約26万人の教育ビッグデータ×データサイエンスで実現する横浜教育DX
第184回オンラインシンポ・前半

活動報告|レポート

2025.6.27 Fri
約26万人の教育ビッグデータ×データサイエンスで実現する横浜教育DX</br>第184回オンラインシンポ・前半

概要

超教育協会は202549日、横浜市教育委員会事務局 学校教育部長の丹羽 正昇氏を招いて、「横浜の挑戦!教育ビッグデータを活用した新たな教育の創造」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、丹羽氏が約26万人という膨大な教育ビッグデータを持つ横浜市の取り組みについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「横浜の挑戦!教育ビッグデータを活用した新たな教育の創造」

■日時:202549日(水) 12時~1255

■講演:丹羽 正昇氏
横浜市教育委員会事務局 学校教育部長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

 

丹羽氏は、約30分の講演において、日本最大の基礎自治体である横浜市のデータサイエンスを駆使した教育DXの取り組みについて話した。主な講演内容は以下のとおり。

教育を科学し子どもの学びの質を高める「横浜教育DX」の3つの取り組み

横浜市には、約26万人の子どもたちの教育ビッグデータがあります。子どもたちから受け取った情報もしくはデータは、子どもたちのものです。子どもたちに有用なかたちで還元していくことが大切であると考えています。

 

その考えの根底に流れているのは、「学校教育は何のためにあるのか」という原点回帰ともいえる私たちの理念です。子どもたちを幸せにする、子どもたちのベネフィットを実現していく、学校教育の本質的な価値をしっかりと踏まえながら、教育ビッグデータを活用した新たな教育の創造に挑戦しています。「ビッグデータを活用する」といってもデータや技術の話ではなく、子どもたちをいかに幸せにしていくのか、子どもたちにとっての最大の利益を子どもたち自身がいかに享受していくか、その視点で挑戦したことをお話しします。

 

「未来の教育の実現に向けた横浜教育DX」について説明します。

▲ スライド1・横浜教育DXの概要

 

横浜市は日本最大の基礎自治体として約26万人の児童・生徒を育む学校教育を展開しています。この26万人の児童・生徒に加え、教職員が2万人います。この規模は、四国4県の子どもたちの人数とほぼ同じです。ただし、四国4県では90を超える教育委員会が約26万人の子どもたちの教育を担っているのに対し、横浜市ではたった1つの教育委員会が26万人の子どもたちを育んでいます。横浜がいかに特異な地域ということがおわかりいただけると思います。

 

その視点に立つと、26万人の子どもたちを育んでいく際に教育DXを推進していくことが必須になります。産学公民を掲げ、学校教育を学校だけで考えるのではなく、さまざまな知見や専門性をお持ちの方々に横浜の教育に参加していただき、共創の理念の下で私たちの横浜の教育を一緒にデザインする、すなわち「横浜教育DX」を推進していきたいと考えています。

 

横浜教育DXとは、DX戦略に基づき教育を科学することで、子どもの学びの質を高める取り組みです。例えば、今まで教師の勘や経験だけで語られていたことを普遍化していく、エビデンスに基づいて教育を進めていく、こうした実践を行きつ戻りつしながら、より本質に近づいていきます。この過程を「科学する」という言葉で表現しています。

 

横浜教育DXについて、3つの取り組みでご説明します。まずは、一人ひとりの状態を可視化し、より精緻に子どもたちの状況を見取る取り組みです。これは11台端末の利活用により実現します。2つめは、学習の習熟度に応じたきめ細かな指導です。横浜市が独自に行っている学力・学習状況調査によって、全国の学力・学習状況調査とは違ったかたちで、横浜市の子どもたちの状況をつまびらかにしていこうという試みです。3つめは、子どものこころと学びをつないでいく取り組みです。社会情動的コンピテンシーの調査研究を行っています。

 

2つめの横浜市独自の学力・学習状況調査と、3つめの社会情動的コンピテンシーの調査研究は、いわば表裏一体です。一緒に研究していくことが大切だと認識しています。

 

