概要
超教育協会は2022年4月6日、NHK人事局統括プロデューサー/NHKデジタルアカデミア学長の福原 伸治氏を招いて、「教育番組とエンタメとデジタルと」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、フジテレビからネットメディアを経てNHKに移籍というユニークな経歴を持つ福原氏が、これまでに関わってきたエンタメ・教育関連のデジタルコンテンツに関する講演を行い、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに視聴者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「教育番組とエンタメとデジタルと」
■日時:2022年4月6日(水)12時~12時55分
■講演:NHK人事局統括プロデューサー
NHKデジタルアカデミア学長 福原 伸治氏
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、ファシリテーターの超教育協会理事長 石戸 奈々子が参加者からの質問を紹介し、福原氏が答えるかたちで質疑応答が実施された。
教育番組やコンテンツの今後に高い関心
石戸:「こんなに早期から先端技術を活用した表現手法に挑戦されていたことに改めて驚かされました。
最初に、なぜこのタイミングでNHKに行かれたのかお伺いします。講演の最後に言及されたNABEの話などにNHKが福原さんに期待されていることが垣間見えますが、ぜひ福原さんの言葉で、なぜNHKなのか、NHKからどういうミッションを負っているのか、可能な範囲でお話し願えますか」
福原氏:「実は単純な話で、BuzzFeedを辞めて半年余り経った去年の今頃、そろそろ就職活動しなければと考えていたところに、『NHKがデジタル職を募集している』という話がTwitterで回ってきたのです。面白そうだけど年齢で落とされるだろうな、と思って半分冗談で応募したところ、NHKから『本気ですか』と連絡があって入社することになりました。
面白そうというのは、NHKなら日本のメディア環境を変えられる、あるいは支えられると考えたからです。個人でどんなに画期的なコンテンツを作っても状況は変わりませんが、NHKのようなところを中から動かせれば、多少なりとも何かを変えられるという思いはありました。ただ、1年前には今NHKに居ることなど想像もできませんでした」
石戸:「まずは技術の活用という観点で2点お伺いします。1点目は、福原さんが入局当初からテクノロジーを駆使した新しい表現を追求する方向に進んだ背景は何だったのか。2点目は、NHKの役割の一つに先端技術の開発があるが、特にNHK放送技術研究所(以下、技研)の技術はもっと番組に活かしてもよいのではないかと感じていまして、新しい技術を積極的に番組制作に活用してきた福原さんの目にはNHKの技術開発がどう映っているのかということ。この2点について教えていただけますか」
福原氏:「1点目は、昔から割と新しいもの好きで、機械やコンピューターが好きだったから、そういうものを組み合わせて何か面白いものができないかという、単純に好奇心が強いことが原動力でした。
2点目は、技研に何度か足を運んで感じたのは、『技術はめちゃくちゃすごいが通常の番組制作や取材とはあまりにもかけ離れていて、ほとんど交わるところがない』ということです。折角いろいろ開発しているのだから、もう少し現場に近づけて欲しいと正直思いますが、現状ではあまりにもかけ離れすぎていて、これどう使っていけばよいのかと悩むものが多いです」
石戸:「そういう優れた技術をより社会実装に近づけていくための方法を考えていく役割が福原さんには課せられているのではないでしょうか」
福原氏:「実際、技研の若い人たちとも一緒にいろいろやっていて、講演で紹介したNABEプロジェクトでも技研の人と組んだコンテンツを近いうちに発表します。そういう形で少しずつ混ぜていかないといけないと思いつつ、あまりにも凄すぎて、どう使っていけばよいのか、なかなか難しいものが多いというのが正直なところですね」
石戸:「技研から出てきた技術をどう活用するかだけではなく、開発段階から社会実装寄りの人が参加することで、ゴールを見据えた開発ができるということもありますね。
