「連携力」を高めることでイノベーションが起きる。DXで大切なのは、テクノロジーよりも変革しようというマインド
第104回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.12.2 Fri
「連携力」を高めることでイノベーションが起きる。DXで大切なのは、テクノロジーよりも変革しようというマインド</br>第104回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は20221026日、東洋大学情報連携学部学部長、東京大学名誉教授の坂村 健氏を迎えて、「企業・教育機関のDXをいかに進めるか」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、企業と大学のDXはどのようにしたら推進できるのか、坂村教授が開設した東洋大学情報連携学部INIADでのDXの実例を通して、本当のDXに必要なことを伺った。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「企業・教育機関のDXをいかに進めるか」

■日時:20221026日(水)12時~1255

■講演:坂村 健氏

東洋大学情報連携学部学部長、東京大学名誉教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子

超教育協会理事長

 

キャンパス自体がIoTビルの教材

【坂村氏】

最近、全世界が注目しているDXを企業や大学がどう進めたらよいのかについて、私が勤めている東洋大学情報連携学部INIAD(イニアド)の活動を通してお話しします。

 

INIAD(※1)とは、インフォメーション・ネットワーキング・フォー・イノベーション・アンド・デザインの略で、20174月に私が中心になって設立しました。1学年の定員は300人。教員数は、非常勤の先生などを入れて100人体勢になっています。

※1 INIADについて詳しくは以下を参照。
東洋大学情報連携学部|INIAD

 

 

キャンパスは赤羽台(東京都北区)にあります。全体と中身の細かい設計、インテリア、設備設計は私がデザインしましたが、外側は私の友人である隈 研吾氏にやってもらいました。

 

▲ スライド1・キャンパス全景の写真

 

中には、4K3枚の巨大スクリーンを備えた400人が入れるホールもあります。しかし、あとは小さな部屋です。教育は大人数でやるのは難しい。大教室でやるような一方的講義のような内容はネットで予習してきてもらって、大学に来たなら少人数のディベートやディスカッションや実習をやるという反転型講義がINIADの方針だからです。

 

ここでは、7年前から徹底的に紙を使わないことにしています。掲示板もありません。写真(下)は私がデザインしたメデイアセンターと呼んでいる、普通の大学なら図書館に相当する場所ですが、わざわざ本棚を作って本を置かないというオブジェを私がデザインしました。そこでは電子ブックが読めますし、自習やディスカッションや充電などができるようになっています。

 

▲ スライド2・図書館の写真

 

INIADは、基本的にはコンピューターサイエンスとエンジニアリングの学科ですが、応用分野もかなり重視しています。例えばインテリジェントビルのようなIoT化された建築。生活空間のコンピューター化が重要だと考えているからです。キャンパスの建物もIoTビルになっています。

 

プログラミングとコミュニケーションのスキルで連携力を高める

もうひとつ重要なのが連携です。問題解決は一人ではできません。チームを組んでやっていなかければいけない。そこでは、異分野の人たちと話ができることが大切です。最近では「文理融合」などと呼ばれていますが、INIADでは「デザイン=芸」の一字足して「文芸理融合」と言っています。

 

私は東京大学に40年ほどいて文理融合を試みましたが、正直言って非常に難しかった。伝統のある硬直した大学でこれをやろうとすると、既存の学部から人を集めることになり、うまくいかないのです。新しい学部であるINIADを作るときは、まっさらなところへ、考えに賛同してくれる人を集めました。なので、INIAD100名ほどの教員は今まで東洋にあった学部の集合のようにはなっていません。

 

INIADでは、エンジニアリングをベースにした応用分野として、ビジネス、デザイン、シビルエンジニアリング(都市工学)、コミュニティー形成を重視しています。そこで「連携力」を高めるためプログラミングやコミュニケーションのスキルを基盤として、多様性の中での「セレンディピティー」(偶然の幸運な出会い)によるイノベーションを起こせる人間を輩出したいと考えています。

 

