概要
超教育協会は、2021年8月18日、東京大学教授でEd-AI研究会会長の越塚 登氏を招いて、「Ed-AI研究会:AI技術と教育データを用いたテイラーメイド教育を目指して」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
前半は、越塚氏がEd-AI研究会の基本的なビジョンや、教育データを活用する上での課題などについて解説。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。
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「Ed-AI研究会:AI技術と教育データを用いたテイラーメイド教育を目指して」
■日時:2021年8月18日(水)12時~12時55分
■講演:越塚 登氏 東京大学教授・Ed-AI研究会会長
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
越塚氏は約45分の講演において、AI技術や学習データの利活用を通じた新しい教育のあり方であるテイラーメイド教育を紹介するとともに、教育データを活用する際の課題などについて説明した。その主な講演内容は以下のとおり。
【越塚氏】
AI技術の活用においては、教育は非常に重要な分野です。Ed-AI研究会では、AI技術と教育データを用いて、数理的に最適化された教育やイノベーションの支援などを行い、教育にAIを役立てていくことを目標として掲げています。
教育分野でのAI活用を研究すると、「生身の人間」を教育するのにAIを使うことは難しいところがあります。例えば、製造業のような分野で、クオリティコントロールのためにAIを使うのは比較的容易です。植物を相手にする農業分野でもAIが使われています。これが、教育、医療や福祉など人間相手になると難しくなります。AIだけで完全自動はできませんし、教育といった人間系が不可欠で、AIと人間の協調も必要になります。そのあたりをうまく扱えるように、AIを研究する必要があります。
私が教育に携わるようになったのは、子ども向けのプログラミング教育を始めたのがきっかけです。私が学生だった1980年代から1990年代、BTRONという教育用パソコンを研究していました。当時、イギリスのBBCマイクロというコンピュータもあり、日本でも教育用パソコンにするとされていた。また当時はNHKの教育番組も手伝っていました。イギリスでは、テレビのBBCで教育のソフトを作っていて、日本でもNHKでそれをやっていました。
▲ スライド1・越塚氏が研究していた
教育用パソコンBTRON
その後、デジタルミュージアムの企画・開発に携わったり、高校の情報科目の教科書の制作に関わったり、コンピュータを使った教育教材の制作などにも参画しました。当時は3Dプリンタの走りのころで、3Dスキャナでメソポタミアの壺などスキャンして作ったり、銅鐸のレプリカを作ったり、AR(拡張現実)の展示システムを構築したこともあります。
▲ スライド2・3Dプリンタで作成した
メソポタミアの壺
2010年には、子ども向けのプログラミング教育を、自分の研究室に子どもを集め、工作もかねて実施しました。単に「車を作って動かす」といった内容ではつまらないので、対象を広げて「都市のプログラム」にも挑戦してもらいました。スマートシティ、スマートビルなどをプログラミングしてもらうのがテーマでした。いきなり、スマートシティやスマートビルをプログラムしてもらうのは難しいので、すでにスマートビルになっている研究棟を新たに書いたプログラムで動かしてもらったり、その研究棟のプログラムと同じ設備を広島の中学校の中に作ったりなどしました。自分の校舎の設備を動かしているプログラムを自分でいじるという体験をしてもらったのです。また、SDGsに関連して、地球を救うためのプログラムを構築するという壮大なテーマを掲げて、ワークショップも兼ねながら、自分でセンサーを作ってフィールドに出て、自然環境や気候を測定することもやりました。
個人の適性や学習の進捗に応じた
質の高い教育を目指して
Ed-AI研究会は、教育にAI技術を活用しようという活動をしています。AIには色々な使い方がありますが、Ed-AIでは人間の先生で十分できないところを、AIがサポートするという考え方を基本に活用を研究しています。研究会では、個人の適性や学習の進捗に応じたクオリティの高い教育や学習環境を実現するというビジョンを掲げています。高品質な教育や学習環境が、いつでもどこでも誰でも得られる、いわば教育の民主化をしたいというのが目的です。トップレベルを引き上げるために個人の適性や学習の進捗に応じた教育を行うという考え方もありますが、それよりはむしろ、いつでもどこでも誰でも高水準な教育がうけられるようにテクノロジーを使うことを重視しています。個人の適性や学習の進捗に応じた教育は、今の教育界のスタンダードでもありますが、同じ方向性を目指しています。それをいつでもどこでも誰でもできるようにということを実際にやろうとすると、コストも人手もかかって難しい。そこをAIや情報通信の技術で支援できないかというのが、Ed-AI研究会が目指すところです。
