕を閉じた。