「半学半教」の考え方で最先端のAIを学ぶ
第168回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2024.11.22 Fri
「半学半教」の考え方で最先端のAIを学ぶ<br>第168回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は、2024918日、慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授/AI・高度プログラミングコンソーシアム 代表 矢向 高弘氏を招いて、「意欲的な学生が集う学び舎を目指す『慶應義塾大学AI・高度プログラミングコンソーシアム』」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、矢向氏が慶應義塾大学 AI・高度プログラミングコンソーシアム(AIC)の創立経緯や活動内容、今後の課題などについて講演。後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

>> 後半のレポートはこちら

 

「意欲的な学生が集う学び舎を目指す『慶應義塾大学AI・高度プログラミングコンソーシアム』」

■日時:2024918日(水) 12時~1255

■講演:矢向 高弘氏

慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
AI・高度プログラミングコンソーシアム 代表

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

矢向氏は、約30分の講演において、AI・高度プログラミングコンソーシアム(通称 AIC)創立の経緯や活動内容、今後の課題などについて話した。主な講演内容は以下のとおり。

さまざまな学部や研究科の学生が自由に交わり合えるような場所を作りたい

慶應義塾大学の中で「AI・高度プログラミングコンソーシアム」という団体を立ち上げました。設立経緯やその活動について説明します。

 

慶應義塾大学の「AI・高度プログラミングコンソーシアム」は、頭文字を取って通称「AIC」と呼ばれています。20194月に発足し今年で5年目が終わろうとしています。発起人は私のほかに当時は理工学部長を任されていた現在の慶應義塾長である伊藤 公平先生、現在の理工学部訪問教授の椎名 茂先生です。椎名先生は当時、PwCコンサルティングやKPMGコンサルティングの代表取締役社長を歴任し、現在もベンチャー企業を起ち上げるなど、さまざまな活動されています。

 

伊藤先生も椎名先生も私も、実はAIに関しては専門家ではありません。ただこの専門家ではない教員が牽引する組織に意味があるということで、私たちが発起人となってやっています。組織のコンセプトは「学部や研究科の枠を超えた学び舎を作る」ということです。大学の多くは理工学部、商学部、法学部などと学部ごとに分かれているため、そこに大きな壁があり、理工学部や商学部などの学生が何かコラボレーションするというチャンスはあまりありません。そこに風穴を開けたかったという気持ちがあって、さまざまな学部や研究科の学生が自由に交わり合えるような場所を作りたいというのが根本にはありました。

 

多様な学生が意見を交わすような環境、いわゆるサロンのような場所を作りたいということで、それによって意識の高い学生のコミュニティをうまく作るのがAICの大きな目標です。その呼び水として、AIの名の下に集まるような仕組みにしていこうということでAICを起ち上げました。

 

▲ スライド1・AI・高度プログラミングコンソーシアムの
活動概要

 

AICの活動の特徴は、学生が学生を教える講習会がメインになっているところです。大学教育は教員が学生に教える形ですが、AICの枠組みの中では学生が学生を教えます。教えたい学生が教える経験を積むことで、新たな学びも得ることができます。慶應義塾大学では「半学半教」という考え方を言っています。教えるとともに自分自身でも学ぶ。人に教えることによって自分自身もまた学んでいくというきっかけが作られればよいなと思っています。

 

またAICでは、著名人を招いて特別な講演会などを行うことで、常に世界の最先端の方々に触れられる学生の刺激になるようなチャンスをいくつか作っています。その他、企業にも活動へ入っていただいています。企業とコラボレーションをすることで、企業主催のコンテストやアイデアソン、ハッカソンを実施し、「企業では今どのようにAIを活用しているのか」、「実社会でAIを使ったビジネスをどのように展開しているのか」ということを学生にも身をもって体験してもらう機会を設けています。

学生には無料で使ってもらうようAICがコンピューター・クラスターを運営

AIを学ぶにあたり、紙と鉛筆だけでは学べません。どうしても高性能なコンピューターが必要となりますが、学生にはGPUのクラスターを無料で使えるようにしようとAICでコンピューター・クラスターを運営しています。AICが運営することで学生には無料で使ってもらえます。このコンピューター・クラスターの資金源は参加していただいている企業に1社あたり年間500万円をお支払いいただいて、その中で保守運用を行っています。

 

