概要
超教育協会は2025年12月17日、国立大学法人長崎大学 理事(教学担当)、長崎大学 教育開発推進機構長、長崎大学 教育学研究科 教授の中村 典生氏と合同会社デロイトトーマツの齊藤 綾子氏を招いて、「初等中等教育におけるAI活用~英語教育におけるAI活用の実践から~」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、中村氏と齊藤氏が学校現場における生成AIの活用について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
>> 前半のレポートはこちら
「初等中等教育におけるAI活用~英語教育におけるAI活用の実践から~」
■日時:2025年12月17日(水) 12時~12時55分
■講演:
・中村 典生氏
国立大学法人長崎大学 理事(教学担当)、長崎大学 教育開発推進機構長、長崎大学 教育学研究科教授
・齊藤 綾子氏
合同会社デロイトトーマツ
■ファシリテーター:
・石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
何を解決するためにAIをツールを使うのかその課題意識を持つことこそが重要
石戸:「生成AIの教育活用をめぐる諸外国の動向と、それを踏まえた日本における生成AIの教育利用の、進展状況について、ご意見をお聞かせください」
齊藤氏:「各国で状況は異なりますが、禁止するよりもうまく活用していこうという方向性は共通していると思います。アメリカやヨーロッパ、アジア諸国も同様です。ただし、その『積極性』には国ごとの違いがあります。例えばエストニアは、AI活用に限らずテクノロジー活用が先進的で、国を挙げて学校現場での活用を積極的に進めています。一方、日本ではGIGAスクール構想により一人一台端末が整備されており、環境面では大きな特徴があります。その意味では、AIを活用できる環境は整っていますが、その中でどのようにうまく活用していくのかについては、現在も検討が続いており、今後さらに詰めていく必要があると考えています」
石戸:「各国でさまざまな議論が進む中、日本においては生成AI活用をめぐる議論が国際的に見て不足しているといった懸念は特にない、という理解でよいでしょうか」
齊藤氏:「その点については、『もう少し深めていくべき』だと思います。個人情報保護やセキュリティ確保といった守りの部分については、さらに議論が必要ですし、もう一段踏み込んだガイドラインも求められると捉えています。先ほど挙げた韓国の例では、AIのトレーニングに児童生徒のデータが活用されている点が指摘されていました。日本でも今後実践が進む中で、どこまでの活用を許容するのかが課題になります。最終的には個人情報であるため同意が必要になりますが、その同意をどのような形で得ていくのかについて整理が必要です。
もう一つは著作権の問題です。既存の教科書をAIに学習させる場合、『丸ごと学習させて、そこから新しいものを生成する』ことをどこまで認めるのかについても、整理が必要だと考えています」
石戸:「生成AIの登場により、学習者一人ひとりに応じた個別最適化された学びが現実のものとなりつつあります。その中で教育現場では、『何を学ぶか』という学習内容の設計と、『どう学ぶか』という学び方の設計の両面において、大きな転換が求められているように思います。こうした状況を踏まえ、生成AIを活用した教育実践について、現在どのような議論が行われているのか、お聞かせいただけますでしょうか」
中村氏:「私は教員養成にも携わっていますが、その中でAIをどのように活用するかを扱う授業は、まだそれほど多くありません。大学としてはAI活用に関する授業を整備しつつありますが、これからという段階です。教師の役割については、『教え導く』存在から、個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実させるための伴走者へとシフトしていく必要があると考えています」
齊藤氏:「現在のAIは人間の指示に基づいて動き、文字として入力された情報しか認識できません。子どもが入力した内容は理解できますが、その子が『どのようなスタンスで、何を考えているのか』までは把握できません。そのため、AIを使った学習活動は、どうしても機械的になりがちな側面があります。だからこそ、教師が子ども一人ひとりの特性や状態をしっかり見取り、適切な声かけや介入を行うことが、現時点のAIのレベルでは非常に重要です。
AIを使って個人として知識を高めるだけでなく、実際のコミュニケーションの中で使える力を身につけるためには、教師の介入は必要です。人の介入や人との対話が不可欠だと考えています」
中村氏:「今後、子どもたちが個別にAIと向き合って作業をする場面は増えていくでしょう。その際に重要なのは、AIを使って何を解決しようとしているのかという課題意識です。単に『AIを使ったらこういう答えが出ました』という状態では困ります。何を解決するためにAIというツールを使うのか、そのためにはどんな方法があるのかを自分なりに選択できることが重要です。AIはあくまで選択肢の一つであり、友だちと話し合うことなど、他の手段もあるという意識を持たせる指導が必要だと思います。そこも教師が介入すべきポイントです」
石戸:「語学学習においては、相手が機械であることで恥ずかしさが軽減され、かつ比較的低コストで実践的な学びが可能になるという点で、AIは非常に有効な存在だと考えられます。一方で、こうした技術の進展を背景に、英語教育そのものの在り方を問い直す議論も生まれているのではないでしょうか。翻訳技術が高度化する中で、将来的には人々がそれぞれ母語で話し、リアルタイムの自動翻訳によって円滑にコミュニケーションできる社会が到来する可能性もあります。そうした状況を見据えたとき、英語教育はどうあるべきなのか、改めて議論されるべきテーマだと感じています。これからの時代の英語教育において、何を重視し、何を大切にしていくべきなのか。先生はどのようにお考えでしょうか」
中村氏:「難しい問いで、私たち自身の存在意義が問われている部分だと思います。改めて、自分たちの役割がどこにあるのかを見直す必要があります。人間は言葉を持つからこそ人間であり、機械には超えられないものを持っています。今、その部分で人間が機械から挑戦を受けており、人間の尊厳が問われている側面もあると感じます。
