概要
超教育協会は2022年10月5日、不登校児のための家庭教師『夢中教室WOW』を運営するワオフル株式会社 代表取締役社長の辻田 寛明氏を迎えて、「オンライン×1対1で「好き」から自己肯定感を温める『夢中教室』が取り組む不登校サポート〜自分らしく豊かに生きるためのこれからの教育とは」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、学校という画一的な教育環境に馴染めず、自己肯定感を失い不登校になる子どもが急増している。そうした子どもたちが人目を気にせず自信を持って楽しく生きられるようにするには、どんなサポートが必要か。『夢中教室』の取り組みと事例について辻田氏に伺った。後半では、『夢中教室』の取り組みと事例について、辻田氏に話を伺い、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「オンライン×1対1で「好き」から自己肯定感を温める
『夢中教室』が取り組む不登校サポート
〜自分らしく豊かに生きるためのこれからの教育とは」
■日時:2022年10月5日(水)12時~12時55分
■講演:辻田 寛明氏
ワオフル株式会社 代表取締役社長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
問題は不登校自体ではなく、他に居場所がないこと
【辻田氏】
まずは不登校とは何か、何が問題なのかを考えたいと思います。文部科学省の調査では30日以上の長期欠席をしている小中学生は18万人とあり、最近のデータでは19万人以上とも言われています。そのなかで、フリースクールなどの学校以外の居場所がある子どもはわずか3パーセント程度。行政が運営する適応指導教室に行っている子どもを含めても10パーセントほどです。
▲ スライド1・文部科学省の調査では
30日以上の長期欠席の小中学生は18万人、
フリースクールなどの学校以外の居場所がある
子どもは3パーセント程度
文部科学省による不登校の原因調査では、よく言われているような「いじめ」や「教員との関係」よりも、「無気力」と「不安などの情緒的混乱」の割合が大きく出ています。そのなかには、人とのコミュニケーションがうまくできず、結果として不安を抱える子どもが含まれます。
少し解像度を上げてみましょう。夢中教室利用者の保護者からの聞き取りでは、学習障害のため読み書きが苦手だというお子さんが一定数いました。または自閉スペクトラム症のために意思疎通がうまくいかず先生に怒られて自分を責めてしまう、聴覚過敏のために大きな音が苦手で集団が怖い、さらに、とくに理由はないが学校に行けない、起立性調整障害のために朝起きられないといった子どもたちもいます。つまり、原因は百人百様です。
そうした子どもたちが不登校になる理由には、日本の義務教育のあり方があります。最先端技術や高い教育水準を支える日本の義務教育には優れた面も多くありますが、「こうしなければいけない」という画一的な考え方がいまだに根強く残っています。自分らしく自分の力で答えを出して生きていかなければならない現代において、いわゆる「普通」を求める面が悪く作用しています。
ところが、発達特性などの問題で学校に適応できない子どもたちには、別の選択肢がほとんどありません。フリースクールに行ける子どもは、ほんのわずかです。そのため学校に適応できないことで「普通」のレールから外れてしまったと思い込み、自己肯定感を低下させてしまう子どもが一定数いるのです。
夢中教室では、不登校自体を問題だとは考えていません。不登校は現象に過ぎません。問題は、レールから外れた自分はダメなのだと自己肯定感を下げてしまうことにあるのです。不登校問題の本質は、こうした自己肯定感の低下にあると夢中教室は捉えています。そしてその原因は、学校以外に選択肢がないことにあります。
そこで、たとえ学校に適応できなくても、「それでも人生は面白い」と思わせてくれる選択肢が社会にあれば、子どもたちは前向きに人生を歩めるようになると考えたのです。
人生が面白いと思える居場所まで階段を作る
さて、それを実現させるに至って、「人生が面白いと思わせてくれる選択肢とは何か」という問いにぶつかりました。そのひとつのヒントになったのが「階段」です。
▲ スライド2・不登校のフェーズ
不登校にはいくつかのフェーズがあります。まずは学校への行き渋りが始まり、次に本格的に登校を拒否し、場合によっては引きこもる。やがて徐々に家族と話しができるようになり、エネルギーが充電される安定期に入ります。でもまだ外へ出ることはできず、何かしたいと思いつつも動けないという葛藤を抱えます。そのうち、少しずつどこかの社会とつながりができ、だんだん社会活動に取り組めるようになるのです。
