概要
超教育協会は2022年4月20日、早稲田大学名誉教授で東京通信大学名誉教授の筧 捷彦氏を迎えて、「企業DXを進める解決策となるのか?~『情報』が大学受験科目に~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
2022年度から高校で始まった新しい科目「情報Ⅰ」、そして2025年に実施予定の大学入学共通テストにより、情報教育がどのように変化し、企業に影響を与えるのか。情報教育に詳しい筧氏にご説明いただいた。
>> 後半のレポートはこちら
>> シンポジウム動画も公開中!Youtube動画
「企業DXを進める解決策となるのか?~『情報』が大学受験科目に~」
■日時:2022年4月20日(水)12時~12時55分
■講演:筧 捷彦氏
早稲田大学名誉教授、東京通信大学名誉教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
高校で新科目「情報Ⅰ」開始、2025年には共通テストに追加
【筧氏】
本日は「情報が大学受験科目になる」という話を中心に進めていきたいと思います。
2020年4月から小学校でプログラミングを扱うようになり、2021年には中学校の技術・家庭科でプログラミングを扱うようになりました。この2022年4月からは、高等学校において「情報Ⅰ」という科目が新たに設けられました。「情報Ⅰ」は、高等学校に在学する人は全員履修する、つまり、必履修科目という扱いで設置されました。
この結果を受けて、2022年4月に高校に入る人たちが大学へ進むときの大学入学共通テストでは、教科「情報」を単独の時間枠を設けて実施します。これは、大学入試センターおよび文部科学省を通じてアナウンスされています。
2022年1月28日には、国立大学協会の理事会が国立大学志願者に「情報」を含む6教科8科目の受験を、2025年の大学入学共通テストから始めることをアナウンスしました。これを受けて、3月25日には九州工業大学が、3月29日には東京大学がそれぞれ、「『情報』を、自大学を受験する全生徒に受けて、入ってきてもらうことにした」とアナウンスしました。
大事なのは、こうした動きの先に何が待っているのか、です。「情報Ⅰ」を皆が学んでくることが前提になる、つまり、大学進学者はリテラシーとしてのプログラミングを身に付けていることが前提になります。これを受けて大学は、学部に寄らず、数理・データサイエンス教育を学んでもらう仕掛けを徹底します。つまり、大学の卒業生として毎年25万人を輩出しましょう、という目標を掲げた教育が始まっているのです。
ちなみに、この「25万人」は、次のような位置付けになります。おおよそ高校1学年の学生が今、約100万人います。その約60%が大学へ行く。そのうちの25万人は、数理・データサイエンス教育を習得して卒業する、というのが、文部科学省の掲げている旗(目標)です。それを受けて大学も、「やりましょう」と動いているわけです。
企業DXに情報教育は間に合うか
今日のテーマにはDX(デジタルトランスフォーメーション)が含まれます。2004年にエリック・ストルターマンという、スウェーデンのウメオ大学の先生が、「ITが浸透することによって、人々の生活は、あらゆる面で良い方向に変化できる」という仮説を立てました。それが広がって、ビジネス界では、「ITを利用して、企業活動の対象範囲や業績を根底から変化させる活動」として、DXがすでに広く行われつつあります。
DXそのものは、ビジネス界専用ではありません。狙いは「ITによって社会構造を変革すること」までを含めており、社会全体で良い方向に変化が起こる、というものです。皆さんもご存知のように、気候変動や人口爆発、食糧不足など、さまざまな課題があります。気候変動については、2025年あるいは2030年までに適切に対処しないともう危ない、という話が出てきています。
これをDX、つまりITによる社会構造変革に結び付けて解決していこう、というのは、どれくらいのタイムスケールなのかが分かるでしょう。先ほど紹介した情報教育(注:2022年から高等学校で「情報Ⅰ」が必履修になったこと)が間に合うでしょうか?