▲ スライド3・Ed-AI研究会の目指すビジョン
例えば、世界に目を向けると、教育において興味深い実態があります。インドやヨーロッパから来た裕福な留学生に、子どもの時にどういう教育を受けたか聞くと、小学校には行ってないというケースがあります。裕福な家庭の子どもは、小学校に行かず家庭教師を雇っているのです。各科目に応じて家庭教師が何十人もいて、家で勉強する。その意味では、個人の適性や学習の進捗に応じた高品質な教育が受けられていることになります。まさにテイラーメイドの教育です。公教育では、社会システム上それは不可能です。テイラーメイドの教育は人手さえかければ可能ですが、コストや手間の問題が大きい。実現するには先生の数が足りませんが、そこをAIで代替できないか、と考えます。
今までは紙の教材だったのがデジタルの教材になって、さらにAIの力が入れば、よりテイラーメイド教育に近づけることができるでしょう。AI技術やデータサイエンスを使って、いつでも誰でも、個々人の経済力に関係なく、テイラーメイドの教育を低コストで提供できることは重要です。インドやヨーロッパの裕福な家庭でなくても、公教育のレベルで誰もがそういった高品質な教育を受けられて、且つ先生を支援していく、そういう環境を目指したいと考えています。そのためにEd-AI研究会ではビジョンとミッションを掲げました。
▲ スライド4・Ed-AI研究会のビジョンとミッション
まず、AI技術が創るテイラーメイド教育、次にAI技術や学習データの利活用を通じた新しい教育のあり方の構築、3つ目はAI技術を用いたテイラーメイド教育の普及と啓発、最後はいつでもどこでも誰でも最適な学びのためのEdTech2.0を目指してです。
従来、EdTechというと、大量の人に対して同じ教材を届けることが中心であったと思います。これはインターネットの普及などでもうある程度実現できています。ではそれがテイラーメイドかというと、それは違って、これはマッシブな手法です。そうではなくて、テイラーメイドにできるようなITの使い方をすることが求められており、そのためにはAIが重要です。研究会の中では3つテーマがあって、それぞれワーキンググループを作って活動しています。
▲ スライド5・Ed-AI研究会を構成する
3つのワーキンググループ
まずは、AI技術を用いた新しい教育手法や教育理論を研究するワーキンググループ。2つめは、AIの技術にはこういったものがあると現場に紹介したり、現場のニーズを聞いて情報交換し、コミュニケーションする場としてのワーキンググループ。3つめは、AIで活用する教育データを扱うためのワーキンググループ。私が会長を務め、副会長は開 一夫先生、顧問が安西 祐一郎先生。会員は50人ほどです。月に1回議論する形で進めています。
▲ スライド6・Ed-AI研究会の体制
誰もがその人に最適の教育が受けられる
テイラーメイド教育が目指すもの
Ed-AIが目指す目標は、誰もがその人に最適の教育が受けられるということです。インターネットやMOOCs(大規模公開オンライン講座)などで、画一的な教材であれば、誰でも受けることが可能になりました。これからは個別習熟度学習、いわゆるテイラーメイド教育を進めていきます。経済力や地域や国、家庭環境にもよらない高度な教育の民主化が目標です。テイラーメイド教育はトップクラスの育成にも有効ですが、誰もがいい先生について高度な教育を受けられることが理想で、誰も取り残さない教育の方に関心を持っています。一方、手間とコストをたっぷりとかけて、優秀な多くの先生をつければテイラーメイド教育は可能ですが、絶対的に先生の数が足りないとなった時に、そこをAIで解消するのが目標です。
▲ スライド7・Ed-AIが掲げる目標
Ed-AIも変化しています。Ed-AI 1.0と呼ばれた以前は、知能を研究することでその成果を人間の知能モデルとして適用して、それを教育に生かしていくのが最初でした。今はそういう理論的な面だけでなくて、プラクティカルに大規模な計算資源を使うことで、いろいろな結果を出すことができます。最も進んだEd-AI 2.0では、AIを用いることで、テイラーメイド教育や自律的に進化する教材などが実現可能になります。
▲ スライド8・Ed-AIの進化
政府でも、デジタル社会の実現において教育分野を重要視しています。2021年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた実現計画」では、教育が準公共分野として取り上げられ、教育データの利活用が盛り込まれています。
▲ スライド9・閣議決定された
「デジタル社会の実現に向けた実現計画」
包括的データ戦略でも教育分野でデータを利活用しようということが盛り込まれていますし、教育データの標準化も文部科学省で始まっています。デジタルガバメント閣僚会議でも、色々なデータ分野があるなかで、データ戦略では教育も重要だと位置づけられています。教育データといっても成績表のように粒度の粗いものから、個別にどの問題が解けてどの問題が間違ったのかといった粒度の細かいものまで、色んな粒度のデータがあって、それぞれごとに使い方とか考えないといけないということは課題として顕在化してきました。データは粒度によって使い道が違うので、それぞれのデータはどういう使い道があるのか模索することが求められます。また人間が見るデータもあれば、AIが機械処理するデータもあるなかで、データ戦略ではAIが使いやすいデータを中心に考えていこうとなっています。