理想としては、男性と女性、日本人と外国人、新卒と社会人経験者が半分ずつという学生構成です。実際には女性は4割で半数には届いていません。また4割ほどだった外国人はコロナの影響ですっかり減ってしまいました。しかし社会人は、リスキリングやリカレントという形で、年数百人ほど在籍しています。

1年次はプログラミングと統計解析が必須

最近はビジネス分野でもビッグデータの解析が必要とされるなど、あらゆる分野でコンピューターに強いことが求められています。そのため1年次ではコンピューターと統計解析は必修です。また、文化的背景の違う人たちとのコミュニケーションを円滑に行うための実習なども行っています。そして2年、3年になると専門科目に分かれ、最後に卒業研究をして大学院に進むという形になります。

 

▲ スライド3・入学すると全員が「プログラミング」を学習

 

7年前、大学院も同時に作りました。最初は委託研究をいただいている企業や自治体の人たちが多かったのですが、今ではINIADの卒業生も増えています。

 

科目群は「緩やかな専門」になっています。私は、従来の枠に囚われないダブルメジャーのような形で複数の専門課程を学ぶ学生が好きなので、いろいろなことができるようにしています。

 

しかし、最終的にビジネス分野に進みたいという人でも、コンピューターサイエンスは大切なのでプログラミングは必修です。技術系志望でない人も、PythonJavaScriptを学びます。

DXのおかげでコロナの影響はほとんどなし

INIADでは、独自のMOOCs(大規模オンライン講義)を提供しています。シラバスとカリキュラムが徹底的に作り込まれているので、必須科目においては先生が変わっても教える内容は変わりません。そのため、コロナ禍でも、教育の質を落とさずにできました。

 

また、YouTubeを使ったリアルタイムの講義の配信、Google Meetなどを使った双方向ディスカッション、質疑応答はメールではなくSlackで行うことなどが効果を上げました。教材の提示とテストのためのシステムは独自に開発しましたが、Google MeetSlackなど、使えるものはなんでも使うようにしています。

 

コロナ禍前から反転型の教育を行ってきましたし、双方向講義もやっていました。試験も紙を使わずにすべてコンピューターで行っているので、コロナ禍でも教育のやりかたが大きく変わることはありませんでした。

 

また学生には、オンライン授業を受けるにあたっての心構えを教えています。曜日感覚を持て、課題を溜めるな、授業はリアルタイムで見なければいけない、スクショや録画はしないでノートを取れ、といったようなことです。

 

▲ スライド4・ オンライン授業を
受けるにあたっての心構-1

 

▲ スライド5・ オンライン授業を
受けるにあたっての心構-2

 

コロナ禍が始まった2020年、大学での対面授業がほとんどできなくなってしまったとき、私たちは大学を開放しました。お父さんもお母さんも家で仕事していて、兄弟もネットを使っているとなると、ネット環境の悪い家では授業が受けられなくなります。そこで、高速ネット環境を備えたスペースを学生に開放したのです。動態解析で密になったら警告するなど、私たちが持っているあらゆる力を出して、学生が学校に来られるように対処しました。

 

▲スライド6・富山県公式新型コロナウイルス対策サイトを
開発したINIAD生

 

コロナの影響で2年も3年も学校に来られなかったという可哀想な学生もいました。すでに卒業した寺田 一世くんもそうでした(※2)。私がICTのコンサルティングしていた東京都はコロナ対策のダッシュボードをオープンソースにしたのですが、富山県出身の寺田くんは、それをもとに富山バージョンを作って県に見せたところ、県が喜んで公式サイトにしました。コロナ禍であっても、こんな社会貢献ができる人たちが育ってきています。

※2 寺田 一世氏について詳しくは以下を参照。
「大学生が都庁でデジタル人材として働く経験で得た、行政DXが生み出す新たな可能性」

DXはテクノロジーよりもマインドの問題

コロナが収束しても、別の感染症が出てくるでしょうから、感染リスクはこれからもなくなりません。そうなると、DXにより素早く「やり方」が変えられる組織になっていること、リスクを乗り切る鍵になります。感染症のパンデミックでは状況がどんどん変化するため、それに素早く対応できるシステムでなければいけないからです。

 