次は教育番組をどのように見ているのかお伺いします。私自身はNHKの教育番組は質が高くて安心感があり、Eテレが日本の社会基盤をなしているとさえ思っています。そして、同時にすごく尖った番組が生まれているとも感じています。福原さんはフジテレビ時代から教育番組を手掛けていましたから相当NHKの教育番組も研究されたと思いますが、NHKの教育番組をどう見ていて、今後どのようにより進化発展していくと良いと考えていらっしゃいますか」
福原氏:「確かにウゴウゴ・ルーガの時はNHKの番組をいろいろ研究して、そのカウンターとして『NHKの教育番組的ではないもの』をやりましたが、逆にNHKの方がフォロワーになってしまった感がありました。カウンターがなくなり、総じて『何か尖ればよい』雰囲気になっていったところには若干責任を感じていて、例えばテレビ東京の『おはスタ』などもそうです。あれはウゴウゴ・ルーガスタッフのある種スピンオフみたいな番組で私も初期に少し関わったのですが、結局、子供番組の形を決めてしまったところがあります。
今のEテレを見ても確かに面白いのですが尖りすぎている印象で、Eテレ枠では通用してもNHK総合や民放で通用しそうもないものもあります。番組自体のポテンシャルは高いですから、その要素をもう少しブレイクダウンするか、一般の番組に導入できれば教育番組の幅も広げられるでしょう。
Eテレの視聴率の低さについても、もう少し工夫する余地はあると思いますが、視聴率を考慮せずにいろいろな実験を行えるからこそ新しい表現が数多く生まれるという見方もでき、民放でもそれに影響された番組が生まれる土壌になっています。とは言え、新しいものを通常の番組にフィードバックしていくところは、もう少し考慮してもよいと思います」
石戸:「次は視聴者からの質問です。『外に出た福原さんだからこそ気づいた、フジテレビをはじめとする民放が再生するためのヒントをお聞かせください』という質問です。いかがでしょうか」
福原氏:「民放にもまだまだ優れた人材は残っていますが、制作費はどんどん下がっていますからその辺りの折り合いをどうつけていくかです。例えばTVerのような民放が共同で作るプラットフォームや、あるいはNHKと民放が一緒になったプラットフォームなど、共同できるところでは協働し、それぞれの特色を活かすような形に変わっていければより可能性は高まると思います。
今は各局が同じような報道、同じような情報番組をやっていますが、もう少し『ウチはこれをやる』とか『ここに重点を置く』など、それぞれの局の特徴に合わせて役割分担していくべきで、全部をユニバーサルにやるスタイルでは今後はより厳しくなっていくと思います。
もう一つ大きいのは、地方局をどうするかという問題です。ここもNHKの地域局と可能な範囲で共有していくような形を考えて良いのではないでしょうか。そういう意味でNHKが放送業界全体のインフラを一緒になって考えていくベースになっていく存在になれれば、まだまだ放送業界はやりようがあると思います」
石戸:「次は教科書会社の方からの質問です。『制作者側の見せたいものと視聴者側の見たいものの関係性について、ネットコンテンツの場合はまず、見たいものという観点が重要になりますが、教育の場合は見せたいものが強く、結果、見たいものとの乖離を招いてしまいがちです。教育コンテンツにおいてこのバランスに気をつけていることがあれば教えてください』というものです」
福原氏:「そこは重要な視点です。特にネットコンテンツは人々の『見たいもの』をベースに考えますが、その中には正しいものばかりではなく、欲望的なものにつけ込むような、明らかに良くない方向に流そうとする一面があります。それに反応しているうちにフィルターバブルに陥ったり、フェイクニュース漬けになって人々の間に分断を招いたりすることもありますから、見せたいものと見たいもののバランスを考えていかなければなりません。
テレビの制作者も、基本的に人々が見たいものを作るという考え方で正しいのですが、これを見なきゃいけない、見ないと損すると単純に迫るだけではなく、そこに『これは見ておいた方がよい』、『これを見せたい』という思いをうまく忍ばせていくことがより重要になっていくでしょう。そういう『トロイの木馬』的な表現が今以上に必要になっていくとは考えます」
石戸:「送り手の意思という視点では、『今、子供番組を作るとしたらどんな番組を作りたいですか』という質問や『福原さんが本当に伝えたいものは何ですか』という質問がきています。今、未就学児~小中学生ぐらいの子供たちを対象とした番組を作るなら、どういう番組を作り、どんなことを伝えたいですか」
