概要
超教育協会は2020年12月3日、東洋大学教授 芦沢 真五氏と公益財団法人未来工学研究所主席研究員 中崎 孝一氏を招いて、「海外人材獲得に必須~学歴証明のデジタル化」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、まず芦沢氏が、学習歴の認証に関する国際的な枠組みについて、続いて中崎氏が「学修歴証明書デジタル化」のプロジェクトについて説明し、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
「海外人材獲得に必須~学歴証明のデジタル化」
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■日時:2020年12月3日(木) 12時~12時55分
■講演:
芦沢 真五氏
東洋大学教授
中崎 孝一氏
公益財団法人未来工学研究所 主席研究員
■ファシリテーター:
石戸 奈々子
超教育協会理事長
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸奈々子が、参加者から寄せられた質問に自身の疑問も交えて問うかたちで行われた。
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸奈々子
ブロックチェーン技術とデジタル証明書の関連など真正性の確保に高い関心
石戸:「最初に私からの質問です。日本だけが修了証明のデジタル化に遅れを取っていたということでしたが、その理由として考えられることは何ですか」
芦沢氏:「幾つか理由は考えられます。1つめは国の関与の度合いです。北欧などはほとんどの大学が国立で、成績証明書の管理も国全体で決められているため、国が『やりましょう』といえば動きます。これはEU全体にみても似たような状況があります。一方日本は、国立大学ですら各大学で個別のシステムを持っていることが大きな阻害要因になったと思います。
2つめの理由もそれと関連しますが、あまり必要性を感じなかったということでしょう。従来のシステムでも普通に就職できるので、表面的には誰も困っていなかったのです。ただ、今回の実証実験に参加しているICUなどでは、海外で就職したり大学院に進んだりする多くの卒業生が、身分証明に必要な書類を国際郵便などでICUに送り、ICUの担当者が書類を揃えて送り返すようなことをやっていました。このように、実際には困っている方はたくさんいたはずですが、それがあまり大きな声になっていなかったのですね。
3つめの理由は、リーダーシップの欠如です。日本の大学には、率先して『これをやるんだ』と有言実行するタイプのリーダーがあまりいないようです。いずれにせよ、このような要因が複合したことで動きが鈍かったのだと思います」
石戸:「学歴詐称が問題になっている国などで、ブロックチェーンで学歴を証明する動きがみられますが、日本は学歴詐称が大きな問題になってこなかったこともデジタル化の遅れに影響しているのかも知れませんね。参加者から届いている最初の質問もブロックチェーン関連です。『ご紹介いただいた海外、国内大学のデジタル化事例は、ブロックチェーン技術を用いたものが多いのでしょうか』ということです」
中崎氏:「まず、海外の事例で、国レベルでブロックチェーンによる証明書のデジタル化を実施しているのはシンガポールとマルタだけです。その他に、大学が個別あるいはコンソーシアムを組んでやっているところもありますが、マジョリティにはなっていません。
ブロックチェーンを使わない場合の真正性の確保の方法は、シンプルにPDFの電子署名を使うものが多いようです。また、欧州で導入が進んでいるEMREXやErasmus Without Paperといったネットワークでは、そもそもネットワークにつながっている大学間だけでしかやり取りしないという形で真正性を確保しています」
石戸:「シンガポールやマルタの事例以外に、最近では、ベトナムが文科省主導で実施する発表があり、中国などでも同様の動きが見られます。ブロックチェーンを実装する動きは国際的に広がりつつあるという理解で正しいですか。また、ベトナム、中国以外でそういう国はありますか」
中崎氏:「広がりつつあると思います。その他の国では、例えばマレーシアはまだ実装はされていませんが進めていますし、中東でも個別に大学が進めています。アメリカはもちろんMITが最初にブロックチェーンの証明書を発行して、他の大学に広がりつつありますね」
芦沢氏:「ただし、真正性の確認はブロックチェーンでなくても発行元までチェックできる技術は確保されています。必ずしもブロックチェーンに向かっている感じではないと思います」
石戸:「確かに、証明書のデジタル化にブロックチェーン技術の活用は必須ではなく、他の技術で代替できるならそれで構わないと思います。一方で、Internet of Educationのような、ブロックチェーンが引き起こす教育の抜本的改革の可能性にも注目しています。それで、このオンラインシンポジウムで『ブロックチェーン×教育』の分野に登壇された皆さんに、これまでも『MITは2017年からブロックチェーン証明書を発行しているが、その後あまり広まっていない』ように見える理由をお伺いしてみました。真正性あるデジタル学歴証明書の発行には、必ずしもブロックチェーンの必要性がないということなのか、それとも何か別の阻害要因があるのでしょうか」
中崎氏:「何人かの大学関係者にヒアリングしましたが、ブロックチェーン技術が教育というジャンルに適合するのか疑問を持っているように思えます。もし大学教育というものが、大学のブランドに好奇心や情熱が結びついて研究や勉強の動機付けとなるのであれば、金融商品のようなブロックチェーンというテクノロジーがそのブランドを希薄化してしまうのではないか、ということです」
石戸:「つまり、MITのようなブランド力がある大学としては、現時点ではブロックチェーンを活用するメリットがさほど大きくないということですか」
中崎氏:「そうです。大学関係者の『ブロックチェーンが何の問題を解決してくれるんだ』という言葉がすごく印象に残っていて、ほかにも『真正性の確保ならPDFの電子署名など安定的なテクノロジーで実現できる』とか『PDFなら大学のブランドを証明書の中に表現できる』といった意見を聞いています」
