概要
超教育協会は2023年3月22日、一般社団法人シンギュラリティ・ソサエティ代表理事の中島 聡氏を招いて、「IT学園都市構想」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、中島氏が、日本の教育を根本から変えて産業のDX推進を促し、少子高齢化や地方活性化対策にもつながる「IT学園都市構想」に関する講演を行い、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「IT学園都市構想」
■日時:2023年3月22日(水)12時~12時55分
■講演:中島 聡氏
一般社団法人シンギュラリティ・ソサエティ 代表理事
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
中島氏は、約40分間の講演において、活動拠点を置く米国からの視点で日本の学制や雇用の問題を指摘し、その解決策として「IT高専」を中心とする「IT学園構想」について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
【中島氏】
「IT学園都市構想」は、現在の日本が抱えるさまざまな問題の解決にはまず教育をしっかりさせなければとならない、という考えに基づき提唱しているものです。IT学園都市構想の根底には、少子高齢化、デジタルトランスフォーメーション(以下DX)進展の遅れ、生産性の低さや一人当たりGDPが上がらない「失われた30年」問題など、日本が抱えるいくつかの大きな問題があります。加えて、教育分野における大きな問題が、大学が「優秀なソフトウェアエンジニアを育てる場」になっていないことです。これは受験の苦しさもあって大学が基本的に「遊ぶところ」になっていることが影響しています。さらに、日本の会社がソフトウェアエンジニアにとって「きつい・帰れない・給料安い」という「3K」環境であることも、欧米企業との大きな違いであり、大きな問題です。
▲ スライド1・IT学園都市構想の根底には
「日本が抱える諸問題」がある
例えば、世界企業の時価総額ランキングを見ると、平成元年にはトップ20の14社が日本企業でしたが、30年後の平成31年には1社も入っていません。
▲ スライド2・平成の30年間で日本企業は
世界時価総額ランキングから消えた
1人当たりの労働生産性とGDPの国別比較では、2020年には日本の労働生産性は28位、GDPは23位でした。いずれも先進国中最下位という状況です。
DXの本質はデジタル技術で「既存ビジネスを駆逐」すること
日本でDXの進展が遅れていることについて、その理由のひとつに日本では「企業がデジタル技術を取り入れて生産性や顧客サービスを向上すること」と誤解されていることがあります。そうした考えのもとで、昔ながらのビジネスを展開する企業が、ITコンサルタント企業に多額の費用を払ってDXを進めようとしても全くうまくいきません。なぜなら、本来のDXとは「デジタル技術を活用した新しいビジネスモデルが誕生し既存のビジネスを駆逐すること」だからです。
わかりやすい例がAmazonです。Amazonはインターネットで本を売ることで、消費者の自宅に豊富な本が届くという新しい付加価値を生み出し、既存の書店を駆逐しました。このように、既存企業がITコンサルタントを雇ってデジタル技術を取り入れるのではなく、ベンチャーが最初からデジタル技術を前提としたビジネスモデルを組み立てて新たな価値を生み出し、顧客を既存ビジネスから奪うのが正しい形のDXです。そういうベンチャーが育つためには、優秀な人材が学校から輩出され、気持ちよくベンチャービジネスに飛び込める社会環境が必要です。日本は、この部分がうまく機能していないためDXが進まないのです。
▲ スライド3・日本人の多くが誤解している
「DX」の本質
日本でDXが進展しない理由は他にもあります。IT業界の構造とも関係するソフトウェア開発のあり方に問題があります。日本では政府をはじめ銀行・電力・自動車・家電など多くの企業が自社でソフトウェアエンジニアを抱えず、必要なソフトウェアの開発を外注しています。私は、SIer(システム・インテグレーター)やITコンサルタントとも呼ばれるこうした外注先について、下請け・孫請けを大量に使うビジネスモデルを大手建設会社(ゼネコン)になぞらえ、「ITゼネコン」と呼んでいます。
