概要
超教育協会は2024年3月6日、印西市立原山小学校 校長の松本 博幸氏を招いて「学校情報化先進校 印西市立原山小学校の情報探究カリキュラム(AI活用事例を含む)」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では松本氏が、同校で開発した「情報探究」カリキュラムと、そのカリキュラムに基づいた授業の実践について紹介。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「学校情報化先進校 印西市立原山小学校の情報探究カリキュラム(AI活用事例を含む)」
■日時:2024年3月6日(水)12時~12時55分
■講演:松本 博幸氏
印西市立原山小学校 校長
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
松本氏は約30分の講演において、情報教育に力を入れている同校が開発した「情報探究カリキュラム」について説明。「情報探究」の実践によって子供たちの学びが深まる効果が上がっていることについて、具体例も示しながら説明した。
【松本氏】
印西市立原山小学校は千葉県北西部のニュータウン地区にある学校です。本校は情報教育に力を入れており、子供たちが情報を論理的に活用して問題を発見し解決できる資質・能力の育成に注力しています。今年度はさらに質の高い授業を目指し、コンピュータサイエンス領域のスキルを高めるための情報探究カリキュラムの開発に取り組んでいます。生成AIをめぐる動きにもいち早く取り組んでおり、児童、保護者、教員を対象に「生成AIを中心とした高度技術への向き合い方」のガイドラインも作成しました。
令和元年度から印西市の情報教育の推進校となり、令和2年度にGoogle for Educationの事例校認定を受けました。令和3~4年度には公開研究等を行い、日本教育工学協会から学校情報化の先進校としても認定されています。
「情報探究」を6領域に分けて独自のカリキュラムを開発
情報探究や情報活用について、ただ漫然と授業しているだけでは、それらの能力は育成できません。そのため我々は単元授業の考えを整理するための枠組みを作り、各単元では現実的な文脈でテクノロジーを活用したり、見方や考え方をうまく働かせたり、安全かつ倫理的、相互尊重、責任、社会への積極的な関与の仕方などを考えるなどができるように授業をデザインしています。そして、問題解決の過程の中で、子供たちがデータや情報の活用の流れを意識しながら課題を設定したり、学習過程や形態を選んだりと、自己調整して学習を進められるようにしています。
すべての教科において情報活用能力の育成を図っていますが、時数の関係もあって昨今のAIに代表されるようなコンピュータサイエンス系の授業を組み込んでいくことはなかなか難しく、このスキルを高められない課題があります。
▲ スライド2・今回実践する
取り組みの概要と本校の授業の
デザインフレームの考え方の説明
そこで本校は、例えば生活科や総合的な学習の時間を増やして、特別なカリキュラムを組むことができる「授業時数特例制度」を活用し、今年度から情報探究の授業を行うことにしました。来年度から教育課程の特例校となり「情報探究」という教科を設置します。今年度はその土台づくりです。
「情報探究科」では、データサイエンス、情報デザイン、メディア表現、プログラミング、コンピュータネットワーク、デジタルシティズンシップの6領域に分けてカリキュラムを開発しています。NPO法人の「みんなのコード」にも協力していただいています。
▲ スライド3・新しいカリキュラム
「情報探究」の来年度(2024年)開始に向けた
土台作りを行っている
まず「データサイエンス」の具体的なカリキュラムの内容をご紹介します。
現在も算数でデータ活用という学習内容はありますが、子供が主体となって統計的探究プロセスで学習を進めるには、時数が足りません。算数の限られた時間枠では、データの分析や分析結果から結論を出す過程に重きを置き、「情報探究」で、問題把握から丁寧に統計的探究プロセスで学ぶイメージです。
自ら「問題を把握し課題設定する」ことは子供たちにとって難易度が高く、問題を発見して解決のための計画を立て、必要なデータを集め、分析し結論を導き出すという一連のプロセスを学ぶことには相当な時間がかかります。だからこそ、こういったプロセスを踏ませたいという気持ちがあります。
▲ スライド4・「データサイエンス」は、
算数の「データ活用」を掘り下げて
情報探究をするカリキュラム
次は「情報デザイン」です。ここでは「デザイン思考」を使って問題解決へのプロセスを踏ませます。小学校では馴染みがない「デザイン思考」ですが、先ほど申しあげた問題の特定が苦手な子供たちに、このデザイン思考がハマるのです。例えば、ただ「ゴミ問題がある、ポスターで発信しよう」と漠然と授業で取り上げるのではなく、ゴミを分別できない人の行動をしっかりと観察してインサイト(気づき)を得て、その上で問題をきちんと定義し、それに対してどうアプローチしていけばよいのかを考えるというプロセスを踏むと、そのあとのアイデア出しやプロトタイプ作成などがうまくいきます。