AICには、この5年間で延べ17,000人の学生が携わっています。慶應義塾大学における全体学生数はおよそ32,000人です。その中で17,000人という人数はかなり大きく、大学全体の半分くらいの学生がAICに関わっています。AICは今では非常に大きなムーブメントになってきていると言えるかと思います。

 

AICは当初3人で起ち上げた組織ですが、今では慶應義塾大学の公式ガイドブックにも掲載される正規の活動として広く知られるようになってきました。三田キャンパスには、入学を希望する高校生や中学生向けにフリーで配布しているガイドブックがあります。そこでは各学部の紹介のほか「学部を超えた学び」というページが設けられており、その中でAICが大きく紹介されています。AICもこれからは、高校生や中学生にも知っていただけるような団体になっていくと思っています。

 

▲ スライド2・慶應義塾大学の
公式ガイドブックでも紹介されているAIC

「半学半教」を具現化したパイロットプログラムでAIC設立に手応え

次に、AICを立ち上げた理由と、組織をどうやって設計したかを説明します。2012年頃から第三次人工知能ブームが立ち上がっていきました。今度こそAIブームは本物だと、先端技術に敏感な学生からは卒業研究にAIを使ってみたという実例も出てきました。一昔前まで、AIといえば理工学部の専門領域と思われていましたが、この第三次ブームでは経済学部や文学部、医学部、薬学部などさまざまな学部で「AI学びたい」という学生が出てき始めたのです。

 

大学としてはこれをほっといてはいけない、AIを学びたい学生にはきちんと学ぶ機会が提供されるべきということで、どういう仕組みを作るかということをいろいろと考えていきました。そこで1つのアイデアとして出てきたのが、得意な学生に教えさせるという仕組みをうまく使っていこうということです。慶應義塾大学のポリシーでもある「半学半教」を具現化しようと考えたのです。

 

全学部、全研究科に開かれた科目を設置するというのは難しく時間がかかるということもありますし、最新の技術を素早く吸収してすぐに教えることができるのは、ある意味では学生の方が得意かもしれないという気持ちもありました。何よりも、学生同士が交わる場を作ることが将来の日本にとっても大事だろうと考え、縦割りの学部構成で教えるのではなく、全ての学部、全ての研究科に広く学ぶ機会を提供しようということで設計していきました。

 

▲ スライド3・AICでは慶應義塾大学の
ポリシーでもある
「半学半教」を具現化

 

また、GPUなどを導入するにあたってはそれなりの資金が必要ですので、企業とタイアップで動くようにしています。もちろん企業もただ資金を提供するだけではありません。企業にとってもAI人材、特にAICに集まってくる学生は、すごくやる気のある学生、単位がなくても学びたいという学生であり、強いモチベーションを持った学生です。そういう学生と出会える機会はそうそう多くはなく、企業側にも大きなメリットに感じていただいていると思います。

 

慶應義塾大学には10学部14大学院があります。大学全体としては産学連携を視野にオープンイノベーションを推進していこうといろいろと検討していました。この波に乗って企業とコラボレーションをする機会を作りながら、AIの教育活動にも力を入れていこうと考えています。

 

▲ スライド4・10学部・14大学院を抱える
慶應義塾大学

 

ただ、AICの取り組みが本当にうまくいくかどうかはやってみないとわからない部分もありました。そこで、AIC立ち上げの1年前にパイロットプログラムをスタートしました。これは、大学対抗プログラミングコンテストに、プログラミングが得意な学生が経験間もない学生に教えて参加するようにしたのです。当時のポスターでは「競プロの有志チーム第1期生募集」と銘打って、「競技プログラミングとは何か」、「有志チームではどんなことをやるのか」ということを説明しながら学生を募りました。

 

その結果、このパイロットプログラムは成功しました。40人ほどの学生がこの講習会に申し込んで受講し、アジア地区大会の予選まで進出したことで、「この仕組みはうまくいきそうだな」という手応えを感じました。

 

▲ スライド5・AIC起ち上げ前に
パイロットプログラムとして
競技プログラミングコンテストの有志チームを募集

 

その後、大学当局にAIC発足の趣意書を提出して、「こういう組織をやりたい」と伝えました。

 

▲ スライド6・パイロットプログラムの成功を受けて
AI・高度プログラミングコンソーシアムの

発足趣意書を大学当局に提出

 

