概要
超教育協会は2020年11月11日、S高等学校(2021年4月開校/設置認可申請中) の校長の吉村総一郎氏を招いて、「リアルとネットを融合した新しい学びへ ~ N高・S高の新たな挑戦」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、吉村氏が、N高等学校(既設)及びS高等学校(新設)の概要と、両校が2021年度から実施する新しい教育の内容について説明し、後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
>> 前半のレポートはこちら
>> シンポジウム動画も公開中!Youtube動画
「リアルとネットを融合した新しい学びへ
~ N高・S高の新たな挑戦」
■日時:2020年11月11日(水) 12時~12時55分
■講演:吉村 総一郎氏
S高等学校 校長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸奈々子が、参加者から寄せられた質問に自身の疑問も交えて問うかたちで行われ、VRや5Gといった新技術から学校運営の実態まで幅広く関心を集めた。
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸奈々子
通信制教育の運営や学習内容に高い興味 VRなど新技術の学習効果にも注目
石戸:「早速、質問が来ています。まず、VR学習の内容は数学など高校卒業に向けた科目が中心でしょうか」
吉村氏:「まず、高校卒業のための授業に関してはほとんど用意しています。普通科プレミアムで履修可能な6600本の教材のうち、来年4月の開講時にVR対応する動画教材は約35%の2400本で、来年度中には7~8割がカバーされる予定です。これに加えて、高校卒業資格の取得には必須ではないが将来につながるプロフェッショナルな知識を学べる『課外授業』もVRに対応予定となっています」
石戸:「時間割の例をみると、プロジェクトベースドラーニング(PBL)など、自由度の高い、生徒一人一人のやりたいことをベースにした授業内容になっているように思えますが、卒業のために必要な科目は個人がオンラインでやっていくということですか」
吉村氏:「N高とS高は卒業要件が単位制になり、3年間で概ね74単位を取得すれば卒業できます。卒業に必要な単位の取得時間はネットの活用などで効率的に行えます。
ネットコースでは、単位取得に必要な学習をネットを活用して効率的に行うことができるので、例えばスポーツ選手として海外に遠征する生徒や、実践的なプログラミング技術を持ってフルタイムで働き家庭を支え、一家の大黒柱並に稼いでいる生徒もいます。そこまで極端でなくても、卒業に必要な勉強は効率的に仕上げ、大学院以上の数学を深めるためのコミュニティ活動や、NPOを立ち上げての活動など、自分がしたい学びに取り組むなど、多種多様な学びの形がみられます。
ただ、一般的な生徒の多くは、毎日少しずつコツコツと卒業要件に必要な授業を見たりレポートを提出しながら、学園で用意している21世紀型スキル学習やPBLなどを活用して学んでいます」
石戸:「最近は、個人データを収集して最適化した学びを提供するAI教材などが登場して、いわゆる『基礎学力的な学び』は圧縮して学ぶという考え方が出てきています。少ない労力で効率的に学べるのは、N高・S高ならではの独自教材を使っているからですか」
吉村氏:「いいえ、来年度からは完全に独自教材になりますが、本年度までは、多くは東京書籍様から出ている教科書とその映像を使用しています。もちろん、N高・S高オリジナルの教材も用意してはいますが、現時点では、それが全てではありません。既存の教科書や映像教材を活用して、例えば、スポーツ活動中の生徒がタクシーやバスの中でスマホを使って効率よく単位を取得できるような環境を用意しています」
石戸:「VRに関する質問がいくつか来ています。まず、空間認識や観察など、数学・生物・物理・化学といった科目の理解に効果的なことはわかりましたが、VRは全ての科目で効果的なのか、それとも効果的な科目とそうでない科目があるのでしょうか」
