概要
超教育協会は2022年8月31日、株式会社シュタインズ 代表取締役 齊藤 大将氏を招いて、「現実よりも没入感の高い現実 メタバースが生み出す学習の未来」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、齊藤氏がメタバース上に創設した学園コミュニティ「私立VRC学園」の概要、メタバースを教育に活用することの可能性と注意点を解説。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「現実よりも没入感の高い現実 メタバースが生み出す学習の未来」
■日時:2022年8月31日(水)12時~12時55分
■講演:齊藤 大将氏
株式会社シュタインズ 代表取締役
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
齊藤氏は約40分間の講演において、メタバース上に創設した学園コミュニティ「私立VRC学園」の授業やイベントの様子、教育におけるメタバースの可能性について解説した。主な内容は以下のとおり。
【齊藤氏】
メタバースという言葉を聞いたことはあっても、実際にメタバースをビジネスや普段の暮らしの中で利用しようとしたら、「メタバース空間で何をしたらよいのかわからない」という人が多いでしょう。そこで、メタバース空間に「学校のようなコミュニティ」があったらわかりやすく楽しいのではないかと考え、2020年に「私立VRC学園」を立ち上げました。現在では1,000人規模のコミュニティになっています。
▲ スライド1・在学中、VRChat上に
学園コミュニティ「私立VRC学園」を創設した
私立VRC学園の教室の中に、すでにメタバース空間で生活している方々に講師として参加してもらい、メタバース空間でさまざまな授業を実施しています。例えば、ダンスの世界大会優勝者が講師となってのダンスの授業、異文化交流の授業などです。ボイスチェンジャーを利用している人によるボイスチェンジ講座、モデリングの授業、メタバースの歴史の授業など現実の学校にはないユニークな授業を展開しています。
私立VRC学園の特徴は、自発的に成長してきたことです。当初は、講師5人、1クラス20~30人の2クラスでスタートしましたが、卒業生から「生徒会を立ち上げたい」、「部活動作りたい」といった話が出て、新しい機能を持つグループが自発的に育っていきました。入学式や卒業式もあり、昔のジャズ喫茶のような趣味が共通する人が集い、コミュニティが育ち、交流が生まれるような雰囲気があると感じています。
実社会の学校は、教室で授業を受けるだけではなく、部活動のようにコミュニティを形成する活動もあり、そこに参加することで児童・生徒は他者とどうつながるかといったことを学びます。私立VRC学園も、教育のコンテンツを充実させるというより、メタバース空間のクラスで参加者同士が交流を深めてもらうための「ハブのような存在」を目指しています。実際、放課後には友達同士で遊びに行くといったこともあり、ハブとしての役割を果たしつつ成長していると感じています。
株式会社HIKKYが主催するVketと2週間にわたってコラボレーションをしました。
▲ スライド2・バーチャルマーケットと
コラボレーションし、メタバース上で授業を行った
こうした取り組みをしてきたこともあり、最近では、メタバースの教育への活用について、企業や団体から相談を受けるようになりました。一緒に何かできないかというお話をいただいて「私立VRC学園」の話をすると、「まさにこういうことを想像していました」と言われます。教育に関連する取り組みでは、メタバース空間で美術館や個展を開催しています。2022年3月にはメタバース空間の台湾・台北と松屋銀座のスペースで、リアルではアートイベントを、メタバース空間でも並行して同じ作品をデジタル化して展示するイベントを同時開催しました。
▲ スライド3・2022年3月には、
台北と松屋銀座で開催された個展をVR上でも同時開催した
リアルな美術展や個展には、興味のない方はなかなか行かないものです。しかし、メタバース空間で開催すると、メタバース空間で活動している人たちが美術に興味がなくても訪れてくれるのです。そんな人たちに、アーティストが技法や作品を解説し、美術史を語ると「興味が出てきたので、絵を買ってみたい」、「私も絵を描いてみたい」といったことにもつながっていきます。現実の世界では交わることがなかった人たちやコミュニティが横断的に結びつくという視点では、メタバース空間のコミュニティをベースにした組織作りや教育コンテンツの提供は有効なのではないかと思います。