顧客から直接仕事を受ける「プライムベンダー」であるITゼネコンは、基本的に営業が主体で、せいぜい仕様書の作成までしか行いませんが、残念なことにここが理系大学/大学院卒の学生を大量に採用しています。こういう会社は、日本独特の終身雇用・年功序列・解雇規制などを考慮して理系社員をソフトウェアエンジニアという「専門職」ではなく、何でもできる「管理職」に育てようとします。
つまり、せっかく理系大学/大学院で勉強した学生が、ITゼネコンやその顧客企業に入社してしまうとソフトウェアを作らなくなるのです。彼ら理系学生のキャリアパスは、ソフトウェアの仕様書を書き、それを下請けに投げて管理し、やがて管理職になっていくというもので、実際にプログラムを書いているのは下請けの更に下に位置する「孫請け」の、しかも「派遣社員」です。
そういう孫請けの派遣社員には文系大学や専門学校を出た人が多く、派遣会社に就職すると1~2カ月の簡単な講習を受けて「なんちゃってソフトウェアエンジニア」に仕立て上げられ、与えられた仕様書通りにプログラムを作っています。文系の彼らにはプログラミングは不得意な分野ですが、派遣会社で講習を受けてプログラマーになれば、仕事は大量にあってあぶれることもありません。しかし、彼らに話を聞くと「得意ではない仕事を長時間させられ、給料も安くてつらい」と言います。不得手な仕事で給料も安く、しかも残業まで強いられるのですから生産性は上がらず、優秀なエンジニアは育たず、良いソフトウェアもできません。
この典型的な弊害が、みずほ銀行のオンラインシステムです。ここは複数のITゼネコンに発注しているという事情もあって下請け・孫請けを合わせて開発会社は約900社に及びます。一つのシステムに900社・数千人の人が関わり、しかも実際にコーディングしているのは派遣会社から来た文系社員では、よいソフトウェアができるはずがありません。結果としてこの銀行のシステムは何度も障害を繰り返しています。
みずほ銀行の話をしましたので、ここで金融業界におけるDXについて考えてみます。先述したように、既存銀行がウェブサイトなどデジタル技術を使って活路を見出すのではなく、Fintechと呼ばれる旧体制とは無縁な銀行ベンチャーが新技術と優秀なエンジニアで新たな価値を預金者に提供して既存銀行から顧客を奪い、そこに新たなビジネスが生まれるのが本来のDXです。それが全く起こっていないのが日本の現状なのです。
学生時代に「本当の勉強」をするために「昭和の価値観」からの脱却が必要
ここからは教育に関わる話です。戦後の高度成長期における典型的な成功パターンを私は「昭和の価値観」と呼んでいますが、そのパターンでは、小中学校時代は塾に通い、中学・高校では「受験に最適化された勉強」をします。
▲ スライド4・日本の教育の弊害となっている
「昭和の価値観」
その理由は、受験を突破して一流大学に入れれば「新卒の一括採用」で圧倒的に有利な立場になれるからです。そして大学に入れば、勉強はろくにせずにサークル活動や合コンの合間に最低限の単位だけ取得し、3年生で内定を取って一流企業に就職します。そういう人たちを世の中に送り出してきた日本の教育システムは、令和の今日でも基本的に変わっていません。
就職後は未だ根強く残る終身雇用・年功序列システムの下、同じ企業でなるべく長く、それも専門職ではなくて管理職を目指して働き続けて退職金をもらいます。定年退職した役員や管理職クラスは数多くの子会社に天下りし、たいして働かずに5年ほど居座って給料をもらい続け、2度目の退職金を受け取って年金生活に入る、というのが高度成長期に作られた「昭和の価値観」の仕組みです。
このことを日本人はもっと認識すべきです。終身雇用制は徐々に崩壊し、「生涯一会社」という考え方も共通認識ではなくなりつつありますが、日本人の根底にはこの価値観が消えていません。親は子どもを塾に入れ、中高一貫校を含めた受験校に入れ、受験勉強させて良い大学に入れるまでが役目、子どもはよい大学に入ったらあとは遊んで内定を取って正社員になる、という昭和の価値観が未だに根強いために「本当の勉強」をしていないです。