さまざまな教育環境のもとでのデータ活用の課題とは
機械学習を有効に使おうとすると、重要なのはトレーニングデータがしっかりあるということです。ただしデータをデータとして使おうとした場合、取得した条件が同じでないといけません。その前提のもと、教育の現場でAIを使おうとすると、条件がばらばらのテイラーメイドとは逆の方向が求められてしまいます。海外のプロジェクトを見ていても、AIを使ってデータを利活用しようという動きと、教育を標準化しようという動きは重なることが多いです。教育課程が標準化されていて、みんなが同じテストを受けていれば、そのデータを使い回すことはできます。しかしテイラーメイド教育では一人一人目指す目的がばらばらです。それを同じ方向に向かわせようとするのは、昨今の流れとは逆といえます。今の流れは、生徒がみんな違うことを志向して、先生にもある程度裁量が与えられ、多様化した教育を目指そうというものです。そういう多様性のある環境の中で取られたデータをどうやって活用するかは、数理的には難しい問題があります。そこにメスを入れて解決する必要がありますが、だからといってテイラーメイドをやめろと言いたいわけではありません。むしろ逆で、テイラーメイドに合うような数理的な手法を確立する必要があるでしょう。
同じ話は教育だけに当てはまるものではありません。医療も福祉も同じ。福祉のリハビリテーションでもAIを使っていますが、リハビリテーションを受けている高齢者は、どこまで元気になりたいかとか何を目指しているかは人によって違います。もう一回スポーツできるように戻りたいという人もいれば、日常生活ができるようになればいいという人もいる。体格も病気の進行具合も年齢も職業も違うなかで、どうやって最適なリハビリのプログラムを組むのか。あるデータを適用しようとしても人が違えば条件が違うので、その中でどうやってデータを活用していくのか大きな問題です。福祉でも教育でも、人間相手は類似した問題にぶつかります。工業製品を作っているわけではないし、農業で同じクオリティのトマトを作っているわけではないので、人間を相手にしてそれぞれ支援していくところの多様性に対して、データサイエンスがいかに貢献していくのか、そこに大きな課題意識を持っています。その中でも教育は典型的かつ最も重要な分野です。教育や学習のプロセスは非常に多様で、多様な環境でとったばらばらなデータが使われます。生徒が目指している目標もばらばらです。工業製品なら同じKPIを目指しますが、教育はそもそもKPIが多様なので、ある生徒の目指している教育データが違う生徒に使えるかという問題があります。これは他の分野でも大きな課題で、全然環境の違うところに適用できるのかは、AIの中でも大きな課題になっています。それが難しいからといって、教育や学習プロセスを統一化しようとすると、本末転倒なので、そうでない数理的なところを研究したいと思っています。
▲ スライド10・多様な環境下でのデータ利活用の課題
もうひとつ難しい問題はプライバシーの問題です。学習履歴はかなり機微な情報だからです。さらに難しいのは、子どもは未成年なので、成人のように判断してパーソナルデータを自己管理することができません。ただ成長すると徐々にそういうデータを管理する力もついてくるでしょう。このように、未成年という状況で個人情報の管理をどのように行っていくかという課題がある一方で、教育の履歴は学習している生徒だけのデータではないという事情もあります。実際に評価をつけて、カリキュラムを作っているのは先生で、データに関するステークホルダーが複数いるので、扱いが難しいのです。また、AIでデータ解析するには多くのデータが必要ですが、プライバシーの問題はどうするのか、そこも解決しないといけないでしょう。
▲ スライド11・学習データを扱う上で
重要なプライバシー問題
プライバシーの問題をAIの分野で解決するのは、AIの中でホットなトピックとなっています。最近では、Privacy Preserving Machine Learningといって、データをいかに集めないで機械学習をやるかということがはやりの分野となっています。個別にそれぞれラーニングして、ラーニングした結果だけを集めてメタなラーニングをすることで、大きな母数の結果を出していく研究が盛んに行われています。ローカルにラーニングした結果を出して、出したデータから生データの推測ができないことを理論的に研究する、そうすることでプライバシーを保ちながらデータを集めることができます。これも教育の中で機械学習を使う要素技術として非常に重要なものになるでしょう。多様なデータをいかに扱っていくか、プライバシーを守りながらいかに数理的なやり方を進めていくかは、AI界の中でも重要なことです。まだ現場で導入するという段階ではないかもしれませんが、大学の中でワーキンググループを作って活動している状況です。
>> 後半へ続く