吉村氏:「もちろん、古代生物の3Dモデルのような視覚に訴える科学系の科目にも有効ですが、それ以上に重要なのは、VRには『その場所に移動すること』に準ずる効果があることです。つまり、家に居ながら『学ぶために教室に入る』」ことを擬似的に体験できることが非常に大きく、すべての学習において、いわゆる『気持ちの切り替え』的な効果を得られることが重要と考えています」
石戸:「VRに関しては、目や脳に対する疲れや酔いなど、健康面での懸念もいくつか届いています。健康への影響をどのようにとらえていますか」
吉村氏:「確かに、体調などで酔いの症状が出る人もいますが、そういう場合は、同じ授業内容をスマホで学ぶこともできます。常にVRを使って学ばなければならないのではなく、本人に精神的な余裕がある時など、いわゆる『酔いにくい』状態の時だけVRを活用すればいいと考えています。
一つ申し上げておきたいのは、VRは選択肢の一つだということです。N高で講師をしていて感じたのは、生徒たちの中には『学校に通わなければならない』ことや『教室に入らなければならない』ことにストレスを感じる生徒もいますが、『来たい時に来て学んでいいよ』とか『やりたい時に勉強していいよ』と言われると前向きに勉強に取り組みます。その意味で、本人が学びたいという意識を持った時に、学べる環境をそこに持っていくことができるVRは、有効な選択肢になると思っています」
石戸:「目的がはっきりしている生徒には最適な学校だと思いますが、そうではない生徒はどのように課外活動などを選択していくのでしょうか、という質問も来ています。確かに、これだけの人数が必ずしも全員目的意識を持って入ってくるのではないと思いますが、実際どのような状況なのでしょうか」
吉村氏:「N高でも、『私はこれをやりたい』という明確な目標を持って入学してくる生徒は全体の2割程だと思います。残りの8割は、私自身もそうでしたが、『自分が将来何になりたいか』とか『自分の好きな学びは何なのか』がわかっていないでしょう。そういう生徒向けに開設しているのが、『通学コース』と新設する『オンライン通学コース』で、毎日午前中、PBLを元にいろいろな社会課題に触れる授業を行っています。いくつか例を挙げると、メルカリとのコラボで新しいアプリを作るプロジェクト、JR東日本とのコラボで高架下の活用で社会問題を解決するプロジェクト、Adobe Creative Cloudを使ったCOOL JAPANを推進するための冊子作りなどがあり、そういう活動の中で『自分はこういったことに向いているのではないか』ということを見つけてもらいたいと思っています」
石戸:「N高が開校した時、スケートの紀平梨花選手のようにやりたいことが決まっていて活動の合間に効率的に学びたい人や、これまでの学校に合わず、自分自身の居場所を見つけづらかった人が通う学校だと思ったのですが、実際には他の高校と同列の1つの選択肢になっているのですか」
吉村氏:「普通の高校の選択肢として選んでいただいていると思っています。私も高校時代はあまり勉強せず、1年かけて行う体育祭の準備のためだけに通学していたようなものですが、それだけに、そういう課外授業で、人と人との関係の中で揉まれながら学べるエッセンスがすごく大きいことを実感しています。自分自身のそういった思いもありますし、学園としても多様な学びを進めたいということがあるので、ネットコースの生徒にも職業体験、ネット部活、留学プログラムなど、学業以外のさまざまな機会を用意しています」
石戸:「卒業後の進路についても気になる人が多いようです。まず、入学した生徒の何%くらいが卒業していますか。また、卒業生の進路は大学進学が多いのか、それとも就職したり起業したりする生徒が多いのか、進路とパーセンテージを教えて下さい」
吉村氏:「2020年3月に卒業を迎えた2期生のうち、外部に対して公表する一般的な卒業率、つまり『1、2年次に必要単位を取得して3年次を迎えた2期生の卒業率』は98.2%です。
▲ スライド12・N高の2017年入学生の卒業率
卒業生の進路決定率は [ スライド13 ] のように、一般的な通信制高校の61.7%に対しN高は83.4%です。また、進路は、大学等が14.6%、専門学校等が40.1%、就職者が28.7%で、16.1%は進路未定となっています。
▲ スライド13・N高の2020年卒業生の進路決定率