私は、本当の勉強とは、「色々なことを学ぶ中で得意で夢中になれるものを見つけ、それを徹底的に伸ばして世の中に価値を提供すること」だと考えます。しかし日本ではそういう勉強を、受験勉強に追われる中学・高校生も、遊びまくっている大学生もしていません。私はこの昭和の価値観をベースに作られてしまったシステムを根本から破壊しなければならないと考えています。
旧態依然の価値観がはびこる教育界のゲームチェンジャーとなる「IT高専」
日本では、多くの子どもが「小中学校」で受験勉強して「受験校」に進み、「ぬるま湯大学」で遊びながら内定を取り、就職していきます。一方で、「本当のDX」が進まない日本では企業の新陳代謝が進まず、競争力を失った企業がいつまでも残っていて、昭和の価値観に縛られた人たちが経営の中枢を握っているケースも少なくありません。この仕組みを打破しようにも、「ぬるま湯大学」や「競争力を失った企業」を立て直すことは今からでは到底できません。
▲ スライド5・既存の仕組みを
直そうとしても無理ならば・・・
それならば、いっそのこと「子どもたちのキャリアパスを根本的に変えるべき」という考えに立って、日本特有の高等専門学校(高専)という仕組みを生かして「IT高専」を作ってみてはどうかと考えました。高専は元々、理数系が得意な子どもが5年間で機械工学や電子工学を勉強し、製造業で工員や設計者になるために作られた学校です。IT高専という私の考えは、そういう既存の高専とは別に、ITに特化させた高専を作ろうというものです。
具体的には、ソフトウェアをメインに、ハードウェアでも3Dプリンター・ドローン・ロボットなど今必要とされている人材を養成する高専です。東京一極集中を解消するためにも日本全国で50校ぐらい作り、地元で理数系が得意な子どもたちにとって魅力的な進学先になれればよいと考えています。そのために充実させたいのは英語の教育です。
ソフトウェア自体は、2~3年勉強すればプロレベルになれますので5年あれば十分ですが、英語が使えなければソフトウェアエンジニアとして使い物になりません。そういう「英語が使えるエンジニア」を育成するには、おかしな受験システムの延長上にあって教員の考え方も古い大学を手直しするよりも、15~20歳の5年間を使って英語とソフトウェアが学べるIT高専を作るべきです
▲ スライド6・日本独自の仕組みを活用した
「IT高専」を作るべき
彼らが日本のITベンチャーに入るか、あるいはITベンチャーを起業してくれれば理想的です。ただ、そういう世界で通用する人材は、Google、Amazon、Microsoftなど外資系巨大IT企業から見ても魅力的です。しかもそういう企業は学歴に全く拘りません。私も人を雇う立場だったのでよく分かりますが、プログラムを書きソフトウェアを作るのが三度の飯よりも好きで、何時間でも働き、かつ英語が話せるなら彼らは喜んで採用します。そういう人こそ世の中で活躍できるのです。そういう人材を大量に生み出せなければ日本の国際競争力は失われていくばかりです。
2011年にマーク・アンドリーセンという人が「Why Software Is Eating The World(なぜソフトウェアが世界を食べてしまうのか)」という論文で述べたように、全ての商売でこれからはソフトウェアが鍵を握ります。ソフトウェアを最大限に活用した新しいビジネスを作り、昔ながらのビジネスから顧客を奪わない限り、日本の1人当たりGDPは伸びず、生産性も上がりません。IT業界にとって魅力的な「英語が使えるエンジニア」を大量に生み出すことが日本の競争力を上げる最大の答えです。
とはいえ、5年間で英語が使えるエンジニアを育てるのは容易ではない、そもそも教員は確保できるのか、と懐疑的な見方もあるでしょう。しかし今日、ソフトウェアに関してはオンラインで学べます。例えば、オンライン教育サービスのUDACITY(ウダシティ)やCOURSERA(コーセラ)では、スタンフォード大学やハーバード大学でコンピューターサイエンスを教えている超一流の教師の授業を受けることができます。
▲ スライド7・ハーバード大学などのオンライン授業と
企業のインターンシップを活用するIT高専
もちろん授業は英語ですから、IT高専でも最初の1~2年は理数系授業を最低限にとどめ、全体の3分の1程度を充てて徹底的に英語教育を行います。最終目的は英語が使えるエンジニアの育成ですが、まずは英語のオンライン授業を受けられる英語の聞き取り/読み書き能力を育てます。
