概要
超教育協会は2020年10月14日、株式会社techtec(テックテク)代表取締役の田上智裕氏を招いて、「ブロックチェーンで実現する学習歴評価の仕組み。 今後の課題と金融サービスへの接続」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、田上氏がブロックチェーンの概要と教育分野での活用、ブロックチェーンを使った学習評価と金融サービスの連携について説明。後半では、超教育協会理事長の石戸奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。
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「ブロックチェーンで実現する学習歴評価の仕組み。今後の課題と金融サービスへの接続」
■日時:2020年10月14日(水) 12時~12時55分
■講演:田上 智裕氏 株式会社techtec代表取締役
■ファシリテーター:石戸 奈々子 超教育協会理事長
シンポジウムの後半は、ファシリテーターの石戸が、参加者から寄せられた質問を紹介し、田上氏が回答するかたちで質疑応答が行われた。
▲ 写真・ファシリテーターを務めた超教育協会理事長の石戸奈々子
教育分野でのブロックチェーンの可能性 個人情報保護の観点での活用に高い関心
石戸:「ここからは質問にお答えください。まず、資料14ページ(▲スライド7)のところで、Zcash上で管理しているのはなぜですか。次のステップで、オフチェーンで管理していますが、オフチェーン上の暗号化ではいけないのでしょうか」
▲ スライド7・プロセス2でZcashのzk-SNARKsを使っている
田上氏:「ブロックチェーンに詳しい方からのご質問のようですね。Zcashはプライバシー保護のための暗号性能が高い仮想通貨です。PoLは、学習履歴を改ざんされないための部分にZcashが持つ『zk-SNARKs』という非常に高度な暗号化技術を使用しています。図では、この、『ゼロ知識証明』と呼ばれる暗号学の専門技術をサポートしたzk-SNARKsを使うことを表現するためにZcashのロゴを使いましたが、Zcash上でトークンを発行するということではありません」
石戸:「解決すべき課題として挙げられている『学位・研究データの不正』について、長期的視点で考えれば、社会のグローバル化が進み、留学生や外国人就労者が増えれば教育機関や国内事業者からのニーズが高まると思いますが、現時点で課題意識を持つ国内事業者はどれくらいいるのでしょうか」
田上氏:「資料の中で課題に挙げたのは、経産省と行った実証実験を通じてある程度のニーズがあると認識した事例です。ただ、私たちテクノロジー側の人間は、どうしてもソリューションが先行してしまうところがあります。実際にこれらの問題に教育現場が本当に課題感を持っているのかは、今回のような機会を通じて皆様の生の声をどんどんいただきたいと思っています」
石戸:「私からの質問です。海外の事例が気になっています。ブロックチェーンの卒業証明書を最初に発行したのはMITで2017年のことと記憶していますが、その後の約3年でどのくらい導入が進んだのでしょうか」
田上氏:「日本では慶應大学や東京大学などでの実証実験レベルに留まっていますが、海外でもじつはキプロスのニコシア大学の他にはマレーシアやシンガポールの事例があるくらいで、各国の調査でも数件程度しか出てきていません。(▲スライド8)
まだ『ブロックチェーンは難しい』というイメージが先行していて、記録されたデータの透明性や改ざんの難しさといったメリットが教育現場の人には理解しにくいことが、実際のユースケースとして導入が進まない障壁となっている、という課題は持っています」
▲ スライド8・海外での主なブロックチェーンの活用例
石戸:「ブロックチェーンによって改ざんが困難で透明性の担保された教育データ管理が実現しても、学歴社会からの脱却にはそのデータを活用した学習者の新たな評価方法を検討する必要があると認識しています、御社ではそういうデータの活用シーンを検討されていますか」
田上氏:「課題にも挙げましたが、やはり『学習歴』をどこかの企業や大学が使い始めてくれないと、浸透には時間がかかると思います。弊社でも実証実験を含めていろいろな企業に働きかけをしていますが、いきなり『学歴』ではなく『学習歴』を見てくれと言っても難しいので、プロセスをしっかり評価する習慣、というか文化をまず作り上げていく必要があると認識しています」
石戸:「学習履歴の運用に関して、AIドリル等を開発運営している会社などと連携はしていますか」
田上氏:「結論から言うと連携できていませんが、AIとブロックチェーンは相性がいいので、もし興味をお持ちの方がいたら紹介なりご連絡いただければと思います。ただ、最大の課題は、デジタル化されていないデータをどうやってブロックチェーンに持ってくるか、というオラクル問題のところなので、そういう意味では、ブロックチェーンと相性がいいテクノロジーとしては、AIよりもまずIoTが重要だと理解しています」
石戸:「日本の教育では『教える側のスキル向上』も重要な課題で、政府も高レベルな授業事例の共有化に取り組もうとしています。事例のデータベース化を進める促進策として、その価値と評価に応じて先生にインセンティブとしてのトークンを発行することは可能でしょうか。という質問を頂いています」
田上氏:「弊社のPoLは学習するほどトークンを付与される仕組みですが、以前にトークンを付与せずに運用した時期があります。その結果、トークンを付与するかしないかで、ユーザーの学習継続率が4倍くらい変わることがわかりました。こういうデータを実際に得ていますので、先生に積極的に事例を共有してもらう、あるいは先生自身にも学習してもらうためのインセンティブとしてのトークン付与は有効だと考えます」