現実の学校になじめない子もメタバース空間のコミュニティなら楽しく学べる
私立VRC学園では試験的に、メタバース空間の大学の講堂で英会話を学習するイベントも毎週、開催しています。アバターを使い、英語を話して銀行口座を開くという、シミュレーション型学習ゲームです。
▲ スライド4・シミュレーション型VR学習ゲーム、
英会話学習などのイベントも行っている
また、VRChatで英会話を学習する小規模なイベントには、学校に行っていない中学生や、「学校の英語の授業は面白くないけれどここは面白いから来る」といった生徒たちが多く参加しています。現実世界で自分の居場所を見出せていないような人たちが集まってコミュニティが形成されていくこともあります。彼らにとってはメタバース空間の世界の方が現実的で、現実の世界は没入感が低くなっているようです。
私立VRC学園は、英会話を学ぶイベントのようにロールプレイングができるコミュニティとしての機能を備えていることに加え、双方向的なメディアであることが成長した要因だと思います。英会話のイベントでは「こういう課外活動をやってほしい」、「普段はうまく話せないのに、メタバース空間では外国人相手にも話せた」といったフィードバックもいただきました。参加者がその後、イベント開催側に回ることが多いことも、このコミュニティの特徴です。
メタバース空間を教育に活用することのアドバンテージは、体験ができロールプレイングができることです。またジェンダーレス、ボーダレス、エイジレスという視覚的なバイアスを超越した学びができて、そしてたいへん楽しいことです。また、科学的思考の導入が可能なことも特徴です。物理的な重力などもメタバース空間なら自由に操作できますし、その人に最適な空間を作って学習させることもできます。
アバターを介してコミュニケーションを取れることもアドバンテージです。例えば、自尊心の低い人がアインシュタインのアバターを装着した状態で何か試験を受けると、試験の点数が上がったという例も実際にあります。アバターで自分自身をポジティブな意味で「騙す」ことができるのは、バーチャルの利点でもあります。メタバース空間は、いわば時空を超えたメディアということができると思います。
▲ スライド5・メタバースは時空を超えたメディアで、
現実世界との境界がなくなり融合していく
また、オンラインで誰かと交流している状況は、特に内向的な人にとって幸福感の向上につながるという報告もあります。一人でオンライン学習をしたり、講義をZoomなどで受動的に聞いたりするよりも、メタバース空間で誰かと交流しながら何かに取り組むほうが、幸福度の向上につながるようです。
一方、デメリットとしては、従来型教育への興味が薄れてしまうことがあります。例えばアメリカの21才までの若者への調査では、現実の授業では、男女ともに90%がゲームをしていることが分かりました。つまらない講義を聞くより楽しいからとスマートフォンなどでゲームをしてしまうのです。もうひとつは、実際に生徒からの話で、メタバース空間で真面目に授業を受けたり、練習したりしているにもかかわらず、アバターの見た目などから「真面目にやっているとは思われない」ことがあるようです。メタバース空間での学習は、ゲームのイメージが強すぎるのですね。娯楽として評価されてしまうのでしょう。そうではないという認識を特に日本では高める必要があると思います。
▲ スライド6・メタバース空間の
アドバンテージとディスアドバンテージ
アメリカを中心に海外ではメタバースの教育効果が報告され利用が加速
次に、海外でのメタバースの教育活用について紹介します。スタンフォード大学では、Meta社が開発した一体型VRヘッドセット「Meta Quest 2」を活用した「Virtual People」という授業で、メタバース空間でビジュアルプログラミングの学習をするといった取り組みが実際に始まっています。
▲ スライド7・スタンフォード大学で行われている
メタバースの授業「Virtual People」の様子
Meta社がメタバース空間にキャンパスを創設するという話もあります。2018年時点ではアメリカの教育機関の18%がVRを完全導入しており、大学の40~50%はキャンパスに何らかの形でVRを採用しています。VRの活用は、ヘルスケアや教育の分野で非常に期待されています。その他にもバハマでもメタバース空間での教育がスタートし、2024年からは国全体で推進するそうです。
