概要
超教育協会は2022年11月9日、関西国際学園 学園長の中村 久美子氏を招いて、「唯一無二 理想の教育 無いなら創ろう 初等教育からのチャレンジ20年の軌跡」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、中村氏が、日本の教育の問題点と学校設立の経緯や目的について講演し、後半では、同校初等部・中高等部マネージャーの世良田 ゆかり氏も参加して、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「唯一無二 理想の教育 無いなら創ろう 初等教育からのチャレンジ20年の軌跡」
■日時:2022年11月9日(水)12時~12時55分
■講演:中村 久美子氏
関西国際学園 学園長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
中村氏は、約30分間の講演において、学校設立の経緯とその目的について説明した。主な講演内容は以下のとおり。
関西国際学園は、2001年設立の「関西インターナショナルスクール乳幼児部」からスタートしました。翌年には「関西国際学園 初等部(小学校)」を設立し、現在では初等部・中等部・高等部がある約3,000坪の神戸キャンパスに加え、関西9校、関東6校の幼稚園部を含めて全18校になります。
2015年には、国際バカロレア(International Baccalaureate:以下IB)の初等プログラム(PYP)の認定校になりました。その後、高等プログラム(IBDP)の認定校になり、中等プログラム(IBMYP)も候補校になっていますのでフルIB校ということになります。
最近の大きな変化としては、2019年にIS(Council of International Schools)のメンバーシップ校になりました。CISは、学校設立当初からIBと共に取得を目指していた認定です。私どもは株式会社として学校運営を行っているため、これまで卒業だけでは高校卒業資格が得られませんでしたが、CISという国際的な教育認定を受けることで文部科学省からも高卒認定試験が要らない学校として認められることになります。学校法人とは少し違いますが、日本国内を含む世界中の大学に進学できる認定を目指し、着々と進化しています。
▲ スライド1・本校における
国際バカロレア(IB)とCIS認定の歩み
「間違えない達人」を育てる 日本の学校教育はもはや限界
学校を作った理由は、自分の子どもが就学するときに、日本の学校教育に疑念を抱いたからです。それまで企業で新規卒業の社員研修やトレーニングを約10年間、担当してきたことから、さまざまな人たちと接してきました。怖がりで失敗を異常なまでに恐れる人、自己肯定感が非常に低い人も数多く見てきました。良い大学を出て頭もすごく切れる人が「僕、全然駄目です」、「私、自分に自信がありません」と言うのです。自己否定してチャレンジしない人たちを生み出す背景には、教育の問題があるのではないかと感じ、そんな学校に自分の子どもを通わせられるかと考えさせられました。
私自身の経験では新規卒業者の8~9割が自分に自信を持てていません。有名大学出身者ですら多くが「指示待ち人間」で、プロジェクトの進行中も「上手くいくのですか」、「失敗したらどうしますか」といった類の質問ばかり。「失敗を修正しながら成功を導くのだから、失敗してもいいのよ」と説明しても腑に落ちないようでした。こうした自己肯定感の低さは教育に起因すると考えました。今どきの「間違えない達人を育てる教育」が、もはや時代に全然合っていないのです。
日本の教育システムについて、わかりやすい事例があるので紹介します。IB認定校として本校スタッフも受けている研修資料からの引用で、日本の大学入試を揶揄したものです。
▲ スライド2・サルだけが喜ぶ問題は
フェアと言えるのか
右側に座る男性が大学教授、その前に並ぶさまざまな動物たちが受験生で、勉強は不得意だが癒し系で人に好かれるイヌ、海に潜れるアザラシ、大柄で力持ちのゾウ、寒いところもOKなペンギン、器用なサル、空を飛べるカラスなど、能力はそれぞれ違います。リアルの社会もこのようにさまざまな能力を持った人たちが集まって会社やコミュニティを形成しています。一方で、大学入試では皆が同じテストを受けていますが、それはフェアなのでしょうか。
教授は「フェアな選考を行うために同じテストを受けてもらいます。後ろの木に登りなさい」と言っていますが、これで喜ぶのはサルだけです。サルであればたとえ性格が悪くても、コミュニケーション能力が足りなくても合格できてしまうテストはフェアとは言えません。だから海外の大学入試では、全員が一斉に行う穴埋め問題よりも面接を重視します。