コンピューター会社ですらDXができていないところがあるぐらいです。なぜかと言えばDXは、テクノロジーだけの問題ではなく、組織改革などの「やり方」の変革だからです。

 

カイゼンとイノベーションを勘違いしている人が企業には大勢います。DXが狙っているのはイノベーションです。PRA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は、今までのやり方を変えずにそのままコンピューター化するためのもので、DXでもなんでもありません。「RPADXの最先端を行く」なんていうコマーシャルがありますが、ズレまくっていますよね。

 

そもそも、開発を自分でやれるか外部のSIerに依存するかについていえば、米国では50パーセントほどの企業が社内でICT開発できます。それに比べて日本は10パーセントぐらいしかない。DXでが「やり方」の変革である以上、丸投げはできません。今の「やり方」のままデジタイル化してくれといえば外部Sierでもできますが「やり方」の変革まではできないからです。

 

日本は、社会が非常にクローズで、すり合わせでカイゼンをして、メンバーシップ型で知っている人としか仕事をしない。安定を重視して、系列グループを作って囲い込んで局所最適する。

 

それに対して世界はオープンで、知らない人とでも連携する。各自が主体性を持ってイノベーションを目指し、ベストエフォートの考え方で安定を期待しない。コンソーシアムを作ってエコシステムで全体最適する。

 

インターネットがなかった時代なら、仲間内で(阿吽の呼吸で)コミュニケーション負担を倹約する日本の戦略が功を奏しましたが、今はインターネットによりコミュニケーション・コストは果てしなく小さくなり、日本のやり方はもはやアドバンテージにならないのです。むしろオープンにしてチャレンジを増やしイノベーション確率を高くすることが最適戦略になる。

 

また優秀な日本の企業は、システムが悪いとわかっていても、欠陥を現場の工夫でカバーしてしまうので、抜本的な改革の必要性が表面化しない。そうした現場がクローズ化して、囲い込んでレガシー化してしまう。つまり日本の組織はいつのまにか変わること自体を嫌うようになる。だから、組織の側に変える勇気が必要なのです。DXは、技術よりもマインドの問題だと私は考えます。

INIADが実施しているDXの事例

・PCのBYOを義務化

INIADでは、キーボードのついたPCBYO(自分のPCの持ち込み)を学生に義務化しています。大学のDXについて、日本私立大学連盟や国立大学協会でもお話をしましたが、そもそもBYOをやっていない大学でいきなりネット授業をやろうとしても、今やスマートフォンしか持たずキーボードも打たない学生も多くてうまくいきません。なので、BYOの義務化が重要になります。

 

・認証基盤を統一

認証基盤がバラバラではいけません。INIADでは、MOOCsGoogle MeetSlackなどいろいろなシステムを使っていますが、認証連携で入り口はひとつです。いちいち別のIDとパスワードでログインするとしたら、面倒でやっていられません。その意味では、マイナンバーと同じです。個人同定ができる認証基盤を作らずに、ネットで何かをしようというのは論外です。

 

・デジタルサイネージ

▲ スライド7・サイネージによる情報発信

 

INIADには掲示板がありません。掲示板の場合は学校に来なければ見られません。それはおかしい。すべてデジタルサイネージにしました。サイネージはぱっと見ての気づきを与えるためで、その後、細かく見たけければ同じものがすべてスマートフォンやPCで見られます。サイネージもスマートフォンやPCに情報提供するシステムも全部INIADが自分で開発したから、そういう連携も簡単にできるわけです。

 

・健康診断の自動通知と受付システム

コロナ禍の健康診断の案内もそうです。健康診断は絶対に受けなければならないので、そもそも予約するというのが間違いです。一方的に「この日に来てくれ」と通知して、どうしてもダメな人だけ申請してもらって対応すればよいわけです。実際、2,000人に通知して、どうしてもダメだという人は50人もいません。コロナのワクチン接種で思いましたが、健康診断やワクチン接種の受付システムの問題は、テクノロジーにではなく、やり方にあるのです。

