概要
超教育協会は2022年2月16日、株式会社コルク 代表取締役会長兼社長CEOの佐渡島 庸平氏を招き、「マンガが教科書よりもすごい理由」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
佐渡島氏は、講談社で『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』などのヒット作を担当した後、クリエイターのエージェント会社コルクを設立、『漫画 君たちはどう生きるか』などのヒット作を生み出している。
その佐渡島氏に、「マンガは教育に欠かせないコンテンツとなるか」をテーマに、ファシリテーターを務める石戸 奈々子との対話や視聴者からの質問に答える形で行われた。その後半の模様を紹介する。
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「マンガが教科書よりもすごい理由」
■日時:2022年2月16日(水)12時~12時55分
■講演:佐渡島 庸平氏
株式会社コルク 代表取締役会長兼社長CEO
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
石戸:「Q&Aやチャットに視聴者からの書き込みがあるのでお伝えします。
まず、東京書籍の方からです。『子どもに「やってみても意味ないじゃん」と言われると、がっかりしてしまいます。知らず知らずに、役立つとか、タメになる、という一面的な価値観を子どもに押し付けてるんだろうなと自戒しています。そのため、楽しめる子どもになってほしい、というお話にとても共感しています。楽しめる力を高めるのに、一番重要なポイントは何でしょうか』という質問です」
佐渡島:「子どもは、あまのじゃくだなと思います。僕が家で瞑想していて、『一緒に瞑想しよう』と誘っても全然やらない。なのに、『集中できないから、あっちに行け』と言うと、瞑想するんですよ。結局、こちらが楽しんでいると、子どもも勝手にやり出す。そして、やり出したら口出しせず、黙って見守る。子どもが聞くまで教えない。教えたくなるけど、我慢して教えない。この繰り返しだと思います」
人をどのように育てるのか
石戸:「佐渡島さんはヒット作を数多く出されているから、マンガ家を育てる力がとても高いと思います。どのようにマンガ家とやりとりされているのですか」
佐渡島:「ヒット編集者には、2種類があります。まず、編集者自身がとても面白くて、いろいろな企画を思いつき、それにぴったりなマンガ家を見つけて書いてもらうタイプ。僕はこのタイプではありません。そうではなくて、『次にこれをやって』というステップを作れるタイプの編集者です。
例えば『マンガとは何か』と言ったとき、僕は、『マンガは、感情の流れが描かれたもの』と定義しています。なので、マンガ家に、情報の流れを整理するマンガを最初に描いてもらいます。エッセイマンガなどですね。
マンガ家がエッセイマンガを描けるようになり、自分の情報をうまく整理できるようになったら、今度は広告マンガを描いて、他人の情報を整理してみる。その次に、原作を使って、感情の流れをうまく描けるか、やってみる。最後に、オリジナルマンガを描いてみる、というようにステップを踏むんですね」
石戸:「佐渡島さんの頭の中で、育成のプロセスが体系的に整理されているのですね。マンガ家をよく観察する中で、この人は今、このフェーズにいるから、この企画がいけるんじゃないか、ということをタイミングよく提示するからこそ、ステップアップしていけるのですね。教育現場では、先生方にその役割が求められるわけですね」
佐渡島:「先生は、『子どもが何かに陥るのを助ける』という役割だと思います。人が夢中になるプロセスにおいて、どれぐらいのお題を渡してあげるとよいのかがわかっていると、良いファシリテーターになれると思います」
感情の“解像度”を高める
石戸:「少し話が脱線しますが、マンガは、先程の話にもありましたが、人の感情の変遷の描写が素晴らしいと思います。この『人の感情の機微』は、教えられるもの、学べるものなのでしょうか。
例えば、人を夢中にさせるきっかけを提供することは、とても重要ですが、その人の個性や状態によって、響く言葉は違ってくる。マンガ家は、ストーリーを作るとき、どうやって人の心を理解しているのだろう、というのが疑問なんです」
佐渡島:「石戸さん、今日2時間前と4時間前に一番感じた香りは何ですか」
石戸:「香りですか…。私は昔から、雨が降ったときの空気の匂いや、季節が変わったときの空気の匂いを感じるのがとても好きです。香りというか、その日の、その天気の匂いを感じるのが好きなので、外に出たときに『今日は、こういう匂い』というのが一番印象に残っていますね」
