学校を「知を消費する場所」から「知を生産する場所」に変える教育
第173回シンポレポート・前半

活動報告|レポート

2025.1.31 Fri
学校を「知を消費する場所」から「知を生産する場所」に変える教育</br>第173回シンポレポート・前半

概要

超教育協会は2024年11月27日、探究学習プログラム「クエストエデュケーション」を展開する株式会社教育と探求社の代表取締役社長 宮地 勘司氏を招いて、「今こそ必要な野性味ある学び〜探究学習20年の気づき」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

シンポジウムの前半では、全国42都道府県500校・10万人以上の中高生が受講している「クエストエデュケーション」をはじめとする教育と探求社の取り組みについて宮地氏が講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

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「今こそ必要な野性味ある学び〜探究学習20年の気づき」

■日時:2024年11月27日(水) 12時~12時55分

■講演:宮地 勘司氏
 株式会社教育と探求社 代表取締役社長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
 超教育協会理事長

宮地氏は約30分の講演において、探究学習プログラム「クエストエデュケーション」と教育と探求社の取り組みについて話した。主な講演内容は以下のとおり。

児童・生徒と先生も一緒になって学校を「知を生産する場所」に変えていく

教育と探求社は20周年を迎えました。今から20年ほど前には「7倍速で社会が変わる」というドッグイヤーという言葉がよく取り上げられていました。今は人生100年時代と言われています。2つをあわせて考えると、今の子どもたちは、これからの100年を7倍速で生きる、つまり700年分の変化を1人が体験するということです。700年前といえば、後醍醐天皇が即位した1318年頃です。その頃から現在までの社会の変化を考えると、以下に予測不可能なことかがわかると思います。更新し続ける社会に対して常に自ら考え続け、暫定解を持って進み続けていくことがとても大切になると考えています。

教育と探求社の取り組みは、学校を「知を消費する場所」から「知を生産する場所」に変えることです。過去の誰かが見つけた「探究のかけら」を次々に覚えていくような知の消費ではなく、自分たちが知を生み出す体験を中学、高校からできるように取り組んでいます。子どもたちを学びの主体にし、教室に閉じるのではなく現実社会とつながり、あらかじめ用意された正解ではなく自分たちで正解を導き出す体験ができるようにしています。公式や文法、多くの理論や知識を知っている「知の番人」としての先生が「教え下す」のではなく、どこに行くかわからない知の旅路を生徒と一緒に歩みながら応援したりアドバイスをしたり、後から押したりしながら、共に探求することを重視しています。先生がどんな生徒にも可能性があると気づくこと、実は自分が知っていることもこの世界のほんの一部に過ぎないこと、つまり無知の知を知ることが大事だと考えています。

教育と探求社が提供しているのは、クエストという現実社会の教室をつなぐ探究型プログラムです。教科書に該当する150ページぐらいのワークブックが用意され、当社の社員が先生方に研修を実施して、実際の授業の中での使い方やそもそも探究学習において大切なことをお伝えしています。またワークブックの表紙には40種類のアート作品が施されており、通常の授業とは全く異なる世界観ではじまること、答えはみんな違っていいんだと生徒が感じられることを大切にしています。

▲ スライド1・クエストは、
現実社会の教室をつなぐ探究型プログラム

授業で使う動画教材には、さまざまな企業の人たちが登場し、生徒に自社の紹介をしたり、課題を与えたりします。生徒は教室にいながら企業にインターンシップするという体験ができます。2024年は13社がインターンシップを受け入れており、過去20年間ではのべ157社がこのプロジェクトに参画しています。

▲ スライド2・企業のインターンとなって
街へ出て行く

具体的には1つのクラスで、大和ハウスや富士通、イオンなどの企業ごとに5~6人くらいのインターンチームを作ります。最初の仕事は、「街へ出て大和ハウスを探せ」といった指令に対応します。生徒たちは、街の建物に大和ハウスのロゴマークをみつけたり、住宅展示場に行ったりします。なかには大和ハウスで家を建てた人のうちに見学にいかせてもらったりします。その次の仕事がアンケート調査です。道行く人に「住まいについて聞かせていただいてよいですか」と問いかけ、5問程度の短いアンケート調査を行います。こうした体験を通じて、仕事の面白さや難しさ、情報をどうやって収集していくのかといったことを学んでいきます。