進学先の大学には東大、京大といった難関校や医学部に進学する生徒も含まれ、指定校推薦も20以上の大学からいただいています。専門学校では、日本工学院、トライデントコンピュータ、HALなど、デザイン系・コンピューター系が多くなっています。もちろん、進学・就職せず起業したりフリーランスになったりする生徒もいます」
石戸:「コロナ禍で小学校などでもオンライン授業やハイブリッド授業が始まる中、『対面でしかできないことは何か』が議論されていますが、VRが広まっても『場』の必然性は残るのでしょうか、という質問も来ています。残るとすれば『場』にしかできないことは何だと考えられますか」
吉村氏:「ネット高校に携わってきて思うのは、学校に行きたくない生徒でもオフ会には行きたがるということです。彼らは、会いたい時に会い、会いたくない時は会わない。そのことを私たちは理解しなくてはいけません。普段オンラインの彼らにとっても、ダイレクトに感情を伝えられる『場』は重要なのです。
N高はネットの高校ですが、愛着ある人や尊敬する人に実際に会って行うコミュニケーションを非常に重視しています。他人とのリアルなコミュニケーションを取れる『場』の重要性は、オンラインが主流になることでより高まっていくと思っています」
石戸:「時間割にあった『21世紀型スキル学習』とは実際にどのようなカリキュラムですか、という質問が来ています。これから重要になる学習だと思いますのでもう少し補足いただきたいのと合わせて、高校では何らかの評価を行っていると思いますが、こういう学習をどのように評価されているかについて教えてください」
吉村氏:「21世紀型スキル学習にはさまざまなジャンルがありますが、アンガーマネジメントやコミュニケーションスキルによる傾聴などさまざまな心理学的要素を学びながら、実際に『挨拶が重要ですよね』とか『働きかけが重要ですよね』というようなことを、グループワークでの自己開示なども含めて学んでいきます。
21世紀型スキル学習の評価については、今のところ心理的尺度、いわゆる入社試験などで行われる心理テストのようなもので測定している状況で、現在、より良い評価方法がないかどうか、東京大学ほかの専門家と共に検討しています」
石戸:「進路に関する追加の質問です。大学進学者が結構あるということでしたが、N高でもかなり大々的に大学進学を打ち出していたと思います。大学受験希望者のサポートみたいなものもありますか」
吉村氏:「オンライン特別コーチングという月額2~3万円の特別進学クラスがあります。このクラスでは、大学受験専門の教職員やTAが1対1で張り付いて、毎週30分程のコーチングを実施して学習計画や受験対策を議論しながら指導しています」
石戸:「テクノロジーでどこまで教育効果を高められるかという挑戦も目的の一つと感じました。実際、学習効果をどのくらいに見積もっているのか、もしくは検証しようとしているのか、お伺いできますか」
吉村氏:「学習効果の検証という意味では、まだ完全に解析できていない状況です。本校では全ての教材を『N予備校アプリ』のプラットフォーム上で運用しているので、おそらく日本で一番大量の学習データを記録できていると思います。ただ、生徒一人一人の学習に関しては、その子が塾にも通っているかとか、他の教材でも学んでいるかという要素も勘案する必要があり、純粋に『この教育をしたからこう伸びた』と結論付けられる切り分けができていません。生徒の学力や学習意識が変わったり、オンライン授業の出席率やSNSでの発言率が上がったりした理由の検証は、今後の研究課題です」
石戸:「世界中のどこにいても生徒になれますか、という質問が来ています。言語の問題は別にして、世界中の子どもたちが参画できる学校という認識でよろしいですか」
吉村氏:「世界中どこからでも利用することはできますし、実際、海外から学ばれている生徒もいます。言語に関しては、現時点では残念ながら日本語だけの対応ですが、日本語ができる限りは世界中どこからでも授業を受けることができます」
最後は石戸の「まさにこれからの時代の新しい世界最先端の教育学校を作られていることを感じました。超教育協会としても引き続きいろいろな面で連携していきたいと考えています」という言葉で、オンラインシンポジウムは幕を閉じた。