石戸:「その点で言うと、今後、私たちが『超教育』と言っているような、学校の枠を超えた学びの環境デザインが可能になり、また必要とされる時代には、これまでのブランドに依存しない、例えば『教える人と生徒』、あるいは『良質の教材と学生』など、ピアツーピアによるマッチングにブロックチェーンは大きく役に立つ可能性がありますし、そういう学びがInternet of Educationなどアフターコロナ教育ではないかと思うのですが、そのあたりはどうですか」
芦沢氏:「その意味ではマイクロクレデンシャルなどはすごく発展性、可能性があるでしょう。中崎さんは、大学の証明書を紙からデジタルへ置き換えるなら、必ずしもまだブロックチェーン技術がメインストリームではないことを言われたと思いますが、今後、東京規約で主張している『非伝統的な学習』あるいは『部分的な学修歴の認証』、つまりマイクロクレデンシャルが一般的になってくれば、徐々にそういう技術に移行していくと思います」
石戸:「今回の取り組みは大学をターゲットとされていると思いますが、今後、小中学校、高校まで範囲を広げていくことは考えていますかという質問です。この可能性については言及されていましたが、現時点で具体的に考えていることはありますか」
芦沢氏:「私が事務局次長をしているアジア太平洋大学交流機構(UMAP)では、来年から実証実験的に、高校時に大学レベルの授業を受講し大学入学後に単位として認められるAP(Advanced Placement)プログラムを実施します。今まではアクセシビリティが非常に低く、普通の高校生は受けられませんでした。これをオンラインで来年から配信を開始するのですが、その証明書は私たちのシステムを使って電子的に認証する予定なので、その場合は高校に広がるということになります。
このようにまだ限られた分野だけですが、高校在学中に留学先で取得した単位や、エクスペディションラーニングのような実践的な学習をした時の内容などを認めてもらい、その記録を電子的に持って大学進学に役立てるようなことは近い将来十分起こり得ます。高校には比較的速く浸透していくと思います」
石戸:「次の質問です。学歴データと本人との一致性はどのように担保されるのでしょうか。やはり国民番号のようなものですか。その場合、国を超える情報の取得は制限がかかったりしないのですか」
中崎氏:「本人認証は、証明書を発行する大学の責任において行われるという考え方でプラットフォームは設計されています。これはどんなプラットフォームでも同じだと思います」
石戸:「現状のプラットフォームでは、基本的にオーソライズする機関が認証していくシステムということですね。ただ、ブロックチェーンでいわゆるDID(分散型ID:Decentralized Identity)などを使うようになると、個人が自身のデータのオーナーシップを持つ方向にシフトしていくと思います。
資料(スライド11)では、2021年以降の計画でいわゆる『学修歴証明書プラットフォーム』から、マイクロクレデンシャルやデジタルバッジなどの機能も実装する『総合学習プラットフォーム』にしていくと書かれていますが、その段階でプラットフォームの機能に関して大きな変更などは考えているのですか」
▲ スライド11・証明書デジタル化の今後の展開
中崎氏:「その段階でも本人確認はやはり発行機関の責任において行われます」
石戸:「基本的に『大学という機関が発行する証明書』のプラットフォームということですね」
芦沢氏:「大学とは限らないと思います。例えば、今後日本語能力試験なども電子的に認証しくことになれば、その試験の執行機関がオーソリティになるでしょう。ですから教育機関には必ずしも限らないということです」
石戸:「もう一つ伺いたいのは、資料(スライド11)の最後、Internet of Educationのところに『非伝統的教育の促進』とありますが、いわゆるアフターコロナ教育をどう設計していくかということが重要です。コロナ禍で既存の『伝統的な教育』がなかなか実現できず、今後も感染症の蔓延などが起こり得ることを考えると、やはり抜本的に考えなければならないという議論が国内外で起きています。ここでユネスコが推進しているInternet of Educationという概念においてはどういう議論が行われているか、もう少しお話しいただけますか」
中崎氏:「目的は、COVID-19による教育のデストラクションを最小限に留めることによる教育の持続可能性の向上です。やっていることは、実際にプラットフォームを開発して、そのユースケースをどんどん各国で作っていこうという試みですが、まだ実体的なものはそれほど出てきてはおらず、議論や概要設計の段階にあります」
石戸:「最後の質問です。デジタル化はすぐにでも実装しなければいけないと思いますが、それに関して現時点で感じている課題、これが解決すれば前に進めるという課題があるかどうかと、今後に向けてプラスアルファで何か展望がありましたら教えてください」
芦沢氏「私の立場で言えば、デジタル化へ向けて、大学や国境の垣根を超えて、もっと実務で教育に携わっている人たちのネットワークをしっかり構築していくことだと思います。先ほど、リーダーシップの欠如と言いましたが、逆にボトムアップでやろうとしても今は横のつながりがありません。もうほんの少しリソースをシェアできるだけで結構いろいろなことができるはずですから、私たちRECSIEとしても、リソースをシェアできる情報交換の場としてトレーニングやワークショップをもっと増やしていきたいと思います」
中崎氏:「そうですね、『軽いノリ』のようなものが必要ではないでしょうか。今参加いただいている大学でも、slackなどでコミュニケーションする中でコラボレーションが自然にできてきています。そういったコミュニティを作っていくことが大事なのではないかと思います」
最後に、石戸は、自らが「超大学」というコンセプトで、おもに大学の枠を超えたリカレント教育に注力していることを紹介。その枠組みの構築の中で「ブロックチェーンの実装に関して一歩を踏み出してみようとしています。RECSIEにも、今後、いろいろと連携させていただきたいと思います」と話し、シンポジウムは幕を閉じた。