例えば、誰かを食事に誘う場合でも、人間関係によってさまざまな言い方があります。私たちが相手との関係性の中で選び取った言葉自体は翻訳できても、『そこに込められた思い』までを翻訳することは難しいでしょう。そうした部分における人間の尊厳は、まだ保たれていると考えています。私たちが教えるべきなのは、人と人とのつながりの大切さであり、コミュニケーションがそれを担っているということです。AIはそれを学ぶためのツールとして役立つとは思いますが、全てをAIに任せてよいのかという問題もあります。今後、整理していく必要がある課題ですが、教師の立ち位置は変わっていくとしても、不要になることはないと、私は楽観的に捉えています」
齊藤氏:「英語や外国語を学ぶ目的は、文法や単語を覚え、発音できるようになり、話したり書いたりできるようになることだけではないと思います。言語を学ぶことで、その言葉を使う地域に暮らす人々の文化を理解したり、同じ内容でも言い方を変えることで表現の幅を学んだりすることができます。そうしたことを含めて学ぶことが、言語を学ぶということだと考えています。
AIが全てを解釈し、意図まで含めて伝えてくれるようになれば状況は変わるかもしれませんが、現時点ではそこまで進化していません。実際のコミュニケーションの場面では、相手の文化的背景なども踏まえた配慮や理解が必要です。その意味で、AIに全てを任せておけば学ばなくてよいのかという問いに対しては、個人的には否定的に捉えています」
石戸:「視聴者からも多くの質問が寄せられています。『英語学習でのAI活用は英語力の向上だけではなくて、どのような非認知的能力、例えば自信や主体性や協働性に影響すると考えられますか』という質問です。AIを活用することで、英語ができるようになる以上の変化を生徒が感じる場面がありましたら教えてください」
中村氏:「データとしては明確に示しにくい部分ですが、印象的な事例があります。ある生徒がAIを使って練習した後、Assistant Language Teacher(ALT)に話しかけに行ったことがありました。自信のなかった部分をAIで補い、相手と直接話す勇気を得たのだと思います。AIがサポート役として機能した事例だと言えるでしょう。非認知能力の評価は難しいですが、自信を持つためのツールとして十分に機能し、それが行動につながったと考えています」
石戸:「『現在の学習指導要領の枠組みの中でAIを使って英語授業をする際に、現場の教員が特に悩みやすいポイントはどこになりますか』という質問です。今後、生成AIを活用した英語授業は増えていくと思いますが、留意点やつまずきやすい点について教えてください」
中村氏:「AIに頼りすぎてしまい、どの力を育てるために使っているのかが曖昧なまま活用してしまうことがあります。本来であれば児童生徒同士で会話させた方がよい場面でも、AIに向かって一生懸命話している、といった状況が起きかねません。AIを使うこと自体が目的にならないよう、意味を考えた活用をしてほしいと思います」
石戸:「『生成AIを利用した対話形式の英語学習において留意すべきことは何ですか。例えば不適切な返答があるかどうか、内容の正確性はどうかという点が現場導入の妨げになることはありますか。AIが完璧ではないがゆえにトラブルになってしまうことはありますか』という質問です。いかがでしょうか」
中村氏:「会話学習には、流暢さと正確さという二つのポイントがあります。日常会話では多少の言い間違いがあっても、相手はいちいち訂正しません。会話を前に進めるためです。ただ、それを続けていると、正確性が身につかないままになる可能性もあります。
AIにどちらを求めるのかという点ですが、人と人とのコミュニケーションでは、読み書きほど正確性は求められません。会話の最中に『それは間違っている』と教師が指摘しすぎると、話さなくなってしまう恐れがあります。後から振り返って確認することは大切ですが、最初から正確さを求めすぎない、そのバランスが重要だと思います」
齊藤氏:「AIは完全に正解を出すものではない、という前提を子どもたちに明確に伝えた上で活用することが重要だと思います。不適切な返答や内容の誤りが導入の障壁になる可能性はありますが、AIは間違うこともあるという理解のもと、批判的に取捨選択する姿勢を育てることが大切です」
石戸:「最後に二点お伺いしたいと思います。一つ目は、日本の英語能力が国際的なランキングにおいて低位にあることを懸念する声も視聴者から寄せられていますが、生成AIを活用した英語力向上という観点から、今後日本はどのような点に取り組んでいくべきだとお考えでしょうか。二つ目は、英語教育におけるAI活用の実践から得られた知見を踏まえ、英語以外の教科にAIを活用する際には、どのような点を応用・展開していくことができるとお考えでしょうか」
齊藤氏:「英語力向上については、アウトプット活動を増やすべきだという議論が続いています。そのための支援ツールとしてAIを活用することは有効です。他教科への応用という点では、AIに頼りきるのではなく、主体的に活用することの重要性は共通しています。英語教育の実践から、主体性を損なう使い方や、効果的な使い方といった知見は、他教科にも展開できると思います」
中村氏:「逆説的になりますが、英語力向上の背景には、日本人が『正しくなければならない』という意識を強く持っていることがあると思います。正しい英語しか話さないことで、かえって身につかないという悪循環が生じています。AIを活用し、まず『間違ってもよい』ところから始め、勇気を持って伝える姿勢を育てることが重要です。
他教科への応用については、自分自身を振り返る機会として活用してほしいと考えています。できなかったことができるようになるために、どうすればよいのかを振り返る、そのプロセスを支えるツールとして、AIを上手に使ってもらいたいと思います」
最後は石戸の「AIの教育現場での実際の活用状況について、網羅的にご紹介いただき、大変示唆に富む、興味深い内容でした」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

