概要
超教育協会は2025年2月26日、早稲田大学 法学学術院 教授の肥塚 肇雄氏を招いて、「メタバース体験を通して学ぶ寄附講座『メタバースと法』~法学教育の新しい可能性を目指して」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、肥塚氏が寄附講座『メタバースと法』を開講した経緯や講座の内容について講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その後半の模様を紹介する。
>> 前半のレポートはこちら
「メタバース体験を通して学ぶ寄附講座『メタバースと法』~法学教育の新しい可能性を目指して」
■日時:2025年2月26日(水) 12時~12時55分
■講演:肥塚 肇雄氏
早稲田大学 法学学術院 教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子
シンポジウムの後半では、超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。
教育にメタバースを活用するときの法規制についての質問が多数
石戸:「教育にメタバースを活用するということと、子どもたちがメタバースを活用するための教育という二面から質問したいことがたくさんあります。まず、今回は、メタバースを活用するに当たっての法的な課題を学生の方々に議論してもらうために、メタバースを使って授業をされた側面もあると思いますが、メタバースを使うことによる、授業の効果はどうでしたか」
肥塚氏:「民法の中には不法行為という分野があります。その分野の一つにハラスメントの問題があります。実際にメタバース空間の中でもハラスメントが非常に多いということが報告されています。もし、このメタバース空間での授業がなかったら、学生にハラスメントと言ってもピンとこないと思います。例えば、メタバースの中で少女のアバターを使っている人がいたとして、そのアバターに近づいて追いかけ回したりつきまとったりする人がいると、リアルではどうだろうと考えると思います。
しかし、メタバースの世界だと、「中の人」とアバターは違います。また、リアルな世界だとつきまといの場合、何メートル以内は近づいてはいけないという判決もありますが、メタバースではそれにどこまで意味があるかが問題です。またメタバースの場合だと、アバターの形によっても変わってくると思います。見る人によって気持ち悪いと感じるようなアバターを使っている場合と、可愛い少年や少女の人型アバターを使っている場合では、同じような行為をしても違ってくるのではないでしょうか。そこは、リアルの世界におけるハラスメントとは違うところだと考えています。結論はどうなのか、今はまだ出せないところではありますが、実際に体験してみないと分からないことは、学生には伝えられたと思います。
あと、「メタバースと法」研究会ではVLEAPの力を借りてギロチン体験をやってみました。アバターになってギロチン台に横になって、上から刃が落ちてくるわけです。それで首が転がります。その時にファントムセンスが生じ、首に違和感を覚えます。あるいはナイフで刺す実験もやりました。刺されても、当然ながら生身の身体は無傷です。でも自分のアバターが刺されているわけです。すると、刺されたところに違和感を覚えます。こういった体験を通じて、アバターを通しての感覚がもっと感じられるようになると、アバターの法的な位置づけも変わっていくのではないかと思います」
石戸:「リアリティをもって体験できることがメタバースの最大の価値だと思います。しかし、お話にでた残酷なことがメタバース上で起きて、それによってPDSDになる人もいるかもしれません。これから先、自分の様々な情報を学習させてAIアバターが自分の分身として活動する中で、AIアバターが他者を名誉棄損するようなことが起こり得るかもしれません。それに対してどういう対処方法を今後の方向性として見い出していますか。現状の議論について教えて下さい」
肥塚氏:「総務省で安心・安全なメタバースの使い方についての報告書が出ている状態で、結論はまだ固まっていないように思います。ただ、メタバースの中でアバターの位置づけをどうするかが大きな問題になっていることは事実です。その問題意識は共有できていて、日本私法学会という伝統ある学会でも、次年度にアバターについてのシンポジウムが開催されることになっています。
今は、まだ議論が百花繚乱の状態ではないかと思っています。特にアバターに対して法人格を与えるかどうかが大きな問題です。例えばアバターと取引きを行うことを考えた時に、取引きの主体がリアル空間にいて、取引きする対象もリアル空間にいたら現実です。一方、取引きする主体がリアルの世界にいるけれど、仮想通貨やNFTを使ってナイキのシューズを購入する場合、逆にメタバース空間に取引きの主体がいるけれど購入する目的のものは現実空間にある場合もあるでしょう。あるいは取引きの主体も購入する目的のモノも全てメタバース空間にある場合、要するに4つの分類ができます。それぞれどうしたらいいのかは私も固まった結論はもてないです。難しいのは、メタバース空間だけの関係する話とリアルと現実との両方ともどちらかに分かれている場合です。これからルールを作っていくことになるだろうと思います」
