個人の「学び直し」ではなく、企業主体の「業務」
第113回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2023.3.10 Fri
個人の「学び直し」ではなく、企業主体の「業務」</br>第113回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は202321日、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤 宗明氏を招いて、「リスキリングとはなにか?デジタル時代の波に乗り遅れないために」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、後藤氏が、リスキリングの最新事情や課題などについて講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

■日時:202321日(水)12時~1255

■講演:後藤 宗明氏
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

後藤氏は、約40分間の講演において、リスキリングの定義と歴史、海外事情と日本での課題、注目される先行事例などについて説明した。主な講演内容は以下のとおり

202210月に岸田 文雄首相が所信表明演説で、個人のリスキリング支援に「5年で1兆円を投じる」と表明したこともあって注目されているリスキリングですが、日本とアメリカなど海外では認識に違いがあるようです。

 

まず、リスキリングの目的は「技術的失業(Technological Unemployment)」を防ぐことです。技術的失業とは、「テクノロジーの導入で自動化が加速することで人間の雇用が失われる社会的課題」を指します。これに対し、「デジタル等の成長分野で多くの雇用が生まれるので技術的失業は起きない」という意見もあります。しかし、自動化の進捗で失業した人々が、デジタル等新たな成長分野の仕事にそのまま就けるかというと、現実にはスキルギャップがあって困難です。そこで、失われる仕事から成長産業に移行していくために必要とされるのがリスキリングです。

 

▲ スライド1・リスキリングは技術的失業の回避に必要

 リスキリングは自発的な「学び直し」ではなく 企業主導で「新しいスキルを再習得させる」こと

リスキリングのリスキル(reskill)は「新しいスキルを再習得させる」という他動詞で、もともと「組織が従業員をリスキルする」という意味です。ところが、日本ではよく「リスキリング(学び直し)」などと表現され、「個人が自主的に取り組むもの」という理解が広がってしまっています。リスキリングは組織の事業戦略に基づいて行われる職業能力の再開発であり、組織が実施責任を持つ「業務」ということはできます。個人が自主的に行う「学び直し」とは根本的に異なります。

 

▲ スライド2・リスキリングの実施主体は
「個人」ではなく「組織」

 

「業務としてのリスキリング」を従業員視点でみると、「新しいことを学んでスキルを身につけ『実践し』、新しい業務や職業に就くこと」と言い換えられます。「実践し」を強調したのは、新しいことを学ぶだけで新しい仕事に就くのは難しく、スキルとして身につけ、実践するところまでいって初めて、新しいチャンスや仕事をもらえるようになるからです。リスキリングは、スキルを身につけて実践した上で「新しい業務や職業に就くこと」が最終ゴールですので、早くその方向に議論をシフトさせていかなければなりません。

 

▲ スライド3・リスキリングとは学ぶことでなく
新しい業務や職業に就くこと

 

リスキリングが「学び直し」と誤解される理由に、リカレント教育やスキルアップとの混同があります。リカレント教育とは大学で勉強就職退職して大学院で勉強再就職といったサイクルを回し続けるもので、時間と費用は個人が捻出します。リスキリングは、一義的には企業が、デジタル競争力の高い国では国が、責任を持って実施する仕事に直結する取り組みで、リカレント教育とは似て非なるものです。 

 

また、スキルアップは和製英語で、英語では「Upskilling(アップスキリング)」と言いますが、これには「上に行く」という意味があり、例えば、経理担当者がより高度な経理業務を身に付けることが該当します。これに対しリスキリングは、新しい分野のスキルを身に付け新しい仕事に就くもので、例えば店舗営業からデジタルマーケティングへの配置転換などが該当します。同じ分野でより上を目指すか、それとも新しい分野を学んで新しい仕事に就くのか、の違いです。

米国など海外では「3年間で3.5億人」がリスキリングに成功

世界規模でリスキリングの旗振り役を果たしている世界経済フォーラムは、2020年、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」という宣言を採択しました。当時、2年間に7,500万人分の雇用が消失する一方、デジタル等成長分野で1.3億人分の新たな雇用創出を見込んでいました。

 

その後、新型コロナウイルス感染症の影響でこの数字は修正され、雇用消失が8,500万人分に増えたのに対し、雇用創出は9,700万人分と減ってしまっています。このギャップを埋めていくためにも、リスキリングを加速しなければいけないというのが世界で広まった論調です。

 

