概要
超教育協会は2023年6月14日、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野 隆司氏を招いて「教育とWell-being(ウェルビーイング)、幸せについての学問」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、教育とウェルビーイングについて幸福学を研究する前野氏が、これからの学校教育でどのようにウェルビーイングを実現したらよいかについて説明。後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、 視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。
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「教育とWell-being(ウェルビーイング)、幸せについての学問」
■日時:2023年6月14日(水)12時~12時55分
■講演:前野 隆司 氏
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
前野氏は約30分間の講演において、自身の研究テーマである「教育とWell-being(ウェルビーイング)、幸せについての学問」に関連して、これからの学校教育でどのようにウェルビーイングを実現したらよいかを説明した。主な内容は以下の通り。
健康に気をつけるのと同じように「幸せ」にも気をつけながら生きる時代に
ウェルビーイング、幸せ、ハピネスという言葉は、どのような関係性になっているのでしょうか。ハピネスは感情としての幸せです。楽しくて嬉しくてニコニコしてる状態がハピネスです。ハピネスとは「短期的な幸せ」で、数秒間や数分間の幸せを表すのがハピネスです。それに対して私の人生は辛いこともあったが幸せだったというように、中・長期的に良い状態であることを意味します。ウェルビーイングとは、辞書で調べると「健康」、「幸せ」、「福祉」という意味です。
▲ スライド1・ウェルビーイングの定義
日本では今、「幸せ」という意味で使われることが急激に増加したウェルビーイングですが、例えばSDGsでは3番目の目標の「グッド・ヘルス&ウェルビーイング」で「全ての人に健康と福祉を」と訳されています。つまり、幸せと訳されるときも、健康や福祉と訳されることもあります。ここでは、「幸せ」に着目してウェルビーイングについて説明します。
さて、幸せの研究では、例えば、幸せな人は視野を広いという研究結果があります。協調性も同様です。視野の広さ、協調性、やる気、思いやり、チャレンジ精神などは幸せと相関が高いことがわかっています。ということは、「幸せ」について考えるとき、健康に気をつけるのと同じように、「幸せ」にも気をつけるべきだと思います。
「幸せ」のサイエンスを学校の教育にも取り入れる
私はよく文部科学省の人に対して「道徳に『幸せ』のサイエンスを入れるべきだ」という話をしています。サイエンスとして、例えば利他的な人は「幸せ」であることがわかっています。「皆さん『幸せ』になりたいですか。なりたいのでしたら利他的になりましょう」という教育があってもよいのです。
このように小学校などの初等教育から高等教育まで、それからさらに社会人教育の場において、ウェルビーイング教育は健康教育と同じように必要だと思います。「幸せ」の教育は行き届いてせん。サブジェクティブウェルビーイング(主観的幸福)の研究結果があるのに広まっていないのです。そこで、埼玉県の横瀬町でウェルビーイング教育に取り組んでいます。小学校が1校、中学校が1校しかない町ですが、埼玉県秩父郡横瀬町に住んでる人は全員がウェルビーイング教育を受けた人にしたいという町長の富太さんの考えに基づいて取り組んでいます。また、2024年4月開設予定の武蔵野大学のウェルビーイング学部では、徹底的にウェルビーイングについて学べるようにします。
ウェルビーイングとは「人類の良い状態」のことなのです。格差と貧困、戦争、テロ、利己主義、生きづらさ、環境破壊、パンデミックなどの重要な課題、あるいはChatGPTが出てきてAIが社会を変えるという課題という意味でも、転換期にある現代社会において、ウェルビーイングこそが日本の閉塞感も打破するし、イノベーションも起こす新しい展開のキーだと思っています。