▲ スライド2・「横浜の挑戦!
教育ビッグデータを活用した
新たな教育の創造」の3つのポイント

学習ダッシュボード「横浜St☆dy Navi」の3つのポイント

一人ひとりの状態を可視化し、より精緻に子どもたちの状況を見取る取り組みでは、学習ダッシュボード「横浜St☆dy Navi」(よこはまスタディナビ)を開発しました。

 

1人ずつに支給された端末で活用する学習ダッシュボードで、子どもたちの学力状況や心の様子、身体の様子、授業の様子などを可視化できます。子どもたち自身は、自分たちの学びの足跡を自覚することができ、教職員は子どもたちの学習状況、心身の状況などを的確に把握することで、その子どもに寄り添った具体的な指導ができるようになります。

 

▲ スライド3・「横浜St☆dy Navi」の
3つのポイント

 

この「横浜St☆dy Navi」のポイントは3つです。ビッグデータ化、エビデンス化、スパイラル化です。まずは、データの基盤をきちんと整えるビッグデータ化では、約26万人の子どもたちのデータを単純に積み重ねるのではなく、時系列データの累積・解析により将来予測ができるようにしています。一人ひとりの子どもたちの小1から中3までの連続したデータが累積され、累積されたデータを解析すると、その「子ども像」が具体的に立体的に浮かび上がってくる仕組みです。

 

▲ スライド4・全国最大規模の
教育データをビッグデータ化

 

ビッグデータ化とエビデンス化については、学校教育に関わっている私たちだけではできせん。大学の先生方や企業の方々、教職員にも参画していただき「横浜教育データサイエンス・ラボ」を結成し、共創の中で教育ビッグデータの分析に取り組みます。

 

▲ スライド5・教育データベースの
エビデンス化

 

スパイラル化では、横浜方式の教育EBPMサイクルを作り上げます。特に「分析」に力を入れていきたいと思っています。分析力を高めることによって、新たな情報としてそのデータそのものが生きた情報として更新され、その更新されたデータに基づいて新たな教育政策が生まれ、学校教育にフィードバックされていく仕組みを目指しています。

 

▲ スライド6・教育BPMのサイクルを
創造しスパイラル化

全教職員が子どもを中心に考え、悩み、共感するそれができるのが「横浜St☆dy Navi

「横浜St☆dy Navi」について、具体的に紹介します。横浜市では小学校はiPad、中学校にはChromebook11台端末として入っています。「横浜St☆dy Navi」のダッシュボード画面は、左側の教職員画面と右側の児童・生徒用画面に分かれています。

 

▲ スライド7・「横浜St☆dy Navi」の
ダッシュボード画面

 

子どもたちは自分の端末で自分に関するデータを入力できるようになっています。それを教職員が確認・把握できる仕組みです。例えば、子どもたちは毎日の学校に来たら自分の身体の状況、心の状況を、アンケート形式で入力します。

 

▲ スライド8・児童・生徒は
自分の様子を入力できる

 

「今日の体調どうですか?」、「体調が悪い理由を教えてください」、「今日のこころの様子はどうですか?」、「その他、先生に相談したいことや伝えたいことがあれば書いてください」と自由記述もできます。

 

また、子どもたちは、横浜市の学力・学習状況調査を自分でも把握することができます。

 

▲ スライド9・横浜市独自の
学力・学習状況調査の結果も分かる

 

横浜市の学力・学習状況調査はIRT(項目応答理論)を活用した調査で、児童・生徒が自分の学力や学習の「伸び」を把握できるようになっています。およそ14段階に分かれ、それらがさらに3カテゴリー、合計42段階で自分の学力を知ることができます。例えば、「昨年度に比べて今年度はどうか」、どこに課題があるのかも知ることができるようになっています。

 

教職員は児童・生徒の健康観察の状況や、保護者が入力する出欠席の様子についても端末上で確認することができます。しかも、数分間に1回、更新されるので常に新しい情報がわかります。校長や副校長などの管理職、保健室の養護教諭も含め、すべての学校教育に関わっている職員が、教室にいても職員室にいても廊下を歩いている時でも端末の最新情報を確認できます。

