概要
超教育協会は2021年9月29日、ミネルバ大学 元日本連絡事務所代表の山本 秀樹氏を招いて、「ミネルバ大学の教育と日本への応用事例」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、山本氏が、ミネルバ大学の設立趣旨と世界的に注目を集めるその教育内容、日本の大学等でのミネルバ大学の教育カリキュラムの実践事例について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「ミネルバ大学の教育と日本への応用事例」
■日時:2021年9月29日(水)12時~12時55分
■講演:山本 秀樹氏
ミネルバ大学 元日本連絡事務所代表
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸 奈々子が、参加者から寄せられた質問を紹介し、山本氏が回答するかたちで質疑応答が実施された。
ミネルバ大学のシステムと日本型教育との親和性に高い関心
石戸:「私はこれまで、できるだけ『教育』の代わりに『学習』を使うようにしてきましたが、『学育』という言葉は良いですね。最初の質問は、教員の採用やトレーニングに関するものです。基礎的・汎用的なコンピテンシーを育むためのフィードバックのやり方の質を保つために、どういうスキルを持った教員を採用し、どのような研修をしているのですか」
山本氏:「ミネルバ大学は学生の合格率が約1.2%とされていますが、教員の採用率は約0.1%とさらに低く、選び抜かれた先生を採用しています。選考ではもちろん学術的なバックグラウンドも見ますが、より重要なことは『教えない・ファシリテーション・フィードバックに徹する』ことかできるかということで、そのために約3週間のトレーニングを行います。
その中では、データの見方やデータを用いた授業設計などのほか、2回の模擬授業が必須になっています。1回は同僚の先生に対して、Active Learning Forumというミネルバ大学のフォーラムを使って事業を設計・デリバリー・フィードバックするもの、もう1回は高成績の学生たちに対して模擬授業を行うもので、その両方をパスする必要があるかなり厳しい条件です。
採用後は、授業はチームティーチングで進行しますし、自分の教え方が学生にどれだけ効果があったかもデータで確認できます。改善すべき点も、個人が修正するのではなく、チームで『こういうフィードバック方法がよいね』などと話し合いながら一緒に作り込んでいくので、自分のティーチングスタイルを確立している先生は厳しいかも知れませんが、ティーチングやガイディングを向上させたいと考える先生には非常にやりがいのある仕組みです。
ただ、学生のレベルは非常に高い上に、若くて多少攻撃的なところ(積極的であるがゆえに納得できないと、教員への不満をもらす、など)もありますから、『大人である』必要がありタフな環境とも言えます。このように、採用時とOJTで鍛えられることがポイントです」
石戸:「ミネルバ大学には研究所があり、研究にも注力していると認識しています。先ほどのお話を踏まえると、基本的に『教育に特化した』先生を採用して、研究はまた別の人が担っているのですか」
山本氏:「いいえ、ミネルバ大学の先生はそれぞれ研究分野を持っています。授業が前期・後期の8カ月なので残りの4カ月は自分の研究に集中できますし、フィールドワーク先からでもオンライン授業は可能ですので、自前の研究は続けつつ、ミネルバ大学で教えるトレーニングもしっかりされています。
ミネルバ大学の研究所は、ミネルバ大学内外で効果的な教育法・教授法を開発する人たちを対象に一種の助成金を募るのが主な業務です。具体的にどういう研究活動しているのかはよくわかりませんが、例えば、反転授業の研究で知られ、ミネルバ大学のカリキュラム開発にも多大な貢献をされたハーバード大学物理学のエリック・マズール先生などに研究資金を拠出しています。自らもベンチャーとして借金しながら、研究所を設立して他人にファンドするというのは、非常にユニークな考え方だとは思います」
石戸:「ミネルバ大学のベースとなる基礎的コンピテンシーの育成に関して、これまで漠然と必要性を謳われていたものを細分化し明確にしていますが、マニュアル化されたカリキュラムがあるのですか」
山本氏:「マニュアル化というより、どう体系化し、どう教えるかを重視し、『このコンセプトは本当に有効か、別の概念にした方が良いのではないか』といった形のコンセプトの入れ替えや集約は、極端な話、週次ベースでデータを見ながらやっています。コンセプトの集約はかなり進み、現在ミネルバ大学・プロジェクトのウェブサイトをみると80ほどになっています。元々は400近くあったのを絞り込んだ結果です」
石戸:「オンラインのため、大量かつ多様なデータが集められると思いますが、教員による『定性的』なデータではなく、『定量的』なデータを全て解析されているということですか」
山本氏:「はい。それで先生方は『仮説』と『事実に基づくデータ』を照合したディスカッションが可能になります。これもミネルバ大学の面白い点ですが、私が関わっていた2015年当時、スタッフの約半数はデータアナリスト系の人材でした」
石戸:「次の質問は学生に関するものです。『すごく特徴的な教育方針のため、とても合う学生も、難しい学びと感じる学生がいると思います。ドロップアウト率は他の大学と比べてどうですか』という質問と、『ドロップアウトを防ぐために何か特別な支援策を導入していますか』という質問です」
山本氏:「ドロップアウトレートはウェブサイトで公表されているので詳細はチェックしていただきたいのですが、アメリカ全体の水準よりはかなり低く10%程度のはずです。アメリカの大学は平均すると約半数がドロップアウトしますが、実はミネルバ大学も開校当初は約25%と、アメリカの平均よりはいいですが、不名誉な比率でした。それが改善できた要因としては、事実に基づいたフィードバックがしっかりできていること、全員学生寮住まいで社会情動学習的を取り入れられていること、少人数制でスタッフとの距離が近いことなどが挙げられます。