「情報Ⅰ」が今年始まるということは、2029年4月にこの教育を受けた高校生が社会人になります。今日のテーマである「企業DXを進める解決策となるのか?~『情報』が大学受験科目に~」を考えると、教育界での動きがすぐにDXで効果が出るわけではないのは明らかです。それでも、今手をつけておかないといけない、変わっていかなければいけない、ということだと思います。
文部科学省が作成して公表している学習指導要領に従って、初等中等教育は行われています。その中で情報教育がどうなってるか?を並べてみました(スライド1)。高校に情報科、つまり理科や数学などと同等の位置付けの学科が設けられたのは、2003年になってからでした。それまでは、部分的に取り込まれていました。図1で「1/4」などと書いてあるのは、ある科目の1/4分だけ、情報関連の内容がありました、ということを示しています。
▲ スライド1・学習指導要領にみる情報教育
大事なのは、日本ではすべての高校生が情報分野を学ぶようになったのは、2003年だということです。遅いといえば遅いけれども、今からほぼ20年前であるわけです。そのときには、「情報A」「情報B」「情報C」という名前の3科目が置かれ、それらのうちのどれか1つを選択して学ばなければならない(選択必履修)というものでした。2013年には、これらが「社会と情報」と「情報の科学」という2科目にまとめられて、この2つから選択して履修しなさい、となりました。
ところで2013年には、「世界最先端IT国家創造宣言」が政府によるIT戦略として策定されました。「日本は世界最先端のIT国家になる」という政府の宣言です。その中には、2020年までにプログラミングを教える仕組みを小学校に導入します、という項目がありました。そして2017年には、文部科学省が「高大接続改革」を打ち出しました。そこでは、大学入学共通テストを用意するので、その使い方を各大学で工夫してください、という仕組みになりました。
2013年になって「最先端になりたい」と、ようやく宣言したわけです。DXの提唱は2004年でした。(2013年は)すでに約10年遅れです。そして2022年にやっと、小学校から高等学校まで、「情報」を習う仕組みが一通り揃いました、という状況なのです。
「情報」科目の内容:「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」
では、教科「情報」とは、どのような内容なのでしょうか。全体としては、問題の発見・解決こそが、情報科目で学ぶべきこと、高校までに生徒が基本的に身に付けるべきこと、となります。情報科目は問題の発見・解決に役に立つ勉強である、その「情報」を使うものとして「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」という3部門がある、となります。
「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」のそれぞれが、高校の「情報Ⅰ」や「情報Ⅱ」、あるいは小学校や中学校において、どのように配置されているかを示すのがスライド2です。さらに、高校の「情報Ⅰ」について示すのがスライド3です。従来の「社会と情報」「情報の科学」の2科目でやろうとしていた内容を、「情報Ⅰ」でまとめて扱う形になっています。なお、これらの図は、文部科学省で高等学校情報科担当の調査官として新学習指導要領をまとめた鹿野 利春氏(京都精華大学メディア表現学部教授)の資料に基づいています。
▲ スライド2・小学校からの学習の積み上げ
▲ スライド3・情報Ⅰ(1)
情報社会の問題解決
「データ活用(統計に関連した学び)」では、統計について実際にコンピュータを使って学びましょう、となっています。統計の基本的な内容は「数学Ⅰ」で学ぶので、それと連携をして実習しましょう、ということです。
「情報Ⅰ」に出てくるアルゴリズムとプログラムといった内容については、スライド4にまとめてあります。やるべきことを書き上げただけでも、非常にたくさんの項目があります。
▲ スライド4・情報Ⅰ(3)
プログラミング
ネットワークについても学びます。インターネットを使わずに私たちの社会生活は成り立ちません。SNSなしでは友人ともやりとりできません。ネットワークがどういう仕掛けで動いているか? ここで大事なのは、盗まれたり悪用されたりする可能性も同時に抱えていることです。その対処に何が必要か。情報セキュリティについて一通り知っていることはとても大事である、という内容になっています。
