概要
超教育協会は2021年3月17日、東京大学大学院情報理工学系研究科准教授 鳴海 拓志氏を招いて、「本来の能力を引き出すためのツールVRのさらなる可能性」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では鳴海氏が、自分のアバタをVR空間で活用することの効果、別人のアバタを使うことで自分の実力以上の能力をVR空間で発揮できるようになる事例などを紹介。後半は、超教育協会理事長の石戸奈々子氏をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答が実施された。その模様を紹介する。
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「本来の能力を引き出すためのツールVRのさらなる可能性」
■日時:2021年3月17日(水)12時~12時55分
■講演:鳴海拓志氏
東京大学大学院情報理工学系研究科准教授
■ファシリテーター:石戸奈々子
超教育協会理事長
鳴海氏は約35分間の講演において、自分のアバタをVR空間で活用することの効果や、別人のアバタを使うことで現実には持たなかった能力を発揮できる事例などを紹介した。
【鳴海氏】
VRはゲームやエンタテイメントだけでなく、教育分野でも注目を集めています。対面の授業ができなかった昨年は私も、授業の効果を高められるようVRを活用してみました。
1人で画面を見るだけの講義では集中力が続かない、そこでVRで教室のような空間を作り学生を集めました。周りに人がいて聞いていることが見える、そして画面に顔があって視線を受けているほうが、画面を見ながら聞いているだけよりも、集中力が持続する効果があることが分かっています。例えば、オンラインの講義で私が顔を出して話すよりも、かわいいアバタを通じて話すほうが、学生が質問しやすい、集中して聞いてくれるなど、いろいろな効果を確認しました。
▲ スライド1・アバタ/VRを活用した授業。
画面左下の女の子が鳴海氏のアバタ
「教える側と教わる側」との非対称で型にはまった関係性も、見た目を変えるとリセットできます。NHKの番組に出演したとき、「VRで話すと、苦手な上司にも本音を話せるか」という実験を監修しました。普段本音を言えない、いかつい上司がVR空間でかわいいアバタになっていたり、部下が筋骨隆々の強そうなアバタを使ったりすると、普段の社会的な関係がリセットされて話しやすくなる効果が見られました。
教育分野へのVR活用事例 企業の社員教育にVRシミュレーションを利用
実習的な授業もVR空間でアバタを使って実施しました。VRで他の人と一緒に実習することは、学校に行って勉強する理由と同じように、共同学習によって学びが高まる効果があります。他の人ができるようになると自分もできるようになる、教室で誰かがうなずいているのを見るだけで、自分の理解度が上がるといった研究結果もあります。
東大のバーチャルリアリティ教育研究センターで研究している事例をご紹介します。まずは、航空会社のカウンターでお客さんにクレームされたとき係員がどう対応するか、トレーニング向けのVRシミュレータです。お客さんのほうにはAIが入っていて、状況によってストーリーも変わります。対応を間違えるとお客さんに怒鳴られます。
いろいろなお客さんのパターンをシミュレートして練習することは、現実では難しいです。そこで、どうやったらリアルに教育できるかということで、パーソナライズされた究極の学習環境を提供することを目標にしました。このほか、鉄道会社で危険な状況をシミュレーションしてトレーニングに活用している事例もあります。
▲ スライド2・社員教育にVRシミュレータを活用
パーソナライズされた究極の教育環境になる
VRはこれまで、部品の設計や建築のシミュレーションなどに活用される例が多かったのですが、今後はサービス、教育、トレーニングの分野のこのようなシミュレータも増えていくと予想しています。
自分とは「異なる身体」で体験することで新たな「視点」を獲得できることもある