ここで考えておきたいのが「マズローの欲求5段階説」です。何かに対して能動的に取り組みたいと思うのは、かなり上位の欲求です。いちばん下の生理的欲求は、食べたり寝たりという生きることそのものです。ここが保証されると、次の「安全欲求」の段階に進めます。しかし、学校の集団が怖かったり、人間関係がうまくいかないと安全が保証されず、比較的安全な家に閉じこもることになります。
▲ スライド3・マズローの欲求5段階説
その上の「社会的欲求」は「愛の欲求」とも言われ、家庭や家庭の外に居場所があることを意味します。ほとんどの子どもたちにとって、家の外の社会は学校だけなので、不登校になると社会的欲求が満たされず、「承認欲求」や「自己実現欲求」という、能動的に何かに取り組みたいと思う次の段階に進めなくなります。
そこで、不登校の子どもたちの社会的欲求を満たせる居場所を作ろうと考えました。しかし家から出られない子どもには、居場所があっても行けないという問題があることに気づきました。そうした子どもにとっては、フリースクールもハードルが非常に高い。なのでそこに階段を作って、一歩ずつ登れるようになるサポートが必要だと考えました。そこなら、最初は何ひとつ気力が湧かなかった子どもも、「好きなことならやってもいい」、「信頼できる人となら話ができる」というように少しずつ枠を広げられます。やがて、「信頼できる人が言うならやってみよう」、「その人が言うなら別の人にも会ってみよう」と、活動範囲がじわじわ広がっていきます。
▲ スライド4・一歩ずつ登れるサポート
真摯に向き合ってくれる「いい大人」が伴走
そうして辿り着いたのが「伴走者」です。自分に真摯に向き合ってくれる「いい人」が1対1で寄り添うのです。そして、その子と一緒にその子が好きなことをやっていく。「好きなこと」とは、その子のありのままの気持ちや、その子らしさの現れであり、その子が力いっぱい取り組めることなのです。
しかし、それができる場所があるのが外の現実世界だったとしたら、そこまで行けない子どもが出てきます。その為、オンラインにして、顔を見せたくない子どもでもカメラをオフにして伴走者と出会えるようにする。そうして「オンライン × 伴走者 × 好き」を核とした授業を作ることにしました。
▲ スライド5・子どもの「好き」に寄り添う伴走者
夢中教室は「好きに寄り添い自己肯定感を温める伴走型オーダーメイドプログラム」です。そのコンセプトは、「人生が面白くなる、ワクワクを見つける」というものです。自分に向き合ってくれる伴走者となる「いい大人」の協力で自分が好きになれる学びや体験と出会えれば、きっと人生は面白くなるという考えです。テストのための5教科を一方的に教える従来型のスタイルではなく、子ども一人一人の「好き」に寄り添ったオーダーメイドのプログラムを、今、進めています。歴史が好きな子なら一緒に歴史について学び、恐竜が好きな子なら一緒に恐竜を学んでいます。
夢中教室が始まって3年目に入りましたが、現在の生徒数は無料体験者を含めて120〜130名。伴走者となる先生は20名ほどいます。多彩なバックグランドの伴走先生が多く、副業としてやっている人もいます。自身が夢中で取り組んでいる本職がある上で子どもと関わることで、子どもにもそのエネルギーが伝わります。世界一周を経験して好きなことをやる大切さに気づいた人や、学生時代にアメフト選手として活躍して、今はスポーツを通じた地域おこし活動をしている人などが、夢中になることの大切さを感じながら関わってくれています。また、生徒の6割ほどが発達障害の診断を受けていますが、特別支援学級を担当するなど教育経験のある人も参加しています。
先生の採用時の審査は厳しく行っていて、合格率は半分以下です。それというのも、カメラオフでいきなり対応しなければならない場合もあり、高いコミュニケーションスキルが求められるからです。傾聴力と忍耐力があり、自分が話し過ぎないといった基本のコミュニケーションスキルの有無に加えて、子どもに寄り添って、本当に子どものために考えられる素敵な人か、本当に優しい心の持ち主かどうかを会話の中から判断しています。
何が好きかを「動詞」に注目して聞き取る
伴走先生は、「マインドマップ」というものを使い、その子が何をしているときが楽しいのかを3段階ほど深掘りして傾聴し、夢中教室でできたら面白いと思えるテーマを一緒に考えます。これは、3回の無料体験の間に行います。
▲ スライド6・マインドマップで「好き」を見つける
そこでは動詞に注目します。たとえば乗り物が好きな子でも、車の種類を調べるのが好きな子がいれば、動いている車を見るとテンションが上がるという子もいます。車を調べたいのか、見たいのか、作りたいのかで一緒にやるテーマは大きく変わるため、動詞が重要なのです。