見ていただいているように、「情報Ⅰ」の中に「プログラミング」があります。特に「プログラミング」がキーワードに挙がっているものですから、難しいことを高校で全員にやらせる、しかも2単位である、というように捉えられがちです。「(この盛りだくさんの内容は)1年間週2コマではとてもこなせない」と、大きな声で主張する方もいらっしゃいます。
留意していただきたいのは、「情報Ⅰ」が学び終わった瞬間にプログラミングのプロになって働くことができる、というわけではないことです。目指しているのは、自分で問題解決しようと思ったときに、コンピュータやネットワークをより有効に使えることを知っておこう、ということです。
学習指導要領を見ると、数学Ⅰは高校生全員が必履修です。その4部門あるうちの1部門が「データの分析」です。そして、数学Ⅱでは「図形と方程式」、数学Ⅲでは「極限」を学びます。そこでは、「コンピュータなどの情報機器を用いて実際にやってみましょう」とあります。つまり、「情報Ⅰ」は、(数学などで学んだ事柄を)実践できるように、基本的な力をつけておくことが目標なのです。実際にデータを分析するのは、数学Ⅰと連動してやるべきこと、というわけです。
これは数学だけでなく、理科についても同様です。理科の中身を勉強するときに、「観察、実験の過程での情報の収集・検索、計測・制御などにおいて、コンピュータや情報ネットワークなどを積極的かつ適切に活用すること」というように、指導計画の作成に書いてあります。
「情報」の目的―問題解決、探究活動に活用できる
また、普通科の高校の「情報Ⅰ」で学ぶ内容としてのプログラミングは、特定のプログラミング言語を覚えさせるものではありません。プログラムを書けて仕事ができます、ということを目指すものでもありません。プログラミングのポイントは、プログラムが基本操作を組み合わせて構成するものであること、基本操作は読み込み、書き出し、代入であること、組み合わせ方は順接、場合分け、反復があること、式には四則演算や大小比較、定数や変数もあること、をきちんと理解する。そして、こうしたプログラミングの特徴は、特定の(プログラミング)言語によるものではない、ということを理解する、というものです。
特定の問題を解こうと思うときに、どのプログラミング言語を使うと便利なのかについては、先生の指導によったり、自分で本を調べてみたり、ネットで調べてみたりして、使い分ければよい、ということになっています。
2022年から施行されている、高等学校向けの学習指導要領では、どの科目においても探求活動、つまり自分たちで問題を設定して、その問題を解くべく、自らデータを集め、実験をしながら、問題を解いていく活動をさせなさい、と書いてあります。そのための道具立ては、それぞれの科目や、やるべき内容に応じて適宜選びなさい、という仕掛けになっています。ちなみに大学では、数理・データサイエンス、あるいはAIの教育において、Pythonを使っている例が多いようです。
大学入学共通テストにおいては、特定のプログラミング言語について問うような問題が出るとは思えません。なぜなら、高校までで学ぶことが、こういう内容(言語を知るのではなく、プログラミングが使えることを知る)になっているのですから。したがって、特定言語の書き方に関する細かい事柄を覚えて穴埋めすればよいような試験問題は、大学入学共通テストで出るとは思えません。ですから、高校においては、探究活動において、プログラミングが有効なのだ、ということを身に染みて体験することが重要です。
情報処理学会で私は、情報入試委員会の委員長をしています。この委員会では、大学でこれから行われる入学試験や共通テストで、どのような問題を出すのが良いか?どんなことなら可能か?を調べる活動をしています。さらに情報処理学会では、スライド5に示すようなさまざまな活動をしています。
▲ スライド5・情報処理学会の活動
最後に「情報」がDXに役立つか?ということでは、2029年に大学を卒業する人たちは、約半分の人たちが、(数理・データサイエンス教育を習得して)DXを進めることができるようになっているでしょう。逆に言えば、2029年までは社会に、今年始まった情報教育で育つはずの人材は反映できるはずがないのです。それでも、2029年に活躍できる人材が育つように、今取り組んでいる情報教育を皆さんと一緒に進めていくことができればと思っています。
それには、大学も関与します。学会もさまざまな活動をしていきます。情報教育を手伝いましょう、という技術者もたくさんいらっしゃるでしょう。学校現場の先生方だけが頑張るのではなく、外部もいろいろなお手伝いをしながら、情報教育が進んでいくことを期待しています。これが、長い目で見れば、DXにもつながるのです。
>> 後半へ続く