佐渡島:「それは、匂いについての“解像度”が、1日単位ということなんですよ。人間、五感を使っているんだけれども、記憶してるのが限りなく言語と論理に寄っていて、嗅覚や味覚はほとんど記憶できていないんです。
例えば、味覚では、食べながら『この食事には、この食材とこの食材とこの食材が入っている』というのを、食べるたびに毎回メモして、作った人に『何の食材が入っていたか』と聞いて確認するというのを5年間ぐらい実行すると、相当味覚の記憶が良くなるわけです。この意味で、『ソムリエとは何ですか』といったら、『ワインの味の記憶が定着するように訓練した人』となるでしょう。
同じように、感情について、この1時間でどのように変化しましたか、と問われたとき、10分ごとの気持ちを言えなくて、60分を1個の感情で表現したりする。場合によっては感情の解像度が、『今日は疲れた』など、1日単位だったりするわけです。
対してマンガ家は、感情の解像度が高い。あの日の、あの出来事に対して、5分刻みで感情を表現できる。初めはワクワクしていたけれど、次にちょっとドキドキして、ドキドキしすぎて途中で怒ったけど、最後は嬉しくて安心して泣いた、みたいな感じです。感情の流れを記憶して再現するトレーニングについては知られていないから、偶然やった人がマンガ家候補になっているわけです。
また、急に人をとても喜ばせたり、悲しませたり、怒らせたり、というのも無理なんです。人の感情を大きく動かすには、一度その人が驚くような、突飛なことをする。その結果、大きな喜びや悲しみ、怒りが起こる。強い感情を引き起こすには、どの感情に分岐するにしても、その前に驚きがあります。
さらに言えば、僕らは、自分の肉体や感情、脳について、その使い方をよく知らない。使い方をよく知らないのに、自分のことは知っていると思っている。だから、自分のことを知ろうとするよりも、まずは人間一般の感情のあり方とか肉体のあり方とかを知ろうとする」
「個別最適な学び」のあり方
石戸:「人間一般について知りつつ、『個別最適化された学び』という方向に進むのは、必然だと思います。そのときに自分自身を知っているか否かによって、結果はずいぶん変わってくる。そう考えると、自分自身を学ぶ機会がベースにあるとよいかもしれないですね」
佐渡島:「そうだと思います。でも、それを子どもに求めるのは難しい。『不惑』を述べている論語はすごいと思います。世間のいろんな『よい』に惑わされてる状態から、自分にとってこれは『よい』というように、自分を知って惑わなくなるのが、40歳の『不惑』です。
個別最適化に関しては、みんな自分がすごく特別で、たくさんのバリエーションが必要だと思っている、だけど、人間は結構似ていて、大ざっぱなブロックの組み合わせや順番だけで、かなり個別最適化できたりする。人間の染色体だって、すごくシンプルですからね。そのシンプルなものを、とてもうまく使っている。そう考えると、個別最適化も、比較的シンプルなものを上手に活用する形の教育なんだろうなと、思っています」
石戸:「そうですね。マンガがヒットするということは、多くの人が同じポイントで感動したり涙を流したりできるという意味で、人間の共通事項に訴えてるわけですからね」
佐渡島:「だから、僕がよく言うのは、マンガ家は、感情がオリジナルなんじゃない。感情は超平凡で、表現方法がオリジナルなマンガ家がヒットするんだよ、ということです」
石戸:「まだ、たくさん質問がきています。『歴史が大好きで楽しそうに話している人がいても、興味のない人には伝われないことがあるんじゃないか。そういう取りこぼされる人たちに対して、どのような働きかけをするのが良いのか』という質問についてはいかがでしょう」
佐渡島:「『個別最適な学び』を服にたとえて言えば、今までは大ざっぱな服しかなかったけれど、これからはもう少し自分の体に合った服ができる、ということだと思います。同時に、『役立つための基礎』という学びではなく、『面白いから深堀り』して勉強するというようになるのでしょう」
石戸:「生涯学習時代の本格到来と言われていますが、そこに何が必要かというと、『学ぶことって楽しい』ということを知っている、そして、学び方を知っている、ということに尽きると思います。何でもいいから自分の好きなものをどれだけ深められたか、その深堀りを通じてどれだけ学び方を学んだか、が評価される。それが探究学習ですね」
「そう思います。だから、文科省をはじめとして、今やろうとしていることはすごく良い方向だと考えています」という佐渡島氏の言葉でシンポジウムの幕は閉じた。