海外でリスキリングが進んでいる最大の理由は採用コストです。外部の採用会社に依頼する場合と比べて、リスキリングではコストが6分の1で済むという試算があります。特にデジタルなど高度人材は給与水準も高く、外部採用より内部育成のほうが低コストということで注目されているのですが、加えて、「従業員は資本」という人的資本投資の価値観の高まりも影響していると考えられます。

 

また、デジタル人材はカルチャーが合わずにすぐ退職してしまう傾向が強く、それならばじっくり社内で育てた方がよい、ということもリスキリングの導入目的になっています。リスキリングで成果が出るまで平均1218カ月かかりますが、それでもコストが安いのです。2019年に行われた、米国・カナダ・オーストラリア・シンガポール・ニュージーランドの5カ国調査では求人の7割がデジタル関連になっています。しかし、そこで仕事できる人材がまだまだ不足している状況なので、リスキリングに非常に注目が集まっているのです。 

 

リスキリングは個人のキャリアアップにもつながります。例えば、コールセンターのヘルプデスク担当者が「コミュニケーション」スキルを活かしてオンラインのインサイドセールスの仕事に就き、そこで得た「営業」スキルを使って営業教育研修の担当者になり、さらにそこで身に付けた「教育&育成」スキルで人材不足が深刻化している「カスタマーサクセスマネージャー」に就くと、最終的には最初の2倍以上の年収を得ることができると考えられます。リスキリングの成功が昇給・昇格やキャリアアップへつながることがデータで明らかになっているのです。

 

海外におけるリスキリングの最新動向ですが、20231月に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では過去にないレベルでリスキリングに関するディスカッションが繰り広げられました。「10年間で10億人」という目標に対し、3年目で3.5億人のリスキリングを実施できたとする会見には、米国の労働省長官とアクセンチュアCEO、ペイパルCEOなどが参加しました。 

 

この会議におけるリスキリングのセッションでは、「スキルベース雇用の重要性」と「アプレンティスシップ制度の重要性」という2つのメッセージがありました。これらについては後ほど詳述します。

 

リスキリングの先進的な事例を行っている人々にインタビューすると、「企業主導」と「国家主導」という2つのパターンがあることがわかります。このうち企業主導のパターンについて、私はデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進のための人材不足を補うような「攻め」のリスキリングと、ベテランの中高年社員の雇用を守るような「守り」のリスキリングに分類していますが、現在、お問い合わせいただく78割は「守り」のリスキリングです。

 

▲ スライド4・企業主導のリスキリングには
「攻め」と「守り」がある

国内外の最新リスキリング事例 老舗ジーンズメーカーは売上が80%もアップ

リスキリングの成功事例として、米国リーバイスの取り組みを紹介します。同社は典型的な店舗型営業で新型コロナウイルスによるロックダウンの影響をまともに受け、従業員の15%にあたる人員整理を余儀なくされました。そこでCEOがデジタルシフトを宣言して従業員350名の候補者から43名を選抜し、2カ月間完全に仕事から離れて、週5日・19時間、コーディング、機械学習、統計分析などを学びました。このリスキリングにより、店舗スタッフからデータサイエンティスト、デジタルマーケティング担当に職務変更が行われ、例えばアプリ画面でジーンズの好きなところにダメージを付けると、そのとおりカスタマイズされたデニムが届けられるDTC(オンライン直販)ビジネスが成功して、20225月には売り上げが前月比80%売上伸びました。リスキリングがデジタル化と売上増加につながった事例です。 

 

また、サウジアラビアのプラスチック包装(ペットボトル)・印刷事業者、サウジアラビアのある製造業では、SDGsの時代にペットボトルと印刷では将来性がないとCEOがデジタル化を宣言して全従業員の約60%にあたる2,000人をリスキリングし、旧来の工場を、スマートファクトリー(無人化工場)に変えました。

 

ここでは従業員が工場を歩き回ることなくモニターに向かって仕事をしています。さらに同社は、自社のDXとリスキリングの経験そのものを活かして製造業向けのデジタル変革コンサルティングサービス事業を立ち上げ、現在はこの新規事業が売上の3割に達しています。このようにリスキリングは従業員が新しいスキルを身につけられるのみならず、企業の成長にもつながります。

 

一方、日本は、「リスキリングはオンライン講座を契約して従業員に好きに学ばせること」という考え方がまだ主流で、新たな職種に就くことまで考慮されていません。そのためリスキリングの成功事例も多くありませんが、その中からいくつか紹介します。

 