最近、「バーチャルYouTuber(ユーチューバー)」が増えています。自分の動きをアニメのキャラクターのアバタに転写させ、自分が話すとキャラクターも話します。日本にはもう1万人以上いて、自分の体とはちょっと違う体を使って、ゲームの実況やコンテンツの解説などいろんな形で、バーチャルの空間で活躍しています。
自分と違う体を使うとさまざまな効果があります。例えば耳が不自由で、現実の空間でのコミュニケーションが難しかった人が、アバタを介することで普通に話すことができるようになると、ハンディキャップを持つ人たちが社会に出やすくなる土壌にもなります。
アバタで身体を変えると、インパクトのある「新しい視点」獲得できることもあります。例えば、朝日新聞社の丹治記者の記事では、実際には60歳ぐらいの男性で、「男子厨房に入るべからず」といった教育を受けてきた世代ですが、ある日「初音ミク」になるVR体験をして、自分の心の中に女の子がいたのだと気づいたというのです。女性視点で女性を理解したり、男性との価値観のギャップを埋めるような行動をしたりと、興味深い記事を書いています。ご興味のある方は、検索して読んでいただければと思います。
▲ スライド3・「女の子になる」VR体験をしたことで
新しい視点を獲得した「おじさん」の記事
記事リンク・with news「おじさんの心に芽生えた「美少女」 VRがもたらす、もう一つの未来」
身体によって固定観念が作られてしまっているところを、現実とは違う身体で違う視点を体験したことで心の状態がリセットされ、新たな視点で自分を見つめ直せるきっかけを得たという例です。
他にもPlayStation VRのバットマンのゲームの例を紹介します。ゲームの最初にスーツとマスクを身に着けて、鏡を見た瞬間に自分がバットマンになったことを認識できるのですが、ゲームをプレイしている人を観察すると面白いです。バットマンになったと分かった瞬間、ほとんどの人は背筋が伸びるのです。これは、ヒーローになったと思うと無意識に、ヒーローらしく凛々しく振舞おうとするということが、起こっているのだと考えられます。
太鼓の叩き方を習うVRの例もご紹介します。「隣にいる先生と同じように叩いてください」との指示で、モーションキャプチャーのスーツを着てVR空間に入ると、自分の動きをそのまま反映するアバタを使うことができます。自分のアバタの状態を見ながら叩くのですが、手だけのアバタや、ビジネススーツを着ているアバタのときにはなかなか上達しません。
ところが、「アフロヘアのミュージシャン」のアバタを使うと、急に手の振りが大きくなってリズミカルに上手く叩けるようになります。「ミュージシャンのように振舞ってください」と指示されているわけではありません。鏡を見て自分はミュージシャンっぽいと認識すると、無意識に体の使い方が変わり、パフォーマンスが変わってしまうのです。
▲ スライド4・アフロヘアのアバタを使うと、
急に上手に太鼓を叩けるようになる
「役職が人を作る」という話があります。社長になると社長らしくなる。これに近いと思います。自分の体と周りの様子から、どんな役割を与えられているのか無意識に判断し、それにマッチした行動や思考を取るようになるのだと考えられます。
アインシュタインのアバタになると閃きが必要な認知テストの成績が上がる
教育的には、もっと恐ろしいデータもあります。VRの世界で、閃きが必要な認知テストをやってもらいます。自分そっくりなアバタを使ったときと、天才のアインシュタインのアバタを使ったときとで成績を比較すると、なんと、アインシュタインのアバタを使ったときに成績が上がってしまうのです。特に自尊心の低い人にこの効果が表れることが分かっています。
私達は何かにトライするとき、「自分ならここまでしかできない」と、自ら限界を定義してあきらめてしまいます。でも、鏡を見て自分がアインシュタインだと思うと、アインシュタインだったら違う考え方をするかもしれない、ここであきらめないかもしれないと発想の枷を外す、だから現実の限界以上の能力が出ると考えられています。
ある種のロールプレイではありますが、体を変えるだけで無意識に発想が自由になって教育の効果を高めることができる面白い例です。
▲ スライド5・「アインシュタインになった」と
認識するだけで、本当に頭がよくなる