参考)Minerva University Student Achievement
ただ、私はもう一つ、よい意味で『丸くなった』ことがあると思っています。開校当初は皆『とんがって』いましたが、次第に学生をどう扱えばよいかを学習したようです。データが必須の部分では徹底的にデータを使っていても、人間は感情的な動物ですから同じ場所にいて対話することも大切です。そこを理解してしっかりケアするようになったことが数値改善の隠れたポイントではないでしょうか」
石戸:「次は卒業後の進路に関して、『何らか他とは違う特徴的なものはありますか。どういう進路に進まれる方が多いのでしょうか』という質問です」
山本氏:「全般的に把握しているわけではないのですが、卒業後の進路は他の大学と大きく変わらないと思います。大学院に進学する人、起業する人、大会社に入社する人、それぞれです。
ただ特徴的なのは、普通の新卒採用ではない、ということです。インターンシップでも最初から『この人はこういうコンピテンシーを持っていて、こういうリーダーシップスタイルなので、御社でこういう研修を一緒に創ってみませんか』などアプローチをするので、例えば、通常はポストMBAの人が就くようなインベストメント系の仕事に最初から配属され、立派にこなしている人もいます」
石戸:「次は日本の教育に関して、『学育というコンセプトには共感しますが、日本でこれを広げようとすると高等教育以前の段階で教育の在り方を変えないといけないのではないですか』という質問です」
山本氏:「学育については私は逆の意見を持っていて、日本で一番学ばなければいけないのは大人だと考えます。私は40代後半ですが、この世代が実は一番学んでいません。自分たちが『学びとはどういうものか』をもう一度体感し、『大人になっても学び続けることは大変だけどすごく楽しい』ことが伝われば、そこで初めて大学生も変わるし、親を見て幼い子供たちも変わっていきます。
これは偏見かもしれませんが、教育関係者が『子供たちを変えなければ』と思うなら、その前に一つでよいから自分たちの仕事のやり方を変えてみませんか。大人にも子供にも『変えていく力』を見せることが『学育』なので、自分たちが学ばずに子供たちのことを言っても始まりません」
石戸:「次の質問は『ミネルバ大学に進むには、どのような資質・能力を幼い時から育むべきでしょうか』というものです」
山本氏:「ミネルバ大学は『入りたい学校』ではなく『合っていれば自然に入る学校』と考えてください。『本当に合う子』と『全然合わない子』がいますが、私はミネルバ大学に合わなくても全然構わないと考えています。親は、子供が入学するためではなく、これからどういう社会を生きていくのか、そのためにどういうスキルが必要で、それをどう学びたいのかをサポートしてあげるべきです。
また、ミネルバ大学が考える才能には、もちろん学習能力の高さも含まれますが、『才能はあるが努力しない』子は要領よく手を抜くので向いていません。逆に『努力できるが才能がない』子は、少し残酷な言い方ですが、間違った方向に努力してしまうのでやはり不向きです。『それなりに才能があり、しかもどうすればより良くできるかという努力をやめない人を集めて学び合えば、最初はお互いにエッジを効かせていても成長に従って相手のことをしっかり聞ける謙虚な人になれる。だから才能と努力を併せ持つ人たちを世界中から経済力に関わらず集めたい』とミネルバ大学の創業者も言っています」
石戸:「才能があって努力ができる人ならどんな企業でも欲しいですよね。それを見抜くところがノウハウなら、少しだけでもエッセンスを披露いただけませんか」
山本氏:「例えば、『課外活動好きで学校の学びなど不要』と考える子は、ミネルバ大学には向いていません。ミネルバ大学はあくまでアメリカの教育システムのひとつですから、たとえ不満があっても決められたシステムの中で結果を残した上で、自分のやりたいこともしっかりやろうとする人でなければ厳しいのです。
ただ、誰もがそうならなくてもよいわけで、私自身、学校での学びが嫌いなことは別に悪いことではないと考えています。ミネルバ大学以外にも面白い教育機関はたくさんあります」
石戸:「一番大事なことは、それぞれの子どもが、多様な生き方、多様な学習方法の中から、自分に合ったものを選べることですが、ミネルバ大学は、学び方やコミュニティの新たな選択肢を提示したという意味で大きな役割を果たしていますね。
私がいるKMD(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科)でも、汎用的な基礎スキルを学んだ後に、リアルプロジェクト型学習を実施しています。地域の課題を発見し、その解決法を提案し、資金拠出を得て実装していくまでを授業でやっています。エッセンスはミネルバ大学に近いと思いますが、ミネルバ大学はそれをより組織的に、システマティックに行っていると感じました。
最後に、日本の大学教育全般に関してメッセージやアドバイスはありますか」
山本氏:「アドバイスできる立場ではありませんが、『デジタルトランスフォーメーション(DX)』を考えるとき、『デジタルを使うこと』を優先するのではなく、トランスフォーメーションの手段として『デジタルをうまく活用すること』を考えてください。日本には素晴らしい能力を持った人たちが大勢いますので、そこさえ踏み間違えなければ絶対にうまくいきます」
最後は石戸の、「今後、『ミネルバモデル』の日本の大学等高等教育現場への導入・展開など、一緒にできることを議論して実装していきたいと強く感じました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。