福原氏:「一つには、世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな価値観があって、いろいろなことをやってもよいんだよということをちゃんと伝えたいです。世の中全体も子供の世界もウゴウゴ・ルーガの頃より多様化していますからね。
もう一つやりたいのは、学ぶことが楽しい、知ることが面白いという気持ちをどうやって醸成していくかというところです」
石戸:「学ぶことの楽しさに関して、『子供たちが学びは楽しいと思えるように、公教育の中に積極的にエンタメの要素を取り入れる必要があると思いますか』という質問がきています」
福原氏:「漫画やアニメを使ったり、エンタメやお笑いの世界とコラボしたりするなど、皆が楽しいと感じるさまざまな表現を取り入れ、フル活用してよいと思います。教科書でしっかり体系立てて学ぶ習慣も大切ですが、子供たちが面白いと思えるフックがかかったものも必要です。ただ、全てがそうなってはやりすぎなので、その辺りのバランス調整が大事です」
石戸:「子供たちに、体系的に学びたいと思わせるよう動機付けしていくことも重要ですね」
福原氏:「ネット検索でどんな情報もダイレクトに入手できる時代に体系をどう位置づけていけばよいのかは非常に難しい問題です。最初からすべて体系付けて教えるのではなく、とりあえずランダムに教えながら最終的に体系につながっていくような教え方もあるでしょう。今の時代に、教育方針が相変わらず体系型というところはもう少し考えた方が良いと思います」
石戸:「福原さんの原体験に関して2件の質問がきています。1つは『どのような番組から影響を受けたのか』というもの、もう1つは『時代に合わせてこれまでの成功体験にとらわれずにやりたいことを形にしていることに共感するが、そのような考え方の基礎になっているものは何なのか』というものです。今の福原さんをかたち作っている原点は何なのか。もしかしたらそういうところに教育のヒントがあるのではないか、と読み替えてよいと思いますがいかがでしょうか」
福原氏:「子供の頃は漫画ばかり読んでいましたし、大阪出身ですからテレビもお笑いばかり見ていましたが、今にして思うと確かに漫画やアニメやお笑いは自分のベースになっていて、そこから学んだことがある程度番組作りに役に立ってきたところはあるのかなと思います。例えば『まんが日本の歴史』のようなものでまず歴史を学び、それから歴史の本を読むという流れでやってきたので、そんなに勉強した記憶はないのですが、先ほどの教科書の在り方も含めて、そういうアプローチもあると思います」
石戸:「楽しみながら新しいことを吸収するというのが福原さんの身体に染み付いているからこそ、そういう姿勢で新しい表現にチャレンジされているということなのですね。
最後は視聴者から、『2020年代はSNSとAIの時代というところを詳しく説明してほしい』という質問です。福原さんの2020年代は、まずはNHKで新しいチャレンジをされることだと思いますが、『5年先取り』を常に続けてこられた福原さんがAI時代の2020年代にチャレンジしたいと思われていることがあれば教えていただけますか」
福原氏:「喫緊の課題は、NetflixやAmazon Primeなど海外勢のみならず、Yahoo!やLINEなど日本勢を含めた巨大プラットフォーマーとコンテンツ的にどう対峙していくかです。日本のコンテンツ業界が今後どうすれば生き残っていけるのかを真剣に考えるなら、Yahooのようなところとは協力していく部分もあれば是々非々で対峙していく部分もあるでしょう。そういうことをもう一度立ち止まって考え直すことが必要になってきます。
NHKという場は今のところ、そういう意味で『唯一』かつ『ラスト』のホープという感じがしています」
最後は石戸の「ネットが主となる時代を前提に配信基盤の強化やデータの利活用が必須とされる中で、NHKにはいろいろな業界と連携しながら映像×IT、さらには映像×AIの先頭を切ってもらいたいです。福原さんにはそのときに豊かな映像文化を国民一人一人が享受できる環境をNHKの中で実現していくことに期待します」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。