石戸:「教育現場で子どもたちもメタバースを使い始めています。特に不登校の子どもたちの居場所としてメタバースを使うことが増えています。授業を通じて学生からあがった意見の中で、教育でメタバースを活用する上で起こり得るリスクや留意すべき点がありましたら教えてください」
肥塚氏:「幼児教育の場合と大学生の場合では違うと思います。年が小さければ小さいほど仮想と現実の区別がつきにくくなります。これから技術が進んでいくと、アバター自身がもっとリアルな状態の中で動くようになっていくので、ますます混乱するようになると思います。大学生になると、メタバース酔いというものが出て、長時間メタバース空間にいられないと思います。子どもの場合は適応して、何時間もメタバース空間にいることに抵抗がなくなるのですが、大学生はそこまでいかなくて、長時間授業が継続できません。実際、20分ごとに休憩を取りました。これが、メタバース授業の問題点だと思います」
石戸:「子どもたちがすでに使い始めているため、使い方のルールを用意していく必要があると思いますが、子どもたち自身に学んでほしいメタバースリテラシーはありますか」
肥塚氏:「まず、何歳からVRゴーグルをかぶって使って良いのか、ここから始めなくてはいけないと思っています。VRゴーグルのMetaQuestやPICOには年齢制限があって、使用上の注意が提示されています。制限以下の小さい子どもは使うべきではないと思います。
もう一つ、保護者が見守る必要があると思います。特に利用規約です。各メタバース事業者、プラットフォーマーが示してはいますが、見ない人がほとんどです。メタバース空間を利用して悪事をする人達も出てきますが、「中の人」が誰か分からないところが問題です。特に消費者問題になった時に、「中の人」を基準にするかアバターを基準にするかという議論がありますが、「中の人」の年齢を基準にして、未成年者保護を考えていくことになると思います。そうなると、利用する時の年齢認証の問題を解消する必要があります。これは、メタバース事業者の問題だと思います。入り口のところでしっかりと整備しないと、全く自由な空間であるが故に、問題が起こり得るのではと懸念しています」
石戸:「海外の状況に関する質問が視聴者からきています。『他国でメタバースの法的課題を解決しているような例があれば教えてほしい』というものです。また、『国際的な法的枠組みについてどのようにお考えですか、また国際的な合意がどのように形成されるのかお考えをお聞かせください』というものもきています。いかがでしょうか」
肥塚氏:「メタバースには国境がないことが前提ですから、どこに準拠して紛争などを処理するかはこれからの課題だと思います。外国人が日本のメタバース空間に入ってくるのは当然のことであって、そこで紛争が起きた時に法的な問題をどうするか、準拠をどうするかという問題が実際に起きると思います。これについてはこれからの課題で、現状についてはまだ十分調べていないところがあります。いずれそれは問題として、国際的な形で議論されると思います。海外でも日本でもそれぞれメタバース空間の中で利用できる分野は利用があり、例えば日本でもメタバース医療ということで帝京大学の杉本先生などがメタバース医療ということをやっておられます。また大阪大学でもデジタルヒューマンということでメタバースについての画期的な取り組みをされています。海外のシンポジウムに参加した時にも医療のことでメタバース利用の現状が報告されていました」
石戸:「先端技術の社会実装を早めるためにも、法律の役割が重要だというお話がありましたが、教育分野においてもこれから先端技術を導入することによって、より良い学びの場を作っていくことが重要になります。その点において、法律の分野の専門家として、ここから先取り組むべきと思うことについてご指摘ください」
肥塚氏:「AIの問題も議論されています。AIの世界は仮想空間に似ていると思っています。機械学習する時にシュミレーションしていくと時間を越えることができるので猛スピードで進化を遂げることができます。例えばロボットだとシミュレーションを繰り返し行動させていくと、そこで学習するレベルが上がってくると思っています。どんなに高性能のAIを開発しても、社会の中で良い影響をもたらそうと思うと物質、機械などが必要です。その点では、メタバース空間でシミュレーションを繰り返してより良いものを作っていった時に、それを社会に反映させていくにはどうすべきかということは大きな問題になります。メタバース空間では肉体を超えることができるわけですから、例えば身体の不自由な方がメタバースの中で快適な空間を作った時に、それをどうやってリアル社会の中に実現していくかを考えるはずです。それをどうするのか、法学では十分なことはできないのですが、将来的に求められていくと思います」
最後は石戸の「どんな技術もメリットもデメリットもあります。良い使い方を促進し、課題に対して対処法を用意することを早い段階で取り組むことは、その技術の社会実装スピードを早めるにおいて非常に重要です。多くの専門分野の皆様と共にディスカッションして良い未来を描いていきたいと思います」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。