概要
超教育協会は2020年12月17日、経団連との共催で「With/Postコロナ時代を切り拓く学びの実現に向けて」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半は、経済産業省商務・サービスグループ サービス政策課長(兼)教育産業室長の浅野大介氏、総務省情報流通行政局 情報流通振興課長の飯倉主税氏、文部科学省初等中等教育局情報教育・外国語教育課長の今井裕一氏、経団連イノベーション委員会エドテック戦略検討会座長でリクルートマーケティングパートナーズスタディサプリ教育AI研究所所長の小宮山利恵子氏の4氏と、超教育協会理事長の石戸奈々子が、コロナ禍で進んだGIGAスクール構想など教育業界の動きについてプレゼンテーションを実施。後半では、石戸奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問も含めたディスカッションを実施した。その後半のディスカッションの模様を紹介する。
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~経団連・超教育協会共催~
「With/Postコロナ時代を切り拓く学びの実現に向けて」
■日時:2020年12月17日(木) 12時~13時
■講演:
経済産業省 商務・サービスグループ サービス政策課長(兼)教育産業室長
浅野 大介氏
総務省 情報流通行政局 情報流通振興課長
飯倉 主税氏
文部科学省 初等中等教育局 情報教育・外国語教育課長
今井 裕一氏
経団連 イノベーション委員会 エドテック戦略検討会 座長
リクルートマーケティングパートナーズスタディサプリ教育AI研究所 所長
小宮山 利恵子氏
■ファシリテーター:
超教育協会理事長
石戸 奈々子
「デジタル庁発足後の体制」と「高校1人1台端末」で議論が白熱
石戸:「ここからは議論に入りたいと思います。いくつか質問も届いていますが、まずデジタル庁との関係をお聞きしたく思います。デジタル庁が教育の情報化を仕切るようになるのか、それともこれまでと変わらないのか、3省の仕事がデジタル庁に移管するのか、予算権限はこれからどうなっていくのかなど、すごく気になっています」
浅野氏:「まさにそこを大急ぎで調整しなければいけません。個人的には、デジタル庁という座敷に文部科学省・経済産業省・総務省から出向あるいは併任して一緒に仕事できたら理想的だなと思っています。GIGAスクール構想にしても、内閣官房IT戦略室を行司役にして、皆が集まって議論して固めてきた構想ですから、それをもっと強力に進める体制が欲しいですね。教育DX(デジタル・トランスフォーメーション)のアーキテクチャをしっかり描くような難しい仕事は呉越同舟の『ワンチーム』でやるべきで、それぞれが自分の役所にバラバラ仕事を持ち帰ったら、その瞬間から全部がバラバラになってしまいます」
石戸:「浅野さんはデジタル庁に一致団結すべきという意見ですが、今井さん、飯倉さんはいかがですか」
今井氏:「いろいろな分野でDXを進めていくので、共通の部分はデジタル庁で議論されると思います。教育の部分もその共通部分に乗せながら、それぞれの持ち味を一つのところに集めていくことが大事だと思います」
飯倉氏:「経産省がやるべきことは、各省が縦割りでやっているために前に進まないことを、どう縦割りを解消して前にすすめるかを議論していくことだと思います。ただ、実態として今は国と地方自治体のシステム、特にマイナンバーシステム関係が懸案事項になっているので、教育や医療など現に縦割りの弊害が出ているところにいつから実質的に取り組めるのか、まだ描けていないところがあります。どこかのタイミングで、出向か併任かはさておき、皆の知恵を1つのテーブルで議論するような仕組みができないと前に進まないことは実感しています」
石戸:「みなさんが言われるとおり、各省の枠を外して話し合える場の設定は非常に重要なのかなと思います。その点で言えば、今日のプレゼンにも出てきた『家庭でのICT化』の重要性は多くの人が合意するところですが、そこもどこで担うのか気になります。コロナ禍でもオンライン教育を導入しなかった自治体がその理由として、一部の家庭でネット環境が整備されていないことを挙げていました。今後、学校でも家庭でもネットをつなぐ学びを促進していくには避けて通れない問題ですし、家庭での通信コストはどこが負担するのかという別の問題もあります。そのあたり、どこが音頭を取って整理していくのでしょうか」
