概要
超教育協会は2020年12月9日、JTB教育事業ソリューションセンターの牧野雄一郎氏と及川秀昭氏を招いて、「VRと実体験を融合したバーチャル修学旅行~JTBの取り組み」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では牧野氏が、JTBの修学旅行プログラム「バーチャル修学旅行360」の概要と利用例を紹介。続いて及川氏がJTBの教育事業への取組を紹介した。後半は、超教育協会理事長の石戸奈々子を交えて参加者からの質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「VRと実体験を融合したバーチャル修学旅行~JTBの取り組み」
■日時:2020年12月9日(水)12時~12時55分
■講演:牧野雄一郎氏 及川秀昭氏
株式会社JTB教育事業ソリューションセンター
■ファシリテータ:石戸奈々子
超教育協会理事長
シンポジウムでは、牧野氏が約30分間の講演において、JTBの修学旅行プログラム「バーチャル修学旅行360」と、バーチャル修学旅行を実施した学校の様子を紹介した。
▲ 写真1・牧野雄一郎氏
株式会社JTB教育事業ソリューションセンター
【牧野氏】
「バーチャル修学旅行360」は、VR技術を駆使した、学校にいながら修学旅行を楽しめる、小中高向けICT教育時代の体験コンテンツです。
このプログラムの開発を始めたのは2020年6月でした。ステイホーム期間が明けて学校が徐々に再開をしてきた頃で、登校はできても修学旅行はできないという状況でしたので、第一に学校で実施することを前提とし、内容や方面は、修学旅行で人気の高い「京都・奈良」を第一弾として開発することになりました。
サービスとして形になったのは9月です。そして販売開始して10月から学校での実施が始まりました。昨日までに全国15校の中学校と一部小学校で実施されています。実は本日も、新潟の中学校で今まさに実施しています。
▲ スライド1・全国の小中高向けに、
学校にいながら修学旅行を楽しめる
ICT教育コンテンツ
開発の目的は生徒たちの「思い出づくり」と修学旅行受入地域や事業者の支援
「バーチャル修学旅行360」の開発目的は大きく二つあります。まずは、修学旅行に行けなくなった生徒たちに、思い出づくりと学びの場面を提供したいこと。中学校3年生の修学旅行は、翌年卒業してしまうので繰り越して実施することができません。なんとか今年度内に思い出づくりの場を提供してあげたい、修学旅行という学びの機会をなんとか担保したいと考えました。
もひとつの目的は、修学旅行の受入地域の事業者へのサービス提供機会の創出です。修学旅行を実施した学校では行き先を近隣に変更したり、日帰りにしたりといった動きもありました。京都や奈良といった修学旅行受入地の旅館やバス会社にとってこれは、死活問題です。そこで旅館やバス会社など受入地域の事業者が「バーチャル修学旅行360」を通して、さまざまなサービス、体験学習や交流、お土産の販売などを学校にいる生徒たちに届け、体験してもらうことで、生徒たちが対価を支払う仕組みを作りました。
さらには、コロナが落ち着いたら家族旅行や個人旅行で実際に足を運んでくれる「ファン」を作る目的もあります。「バーチャル修学旅行360」という名称には、360度すべての人を笑顔にしたいという思いが込められています。
▲ スライド2・開発目的 修学旅行に関わる360度、
全ての人を笑顔にしたいコンセプト
「まるっと360度」、さまざまな体験ができる 本当に修学旅行をしているような演出も
このプログラムの構成の柱は4つあり、「360度VR映像体験」、「伝統文化体験」、「オンライン交流」、「記念写真」となっています。VR映像体験ばかり注目されがちですが、それだけではなくさまざまな体験、交流を組み合わせて、修学旅行を「まるごと360度体験してもらう」というコンセプトも込められています。
▲ スライド3・VR映像体験、伝統文化体験、
オンライン交流、記念写真と4つ特徴がある