▲ スライド5・「情報デザイン」は、
ビジネスで使われる
「デザイン思考」を取り入れたカリキュラム
「メディア表現」は、人と情報のつながりを学びながら、テーマ設定・企画・制作を通して、多様なメディアを使い、自分のアイデアや想像力を大きく広げ、様々な表現で形にする内容としています。動画、静止画、音声などメディアの特性や役割、影響を理解し、課題解決のために多様なメディアを活用し、適切な情報を発信すること、メディアの信頼性や偏りを検証・評価することができるようにします。
▲ スライド6・表現するテーマを設定し、
メディアを比較して
制作していくプロセスを踏ませる
「プログラミング」と「コンピュータネットワーク」は、コンピュータやネットワーク等の特性やその活用について学習できるようなカリキュラムです。
▲ スライド7・プログラミング的思考の
力を伸ばすための「プログラミング」と
「コンピュータとネットワーク」
「デジタルシティズンシップ」では、「メディアバランスとウェルビーイング」など6項目を取り上げます。年間1~2時間だけの特別授業ではなく、普段の教育活動の中で継続的、意識的に学びます。例えば、4~6年生は公式ブログで学校の様子を発信していますが、日頃発信していることと、デジタルシティズンシップの各項目に関する授業とをうまく結びつけて、発信内容を振り返りながら、どんなことに気をつけて発信していけばよいかを考えるといった取り組みをしています。
2024年度から年間105時間を情報探究の学習にあてる
ここまで説明したように、データサイエンス、情報デザイン、メディア表現、プログラミング、コンピュータネットワーク、デジタルシティズンシップの情報探究の6領域でカリキュラムを開発しました。来年度(2024年)4月からこのカリキュラムを教科にするにあたり、当初教科として成り立ちやすい35時間ぐらいで考えていましたが、6領域を含んだ探究学習をするには時間が圧倒的に足りないため、最終的に105時間で組みました。来年度(2024年)からは総合的な学習の時間を丸ごと「情報」の教科にします。
本校のWebサイトにも載せていますので、興味のある方はご覧ください。本校では1年生から6年生まで、「情報活用能力」の指導体系表を作っています。たいへん幅が広い分野であるため、教師がきちんと「どういったスキルが必要なのか、育成したいのか」を理解したうえで単元を作っていけるようにしたもので、学習指導要領に書かれていることも、書かれてないことも盛り込んだ内容にしています。
4年生がデザイン思考で街のごみ問題を解決に取り組む
ここで、4年生で実践した具体例をご紹介します。
街のゴミの課題を解決するテーマでは、複数のプロセスを踏む形にしました。まず、ゴミ問題に関するデータを読み取り、自分なりの考えを出して新聞にまとめます。しかし「調べて新聞にまとめて終わり」では、社会とのつながりも薄く、自分たちの活動が地域に役立つという実感もあまり得られません。そこで、これらをデザイン思考で問題解決するプロセスに落とし込んでいくことにしました。
「実際にゴミ問題があった地域に、作った新聞が届いているのか確認しよう」からスタートします。実際には伝わっていません。そこで子供たちは、問題がある地域の公民館やスーパーマーケット、駅や大型商業施設などへ出向き、訪れている人たちの行動を観察したり、アンケートを取ったりし、気づきやヒントを元に解決のための活動案を検討しました。そして自分たちのアイデアを元にプロトタイプを作り、フィードバックをもらい、さらに良い活動につなげていく、というプロセスです。この活動には、三菱電機の総合デザイン研究所の方々の協力も得ています。
▲ スライド11・「データサイエンス」と
「デザイン思考」を組み合わせた
4年生の実践例
このようなプロセスを踏むと、成果物の出来具合が大きく変わります。ペルソナをきちんと設定しているので、ニーズに合ったポスターを作ったり、啓発動画を作ったり、というようなことが4年生でもできるようになっています。
高学年では生成AIを授業の中で「普段使い」する
それから、高学年では、コンピュータサイエンスの領域で、昨年の6月から6時間の単元で、AIを使ったカリキュラムを組みました。
まずAIの特性を知るために、画像認識AIで機械学習の画像判別モデルを作成し、さまざまな気づきを整理するなどして、AIとはどういうものかを学習しました。そのあとに、画像認識の仕組みについて学ぶ授業を行いました。
対話型の生成AIを使い、子供たちに自由に入力してもらってAIの特性を理解していくという形です。この授業で使った生成AIツールは、NPO法人「みんなのコード」に提供していただいた子供向けのものです。
子供たちは飲み込みが早く、一般的にいわれるAIの特性も素早く理解しました。「こんな場面で使ったら良いね」、「使う目的や場面を考えるのが大事だよね」、「アイデアの創出や創造的な活動の補助として利用しようね」といったこともわかるようになってきています。自分自身のアイデアも大切にしながら生成AIを活用して探究していく視点を持つことが大事であることも、子供たちと共有しました。