しかし、日本の大学はマンパワー不足などもあって積極的に面接を取り入れていません。近年は変化の兆しも見えますが、その波はまだ大きなものではありません。この大学入試制度を変えない限り、小中学校や高校の教育も変わらないでしょう。
正解を求める、大量の情報の記憶、速いスピードで解く これら3つが日本の教育の問題点
日本の教育の問題点として大きく3つのことがあると考えます。まず、「正解を求める勉強」。常に答えを探すことが優先され、自分の意見を述べることが軽視されています。次に、「大量の情報の記憶」。もちろん知識は大切ですが、知っていても社会では通用しない知識が多すぎます。知人の大阪大学教授も「東京大学 医学部のテストは現場の医者には不要な知識ばかり」と言っています。そして「速いスピードで解く」こと。いずれも大学入試にこそ必要ですが、社会に出ればそれほど必要とされない能力で、大学入試自体が変わっていないから、学校教育も変わらないのです。
▲ スライド3・日本の教育の3つの問題点
関西国際学園は、日英バイリンガルのインターナショナルスクールですが、他校と大きく異なるのは、日本語力を大切に考えていることです。英語など第2言語をどれだけ素晴らしいレベルで話せるかは、母国語である日本語でどれだけ深い思考ができるかによります。したがって日本語教育は絶対に外してはいけないですが、多くのインターナショナルスクールがやっている日本語教育は日本語会話程度です。私どもは、日本語で「数学を学ぶ」、「純文学を読む」レベルまで実践してこそ本当の意味でのバイリンガルになる、というのが考えです。
▲ スライド4・インターナショナルスクールは
日本語教育が不十分
また、アイデンティティも非常に大切です。日本に居ても英語だけを勉強していると、日本人のアイデンティティが崩れ去ります。教科書がすべて英語だと「大切な言語は英語であって日本語ではない」という誤ったメッセージを子どもに送ってしまいます。私は、日本人はしっかりと深いレベルの日本語を「話す」だけではなく、「考える」力も身につけるべきと考えてこの学校を作りました。
株式会社として学校を運営することのメリットは?
関西国際学園 初等部の開校当初はフリースクールのような形でやればよい、と考えていました。開校にあたっては、当時はインターネットもSNSもない為、新聞の折込チラシに「関西インターナショナルスクール初等部開校」を出しました。
すると翌日、さっそく男女の二人組が訪ねてきましたが、入学希望の保護者ではなく教育委員会の方でした。当時言われたことは今でも忘れません。「チラシには小学校開校と書かれていますが、小学校は義務教育です。卒業しても卒業資格を得られないことを保護者に説明していますか」と聞かれたので「そもそも小学校の卒業資格は必要なのですか。単位制ではない義務教育ですから、学校に1日も行かなくても卒業して中学校に行けるのではないですか」と答えました。そして「一応そうですけれども」、「じゃあ卒業資格は関係ありませんね」、「いや、一応決まりなので」という押し問答が続きました。
そこで「私みたいな人間が勝手に作った学校では子どもの学力が心配になるのでしょう。でも、私どもはできない子どもにはきちんと寄り添い、よくできる子どもにはその子に合うレベルの高い教育を提供しますので心配ご無用です」と申し上げたら、「いや、皆に同じことを教えていただかなければ平等ではないですよね」と言われるので、「平等って何ですか。もういいです」と言ってお帰りいただきました。帰り際の女性の方の「不登校児はお預かりいただけますか、フリースクールとして」という一言も忘れられません。「自分からこの学校を選ぶ子どもは認められないが、学校に行けなくなった子どもを預かるのは認める」というニュアンスに驚きましたが、今や教育委員会から私に講演依頼が来ます。時代も変わったものです。
こうして始めた小学校は、幼稚園のように簡単には生徒は集まりません。このまま小さな寺子屋のまま終わるか、それとも社会的インパクトを与えるためにも多くの生徒を集められる組織にするか悩みましたが、最終的には後者を選び、2014年に神戸に移転しました。
現在は、株式会社として学校運営を行っています。株式会社として学校を運営するメリットは大きく3つあります。まず、「カリキュラム」を自由に決められること。学校法人のように学習指導要領に従う必要はありませんが、もちろん全く無視しているわけではなくきちんと教えています。ただ、それ以外の部分は私たちの裁量で自由に設定できます。次に「人事権」です。公立学校の校長には人事権がなく、特定の学校に良い先生が偏らないように3年おきぐらいで先生がシャッフルされてしまいます。しかし、私どもは人事権をしっかりと握っています。そして「免許に縛られない」こと。教員免許を持っているからといって必ずしも良い先生ではなく、逆に教員免許がなくてもすごい人はいます。例えばある塾からスカウトした数学の教え方がとても上手な先生がいますが、彼は教員免許を持っていなかったので、本校で働きながら取得してもらいました。本校もCIS認定校ですので教員免許は必要ですが、こういう柔軟な働き方も可能です。