名古屋に本社を構える西川コミュニケーションズという1906年創業の老舗印刷会社です。主業務は今ではほとんど使われない電話帳の印刷でしたが、2013年からリスキリングを始めて、リストラを行わずに、デジタルマーケティング、3DCGAI導入支援などを行う企業に変貌を遂げました。

 

リスキリングにあたっては、課題図書を全社員に配布したほか、社長の「学びを止めると収入が下がる」を掛け声に業務時間の20%をリスキリングに充て、全従業員400余名のうち社長自身を含む80名が人工知能分野のG検定を取得しました。現在はWebマーケティング、ブランディング、動画制作、コーディングの4分野でリスキリングのコースを設定し、従業員が自由に選択できるようにしています。 

 

自治体では、広島県が「リスキリング推進協議会」を設置して、県としてリスキリングを行う中小企業を支援しています。ここでは、企業が「自社でこういうリスキリングに取り組む」という「リスキリング推進宣言」をして、そこを助成金で支援していく仕組みを作っています。

 

また石川県加賀市は、2014年に選定された「消滅可能性都市」の一つですが、これを「挑戦可能性都市」に置き換えてデジタル化に積極的に取り組み、マイナンバーカード普及率で全国1位になったこともある自治体です。同市は、金融機関、商工会議所、労働組合などと共にリスキリング宣言を行い、来年度から助成金でリスキリングに取り組む企業を支援する取り組みを開始します。

 日本におけるリスキリングの課題とは

次にリスキリングの課題について説明します。現在、米国では、大量の従業員が自主的に会社を辞める「The Great Resignation(大量退職時代)」に歯止めがかからず、大きな社会問題になっています。この背景には、新型コロナウイルスのロックダウンによる価値観の変化があり、2021年の11月には過去最高の453万人がレイオフや人員整理ではなく自主的に退職しました。退職事由として実に80%が「雇用先が成長する機会を提供してくれないこと」を挙げていて、その後も退職者数は毎月400万人前後という高い数値で推移しています。 退職傾向は特に若い世代で強く、Z世代では91%が今の会社を辞めたいと考えています。

 

日本でビズリーチ社が実施したアンケートでは、「現在リスキリングに取り組んでいるか」という設問に対し「取り組んでいる」が54.8%、「取り組んでいない」が45.2%、取り組んでいる人の内訳では「勤め先で取り組んでいる」が9.4%、「個人で取り組んでいる」が40.3%となっています。まさにリカレント教育の延長上にある「個人での学び直し」が多数派となっていますが、これにはアンケート対象者の転職志向が高いため、個人でリスキリングに取り組んでいることが背景にあると考えられます。

 

一方、「あなたの会社では現在リスキリングに取り組んでいますか」という設問には、「取り組んでいる」19.2%、「取り組む予定」38%、「取り組む予定はない」42%となっています。個人との数字のギャップが意味するものは、「リスキリングによる成長の機会を組織が提供しないと、意識の高い優秀な社員ほど社外に成長機会を求めて出ていってしまう」ということです。

 

日本の「働き方」に関する課題としては、まず、自主的な個人の「学び直し」と、企業が将来に向けて職業能力を再開発する「リスキリング」の混同があります。

 

次に「お金」に関する課題です。リカレント教育のように大学院に行く費用負担や時間の捻出ができる人はごく限られていますし、今回問題になった「育休中のリスキリング」も、個人が自主的に取り組むリカレント教育との混同から生じた間違った議論の一例です。大企業なら自社のリソースだけでリスキリングを行うことも可能ですが、多くの中小企業は、1人のオペレーションが欠けるだけで仕事が回らなくなるギリギリの経営をしていますので、リスキリングに対する助成金などの支援が必要になってきます。

 

次に「学び」に関する課題です。OECDの調査などで「日本人は学ばない」という数値が出ていますが、日本人は決して怠惰で学ばないわけではありません。4時~5時の定時で帰れる国と7時~8時まで残業が当たり前の日本では学ぶ時間が相対的に少なくて当たり前です。「学ぶ」ことの価値を会社が正当に評価する仕組みにならないと学びは定着しません。

 

また、日本は学ぶことに成功体験を持つ人たちだけで「学ばないのはけしからん」という議論がまかり通っていて、学ぶことが苦手な人たちをどうやってリスキリングして雇用を維持していくのかという議論が全く抜け落ちています。

 