学期の後半になると、企業から課題が出されてネットで配信される動画で伝えられます。例えばオムロンからは「まだ誰も気づいてない課題を発見し、オムロンの技術を駆使した解決策を提案せよ」、大和ハウスからは、「人が生きる原点を支える大和ハウスの、世界に広がる新商品を提案せよ」などです。子どもたちは、最初は難しい、できない、無理だと感じますが、ブレインストーミングのコツを伝えられ、グループでディスカッションを重ねていく中で、例えば「人が生きる原点とは、やはり食だ」とか「いや、私は音楽がないと生きていけない」、「家族だ、愛だ」などと次第に意見がでてきます。

そんな話し合いを重ねていくと、だんだんと互いの関係性に質的変化が起こり、「こいつ意外と面白いヤツだな」とか「腹を割って話すと、気持ちいいもんだ」というように成熟につながっていくこともあります。

つまり、新たな問いに向き合うことで創造性が生まれ、議論することで仲間との絆も深まり「仲間の見え方」が変わるようになります。このようにプロセスの中で「深い対話を起こすこと」を重視しているプログラムです。

クエストを取り入れた授業の事例を発表する「クエストカップ全国大会」も開催

クエストを授業に組み込んだ事例を紹介します。あるチームでは、自分たちの生活がいかに企業に助けられているのかを考え、「街へ出てコカコーラを探せ」という指令で出ていきました。そして、実際に探してみると、ある売り場の棚が全てコカコーラの飲料だったという発見があったようです。

▲ スライド3・街へ出て探究すると
普段は気がつかない発見をすることもある

もうひとつの事例を紹介します。ある中学校のクレディセゾンチームでは、ヨーロッパには共通通貨ユーロがあるがアジアにはないことに気がついて、「クレディセゾンがアジア共通の民間通貨を作れるのではないか」と議論していました。クレディセゾンの人たちは、本当はカードの仕組みを教えようと授業に来てくださったのですが、来てみたら「アジア共通の民間通貨」など、子どもたちだけで将来を見据えた議論をしていたことに驚き、仕事の意味について考え直していました。このように子どもだけでなく、大人も学ぶ機会にもなっているのです。

クエストは正規の時間割の中に組み込まれており、年間20時間、多い学校は70時間ぐらいかけて実施しています。中学・高校、公立・私立、専門高校、学力レベルも非常に幅広く、多様な学校で実施されています。クエストは2024年度に約500校で導入され、10万人が学ぶプログラムとなっています。

また、年度の最後には、クエストに取り組む中高生が自らの探求の成果を社会に発信する学び合いの場「クエストカップ全国大会」を開催しています。直近では6,000作品の応募があり、それを全て審査した上で300チームぐらいを一堂に招いて開催しました。

▲ スライド4・年度の最後に開催される
クエストカップ全国大会

いくつかの学校を紹介します。実践女子学園ではキャリア教育に力を入れている中で、自分でキャリアを選べる子どもたちにしようとクエストを入れました。同校は大学付属なので、以前ならエスカレーター式に大学に進めばよいと思っていた生徒たちが、クエストでやりたいことが見つかったので、「自分で勉強して企業に入りたい」、「企画の仕事をやりたい」などと考えるようになり、勉強し始めて自分の進路にマッチした外部の大学を受験するようになり、それにともない進学実績も高まったとのことです。

▲ スライド5・探究により
進学実績が伸びた実践女子学園

千葉県流山市の特別支援学校でもクエストを活用しています。軽度の知的障害を持った子どもたちが、社会に出てキャリアを築いていけるようにキャリア教育に力を入れたいと導入しました。先生たちも本当に苦心しながら、教育と探求社のスタッフも全面的にサポートしてスタートしましたが、導入2年目に奇跡が起こりました。2017年、1,800チームが参加したクエストカップ全国大会でなんと、グランプリを受賞したのです。