 

▲ スライド10・「横浜St☆dy Navi」では
家庭との連絡システムも利用できる

 

学力や学習の状況も分析チャートとして把握ができ、社会情動的コンピテンシーとクロス集計したグラフも表示できます。教職員は端末上で自分のクラスの状況や過去の状況を確認できるようになっています。

 

これまでは、学級担任が自分の学級の児童・生徒の様子を把握することが中心でしたが、このダッシュボードが実現しているのは、例えば「校長が全児童・生徒の状況を確認できる」、「隣のクラスの状況を同じ学年の教職員が相互に確認できる」、「養護教諭が調子が悪かった児童・生徒の様子を保健室から確認できる」といったことです。教職員の負担軽減にも大いに役立ちますが、何よりも子どもを真ん中に置いて、全教職員がその子どものために真剣に考える、悩む、もしくは共感する環境を整えることはできます。それを目的として開発しました。

調査は一体誰のためにやっているのかという原点に戻りIRT調査の結果を活用

横浜市独自の学力・学習状況調査についても説明します。IRT(項目反応理論)を用いる前の調査では教職員が自身の受けもつクラスはどうなのか、学年はどうなのかということで、平均点に一喜一憂してしまうことも実際にはありました。

 

そこで、IRT(項目反応理論)を導入することにし、令和4年度に改訂をしました。IRTを用いることで年度間で同じ基準で学力を測ることできるようになり、子どもたち一人ひとりの学力の伸びが分かるようになりました。

 

「調査は一体誰のためにやっているのか」という原点に戻り、一人ひとりの子どもが自分の学力を自覚することで、次の学習へのモチベーションにつなげることを考えたのです。子どもたちは学年が上がるごとに学習内容が難しくなっていくことを感じます。例えば小学校4年生まではテストの点数が平均以上だった子どもでも、小学校5年生なって平均点以下になってしまうと、これまでできていたことができていないと思ってしまいます。ところが実際にIRTによる調査を実施してみると、伸びていないわけではないのです。平均点では下がっているように見える場合、どうしても学習意欲を失う子どもが増えてきます。そこで、IRTでその子どもの学力の伸びを把握することで、多くの子どもたちの学習意欲を維持し向上していきたいと考えています。

 

一方で平均点よりも上で自分はできていると思っている子どもの中には、同じような難易度の問題が解けているだけで、実際にはもう難しい問題が解けるようにならないと伸びているとは言い難いというケースもあります。子どもたち一人ひとりのニーズに応じて、一人ひとり異なる「頑張り」の方向性や方法を具体化に示していく、それがIRTを用いることできると考えています。

 

▲ スライド11・横浜市が取り入れている
IRTの仕組み

 

学校ごとに分析していくと、実際にはもっとさまざまなことが分かってきます。例えば学校を平均点などで5つのレベルに分けて示します。それをIRTで分析して「学力の伸び」を見ると、下位層に入っている学校と上位層に入っている学校では、どの層にいる子どもたちも伸びています。つまり、平均値だけで見ると下位層にある学校でも、一人ひとりの子どもの伸びに着目すると、じつは「頑張っている」ところが見えてきます。子どもたち一人ひとりの頑張りも、学校全体の頑張りも見えるので教職員のモチベーション向上にもつながります。このように学力の伸びがわかるのがIRTの特徴です。

 

▲ スライド12・IRTでは、
学力平均値だけではなく、学力の伸びがわかる

 

横浜市独自の分析チャートであり、平成22年度から連綿と私たちが組んできたことです。学校の学力・学習状況をなんとかグラフ化しようと開発してきたものです。すでにできてから15年ほど経ちます。学校の概況だけではなく、個人ごとの状況を把握できるように個人チャートも用意されています。ドットが一人ひとりの子どもたちを示し、どのような分布になっているのか、子どもたちがどういったところにいるのかが把握できるようになっています。

 

▲ スライド13・学校の状況だけではなく
個人の状況もわかる

 

こうして把握した子どもたち一人ひとりの状況を15分ぐらいのショート会議で話題にするなどして、次の授業ではあの子にはこうしたアプローチが良いのではないかと話し合う学校が増えてきています。