一方で最大のデメリットは国の補助がないことです。税金も法人税や消費税も含め全て支払う必要があり、これが授業料の高さにもつながっています。仮に学校法人を取得すれば授業料は普通の私立学校並に抑えられ、生徒も大勢集められるのかも知れませんが、現在の教育カリキュラムは維持できません。ここは国の制度が変わることに期待しています。
もう一つ、子どもたちが高等学校卒業程度認定試験を受けなければならないこともリスクですが、将来 CIS認定が下りればこの問題は解消されます。
▲ スライド5・株式会社として
学校を運営するメリットとデメリット
教育の目的とは「幸せになるスキル」を持たせること
最後に、私どもが考える教育の目的について触れておきます。日本は若者の死因に占める自殺率が非常に高い国で、私も知り合いのお子様が自殺されて大変なショックを受けた経験があります。その子は医学部を三浪した日に亡くなってしまいましたが、親が悪意なく子どもを追い込んでしまったり、塾漬けで遊ぶ時間を奪ってしまったりして、傍目にも「可哀想だな」と思える子どもが少なくありません。
▲ スライド6・15-34歳の死因の1位が
「自殺」なのはG7で日本だけ
こういうことを踏まえると、私は、教育の目的とは「自立(自律)」ではないかと考えます。子どもは親のペットではありませんので、いつかは自ら立って出て行ってもらわなければいけません。私たち人間は自由になるために生きているともいえるのです。
そして、最終的なゴールは幸福です。私は子どもに幸せになってほしいし、子どもには「一番の親孝行は自分が幸せであること」だということを理解してほしいです。
▲ スライド7・教育の目的は自立/自律
もちろん、どのような親も「子どもには幸せになってほしい」と言いますが、多くの人たちが幸せの意味を誤解されています。幸せになるためにはスキルが必要です。そして、子どもにそういうスキルを持たせ、幸せと感じられるように育てるのは、私たち教育者の仕事です。
▲ スライド8・「幸せになるスキル」が
教育者の仕事
具体的には、自己肯定感、自己効力感、行為主体性、レジリエンス、批判的思考といったスキルを持つ子に育てることです。
▲ スライド9・幸せになるために求められるスキル
この中でよく聞く「自己肯定感」は、「誰かより勉強ができる」、「誰かよりお金持ちだ」といった「他人と比べる自己肯定感」は、自分より勉強ができる人やお金持ちの人を見た瞬間に崩れ去ってしまいます。それに比べれば、自ら目標を設定し、それをやり抜けると信じる「自己効力感(Self-Efficacy)」)はすごく重要です。
また、「行為主体性」とは「自分で決めること」です。多くの子どもが自分で決めずに生きてきた結果「決められない大人」になり、「自分で決めると責任が伴うので決められない」社会人も少なくありません。この能力は塾や学校で点数を付けられませんが、私は人として最も重要、あるいは全てではないかとさえ考えます。学校で教えることもここです。これがある子が勉強もできるようになるのです。
「うちの子はどうすれば幸せになれますか」とよく聞かれます。そういう保護者の多くは、学歴/収入、有名企業への就職、社会的地位といった成功が幸せの条件と考えています。これを「幻想へのフォーカス(Focusing Illusion)」と言いますが、実際には逆です。
ハーバード大学で幸せと成功の関係を調べたショーン・エイカーによると、幸せだからこそ、最終的に裕福になれる、あるいは社会的地位を持てるのです。この「幸福優位性(Happiness Advantage)」を私どもはいつも保護者の方々にお伝えしています。
▲ スライド10・①~④は幸せになる条件ではなく・・・
▲ スライド11・幸せだから①~④になる
私どものミッションは、日英バイリンガルの探究学習を通して国際社会に貢献できるリーダーを育成することで、それには保護者の方のご理解とサポートが不可欠です。そのために、子どもたちや子どもと向かい合う先生方、そして保護者の方々に、多くのカウンセラーが対応する体制を整えています。
特に、母親に幸せになっていただき、子育ての勉強をたくさんしてほしいと考えています。私自身もそうでしたが、初めて子どもを産んで、何も教えてもらわないまま子育てという大変なことをやって行くのが母親です。この家族の一大事を、自分の想像や価値観で何となくやってしまうとうまくいきません。そうならないように伴走するのが私どもの役割と考えています。
▲ スライド12・関西国際学園のミッション
>> 後半へ続く