そういうやり方を設計してシステム設計にすぐ反映できるのも、自分たちで開発までやっているからです。自動通知のシステムもINIADで作り、学生は受けるときに通知された受付システムにQRコードを提示すれば記録が完了します。

 

・鍵やエレベーターなど施設の操作は個人のスマートフォンで

▲ スライド8・ある日のスケジュール制御の例

 

INIADの建物はインテリジェントビルの為、館内の主要な扉はすべて電子キーです。ブログラムから鍵の開け閉めができるようになっていて、スケジューラと連動しているので使う時間になると自動で開けてプロジェクターの電源も自動で入ります。普通の大学では、使う時間になると事務の人が鍵を持って開けに行きますが、その必要は一切ありません。

 

▲ スライド9・エレベーターの例(INIAD)

 

私は「アジャイル・ファシリティー」と呼んでいますが、ブログラムから設備を制御できるとということは、プログラムを変えるだけで設備の機能を変えられるわけです。

 

例えば、パンデミックが起きて接触感染が問題にったら設備スイッチを自分のスマートフォンで操作できるようにするのもプログラムだけでできます。たとえばエレベーターのボタンは、個人のスマートフォンに操作パネルが表示されて、そこで使えるようになります。INIADの教室には、スイッチがひとつもない教室もたくさんあります。権限があれば、必要なものの操作は自分のプログラムからできます。将来的にXR(クロスリアリティー)環境を整えば、スマートフォンなんか出さなくても操作できるようになるでしょう。

 

INIADの建物には、2万平方メートルの中に5,000個のIoTノードがあります。設備をスマートフォンで操作するにはどんなシステムを作ればよいか、常に研究を続けていて、それに応じてセンサーやアクチュエーターをすぐに取り付けられるよう、天井は天井板を張らずにむき出しの状態にしています。障害のある学生も多くいて、彼らは自分が使いやすいシステムを自分で構築しています。

 

現在、車椅子の学生がセキュリティエリアに入る必要ができて、そのためにドアを自動化したいとゼネコンに相談したら800万円かかると言われました。そこで私たちが手作りして、ワイヤーでドアを引くメカをネットワーク制御できるようにシステムを組んで5万円ほどで済みました。みんながプロフラムを書ければ、そんなことが実現できるのです。

 

重要なのは、この環境すべてがIoTの教材になっているということです。学生はここでいろいろな自動システムの研究をしているわけですが、こうした「自分で変えられる生活環境」とも言えるインテリジェントビルで私たちが作ったものを広く社会に出していこうと、UR都市機構と共同で「Open Smart URプロジェクト」を立ち上げました。私たちのノウハウを商業施設や住宅に適用するための、67社の企業が参加する研究会です。

社会人を対象としたリスキリング教育を重視

私たちは大学なので、リスキリング教育に力を入れています。そのひとつに、文部科学省の援助で行っている社会人を対象とした「Open Smart Cityに向けたDX人材育成プログラム」があります。ここではハウジングOSについて教えています。定員は60人ですが、企業からチーム単位での応募が多く、ずいぶんお断りするぐらい人気があります。「enPiT」という、個人を対象としたOpen IoT教室も行っています。組み込みシステムとIoTについて教えるもので、こちらも大人気です。

 

また企業を対象に、その企業の目的にチューニングしてDXやプログラミングを教える「cHub特別リカレント教育プログラム」も行っています。現在は10社ほどが参加していますが、なかでも三井住友海上火災保険は、5年前から連携してデジタル人材育成を行っていて、すでにMS&ADグループで数千人の社員にDXやプログラムについて教えています。

 

こうした再教育で重要なのは、大学生と同じ教材を使わないということです。大学1年生の教科書では、特定の職業を前提としていないので、出てくる例題にはさまざまな分野のものが使われます。しかし、大学を出て10年ほど会社で働いてきた人には、自分の詳しい分野のデータを使うような実習なら分かりやすいし、仕事に直結するので意欲が持てます。たとえば、三井住友海上の場合は保険を例題にするのがいちばんよい。そこで私たちは、教科書・教材を、企業に合わせて作り変えることをやっています。

 

>> 後半へ続く

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