さらに、リスキリングで成果を出した従業員に対して昇給・昇格で報いる仕組みが十分ではありません。ここを整備しなければ優秀な人ほど社外に流出してしまいます。

 スキルの寿命と今後のニーズに着目 2030年に必要となるスキルは

日本のリスキリングは、オンライン講座を契約して好きな時間に学ばせる形態が主流ですが、これは優秀な社員に武器を渡して外部流出を助長するようなものです。そこで、リスキリング推進に必要な7つのアクションをお勧めしています。

 

▲ スライド5・リスキリング推進に必要な
「7つのアクション」

 

まずリスキリングは事業の方向性に関わりますので、全社プロジェクトとして経営直轄で行うものです。そして、将来的に部署ごとに必要となるスキルの見極め、従業員が現在持つスキルの可視化、リスキリングで身に付けたスキルを証明する仕組み、スキルを活かした配置転換の仕組みなどの整備が求められます。最も大切なことは、リスキリングした従業員には昇進・昇格で報い、外部流出を防ぐことです。これらのアクションを総合的に行えなければリスキリングは成功しません。 

 

特によく質問を受けるのは「将来どのようなスキルが必要になるのか」ということです。スキルを樹木に例えると、幹=耐久性のあるスキル、葉=陳腐化しやすいスキル、枝=幹を動かすフレームワークとなる半永久的スキルに分けられますが、いずれのスキルにも寿命(有効期間)があります。 

 

さまざまなスキルの寿命を考えてみると、「リーダーシップマネジメント」や「アントレプレナーシップ」のように従来も今後も大事な普遍的ビジネススキルは「ソフトスキル」と呼ばれ、20年近く有効期間を保てます。一方、テクノロジースキルやデータスキルなどの「ハードスキル」には、有効期間が10年を切ってしまうものもあります。特にAIの最新スキルなどは日進月歩で更新されますのでアップデートし続けなければなりません。このようにスキルによって有効期間は大きく異なります。 

 

2030年に必要となるスキルはどういうものでしょうか。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授は「The Future Of Skills Employment in 2030」という論文で、第1位に「Learning Strategies(学習戦略)」スキルを挙げています。私はこれを「自分自身を未来に向けてどうやってリスキリングしていくのか」と解釈しています。

 

シンガポール教育省傘下の「Skills Future」という組織は、国民が習得すべき「グリーンスキル」について発信しています。例えば、グリーンビジネスのプロセス設計、カーボンフットプリントの管理など、脱炭素化の時代に必要なグリーンスキルを提示していて、それらを身に付ける方法なども議論されています。 

リスキリングの効果を高める取り組み 注目を集めるアプレンティスシップ制度

私は、将来必要なスキルから現在保有するスキルを差し引いてスキルギャップを明らかにすることを「学びの定量化」と呼んでいます。スキルギャップを明確にして何が足りないのかを定量評価できるようにすることが非常に重要です。

 

▲ スライド6・スキルギャップの明確化には
スキルの定量化が重要

 

私が日本での事業を担当しているSkyHiveという会社は、学びの定量化や現在のスキルの可視化を可能にして、将来必要になるスキルとのギャップを明確にするアプリケーションを提供しています。多くの企業に対してリスキリングによって人員整理をせずに社内異動を促進させる取り組みや、採用コストの削減、デジタル人材の育成などを支援しています。

 

また、海外では今、リスキリングの先行事例として「アプレンティスシップ制度」が注目されています。これは、給料を受け取りながら職場で実践的なリスキリングを行う、いわば「企業における職業実習訓練制度」です。当初は試用/見習い期間として給料も低めですが、実践を積みながらリスキリングしていくことで正社員への道が開きます。特に、社内でなくなっていく部署から成長事業へ移動する際などに有効な制度で、自治体からの助成金支援を前提としたものと、企業が自社育成するものの2パターンがあります。

 

米国政府は、アプレンティスシップ制度を通じて国民にリスキリングの機会を提供する「Apprenticeship USA」を運営しています。これは労働省傘下のプログラムで、アプレンティスの人を雇いたい経営者、リスキリングに取り組みたい労働者、それを支援する教育業者の3者がワンストップでつながるポータルサイトを国と州政府が管理する仕組みです。

 

例えばフィラデルフィア市は、デジタル人材を外部募集しても低給与で集まらないため、アプレンティスシップ制度を運用して市役所内でデジタル人材の育成に取り組んでいます。その他、リスキリングに関する最新事情は、LinkedInのニュースレター、日経COMEMOのブログ、当法人のホームページなどで随時発信しています。

 

>> 後半へ続く

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