石戸:「ブロックチェーンを教務用のコンテンツに対する著作権や改ざん防止の観点で活用した事例はありませんか」
田上氏:「教務用コンテンツを含む著作物とブロックチェーンは相性がいいので、著作権関連の取り組みは非常に多く、理論上はかなり有益だと思います。ただ、日本の場合はやはり、教務用コンテンツがどこまでデジタル化されているのかが課題です。アナログのコンテンツはブロックチェーンで管理できないので著作権証明や改ざん防止の事例もほとんどありません。これもブロックチェーン以前のデジタル化のところに課題があると思っています」
石戸:「私からの質問です。ブロックチェーンのメリットは理解できますが、学習歴社会を実現するための技術は必ずしもブロックチェーンでなくてもいいのではないかという指摘をよく受けますがどのようにお考えですか」
田上氏:「例えば、印鑑を不要と考えるか、それとも印鑑があってもいいかという議論は、結局、どちらがより良い選択肢か、という話です。ブロックチェーンも同じで、ほかに良い方法があればそれで構わないと思っています。ただ、『印鑑のための出社』より『自宅でのデジタル署名』が効率的なように、学習歴社会の実現には、共通のデータベースに学習プロセスを記録できるブロックチェーンが、圧倒的に効率的で低コストなのも事実です。私も以前はいわゆる『ブロックチェーン信者』で、何が何でもブロックチェーンでと考えていましたが、それは本質ではありません。ブロックチェーンがより良い選択肢だからそれを選んでいこうというスタンスです」
石戸:「学歴社会から『学習歴社会』へという考え方は、以前から言われていますが、学習プロセスを記録するサービスは世界で御社だけということでしょうか。そういうサービスが生まれにくい背景に何があるのでしょうか」
田上氏:「まずブロックチェーン開発の難しさがあると思いますが、日本の場合、それに加えて一般的なやり方を想定すると、独自の仮想通貨発行に仮想通貨取引所の免許が必要という特殊事情があります。ユーザーに付与した仮想通貨は資産となるため、資金決済法上の暗号資産交換業免許が必要なのですが、仮想通貨取引所の運営が想定されているため取得に約2億円かかるという風の噂もあり、弊社のようなスタートアップには厳しいものがあります。そのため、学習プロセスに仮想通貨を付与するのが日本ではかなり難しく、弊社では少し特殊な方法を取り入れています。日本ではこれが大きいですね。
海外については、私見ですが採算性の問題が大きいと思います。ブロックチェーンに取り組む人たちと話すと、研究の延長ならともかくビジネスとして利益を出すにはほど遠く、企業内でも『まだブロックチェーンは早い』という障壁が大きいと言います。プロセス管理もブロックチェーンで管理するように、この1~2年で急激に進むイメージはあまりないですね」
石戸:「いちばん大きなハードルはなんでしょうか」
田上氏:「個人的には、ブロックチェーンのことがまだ良く知られていないだけなのではないかと考えています。その理由に、私たちテクノロジー側と、教育現場の方々との『距離』があるのではないでしょうか。私たちは教育現場の本質的な課題を理解できていない、教育現場では課題はあるがどう解決すればいいかわからない、そういう状況をうまくマッチングできるようにディスカッションを重ねていくことで、解決できるのかなと思っています」
石戸:「海外で、教育へのブロックチェーンの活用の議論が進んでいる国は、例えばどこですか」
田上氏:「ブロックチェーン側の立場なので、『ブロックチェーンで教育も』という観点になってしまいますが、シンガポールなどはそもそもブロックチェーンに明るい国なので、教育もかなり先端的な取り組みを行っていると聞きます。その他ではスイスの名前もよく出てきます」
石戸:「海外でも国内と同様、基本的に卒業証書以外の事例をあまり聞きません。例えば研究データの管理や論文の管理などはブロックチェーンが有効だと思いますが、卒業証明以外にどういう領域が進んでいますか」
田上氏:「昨年私がリサーチした範囲でもやはり学位や卒業証明書だけを管理する傾向が強いです。おそらく、『最後のアウトプット』に限定したほうがブロックチェーンへの記録が簡単、という理由だと思います。もし、そこに至る全プロセスの記録となると、そのプロセスを作るところからコストがかかりますので、大学としては『それならAIやVRに予算を回す』ということになってしまいます。『純粋にブロックチェーンだけ』はまだ難しく、学位だけ登録するか、といった状況で先に進まないという感じはあります」
石戸:「最後の質問です。御社は現在、『プロセスをきちんと記録する』という、ブロックチェーンの本質的な使われ方にチャレンジされていますが、『学習歴社会』に行き着くには、生まれてからの生涯学習の『すべての経験』の記録が必要だと思います。そういうことも今後のビジネスとして想定されていますか」
田上氏:「金融サービスとの接続のところで説明した『ラーニングスコア』が目指すのがまさにそれで、信用スコアに代わる評価軸になれると考えています。信用スコアは、人生のどこかで一度過ちを犯すとその後の人生にずっと影響してしまいますが、個人的には、その後頑張ればいいだろうと思っていて、そういう意味で、ラーニングスコアとして過去のプロセスも将来のプロセスも全てブロックチェーンに記録する、それも学習だけでなく、『しっかり掃除を頑張った』『きちんと挨拶できた』『早く学校に来られた』といったところまでしっかり記録していけば、最終的に学習歴社会にたどり着けるかなと思っています」
最後に石戸の「今日はありがとうございました」という締めの言葉でシンポジウムは幕を閉じた。