概要
超教育協会は2023年5月24日、一橋大学名誉教授の野口 悠紀雄氏を招いて「AI時代の教育変革」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では野口氏が、まず生成系AI「ChatGPT」に代表されるAIの利活用にともない教育が変わることの重要性について講演し、後半は超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者を交えての質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
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「AI時代の教育変革」
■日時:2023年5月24日(水)12時~12時55分
■講演:野口 悠紀雄氏
一橋大学名誉教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答を実施した。
AIの活用により教育がどう変革していくのか シンギュラリティーに関する質問も
石戸:「日本は教育現場のデジタル化がなかなか進まず、コロナ禍ではオンライン学習ができなかったというのが実態でした。『一人1台端末』という環境はなんとか整い、デジタル化のスタートラインに立った今、その環境を生かしてどんな学びを提供するかなどについて議論したいと思います。
視聴者からの最も多い質問は、『これから時代に最も身に付けるべき力は何か』です。野口先生は、何だと思われますか」
野口氏:「私は質問する能力だと思います。何が問題かを捉えることです。私の仕事、また学生の仕事においても重要なことです。学生にとっては、どんなテーマで研究するかがとても重要です。これを間違えると、一生を棒にふってしまいます。よい研究テーマを捉えられれば、それを成長させていくことができます。テーマが重要、質問こそ重要です。さきほど、『生成系AIは何ができて何ができないか』と申し上げ、できないのはクリエイティブな仕事だと言いました。クリエイティブの仕事で最も重要なこともまた、何が問題かを捉えることです」
石戸:「まさに問いを立てるところが一番大事なのですね。ChatGPTも問いを投げかけないと、そもそもなにも答えませんからね」
野口氏:「ChatGPTに『何が問題ですか』と聞くことはできます。『今、日本経済では何が問題ですか』のような問いをすることはでき、それに対する答えも返ってきます。しかし、きわめて月並みな、どこにでもあるような答えしか出てきません。これは十分に注意すべきことです。答えは出てくるのですが、全く役に立たない答えです」
石戸:「先生が考えられる『力を育むため』には、どんな学びの環境を用意することが必要だと思われますか」
野口氏:「まず、技術の変化に対応して学びを変えていくことが必要です。今、これまでのAIやITの変化とは質の異なる大きな変化が起きています。それに対して教育はどう対応すべきかを考えるためには、AIに何ができて何ができないかを正確に把握することが必要です。クリエイティブなことはできない、事実が正しくなくて使い物にならない。要約や翻訳はできる、こうしたことに応じて教育の在り方を変えていくことが必要です」
石戸:「視聴者からは『先生が理想とする学校の在り方についてお聞きしたいです』との質問が沢山きています。今の学校の在り方を基本的に変えていかなければならないことは、共通認識だと思います。短期・中期・長期に分けて考えると、先生は、今、特に義務教育の学校をどう変えていきたいと思われますか」
野口氏:「日本の教育制度で一番、問題を含んでいるのは、高等教育だと思います。特に大学です。義務教育についてはあまり問題があるとは思っていないです。例えば、日本の義務教育の段階の生徒の成績は非常に高いのですが、高等教育になると良くなくなってしまいます」
石戸:「その高等教育を、先生ならどのように変革したいと思われますか」