このような事例が蓄積されて、心と体は相互的に影響し合っていることが分かってきています。VRでスーパーヒーローになって人を助ける体験をすると、現実でも利他的な行動が増える、また、白人に黒人の体でVR体験をさせると差別意識が減るなどの効果も研究されています。
▲ スライド6・自分と異なる体でVR体験を繰り返すと、
心や認知能力も変化する
現実の自分とは異なるアバタの特性 自己イメージを書き換え、能力を高めることにも
VRとアバタの効果についてまとめると、VRの中で自分とは全く異なる特性を持つアバタを自分の体として使い続けると、そのアバタが本当に自分のものであるかのようになります。すると自分の現実のイメージが、アバタが持つ別の特性に上書きされて変わってきます。さらには、VR空間で他の人と関わることで自分の内面も変わっていきます。現実の世界とは異なるコミュニケーションが現実の自分のイメージに影響していきます。
▲ スライド7・バーチャル世界のイメージや
体験が自己イメージを書き換える
VR体験は、自己イメージを書き換える強力なツールになります。その影響を良くも悪くもきちんと理解し、もしコントロールすることができるなら、自分の能力を高めるために活用することができるのではないか、私達は「ゴーストエンジニアリング」と名付けて、研究領域を立ち上げました。
身体をデザインし直すことによって、私達にとって望ましい、望む心や認知の状態に近づけるのではないかと考えています。例えば、年老いて歩けなくなるとどんどん体が弱っていくという話がありますが、VRの中で若い体を使うだけで、気持ちが若返ってまた元気になれるのかもしれません。
会社に行くときと、友達に会うときで別のアバタを使う。TPOに合わせて体をデザインし直すことによって、会社ではクリエイティブに働き、友達とは楽しく優しく付き合えるといった場合によって、自分がどんな状態にあると望ましいかを体を変えることで、使い分けられるのではないかと研究を始めました。
例えば、筋肉質のアバタでダンベルを持つと軽く感じ、細身のアバタで同じダンベルを持つととても重く感じるとか、体の見た目が筋肉の使い方レベルの体の使い方にも影響しています。これはフィジカルなトレーニングにうまく活用できる可能性があります。
▲ スライド8・アバタの体形が筋肉質か細身かだけで、
同じダンベルも重さの感じ方が変わる
また、自分の顔が映る鏡型のデバイスで、ちょっとだけ違う表情に映るように細工をしてみたところ、笑顔の自分を見るとどんどん楽しくなり、悲しい顔を見るとどんどんネガティブになってしまうと、感情が動くきっかけを作れることが分かっています。
▲スライド9・鏡の中の自分の表情に心も影響されて、
判断や行動に影響が出る
これを、遠隔会議システムでのブレーンストーミングに使ってみました。参加者が笑顔に見える状態を作ってあげると、アイデアを出した時に、相手が笑顔で受け入れてくれているという、雰囲気の良い環境になります。そしてこの効果で、アイデアの数が1.5倍になったとの結果が出ています。アバタやVRで環境を整えることで、本人の能力を引き出すことができた実例です。
▲ スライド10・お互いが笑顔に見える状態でブレストすると、
アイデアが1.5倍多く出る
嘘でもいいから成功体験を与えるシミュレータ 上達が早くなる、実際に成功しやすくなる
シミュレータは、現実とは異なる「ちょっとうまくいった」フィードバックを与えることもできます。
ゴルフのシミュレータでご紹介します。ちょっとずれていてもパターが入ったように見せる。一見すると、「下手な自分を肯定してしまいどんどん下手になる」と思うかもしれませんが、実際は逆なのです。多少嘘でも、「うまくいく」体験を重なることで心の状態が「自分はできる」となると、現実の成績も2割ぐらい上がることが分かっています。
別の例としては、ラグビーの五郎丸選手が蹴る前に必ずするポーズがあります。五郎丸選手は、あのルーティンを行って実際に成功するという体験を2年ぐらいかけて積み重ねて行き「このルーティンをやると自分は成功できる」という心の状態を獲得しました。