主に矢上キャンパスと日吉キャンパスという2つに拠点を置いています。矢上キャンパスには最先端の技術が揃い、日吉キャンパスには7学部の学生が集まっている多様性の宝庫ということで、こういった学生たちをうまく巻き込みながら企業とコラボレーションしていく全体像を描きました。いずれは信濃町やSFC、渋谷などの他のキャンパスにも展開することを想定しています。

 

キャンパスと大きく構えましたが、当時の活動拠点は日吉キャンパスに1部屋、矢上キャンパスに1部屋だけの計2部屋しかありませんでした。矢上キャンパスは理工学部理工学研究科のあるキャンパスになりますが、こちらでは機械学習の歴史を学生が修士や大学4年生などに教えています。このような形でキャンパスを広げることは理想として掲げていたのですが、実際のAIC起ち上げの時は、ただ2部屋の中でちょっとした勉強会を開催しているというところから始まったものでした。

 

▲ スライド7・矢上キャンパスと日吉キャンパスの
2部屋からスタートしたAIC

SNSLINEを活用した広報活動も学生たちにお任せ

AICの変遷を時系列で説明します。GPUサーバーなどを運用するのも企業にお願いをするとコストもかかりますのでサーバー運用にも学ぶチャンスがあると、管理自体を学生に任せています。学生によるサーバー管理チームを置きながら2つのチームを編成し起ち上げました。

 

その後、201911月には、国際的なプログラミングコンテストであるICPCAICに属する学生たちが台湾地区大会まで出場することができ、成績も少しずつ上がるようになりました。20204月にはコロナ禍により、この講習会シリーズはすべてオンラインに移行していますが、2022年には世界大会のワールドファイナルズにも出場でき、成績もさらに上がってきています。2022年には「一貫教育校プロジェクト」もスタートしています。

 

AIC組織図を示します。(▲スライド8)私がAICの代表を務めていますが、その他に運営委員の先生方やAICで雇用している特任の先生方や職員の方々もいるほか、その下には学生が今6チーム動いています。

 

▲ スライド8・講習会以外にも
学生が全体の組織運営を行うAIC

 

サーバーチームや講習会チームのほか、「この講習会をやります」、「企業企画のイベントをやります」といった時にイベント情報を学生に素早く広報する必要があります。最初の頃は教員がポスターを印刷してキャンパス内に貼っていましたが、そういうものではあまり学生には響かなく、学生同士でSNSLINEなどのコミュニケーションツールを使う方が方法としてもうまく働くことがわかりました。そこで今では広報作業も学生たちにお任せしています。

 

企業企画チームというのはAICに参加している企業が何かイベントを実施したいとなった時にサポートするチームです。企業が設計されるイベントの内容と学生が期待するイベントの難しさやレベル、あるいは開催する時期のマッチングを取らないと、開催してみたけれども夏休みで学生が1人も参加しないということではうまくありませんので、それぞれの企業に対して担当する学生を割り当ててあげて、その学生とのコミュニケーションの中で企画を練り上げていき実施しています。企業との交渉や打ち合わせも1つの経験ということで、このような学生もチームとして活動しています。

 

また慶應義塾大学には一貫教育校があり、小学校や中学校の生徒にさまざまなことを教えていくようなプロジェクトも行っていますし、AICが慶應義塾大学の中の一部の機能をデジタルトランスフォーメーションする案件があるという時に、そこに関わってくれるような学生もこのチームとして雇っています。ということで、今学生チームは6チーム体制で動いています。

小中高の生徒に向けた慶應義塾大学の「一貫教育校プロジェクト」もスタート

AICは慶應義塾大学の付属高校など一貫教育校にも開かれています。

 

▲ スライド9・さまざまな一貫教育校を持つ
慶應義塾大学ではAI・データサイエンス
人材早期育成のための
一貫教育校プロジェクトを展開

 

最初設計した時のAICは、「大学生以上の学部と大学院に向けてAIを広く学ぶ学び舎を作ろう」とスタートしました。しかしあるOBから「慶應義塾大学にはせっかく一貫教育校もあるのだから、小中学校や高校の生徒に向けてもこの活動を広げた方が良いよ」と強く勧められて始めたのが「一貫教育校プロジェクト」です。慶應義塾大学の横浜初等部や幼稚舎、中等部などといった一貫教育校に対して、AICの学生が出向いていきイベントを開催しています。

 