野口氏:「理想的なのは、中国の文化大革命のように『大学を全部叩き潰すこと』です。文化大革命後の中国の大学は極めて優秀で、例えば精華大学はコンピュータの分野で世界1位です。こうでもしないと、新しいものは出てこない気がします。大学は古い内容を続ける、教授は自分の専門を教えるわけですからそれは当然のことですが、これでは教育内容は新しくならないです。『変えて』とは辞めろということになります。日本の大学はまだ19世紀にいるかのようで、国公立大学のうち少なくとも東京には、コンピュータ学科も情報サイエンス学科もない状態です。だからこれを変えることは非常難しい。中国は大学をいったん廃墟にしたことで成功しましたが、それにはあまりにコストがかかるため、もっと現実的な方法を考えなければならないと思います」
石戸:「仰る通り、日本の初等中等教育は比較的に成功していると思います。さらに最近はリスキリングの必要性も言われていますが、今までは社会人になってからOJTで必要なスキルを身に付けることが一般的で、それは高等教育の部分ががっぽり抜けていたからという背景もあるように思います。それについては、どのように捉えていらっしゃいますか」
野口氏:「日本では、高等教育が行う部分をOJTでやっていたわけです。なぜこれが可能でうまく機能していたか。それは日本の高度成長期は、『キャッチアップ過程』だったからです。つまり真似をすればよかったからです。キャッチアップ過程のモデルは先進国に存在していました。あとはそれをいかに効率的にやっていくかが、その仕組みとしてOJTは非常にうまく機能しました。しかし80~90年代から産業構造が大きく変化し、製造業中心から情報中心の経済に移ったことでOJTは機能しなくなりました。すると高等教育が重要になりますが、そこで教育の仕組みを大転換する必要があったところ、残念ながら実現できなかったわけです」
石戸:「AIの話に戻ります。私自身、生成系AIは使わないという選択肢はないだろうと思います。
一方で、日本の教育現場におけるデジタル化の導入すらこんなに遅れた背景にはデジタルを導入することによる漠然とした不安がありました。ChatGPTも、教育現場で使うことに対しての是非が議論されている実態もあると思います。視聴者から『ChatGPTを利活用するためにも解決すべきプライバシー問題や、セキュリティ問題といった課題についてどう捉えていらっしゃるか、その課題を解決するための対策についての意見をお伺いしたいです』との声があります。いかがでしょうか」
野口氏:「ChatGPTの問題として、一般的によく言われることはプライバシーやセキュリティで、これらは確かに重要です。利用者が入力した情報が他の回答に反映される問題は、起こり得ます。企業が利用して入力した企業機密が、なんらかの形で別の質問の回答に出力されてしまったことはあるようです。このような問題は、技術的に対処できると思います。
著作権の問題も議論されています。日本の著作権法は、AIの機械学習に使うことを許可していますが、AIが機械学習をするときにいろいろな文献を参照した、その時の文献がそもそも無断で生成系AIの出力に反映されてしまう。問題の性質が変わったと言えます。それでは著作権の制約をもっと強めるべきかどうか、という議論があります。ただ、非常に難しいのではないでしょうか。それによって、機械学習の可能性を限定することになってしまいます」
石戸:「視聴者の中には、初等中等教育に関わっている方も沢山います。さきほど義務教育はあまり問題がないのではないかとお話もありましたが、とはいえ、漢字を書けることはもう必要ないのではないかとのお話もありました。『今と将来の義務教育において、具体的にこれを止めてこれを追加すべきなどありましたら、もう少し具体的に示していただけると幸いです』という意見がきています。
もうひとつ、私が超教育協会を立ち上げたとき、日本の義務教育においても、AIを導入することによって、超個別最適化された学習が実現できる可能性がある、すると学習指導要領や検定教科書の内容や存在ももう一度問い直す必要が出てくるのではないかと思いました。また、ブロックチェーンを使ってすべての学習履歴を蓄積することで、試験や入試そのものの在り方も、問い直される可能性もあるのではないかと考えると、義務教育もこのままでよいのか、とも思います。そのような視点から、『これはこの先こんな可能性があるのでは』『ここは変更しておくべき』ということが具体的にありましたら、ご指摘いただきたいと思います」