社会情動的コンピテンシーの調査研究は学力・学習状況調査とセットで実施

社会情動的コンピテンシーの調査研究は、学力・学習状況を把握する調査とセットで研究しています。学力や学習の状況を把握するには子どもたち一人ひとりがどういった状況で普段、学びに向かっているのか、しっかりと研究していく必要があると考えています。

 

社会情動的コンテンシーの調査研究では、子どもたちの授業の様子を動画に撮り、分析するといった子どもにしっかりと光を当てた研究に取り組んでいます。

 

▲ スライド14・子どもにしっかりと光を当て、
授業の様子を動画に撮り分析する
社会情動的コンテンシー調査研究

 

実際に取り組んだところ、10年目の教員の授業と1年目の教員の授業で特徴が如実に現れたことがあります。10年目と1年目の教員の授業における子どもたちの発話量と教職員の発話量をグラフで可視化したところ、明らかに10年目の教員の授業は、子どもたちの発話を増やしていくきっかけを授業の中に盛り込んでいました。

 

▲ スライド15・10年目と1年目の
教員の授業における子どもたちの
発話量と教職員の発話量のグラフを可視化

 

1年目の教員も子どもたちに発言させていますが、意見は聞いているものの子どもたち同士の発話が増えるような工夫が足りないことがわかってきます。どのような工夫が必要なのか、社会情動的コンピテンシーを高めるには、6つのポイントがあると考えています。

 

▲ スライド16・横浜市の学力・
学習状況調査で
測定している
社会情動的コンピテンシー

 

社会情動的コンピテンシーは、人との関わりの中で育まれるものであることから、横浜市ではこの6項目に注目し、研究を進めてきました。社会情動的コンピテンシーと学力の関係の分析を横浜国立大学の鈴木 雅之先生にお願いをしたところ、メタ認知や知的好奇心、知的謙虚さの高い子どもたちほど学力・学習状況調査の得点は高い傾向にあることが分かりました。これは、社会情動的コンピテンシーが高まると自然に学力も高まる、ということではなく、子ども自身の学び方の変化に起因しているといえます。

 

つまり、子どもたちが「何のためにやっているのか」、「何のために自分はみんなと協力しているのか」といった自分自身の目標をしっかり見定めることができる環境、学校の生活の中で何を大事にしたら良いのかが明確に分かる環境を整えることが大切です。これは子どもたち一人ひとりにインタビューしたわけではなく、調査の中で明らかになり、子どもたちが無意識にやっている部分を可視化したと言って良いと思います。

 

また、努力や個人の成長が大事にされているクラスの子どもたちほど、グリットやソーシャルスキルは高い傾向にあります。大人が子どものことを認める、もしくは子ども同士でお互いに認め合うことがあるクラスというのはグリットやソーシャルスキルが示している、「やり抜く力」、「成し遂げる力」、「相手への思いやり」などが高い傾向にあるというわけです。この当たり前のことが、今までは教職員の経験や勘だけで語られてきました。例えば、「良いクラスというのはどういうクラスですか」と問われた時に、今までは漠然と答えていました。しかし、こういった子どもたちの状況をつぶさに、もしくは丁寧に観察することによって、学校教育で長年培ってきた、先輩たちから伝わってきた、どちらかというと職人芸だと思われたことが科学されていく。

 

社会情動的コンピテンシーの研究が示す良い学級とはどういう学級かと言ったら、お示ししたような一人ひとりが大事にされていて、お互いが尊敬の念、尊重の念を持っているクラスだとわかります。そこで育つ子どもたちにグリットやソーシャルスキルという力が育まれます。

 

▲ スライド17・努力や個人内での成長が
大事にされているクラスの子どもたちほど
グリットやソーシャルスキルは高い傾向

 

このように、横浜市では26万人のビッグデータは26万人の子どもたちのためにあるという理念のもとに、しっかりと利活用されることをデータサイエンスの側面から支援していきたいと考え、今後も取り組みを進めていきます。

 

>> 後半へ続く

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