ただし2年かかったのは、やはり必ず毎回成功するわけではないからです。私達はこのプロセスを1日に短縮する研究をしています。ちょっと嘘をついてでも、成功しているように見えるシミュレータを使ってこのようなルーティンを作ると、たった1回しかトレーニングしていなくても、安定して成功できるようになることが分かりました。
「自分はできるのだ」という強い信念があれば、成績が上がる。人の心を盛り上げるシミュレータは、スキルや成績を伸ばすのに役立つことが少しずつ分かってきています。
分身のお話もご紹介します。例えば「砂漠に飛行機が落ちて、ヘルメットかマスクかサングラス、一つしか持って行けません」となったとき、2人がサングラスを選ぶと、1人はヘルメットだと思っても言いにくい。また「ヘルメット」と言うとサングラス派の人から「みんなヘルメットって言っている」と同調圧力がかります。
つまり、人数のバランスが悪いので冷静な議論ができない。そこでバーチャルで見た目だけでもバランスを整えてあげると冷静に議論できるのではないかと考えて、「疑似同調効果生成システム」の研究を行いました。
1人の発言の話の切れ目をシステムが自動検出して、2体のアバタに振り分け、ボイスチェンジャーで声を変えて2人が話しているように見せます。
▲ スライド11・実際の話者は1人なのに、
音声を変えて2人が話しているように見せる
これをVR空間でのディスカッションに使うと、少数派の意見の人は自分と違う意見の人が2人いるように見えるので一生懸命説得しようとし、実際には多数派の人も、違う意見の人が自分側と同数いるように見えるので、聞き流したりすることなく真剣に議論します。真剣に議論して出た結果には、参加者全員が納得しているとの結果も出ました。
人数の影響は些細なことのように思われがちですが、影響度は大きいです。バーチャルなツールを使い冷静な議論ができない理由を減らしてあげると、皆が納得できる結果を出せるようになります。
1人で1つまたは、複数のアバタを使うだけでなく、2人で1つのアバタを使う研究もしています。左右の人の動作が合体して、中央のアバタの動きに反映される仕組みです。
▲ スライド12・できる人の動きや運動意図を
理解することで、スキルも伝達される
「Weight」には、それぞれの人の動きが何パーセント程度反映されるかを表しています。
例えば、この割合が50%ずつになる状態で2人に同じ動きする体験を繰り返すと、アバタの動きが自分の動きのように感じるようになります。そしてもう1人の動きを予測したり運動意図を理解したりできるようになります。
できる人の動きの比率を高くすると、できない人は「お手本となる動き」を自分のことのように体験でき、「こういう運動意図で動けば成功する」とコツがつかみやすくなって学習効率が高まります。人から人に技術を伝承することなどに活用できると期待できます。
人ではないアバタを使うとその人にはない能力も引き出される
最後に、人が持っていない能力をアバタによって植え付けることができるのかどうかご紹介します。
高所恐怖症の人に、人のアバタとドラゴンのアバタで空を飛べるVR体験をしてもらったあと、VRで高いところに登ってもらうと、人のアバタで体験したときよりもドラゴンのアバタで体験した後の方が恐怖感が減り、生理的な恐怖反応も軽減します。
「輪の中を通るように空中を移動してください」というタスクを与えたときも、人のアバタを使うとうまくできないのに、ドラゴンのアバタを使うと三次元的な空間の把握が正確にできるようになり、正確に通り抜けられました。
このように、能力にしっくりくるイメージのあるアバタを使うことで、人間にない能力まで学習できることが分かってきています。
▲ スライド13・ドラゴンのアバタを使うと、
ドラゴンのような飛行能力が引き出される?
アバタで「別の体」というきっかけを与え、人の内面に秘められた能力を引き出していけば、社会で活用することにもつなげられるのではないかと考えています。ただし1人1つ以上の人格を持つ考え方が浸透するには、今とは価値観の異なる社会が必要ですし、自己の能力のあり方についても、考え方を変えなければならないと思います。そのような時代の教育とはどんなものがあり得るのかなと、最近考えているところです。
>> 後半へ続く