「360度VR映像体験」では、京都や奈良の有名社寺や絶景スポットをVR映像と2D映像で巡っていきます。実際の映像では、新幹線が京都駅に着き、改札口でバスガイドに出迎えられ、バスに乗って「では奈良に向かいます」と進みます。あたかも本当に修学旅行しているかのような流れです。東大寺に着いて大仏様の映像を見たあと、「ではVRグラスをつけてください。大仏様の手のひらの上でジャンプしてみましょう」と、VR映像と2D映像で2時間のコマを進めます。
▲ スライド4・京都や奈良の有名社寺や
絶景スポットを巡る「360度VR映像体験」
リアルな修学旅行ではできない体験もVRなら可能に
また、「実際の修学旅行ではできない体験」ができるのが特長です。例えば、「大仏様の手のひらの上でジャンプ」は、実際の修学旅行ではできません。京都では「清水の舞台から飛び降りる」体験があります。VR映像だからこそ実際にはできない特別な体験も楽しんでもらえる、これも大きな特長です。
旅行中の生徒たちの楽しみのひとつには「お土産選び」もあると思います。映像の最後には土産店に足を運んで、家族へのお土産を実際に選ぶようなシーンも用意しています。
VRグラスとスマートフォンを活用し「目と耳」で映像を楽しむ
実際にバーチャル修学旅行を実施した学校では、体育館で生徒たちがVR映像を楽しみました。VR映像は、顔の向きや姿勢を動かすことで360度楽しめますので、座ったままではなく立って、このようにVRグラスとイヤホンを装着してスマートフォンを覗いて、目と耳で映像を楽しんでもらいます。
▲ スライド5・体育館で修学旅行を実施した
学校の様子。VR映像を楽しんでいるところ
生徒たちは、VRグラスを通して迫力のある映像を見られます。(スライド6)京都の保津川下り、嵯峨野のトロッコ鉄道のような絶景スポット、また東大寺や清水寺、宇治平等院といった、修学旅行としては外せない社寺の見学もVRで体験できます。見ている生徒たちからもときどき歓声が上がります。
▲ スライド6・生徒たちがVRで見ている
映像の例。京都の保津川下り
「主体的な学び」も意識した伝統文化体験 職人とリアルタイムでつながる
伝統文化体験は、教室で京都の伝統工芸に触れたり、伝統芸能鑑賞したりできるメニューです。京都とオンラインでつないだスクリーン越しに、職人さんが指導してくれたり、舞妓さんが出てきて舞を舞ってくれたりするプログラムです。
▲ スライド7・京都と教室をオンラインでつなぎ、
伝統工芸製作体験や伝統芸能鑑賞を行う
「伝統工芸体験」では、生徒たちがあらかじめ好きな種目を選べます。清水焼の絵付けがいい、京扇子作りがいい、和菓子作りがいい、などここで主体的なアクションも生まれてきます。なお、必要な材料や道具は事前に学校へ送ります。終わった後は作品が手元に残りますので、貴重な思い出づくりのシーンになります。
実際には教室で清水焼の絵付けをしますが、前方スクリーンが京都の職人の工房とつながっています。リアルタイムで交流しながら伝統工芸体験ができます。先生も一緒に体験できます。
▲ スライド8・清水焼の工房と
オンラインでつなぎ、絵付け体験をしている様子
「オンライン交流」は、京都奈良にいる旅館の女将、バスガイド、タクシードライバーとオンラインでつながり、教室で交流を深められるプログラムです。
「記念撮影」は、バーチャル修学旅行を実施したその日にクラスの集合写真を撮り、京都や奈良の風景に背景を合成して提供します。修学旅行などの学校行事が中止になったことで「卒業アルバムの写真の題材がない」問題も顕在化しましたが、それを解決するサービスです。
また、VR映像は写真に撮っておくことができませんので、修学旅行中の様子を知りたい保護者の方向けのサービスとして、VR映像の一部をスマートフォン等でご覧いただける限定URLを発行するサービスも行っています。
学校の普段の時間割に組み込んでバーチャル修学旅行を実施する
「バーチャル修学旅行360」は、学校で実施しますので他の学年では通常の授業が行われています。そこで通常の時間割の中に、体験プログラムを当てはめていきます。
▲ スライド9・バーチャル修学旅行プログラムは、
学校の通常の時間割に沿って進行