メタバース教育の効能について、実際に参加された方にアンケートを取った内容をふまえてお伝えします。まずは、「自分を出しやすい」ことはよく言われていることです。現実世界の対面では話すのが苦手で遠慮してしまう子供が、メタバース空間では陽気にオーバーに振舞える、現実では恥ずかしくてできない自分の個性や能力を前面に出すようなことも、メタバース空間ならできる、といったことです。
バルセロナ大学では、黒人差別意識のある白人女性が、メタバース上で黒人のアバターをつけて黒人として認識される状態で生活したところ、現実世界に戻ったときに差別意識が著しく低下したという研究結果もあります。体験的、視覚的なものを把握して学習することに適していることがわかります。
もう一つは、ゲームのような学習ができること。ゲームには、ミッションをこなすことでチームワーク力、コミュニケーション能力、他者に対する理解と想像力が育つというメリットがあるとされています。とりわけ内向的な人は、ゲームで得られるつながりから多くの恩恵を受けられることもわかっています。メタバースではありませんが、ビデオゲームが実生活に与える影響を約10年間追跡したシンガポールの南洋理工大学の社会学者による研究結果によると、任天堂のWiiスポーツのボウリングゲームを見知らぬ人とオンラインでプレーすると、相手のことに興味を持ったり好意を抱いたりすることがあるそうです。現実では閉鎖的な人でも、ゲームで誰かと繋がることによって、他人に対して興味を持つようになり、友達もできやすくなる、このようなことはメタバースにおいても有効なのではと思っています。
メタバース空間での教育ならラーニングピラミッドのすべての学習方法を満たせる
スタンフォード大学のThe Virtual Human Interaction Labでは、メタバース空間での生活が実生活にどう影響するかを研究しています。それによると、適切なメタバース空間に身を置くと、思いやりが育まれたり、思考パターンや行動パターンが1週間ほどで変化したりすることがあるそうです。
特に興味深いのは「代償的運動」です。自分そっくりのアバターがバーチャル空間で腕立て伏せなどのエクササイズをするのを見た後に実際にジムに行くと、エクササイズに取り組む時間が1時間ぐらい長くなるというものです。つまり、自分のアバターが運動するのを見ただけで、運動への意欲が高まったことを意味します。これは良い意味で自分を騙し、意欲を高めることができるという可能性を示しています。
効果の高い学習方法をラーニングピラミッドで考えると、単純に講義を受けるだけでは学習定着率が5%程度とされていますが、誰かに教えることで90%にまで高まるとされています。メタバース空間では、学ぶ側だけでなく、誰かに教える側にもなれます。自ら動いて何かを体験することもできるので、ラーニングピラミッドのすべての学習方法を満たせます。
▲ スライド8・メタバース空間なら、
ラーニングピラミッドのすべてを満たす体験ができる
もう一つスタンフォード大学の研究例をご紹介します。メタバース上の空間でスーパーマンになったような体験をすると、現実の世界でもヒーローのように人助けなどの良い行いが自然にできるようになるという研究結果があります。メタバース空間でスーパーマンのようになった人が現実世界に戻って研究室を出るとき、目の前で女性が床にペンをばらまいてしまうというアクシデントを作りました。するとスーパーマンになって子供を助けたことで自己肯定感が高まった体験をした人は、全員がペンを拾ってあげたそうです。これは「エピックウィン」という自己肯定感が高まることによる効果です。ちなみに、観光VRだけを体験した人の20%は、女性が困っていても全く無視して帰ってしまったそうです。
メタバースを教育に活用するにはゲームの効能についてもきちんと考える必要がある
メタバースを教育に活用するには、ゲームの効能についてもきちんと考えなくてはなりません。アメリカでの調査結果では、頻繁にゲームをする人の40%が「日常生活からの逃避としてプレーしている」と回答しています。実際にメタバース空間にいる人たちも、現実世界よりもメタバースでの生活を楽しんでいる印象が強いです。
ハーバード大学のスーザン・ケイン氏の研究では、現実世界は自己アピールがうまい、コミュニケーション能力が高い人、能力がなくてもにこにこしている人など外交的な人が評価されやすい仕組みだとされています。内向的な人は外に興味がないので無愛想で、コミュニケーションが取りにくく、仮に高いスキルを持っていてもなかなか評価されないようです。こうしたこともあってか、現時点では自分に自信が持てない人がメタバース空間に流れてきている印象です。