今井氏:「私たちにできることは、国の支援が家庭にどこまで入れられるかによって決まります。今のスキームでも、例えばモバイルルータを持たない家庭への整備で自治体を支援する枠組みはありますし、それでも通信費で苦労する経済的困窮家庭に対しては、コロナ禍で特例的に設けた低所得者世帯への支援を来年度以降も恒常的な形にすることも、財政当局と折り合いが付けば実施できると思います。
このような形で、国として真に必要な部分の支援は行ってきていますが、義務教育の平等をとことん突き詰めた結果、オンライン授業は怖くてできないという、学校現場の意識があったことは否定できません。ただ、コロナ禍でわかったことは、それでは全体の学びが止まってしまうということで、これもあってはならない話です。そのあたり、今私たちがやっているスキームである、経済的困窮者への手当てを伸ばしていきながら、全体的に格差が生まれないようにする枠組みもさらに考えていかなければなりませんので、皆様の意見も聞きながら次の一手を考えていきたいと思っています」
浅野氏:「こういう改革をやる時はとにかく強力なメッセージが必要です。やはり文科省には、シンプルで強いメッセージを出してもらうことが重要だと思います。例えば今回の『1人1台端末』にしても、私たちは政府内で『端末は1人1台必要』と去年の1月頃から言い出しました。シンプルなメッセージがあってはじめて現実は動き始めるものです。
今度は、『端末を使ってこうしたら、もっと学びは面白くなる』という姿を、学校現場に届くように、とにかくわかりやすい形で、もっと明確に、シンプルに発信しないといけない。文科省も経産省も頑張らなければいけないのは、メッセージを明確にシンプルにすることだと思います」
石戸:「確かに『1人1台端末』は、私たちも2010年からずっと必須だと言い続けてきました。当時、私たちは、入学したら必ず持つものとして『デジタルランドセル』と名付けて提案したのですが、一緒に旗を振ってくれたソフトバンクの孫さんが『電子教科書』を主張されたので、間を取って『デジタル教科書』にしました。
浅野さんが言われるとおり、皆の共感を得られるメッセージを出し続けることは非常に大事ですし、今、まさに教育の変革期、転換点にいるからこそ、皆が一緒に振れる旗のようなメッセージを作っていくことが、もしかしたら今日のテーマなのかも知れない、と思いました。
経団連の小宮山さんにもお聞きしたいことがあります。経団連の今回の提言は非常に網羅的で、うなずけることばかりでしたが、より大切なのはアクション、どうやって具体化するかだと思います。提言を実現していくにあたって、今、感じている障壁と、もしアクションプランがあれば共有させていただきたいと思うのですがいかがでしょうか」
小宮山氏:「私が座長を務める経団連のEdTech戦略検討会は、昨年の8月に発足して、11月に『小中学校の1人1台端末整備』を提案したところ、直後の12月に安倍総理が『やる』という話がありました。これまで、提言は『出して終わり』という感があったのですが、具体的かつシンプルに提案することで実践につながる可能性があることを肌で感じた次第です。
経団連では現在、『高校の1人1台端末整備』を掲げていますが、GIGAスクール構想では、小学校の学習指導要領の改訂年だったところにデバイス整備が重なり、小中学校の現場はけっこう混乱しました。さらに、以前から先生たちの働き方改革があり、来年は中学、再来年は高校で学習指導要領が改訂時期を迎えます。そういう中での整備に必要なものは、『俯瞰』ではないかと思います。
企業のDXには必ず俯瞰図があります。段階があり、最終ゴールに向けて、それぞれの段階で何をすればいいかが、すごく明確になっています。教育領域でDXをやるなら、『1人1台端末』はやりましたが『次は何ですか』ということです。今井課長のプレゼンの中にも、学びの3段階のステップが出てきましたが、最終的なゴールとしてどういう学びがあるのか、もう少し議論できればいいと思います」