実際に体験した生徒からは、さまざまな感想をいただいています。ある学校では、体育祭や文化祭などが中止になってしまいましたが、幸いバーチャル修学旅行はできました。生徒たちにとっては、みんなと一緒に何かして思い出が作れることが一番の楽しみであり、うれしいことなのだと改めて感じましたし、そこにバーチャル映像という初めての体験が加わったことで、喜びの思い出シーンも作ってあげることができてうれしく思います。
▲ スライド10・利用した生徒の感想
「思い出づくりができ、バーチャル映像体験を楽しめた。」
先生からは、「VRグラスはやはり違う、生徒たちが目線や体勢を動かしながら細かく観察できることで情報や感動が残りやすい」との感想をいただきました。また「終了後には生徒たちから、京都・奈良に行きたいという声が非常によく聞かれた。生徒の興味関心や次への欲求が育まれたことがなによりもうれしい」という声もいただきました。
これらの声は生徒からのアンケートからも見て取れました。このプログラムの全体の満足度は85%、「京都・奈良に行ってみたいと思いましたか?」という質問では、なんと99%が「実際に行ってみたい」との回答でした。
リアル旅行とバーチャル旅行には議論もありますが、私達はバーチャル旅行体験がリアル旅行の需要につながる可能性も実証できたと考えています。
▲ スライド11・生徒たちの満足度は概して高く、
99%が「京都・奈良に行きたい」と回答した
VRによる修学旅行体験が主体的な学びを引き出すきっかけに
開発者目線で、今回のVR体験のポイントをお伝えしたいと思います。
まずは「360度VR映像による新感覚体験」です。リアル修学旅行には行けない生徒たちにも、保津川下りで歓声があがったように、その世界への没入感や臨場感、ワクワク感を感じてもらえました。VR体験は初めてという生徒が多く、未来のデジタル社会への可能性も感じてもらえたと思います。
また、先生方にも、ICT教育時代でオンライン教材化が進んだら、行事や体験はどうデジタル化していくのだろう、生徒たちはVRにこんな反応をすると、ヒントを提供できたと思います。テクノロジーで生徒たちの好奇心を刺激し、主体的な学びを引き出す一つのきっかけにもなったのではないでしょうか。
▲ スライド12・開発者目線で提唱する
VR映像体験のメリット 新感覚で好奇心を刺激
なお、VR映像を作るにあたり協力先として私達が選んだのは、旅番組の制作経験が豊富なテレビ番組の制作会社です。最新かつ高度なVR技術を持つ会社は他にもたくさんありますが、バーチャル修学旅行で私達が最も重視したのは、ストーリーです。それを映像でいかに楽しんでもらうか。私達JTBは、修学旅行のプロであり修学旅行がどんな流れで進むかの知見は持っていますが、それを映像でリアルに見せるためにと、旅の見せ方のプロである制作会社さんとタッグを組むことになりました。
360度カメラやドローンカメラを利用して撮った映像に、修学旅行ならではのストーリーやナレーション、添乗員のセリフなどを組み合わせてプログラムを作り上げました。
VR体験のインフラについては、コロナの影響でGIGAスクール、「一人一台デバイス」の導入は進みつつありますが、まだ過渡期である認識です。必ずしも「一人一台」はない学校もまだ多いため、私達は、ICT環境が整っていないことがこのプログラム導入の障壁になることだけは避けたいと考えました。学校にとっては手ぶらで、生徒たちにVR映像体験を提供できる場面を目指し、実施に必要なスマートフォンなどの機材はすべてレンタルでご利用いただけるようにしています。もちろん感染防止対策を施し、毎回消毒してから提供しています。
バーチャル修学旅行プログラム 今後の可能性とは
最後にバーチャル修学旅行プログラムの、今後の可能性をお話ししたいと思います。
第一弾は京都・奈良編ですが、今後は国内外のメジャーな修学旅行の方面も少しずつ追加していきたいと考えています。そうなると時間や距離を超えた修学旅行も可能になります。VR映像なら例えば広島に行ったすぐ後に長崎に行くこともできますし、沖縄に行った5分後にハワイに行くこともできます。今後は、「平和」や「SDGs」といった特定のテーマを軸にしたラインナップも拡充できるのではないかと考えています。