こういった授業の経験を踏まえて、子供たちは今では普段の授業で普段使いできるようになってきています。例えば、国語科では、意見文や提案文の構成を「私はこう思うけれど、どうかな?」というふうに検討したり、推敲の段階で使ったりしています。社会科の中では、例えば日本の工業生産の課題について考え、自分で考えた課題解決のためのアイデアをAIに投げかけて、「これ、実現可能なのかな?」と相談するように使っています。
NPO法人「みんなのコード」とは別に朝日小学生新聞でも新聞記事をデータベースとした対話型生成AIシステムを作っています。それら2つのシステムに同じ質問をして回答を比較し、お互いに言っていることが違うとか、こっちの方がわかりやすい、といった議論やファクトチェックもしています。
算数等では、例えば順列や倍の数の問題を自分たちで作った後に、それをAIに解かせてみたり、問題として成り立っているのかを聞いてみたり、どんな答えが返ってくるかを確認して自分でも解き直しをしてみたり、といったことを行っています。
活用場面として一番多いのは、やはり総合的な学習の時間、情報探究です。5年生の例では、エシカル消費を地域に広めるプロジェクトを行っています。子供たちの発案で、絵叱る消費を広めるための活動を進めていきます。例えば、エシカル消費ゲームのアプリを作ろうとか、エシカル商品を使ったレシピ開発をしようとか、絵本を作ろうとか、大型商業施設でイベントを開催しようとか、などのさまざまなプロジェクトが立ち上がりました。そのプロジェクトごとに、デザイン思考で課題を解決していきますが、アイデアの創出やプロトタイプの作成の段階で、友達や地域の方々などに加えて、生成AIと対話しながら検討していました。
▲ スライド16・教科の中で
生成AIを活用している例の紹介
なお、AIの使用にあたってはもちろん保護者に許諾を得ています。本校は文部科学省のガイドラインが出る前に、PTA独自で生成I活用のガイドラインを作成しました。保護者の賛同を得てスタートした形です。子供たちに向けて「こんな場面で使うと良いよ」という掲示物も作っています。
▲ スライド17・生成AIを
「こんな場面で使うと良いよ」と
アドバイスする掲示物
なかなかうまく使えないこともあると思いますので、使い方のコツのようなものも子供に投げかけています。
ゲーム性のある授業でハイレベルなプログラミングも習得
3年生で行っているプログラミングとデータサイエンスの領域を複合させた実践もご紹介します。LEGOのロボットを使い「ボッチャ」という競技をする「ロボッチャ」というカリキュラムで、単なるプログラミングだけではなく、投球データなど収集して分析し、試合に勝つためにはどうしたらよいかを考えていく取り組みです。このようなゲーム性がある方が、子供たちは食いつきが良く、飲み込みも早いです。3年生ですが箱ひげ図も理解できるようになりました。自分たちの勝負が掛かっている状況で、投球データを集めることで、本来3年生の授業では扱わない最大値や最小値といったことも、自然に理解できるようになるのです。このように、遊び感覚で何かを身につけることは非常に大事だと思います。
▲ スライド19・3年生が実践している
LEGOのロボットを使った競技。
プログラミングやデータ分析を学べる
さらに6年生では、授業の中で世界最大規模の国際的なロボット競技会「FIRST LEGO League Challenge」(FLL)に向けて取り組んでいます。国内で予選と全国大会があり、本校の1チームが見事、アメリカのカリフォルニアで開催される世界大会の切符を手に入れました。
▲ スライド20・6年生の実践では、
LEGOのロボットを使った競技の
世界大会に挑戦する取り組みを行っている
FLLは、LEGOのロボットを使って15のミッションを2分30秒でこなすうちに、どれだけポイントが稼げるかを競うゲームです。また、競技に使うロボットをどうデザインし、どうプログラミングしたかを発表するプレゼンテーションの競技もあります。さらに、毎年出されるテーマに沿って研究を行い、その結果をプレゼンテーションするイノベーションプロジェクトという競技にも取り組みます。これらの競技の総合的評価を争います。
▲ スライド21・ロボットのデザイン、
課題の研究、結果の
プレゼンテーションなどに取り組む競技
FLLの 「Challenge」 は、9歳から16歳が対象で、中高一貫校やロボット塾も参加しています。本校は公立の小学校として世界の切符を手に入れました。
▲ スライド22・国際的なロボット競技会
「FIRST LEGO League Challenge」
全国大会の結果
なお、このプログラムは資金集めも各自で行うことになっています。世界大会の切符を手に入れたものの、渡航費はほぼ自己負担です。もちろん印西市からも支援いただける予定ですが、ぜひよろしければご支援をお願いしたいと思っています。
子供だけで400万円近くかかり、今のところ保護者負担となります。応援プロジェクトの寄付サイトも今設けております。少額でもご協賛いただけるとありがたいと思っています。
>> 後半へ続く