浅野氏:「俯瞰図が欲しいのは、まさにそこです。デジタル庁は公共・準公共・民間という3本柱で構想されていますが、教育はこのうち準公共分野で医療や防災と並ぶ非常に大きな柱になっていきます。だからこそ、俯瞰図、あるいはアーキテクチャをしっかり組み直していかないと、教育現場が海図がないまま海原を進むような状況になってしまいます。ここからは大急ぎでやったほうがいいと思います、というかすぐやるべきです。先生方の『働き方改革』と子供の『学び方改革』の両方を同時に進めるために。
それと、小宮山さんが言われた『高校1人1台端末』ですが、今回閣議決定された国費補助金は低所得者向けに限定されています。それは仕方がないので、文部科学省にはぜひ、もうひとつ『地方創生臨時交付金』という巨大予算を充当できることを都道府県に強く周知いただきたい。文科省が強いリーダーシップを取って周知していただきたいと思います。今年度も、1人1台端末の整備にすでに意識の高い11の県はこの臨時交付金を活用して端末整備いますから、他の都道府県も、来年度以降もこれを活用すればいいわけです。
文部科学省から各都道府県知事に、高校で新指導要領が始まる2022年度までに1人1台端末を揃える計画を出すようにお願いしてくだされば、導入は一気に進むと思います。その手段は、地方創生臨時交付金の活用でも、親や生徒が購入して持ち込むBYOD(Bring Your Own Device)でも構わないので、文部科学省がリーダーシップを取ろうというメッセージが一日でも早く出てきてくれることをお願いしたいと思います」
石戸:「浅野さんの提案、今井さんはどう思われますか」
今井氏:「まさに浅野課長の言われるとおりです。今回、ようやく3次補正の形が見えてきた状況ですが、私たちも、小中学校で1人1台端末が実現しているのに、高校がこのままでいいとは考えていません。私たちとしてもメッセージを現場に、特に高校の主たる設置者である都道府県に出していきたいと思っています。現実問題、来年の4月から『1人1台端末』が始まる子供たちのうち、中学3年生は翌年には高校生になるわけですから、計画的かつ速やかに1人1台端末を進めていくために、どういう手法を取っていくのか、どういう考えをしているのかを議論していきたいと思います。
浅野さんが言われた11の県ですが、水面下で話を聞いてみると、BYODを考えたいというところも出てきていますし、目標がまだ1人1台端末に届いていないところが切り替え作業をしていることも内々聞こえてきています。ここは手を緩めず、急ピッチで都道府県ともよく相談しながら進めていきたいと思っています」
石戸:「自律調整型の学びとかSTEAM化とはどういうことか、具体例が知りたいという声がいくつか届いています」
浅野氏:「私たちが3月公開に向けて作成している『STEAMライブラリ』を使っていただきたいです。これは、探究のネタになる動画と関連するスライド、簡単な指導案をウェブサイトにまとめたオンライン・ライブラリで、今年は63テーマを作成しています。例えば『あなたの街で地震や台風が起こって避難しなければならなくなりました。まだ電源も通じていない状況で、理科や社会や技術の知識を総動員して避難所をマネージしないとあなたや家族の健康を守れません。どうしますか』という、いわば『リアルなサバゲー(サバイバルゲーム)』です。
また、発展途上国の生活や社会をVRで疑似体験して貧困の構造を理解し、その社会が本当に求めているものは何か、社会の悪循環はなぜ起こるのか、日本の技術や発想が通用しない地域でどうやって電気を通すかなど、多様な課題を通じて学びます。
ほかにも、災害の課題解決をテーマにロボットテクノロジーの方向に展開していくものや、今回のコロナウイルス対策を政府の対策も含めて振り返り『本当に科学的なのか、本当に正しいのか』を問うもの、『AIとは何か』について理論講座から入っていく高校生以上向けのもの、スポーツデータや映像を分析して自己のコンディション向上を目指すものなどがあります。
このような映像コンテンツとスライドなどで構成されるSTEAMライブラリを、3月から供用いたします。利用料は無料です。現在、高校の情報や総合探究・理数探究のほか、小中学校の総合あるいは他の科目も含めて、お使いいただけるモニター教師やモニター学校を募集しています。すでに、来年度のバージョンアップに要する補正予算も獲得していますので、モニターの意見も反映して作り変え、それをオープンソースとして世の中に展開していく予定です。こういう探究の学びの入り口も用意しています」