そうしてテーマが決まり、そのまま継続したいとなれば、週に1回、60分の授業で「好き」をどんどん深めていきます。授業内容は多種多様です。たとえば恐竜が好きな子なら恐竜のことを学ぶのですが、伴走先生も決して恐竜の専門家ではないので、「これとこれの恐竜の歯はどうして違うのか」といった問題を一緒に調べたりしています。「マインクラフト」が好きな小学生も多いのですが、毎回世界遺産をひとつ再現するという子もいます。また自分が考えたストーリーで絵本を作るなど、本当にその子に合ったテーマを伴走先生と一緒に考えながらやっています。
さらに希望者には、少人数で特定のジャンルについて会話しながら一緒に学んでみるというということもやっています。ちょうど大学のゼミのような、2コマから4コマの授業です。このように、新しいことに挑戦してみたい子どものための場も提供しています。基本はマンツーマンの週1回の授業ですが、プラスアルファとして少人数ゼミや、子どもや保護者のオンラインコミュニティに参加できます。人とつながりを持てずに困っている保護者のためのつながる機会や、子ども同士オンラインで遊べる機会を準備しています。
4つの条件を満たせば子どもは生き生きとなる
夢中教室のテーマは「自己肯定感」です。ボクたちはこの2年間に100人以上の生徒さんと触れあい勉強した結果、子どもたちは4つの条件が揃えば自己肯定感が高まって前に進んでいけるようになるとわかりました。その4つが揃うと、子どもが生き生きしてくるのを感じられるのです。
▲ スライド7・自己肯定感を高める4つの条件
ひとつは「認めてくれる人の存在を実感できる」ことです。自分はダメなんだ、自分を受け入れてくれる人なんてどこにもいないんだと思っている子が、「そうだったんだね」と耳を傾けてくれる人、自分のことを否定しない人が世の中にいるのだと実感できることが、第一歩目として非常に重要です。
2つめとして、人との対話を通して「自分のいいところに気づく」ことです。才能とは、本人にとって普段から普通にできてしまうことなので、本人も保護者も気づきにくいものです。そこを第三者である伴走者が、「ここがこういう風にできるのは素晴らしいことだよ」と具体的に伝えることで、自分で気づけるようになるのです。
そして、その「いいところ」を通して、小さな「成功体験」を重ねることが大切だと夢中教室では考えています。たとえば、絵本を作るなど、授業を通して成果物ができた、ここまで調べ上げた、といった「できた」体験がたくさん感じられるように会話することにしてます。
授業のプロジェクトのなかでの「できた」もそうですが、カメラをオフにしていた子がオンにできたというのも立派な「できた」になります。一般の人にすれば小さなことかも知れませんが、あくまでその子の立ち位置から見た「できた」であり、その子にとれば大きな一歩なのです。そこに気づける伴走者でありたいと常に思っています。
最後に、その「いいところ」を通して「誰かの役に立てる」ことを知るというものです。言い換えれば、「ありがとう」と言ってもらえる体験を重ねることです。第三者から感謝される経験とは、社会の中で誰かの価値になることができたという経験であり、そこから自己肯定感がだんだん育っていくのだと思います。
その為、伴走先生は、好きなことを見つけて深めていくこのスタイルで、テーマに関わらずこの4つがしっかり組み込まれるよう研修などで学び、生徒たちと関わるようにしています。
▲ スライド8・お絵描きが好きな女の子の事例
生徒の成長事例をひとつ紹介します。小学校3年生の女の子ですが、最初の1カ月は画面に映らないように隠れていました。直接話をするのが難しく、担当先生はお母さんを通して話をしていました。
しかし2〜3カ月目には一人で参加できるようになり、お絵描きが好きなので、一緒に「お絵描きしりとり」をしたり、キャラクターを作って見せ合えるようになりました。
4カ月目ごろ、オリジナルキャラクターのLINEスタンプを作り始め、完成させました。それを達成したことがとても嬉しかったようです。それを見せた先生や家族に喜んでもらえたことが、4つの条件の最後の2つである「成功体験」と「誰かの役に立てる」に当てはまりました。最初は人に絵を見せるなんて絶対に嫌だった子が、絵を見てもらうのが楽しいと感じられるようになり、それからはCanvaというツールを使ってデザインをしたり、学校に試験登校をして先生に絵を見せることができるようになりました。
夢中教室は、何らかの理由で学校と合わず、自己肯定感が下がってしまう問題を解決するためにあります。ここを通して、自分に向き合ってくれる「いい大人」の伴走者と「自分の好きなこと」に出会い、「人生には生きるに値する面白さがあるんだ」と実感して、人との比較に縛られずに自分の人生を歩めるようになる。そうした機会を社会インフラとして日本の子どもたちに届けるよう、頑張っていきたいと考えています。
>> 後半へ続く