また夏休みなどには大学へ一貫教育校の生徒を招き、AIC DaysAIC Weekといった活動も行っています。このようにAICの活動を展開する、さまざまな学びの機会を若い頃から提供してあげるところに意味があるかなということで「一貫教育校プロジェクト」に取り組んでいるところです。

 

「一貫教育校プロジェクト」として毎年行う内容は変わりますが、例えば小学生に対しては「手軽にプログラミングができるMESHを使って学校の課題を解決しよう」、「マインクラフトでTNTを飛ばそう」など、そういった内容のイベントをやっています。内容はもちろん現場の各校の先生方と調整の上で実施をしています。

 

そのほかに「AIC カンファレンス」を開催しており、学生の研究をテクニカルレポートのような形でまとめています。「AICカンファレンス」というのはさまざまな学部、あるいは研究科から学生が参加できるところが独特です。ある発表は経済学部の学生が発表する、次の発表は医学部の学生が発表するというようにさまざまな学生が集まってきて、そこでディスカッションが生まれるというのもまた非常に面白いところです。学生たちはここのカンファレンスで刺激を受けて、新しいアイデアが生まれることを期待しています。

 

▲ スライド10・AICでは、さまざまな
学部や
研究科から学生が参加できる
AICカンファレンスを開催している

 

発表資料はすべて慶應義塾大学の「学部情報リポジトリ」で公開されていますので、もし興味がございましたら、KOARAのグローバルリサーチインスティテュートの中の「AICカンファレンス予稿集」をご覧になっていただければアクセスできるかと思います。

新たな活動拠点としてAICラウンジや生成AIラボもオープン

AICの活動が浸透してきたことで、より広い活動拠点が必要となり202312月に「AICラウンジ」を開設しました。日吉キャンパスの独立館の2階にあるスペースですが、150人が着席可能なスペースです。AIについて学びたい学生がフラッと入って学べる、あるいはディスカッションができるスペースであり、教えたい学生がいればすぐに講習会を行ってもよいという学びの場として機能しています。

 

2023年12月にオープンして間もない時期にAICラウンジで特別講演会を行っています。1週間くらいしか広報する期間はなかったですが、150人の学生が集まり著名人のお話に耳を傾けていました。

 

▲ スライド11・オープンしたばかりの
AICラウンジの特別講演会には
150人の学生が詰めかけた

 

最近の生成AIに関しては、安全性の面で心配があるような意見も多く聞かれるかと思います。その生成AIを含めた新しいAIをできるだけ安全に開発していくことを狙って、AICではIBMやメタと共同でAI Alliance202312月に設立しています。慶應義塾大学としても初期メンバーとして携わっており、今でも週1回、オンラインでディスカッションを行いながら、安全でセキュリティが高くて信頼できるツールや評価方法、教育方法を議論しているところです。

 

さらにもう1つ別の場所には、「生成AIラボ」というちょっとリッチなスペースも設置しています。ここは、企業との打ち合わせや例えば医学部の先生と薬学部の先生と理工学部の先生といった教員同士が集まって議論するような場所に役立てられる高級なサロンのような場所です。

 

▲ スライド12・企業との打ち合わせや
教員同士の議論の場として活用できる
「生成AIラボ」も用意

 

慶應義塾大学ではかなり大きいニュースとなりますが、20244月に岸田文雄総理大臣がアメリカに訪問して、その後、日米首脳共同声明がリリースされました。私立大学が政府からの発表資料の中に入るのは珍しいことですが、米カーネギ-・メロン大学と慶應義塾大学の間で総額11,000万ドルのパートナーシップを締結したというニュースです。

 

そこにはワシントン大学と筑波大学も含まれていますので、半々だとしても5,500万ドルになるわけですが、AI研究パートナーシップが成立したことで、ここから具体的なプロジェクトを進めるにあたって今、議論をしながら組織作りを進めているところです。AI研究パートナーシップについては2024924日にプレス発表を行いますので、注目しておいていただきたいと思います。

 

▲ スライド13・米カーネギ-・メロン大学と
慶應義塾大学の間で
AI研究パートナーシップが成立

 

AICCの活動を通じて、異分野の研究者が交流する、研究者といっても教員同士だけでなくて学生同士が交流することで独創的なアイデアが生まれることの大切を感じています。学部の枠、研究科の枠を超えた学生の交流、教員の交流をしっかりとできるような場を作ることがとても大事だと感じています。

 

>> 後半へ続く

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