コロナが収束してリアルな修学旅行が戻ってきたときには、この映像コンテンツを事前学習に活用できると考えています。生徒のアンケートでも、映像を見たことで現地に行きたくなったという声が多く聞かれました。これまでの調べ学習に加えてご活用いただきたいと思います。
企業団体地域での活用について、販売開始後には、学校以外からも多くお問い合わせをいただきました。例えば高齢者施設から、リアル旅行は難しい入所者の方々にVR体験をさせたいとか、海外の旅行会社から、現在日本には観光での入国はできないけれど、京都や奈良の魅力をVRで感じてみたいといったことです。活用シーンの幅は今後広がると予想しています。
学校のICT機材活用の視点でも、この先本格的にタブレットデバイスが入ってくると学校行事や旅行行事のあり方は変わってくるのではないかと考えています。リアルな行事がなくなることはありませんが、事前学習としてデジタル教材を合わせる新しい教育が進むことで、よりよい形にアレンジしていける可能性も広がります。
▲ スライド13・ラインナップを拡充、
ICT活用した事前学習コンテンツ、
学校以外での活用の可能性が広がる
「バーチャル修学旅行360」は、今年度3月末までに約60の学校様から予約を頂戴しています。我が社は「新しい交流時代を切り拓く」との経営ビジョンのもと、リアルな交流だけでなく多様な交流スタイルを創造することで、学校、企業、地域の皆様に価値をお届けしていきたいと考えています。
「探究」「SDGs」「キャリア教育」「次世代教育」 4つを軸に教育事業を展開
牧野氏に続いては、及川氏がJTBの教育事業について紹介した。
▲ 写真2・及川秀昭氏
株式会社JTB教育事業ソリューションセンター
【及川氏】
JTBの教育事業ソリューションセンターでは、これまでJTBが培ってきた知見、経験、さらには連携する機関の方々や専門家の知見も基にした事業開発も行っています。
JTBが考える教育事業は、「探究」「SDGs」「キャリア教育」「次世代教育」の4つの軸を基に、教室内と教室外の学びをサポートしています。学校にご提供しているプログラムをいくつか紹介させていただきます。
▲ スライド14・JTBが取組む教育事業は、
「探究」「SDGs」「キャリア教育」「次世代教育」の4つ
「探究」では、私共の強みである旅行の知見を活かし、修学旅行を探究的な学びにするための学習教材「修学旅行探究ノート」を提供しています。さらにSTEAM教育に活用できる「未来探究ゼミナール」、こちらは観光ビッグデータを基にした授業を提供しています。
▲ スライド15・「探究」にて
提供している2つの学習教材を紹介
SDGsでは、デジタルハリウッド様と共同で、SDGsを理解するための動画教材「SDGs School」をリリースしました。全14講義あります。私達のこだわりは、生徒自身が自分ゴト化し、興味関心を持つ仕掛けです。キャラクターや動画ストーリーもキャッチーなものを使用し、高校生の興味関心を引く内容としています。
▲ スライド16・「SDGs」では動画教材
「SDGs School」をカリキュラム形式にて提供
もう一つの事業である「キャリア教育」は、「生き生きと働く社会人」との交流を通じて、自分の将来キャリアを考えるためのプログラムです。
「次世代教育」ではMICE&セミナーとして、国内外のさまざまなコンテストイベントを運営、日頃の研究や学びの成果発表の場を提供しています。こちらも時代の流れに沿ってオンライン化を実践しています。また生徒向けの課題研究のサポート、教職員向けのオンラインセミナーも開催しています。
▲ スライド17・「次世代教育」 コンテストイベントを運営、
成果発表の場を提供。セミナー開催も
JTBでは、「学びを社会に開く」をテーマに、「JTBならではの教育とは」を常に考えています。JTBの社員約800名で、全国に高校約4500校、中学校が約1万校に実際にお邪魔して悩みや課題を考え、先生方と未来を語り合える立場にもあることも、私達の強みです。連携機関の方々との協力体制も整っていますので、「こんなことしてみたい」お話がありましたら、ぜひご相談いただければと思います。
>> 後半へ続く