そして3年生からはオンライン授業を受けさせますが、IT高専が授業を自前で用意するのではなく、既存の素晴らしい教材を活用するのですから、いわゆる「リモート授業」と異なり教師が必要ありません。もちろん教師が全く不要というわけではなく、何人かのティーチングアシスタントは必要です。ただ、今は話題のチャットGPTのようなAIがソフトウェアの勉強に詰まった生徒の質問に答えてくれますので、そうしたものの活用で教員数をさらに少なくできます。
また、ソフトウェアは単に授業を受けるのではなく、自ら何かを作っていく「実習」が大切です。ここでは実習指導の先生が必要になりますが、これも全て学校が提供する必要はありません。優秀な学生を早く見つけて採用したいITベンチャーや外資系巨大IT企業にインターンシップを提供してもらえばよいのです。
ITインターンシップは、生徒たちにソフトウェアやドローンを作る実習をさせたいIT高専側と、優秀な生徒を早く見つけたい企業側のマッチングとして最適な取り組みになるでしょう。そうした企業から「こういうものを生徒たちに作らせてみたら」と提案してもらい、それを実際に生徒が作り、その採点も企業側に委ねることで、多くの教員を割かずに生徒たちに実習環境を提供できます。
このように、従来の学校とは全く異なる形態にすることで、IT高専の教員数は最小限に抑えることができますが、生徒の生活指導などメンタル面はさすがにAIに任せることはできません。私は、生徒たちのモチベーションや健康的な食生活を維持するためにもIT高専は全寮制にすべきと考えていますが、そこに優秀な人材を配置することは重要です。ただ、そういう人材は特にITが得意である必要はありませんので、その点を考えても、IT高専を日本で50カ所作るということは十分可能と考えています。
IT高専やベンチャー企業を地方活性化の呼び水に「IT都市」を創出する
このIT高専を全国50カ所に作ることを私は「IT学園都市構想」と呼んでいます。その理由は、少子高齢化で過疎化が進む地方、人口減少や市町村合併にともなう学校閉鎖や土地価格の下落がある地方の状況を考えたとき、そうした地方にIT高専を作り、ベンチャー企業を誘致するだけの余地がるのではと考えたからです。ベンチャー企業に対しては、オフィススペースの無料提供や、インターンシップを通じて優秀な学生を早く見つけられる魅力が誘致材料になるでしょう。
IT特区を活用するという手法もあります。日本の地方が抱える問題の一つに、ローカル線や路線バスの廃止などで高齢者の移動手段が減っていることがあります。ここにベンチャー企業とIT高専がタッグを組んで自動運転のマイクロバスを走らせる実証実験のプロジェクトを進めていけば高齢者がリスクを負って自ら運転する必要もなくなります。そうした実証実験をするためにIT特区を作り、そこにIT高専を作り、ベンチャー企業も誘致することでIT都市を創出するという考え方です。
この考え方はさらに広げていくことができます。例えば、介護人不足は今後の日本では全国で深刻な問題になるでしょう。最終的な介護はロボットが担うとしても、その支援を行うハードウェアやソフトウェアの開発、高齢者のメンタルケアにAIを活用する取り組みをはじめ、VRグラスを使って高齢者が世界旅行を楽しめるバーチャルツーリズムのような新規ビジネスの創出、高齢化が進む農林水産業にロボットやドローンを採用して効率よく生産を行なっていく研究など、ベンチャー企業とIT高専が組むことで具体的にプロジェクト化していけるでしょう。できるだけオープンソースを活用して、作ったものを皆で共有する環境ができればなお良いと考えます。
ただ、こういうことにはそれなりの資金が必要なため、国に出資してもらうのか、寄付を集めるのかを考える必要があります。ベンチャー企業に出資を仰ぐのは難しいためベンチャー投資と絡めることも考えるべきでしょう。色々解決すべき問題はありますが、日本でも最近、「神山まるごと高専」という、なかなか面白い高専ができました。そういうところも参考にしながらIT高専を立ち上げて、世界で通用するエンジニアを育てたいと考えています。
▲ スライド8・IT高専を地方活性化の中核とする
「IT学園都市構想」
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