クエストを受講すると生徒の「考え方」はどう変化するのか

現在では、身体や感情にも知性があると言われています。私は精神性を高めることが学びの目的だと思っています。学びの結果、頭がどんどん良くなっても例えばSDGsは達成できないでしょう。精神性が高まって世界80億人が本当に誰1人も取り残したくないと心から思った時にはじめてそれは達成できると考えています。だから、私たちの目標は精神性を高めること、思考も使えば、感情も身体も使って精神性を高めること、そこが教育の目的であると私は思っています。

以前経済産業省の「未来の教室」実証事業に私たちのプログラムをエントリーし、報告用に調査をしました。

▲ スライド6・クエストの受講により
生徒の気持ちも精神性も変化する

 その結果、クエストの受講前後の約3カ月間で、受講した生徒は、「社会をより良くする仕事に就きたい」が13.4ポイント、「自分に自信がある」という回答が11.7ポイント、「正しい答えを出すよりも、自分で考えることが大事だ」が9.8ポイント、「自分たちの力で社会を変えていけると思う」が8.2ポイント、増えています。多くの項目がプラスになっているほか、「世の中には可能性が実はたくさんある。俺も同じ」の数字が伸びているのはすごいことだと思いました。

また、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)では、15歳レベルの日本の学力は、概ねトップクラスです。ただし、同じ調査で数学的リテラシーと学習意欲という調査をしていますが、数学における関心や楽しみ、自己効力感、自己概念、不安といった項目では、先進国の中において日本は全ての項目が最下位に近いです。

つまり、数学に興味はないし、数学は将来の可能性は広げない、でも、数学的リテラシーは非常に高いレベルにあるというのが日本の子どもなのです。違和感がすごくありませんか。結局、正解を出すことはできるけれども、そのことは役にも立たないし、意味もないと思っているということではないでしょうか。

クエストエデュケーションに関わることで子どもだけでなく大人にも変化が生じる

実はクエストは子どもたちだけではなく、大人にも学びを届けます。当社では社会とともに学び合うことも実践しています。子どもたちが取り組む正解のない学びに関わることで、大人たちの意識も変わります。関わった大人の80パーセント以上が自分の固定観念に気づき、会社に対する見方が変わり、自社に新たなビジネス提案を行いたいと明確に成果が出ています。それは、クエストに関わった企業人が素晴らしい提案をしてくれているからだと考えられます。

▲ スライド7・クエストは大人も成長させる

経営コンサルティングファームMIMIGURIの安斎 勇樹氏も提唱しているように、「認識」と「関係性」の固定化の病からの脱却が必要です。仕事を効率的にするために人は認識を固めるわけです。「これはこういうやり方でやった方が良いに決まっている」、「学校では先生が偉くて生徒は常に従わなければならない」、「あの人はいつも否定的でものごとがうまくいかない」などと固定化することで、いろいろな判断を自動的にしており、確かにスピード化された社会ではそれが有効なことも多いと言えるでしょう。

一方で、そのことが「病」だというのは、そこで失われているものが非常に多い、変化が激しく前提が有効とならない社会においては、その固定化されたものを見直し、角度を変えてみることで新しい可能性を拓くことができるのです。

クエストがもたらす効果で生徒は変わります。主体性や創造性、レジリエンスを育てます。生徒のそうした変化を見ることで実は先生も変わるのです。自分が常に正解を知っている知の番人という立ち位置から、生徒とともに知を生み出す人となった時、先生の変わりようは非常に大きいものがあります。そしてそうなると、教室が変わり、学校文化が変わってきます。 例えばクエストに取り組んだあとでは、生徒会の立候補者が山ほど増えたり、対話の文化情勢が学び合い、教え合いの基盤を作り、全体の学力向上に貢献したり、様々な変化がみられます。先生自身も、自分の正解を押し付けることがなくなり、生徒の活力が生まれ、学校文化も変わってきます。大人もこのような場に関わることで、自分の判断を留保することを学び、正解主義の呪縛から開放され、新しい可能性を模索するようになります。クエストに関わって「生き方そのものが変わりました」と言っていただけた企業人もいました。子どもも大人も変わることで、「すべての人が生まれてきてよかったなと思える社会をつくる」、それが私たちの目指していることです。

>> 後半へ続く

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