現実社会でなかなか評価されない内向的な人でも、メタバース空間でイベントを開催したり、アバターを改変したりすると高く評価され、ファンができます。現実世界で満たされない自己承認の欲求をメタバース空間で満たしている印象もあります。ゲーム空間で誰かと一緒に仮想的な問題を解決することで、自分の存在意義を見出していることもあるようです。ゲーム上で勇者になって世界を救うことは、必ずしも悪いことではないと思います。
カーネギーメロン大学の研究では、「ゲーム文化の強い国の若者は、21歳までにオンライゲームに1万時間を費やす」とされています。メタバース空間の日本人でも1万時間を過ごしている人はいます。全世界でゲーマーは10年間で約10億人にまで増え、2030年までには30億人になると言われています。必ずしも根拠があるわけではないようですが1万時間何かを学習すると、その分野の専門家になれるという話もあり、そうなってくるとこの1万時間は果たして無駄なのか、そうではないのか深掘りしていく必要があるのではないかと思います。これは問題提起でもあります。
▲ スライド9・ゲームに費やす1万時間で
何を向上させているか、深掘りが必要
知的発達症の方への教育にも可能性が広がるメタバース空間の活用
知的発達症の方への教育での効能も見出されています。2018年頃、「SecondLife」というメタバース空間でいわゆる自閉症の人たちが活発に交流していました。一般的に自閉症の人は、複数の作業を同時にできないと言われていますが、中には1人で5体ものアバターを使いこなしている参加者もいました。現実世界では重度の自閉症に見える人が、メタバース空間ではDJライブをして人気になったこともあります。ある参加者が「自分の体にファスナーがついているとしたら、ファスナーを開けて本当の自分を取り出して見せられる、それがメタバース空間の自分である」と発言していて、なるほどと思いました。現実の世界とメタバース上の自分が乖離している人は多いのですが、現実世界とは異なるメタバース上の能力は、「バーチャルアビリティ」と言われています。アバターを変えていろいろな「別の自分」になれる、アバターを介すると現実で認識されていない自分も出しやすいということは、知的発達症の方への教育においても非常に有効なのだと思います。ただし、アバターを使うことの有効性を活用することも重要ですが、メタバース空間のコミュニティをベースとした「自発的な行動」から無意識下で育つものをうまくデザインして教育に活かすことが大切なのではないかと思います。
最後に、メタバースでの教育を考える上での懸念点、注意点を共有させていただきます。ひとつは性別によって差があることです。男性よりも、普段から化粧をすることの多い女性の方がVR利用の障壁は低いとされているようですが、女性の方が乗り物酔いをしやすくVR酔いもしやすいという傾向もあるようです。現在のVRヘッドマウントディスプレイは、目の間隔の仕様が男性に合わせて作られていますので、女性にとっては使いにくいということがあるようです。また、アメリカで子供にメタバースを利用させているのは、Meta社で働いている家族などITリテラシーが高い人たちが多いようです。情報格差とメタバース利用に必要なVRヘッドマウントディスプレイなどの費用も気になります。
最も重要な注意点は、「メタバース空間にすでにいる人」たちと、メタバースを教育に使いたいという「メタバースの外にいる人」たちの温度差です。メタバース空間にすでにいる人たちは、遊んでいる、ふざけていると思われがちです。今後、メタバース空間をデザインするときには、ゲームやメタバースによる学習の効能を理解している人たちを参画させる必要があると思います。
「現実の世界をもっとメタバースにする必要がある」というのは好きな言い方です。現実世界は、むしろメタバース空間よりも没入感が低いと思います。何かしてもフィードバックをもらえないし、能力や結果がすぐに数字で示されてレベルアップできるわけでもない、現実世界では「自分にとって最適ではない人たち」にも関わっていかなければならないのが現実の世界です。一方で、メタバース空間は自分に都合のよい部分だけを切り出せる世界です。居心地がよいのですが、不確定要素も多いも実情です。この部分も今後デザインしていく必要があるのではないかと考えています。
▲ スライド10・現実の世界を
もっとメタバースにする必要がある
>> 後半へ続く