野口氏:「超個別指導は、大変興味深いです。生成系AIによって可能になりつつあります。ただしそれを可能にするには、知識の伝達を効率よくすることです。先ほど申したように、特に初等教育においては、それだけが教育の役割ではありません。人格の形成は重要なことです。個別指導は望ましいですが、AIでは代替できない、幼稚園の先生のような役割は、AIではなく人間がやることだと私は思います。
ブロックチェーンの活用も非常に興味があります。学習履歴を蓄積していき、いろいろな資格試験、何の試験で何点取ったかも非常に細かく記録することは、既に行われています。それを就職試験などに使えるように、プライバシーを守りながら、自分はこれだけ勉強したと必要な時に示せるような仕組みも開発されています。大変重要なシステムだと思います」
石戸:「先生の役割が変わることによって先生の重要性が高まることは、同意するところではありますが、それについて2つ質問させてください。1点目は、リスキリングにも通じることですが、『人間しかできない役割』の先生として、新たな力の獲得のための研修など、どのように体制を整備していけばよいのか。2点目は、とはいえ先生の役割が例えば、ファシリテーション、人格形成、子供たちのモチベーションをチアアップするようなことだとすると、1対30で見ることの限界もある中で、データに基づいてAIが適切なタイミングで適切な声掛けをすると、もしかしたら人間よりも効果を発揮してしまう可能性も、今後出てくるのではないかとの気もします。この2点について、先生のお考えはいかがでしょうか」
野口氏:「研修で高められることもあるとは思うため、必要ないとは言いませんが、そういう役割に長けるかどうかは、私はその人がもともと持つ個性のようなものではないかと思います。すると、はっきり申し上げると失業する先生も出てくるし、重要性が高まる先生も出てくることになると思います。難しい問題です。
2つ目は大変面白いご指摘でした。ただそれは生成系AIの話とは違います。一人ひとりの生徒のプロファイリングに応じて指導のやり方を変えるということですね。それによって個別指導に近いものを実現することができるかもしれない、確かに面白いご提案だと思います」
石戸:「人材育成について、国民全体のリテラシーの引き上げと、頂点の引き上げの両面があると思います。『日本でGAFAを生み出すような人材をどう育てていけばよいのか』という議論もありますが、底上げの部分と、新しい革新的なことを生み出す人材の育成、その両面から今の日本に足りないことはどのようなことだと思われますか」
野口氏:「日本の初等教育はかなりうまくできていますから、底上げはほとんど必要ないのではないでしょうか。全くできていないのが専門家の養成で、それこそがまさに日本が遅れていることです。重要なのは頂点の引き上げです」
石戸:「頂点の引き上げのところを、これからどのように担保していくか。それがこれからの日本の経済成長の視点からもとても大事ということですね」
野口氏:「そうです。そして先ほど申したように、それを実現する最も確実な方法は破壊することですけれど、それはコストがあまりに高すぎる。ではどうしたらよいか、それが重要な問題です」
石戸:「そうですね。日本のすべての学校の領域において、新しいタイプの学校もベンチャー的に生まれていますので、そういうところからの破壊的な教育の改革も期待したいと、私は思っています。
最後の質問です。例えば創造性ひとつとってみても、これまで人間だけの創造性だと思っていたのに、かなり生成系AIに担っているところがあります。改めて人間に『創造性とは何か』突きつけられているのではないかと思います。最終的にここだけは人間しかできない、どんなにAIが進んでもここだけは人間ではないか、『人間とはなにか』にも通ずるところだと思いますが、どこだとお考えですか」
野口氏:「生成系に限らずすべてのAIは、見かけ上、創造を実現しているように見えるけれども、それは創造ではない、創造ができるのは人間だけだと、先ほど強調しました。AIに創造はできません」
石戸:「実は、『シンギュラリティーはもう来ているのか』とか、『来ると思うか』という質問もきていますが、いかがでしょうか」
野口氏:「いや、今はそれよりずっと手前の段階です」
最後は石戸の「産業革命のときには、さまざまな仕事がなくなりながらも新しい仕事が生まれた、それと同義のことが起きると捉えられるとも思います。人工知能の発展は『人間とは何か』理解が深まるきっかけにもなり、非常に面白いと思います」との言葉でシンポジウムは幕を閉じた。