石戸:「もう1つ、何件か届いている質問を確認しておきたいのですが、データの活用とマイナンバーの紐付けについてです。先日、小中学校の学習履歴などのデータをマイナンバーに紐付けて、国や学校が管理するというようなトーンの新聞記事が出ました。私は、学習履歴をきちんと取り、データを活用していくという方向性には合意形成がなされていると認識していて、それがいわゆる学修歴社会へということだと思っています。しかし、運用の仕方によってはまったく違う方向にいきます。私自身は、データは学習者自身のものであり、本人の意思で管理・運用できる仕組みがいいとも思います。ただ、誤解も含めて、学習データを国や学校が管理するイメージで、小学生の時の成績までマイナンバーに紐付けられて全て残ってしまうのかと、心配している声もあがっているようです。このあたりは文部科学省の見解を共有しておかないと変な誤解が広がってしまうのではないかと思います。今井さんそのあたりいかがでしょうか、どのようにデータを活用していく予定ですか」
今井氏:「データ関連は私の担当から外れるので、この場ですぐお答えできませんが、これから1人1台端末環境下でさまざまなデータが蓄積されていくわけですので、そのようなご懸念はよくわかります。データをどういう形で管理していくのか、どういう形で利用していくのか、誰がアクセスできるのか、どこまで残していくのか、どこまで次の学校に伝えていくのか、といったさまざまな議論は、私たちもまさに今始めたところですが、文部科学省全体でしっかりと議論させていただきたいと思います。現時点で、何か一定の方向が決まっているわけではありませんが、不安なお声をしっかり受け止めて検討していきたいと思います」
石戸:「時間ですので最後に一言ずついただければと思います。最初に小宮山さんお願いできますか」
小宮山氏:「GIGAスクール構想が動き出してどんどん新しい取り組みが出てくると思いますが、それを皆様と共有できればもっと日本の教育は前に進むのではないかと感じました」
今井氏:「文科省の取り組みとしてご理解いただきたいのは、やはり1学年100万人、設置者で1800以上、学校で3万以上というボリュームです。その中でもICTをすごく頑張った学校が牽引役となって今に至っていると思いますが、文科省としては全ての学校を変えていかなければなりません。そのためには『スモールステップ』や、場合によっては『ベイビーステップ』で一歩ずつ踏み出していくことも求められます。歩みが遅いように見えても、それは全体を変えながら進むために必要な手続き、過程です」
飯倉氏:「ポイントはやはり教師ですね。先生の役割がどんどん変わってきているので、どこまで文科省だけでやっていくのか、新しいデジタル庁を含めて皆で考えていくのか、そのあたりのアーキテクチャを考えていかないといけないと思いました。その意味で、教師をやっている友人や、中学3年生の娘ともよく話し合っていきたいなと思った次第です」
浅野氏:「GIGAスクール構想という環境を作った上で本当に目指すことは、ネットワーク型の社会変革だと思います。教育をより良きものにするためには、当事者である生徒や先生がヨコに繋がるネットワーク型の変革が一番適しているし、多分、それでしか変わらない分野だと思います。ネットワーク型の社会変革、社会運動の担い手は一人一人の生徒、先生、保護者であり、その中でも最初に始めた人が興味をもつ他の人に影響を与えていく、この網の目のようなネットワークのメッシュがどれだけ濃くなるか、その仕掛けを政府全体で考えなければ、と今思っています。本当にワクワクする学びの変革運動がどうやら起こるなというのは、この1年、学校現場と会話していて感じます。私たちも全力で頑張って、現場の先生や生徒とさらに対話を深めて、頑張ってもらえるようにしたいと思います」
石戸:「ありがとうございます。超教育協会 会長の小宮山宏が最近よく『自律・分散・協調』と言っていて、まさにそれかな、教育の分野でもそれができればな、と思います。最後にオブザーバーの中村伊知哉さん、何かあれば、短くお願いします」
中村:「いずれも素晴らしく感動的でした。申し上げたいことはたくさんございますが一つだけ、時間が足りなかったですね。またぜひこれをやってください」
▲ 写真6・超教育協会専務理事の中村 伊知哉
最後は、石戸が「みんなで知恵を出し合い、手を取り合って、新しい社会、新しい教育を構築していければと強く感じました」と発言し、経団連と超教育協会の共催によるオンラインシンポジウムは終了した。