なぜキーだと思うかというと、ウェルビーイングの研究で格差の小さい社会は「幸せ」なことがわかっています。アメリカのような格差社会は、たくさんの不幸な人と意外と幸せにならない大金持ちがいるため、平均すると幸福度が低いのですが、北欧のデンマークやフィンランドは「幸福度が高い」と言われています。高福祉国家で、たくさん税金を払う代わりに教育費も医療費も無料で貧困をなくすことに注力しています。
▲ スライド2・ウェルビーイングを
高めることで「幸せ」になり
よいことが増えていく
今の日本社会は非常に閉塞感があって、日本の幸福度は先進国中最下位とも言われています。要するに、日本の先は暗い、希望がない、アンケートを取ったら将来の希望はない、仕事へのやる気もない、自己肯定感も低い、幸福度も低いという国になっているのです。
これを抜本的に変えていくには、やはりウェルビーイングです。学校法人でも実例はあります。例えば新渡戸文化学園では、ハピネスククリエイターとして「幸せ」を目指すということを実施しており、子どもたちの活気が高まって、進学率も高まるといった良いことが起きています。学校にしろ、職場にしろ、地域にしろ、ウェルビーイングを高めると、今の社会課題はどんどん解決に向かっていくと思います。何しろ「幸せ」ですから、よしやるぞ、俺がやるぞ、みんなでやろうぜとなります。「不幸せ」というのはこの逆です。
視野が狭くて利己的で、孤独で、創造性低い、生産性低い、チャレンジ精神もない、やる気もない。そして、健康じゃなくて短命である。これでは嫌ですよね。しかし日本自体がそれに陥りかけています。これを打破するには、やっぱりウェルビーイングを高めるしかないのではないでしょうか。
ウェルビーイング学を体系化し社会を変革していく人材を育成
ウェルビーイングが高いとパフォーマンスが良くなる企業の事例もあります。「幸せ」な人は「不幸せ」な人よりも創造性が3倍高い、生産性も3割高い、売り上げも高い、欠勤率も低い、離職率も低い、業務上の事故も少ない。とにかく仕事できるよい人になります。ですから、どんな企業の社員にもウェルビーイングを学んだ人が各部署に1人くらいはいた方がよい、自治体にもいた方がよい、どこかしこにもいた方がよいと思います。
▲ スライド3・ウェルビーイングが高い企業は、
創造性、生産性、売り上げなどが高まる
現在はさまざまな社会課題がありますが、産業革命、明治維新以来の社会のひずみを刷新するキーがウェルビーイングであると私は本気で思っています。
日本で言えば明治維新以来の令和維新を起こして、経済成長第一からウェルビーイング第一の社会へという大きな転換ができれば、人類はうまくいくし、それができないと本当に格差社会のままです。「みんなの幸せ第一」という社会を作らないと人類そのものが破綻するリスクにあるといってもよいぐらい、今は大きな過渡期です。それを解決するのはウェルビーイングです。
これからは、多様な形で個人のウェルビーイング、社会のウェルビーイング、世界のウェルビーイングを高めていくための方法をウェルビーイング学として体系化し、社会を変革していく人材を育成すべきでしょう。これはウェルビーイング学部の開設にあたって文部科学省に提出した書類に書いた内容です。
やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのままに幸せの4因子を用いた幸せ応援ノートで実践
一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブという組織には、音楽の先生、社会の先生、小学校の先生、高校の先生などが学んでいるのですが、「各科目にウェルビーイングを埋め込むにはどうすればよいのでしょう」という課題について皆で考えました。社会の先生は、坂本龍馬と私はどこが似てるかを徹底的に考えてみることによって、やりがいのある自分を見つける。英語の授業では、やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのままに、という「幸せ」の条件を英語で喋れるようにする。それぞれが「幸せ」の条件を自分の授業の中に定着させるために、自己開示をテーマにして授業開発を行いました。
ティーチャーズ・イニシアティブや横瀬の小中学校、広島叡智学園、新渡戸文化学園、日本財団が主催している鑑古今日曜学校で小学校高学年の生徒十数人に対して、「しあわせ応援シート」とウェルビーイングの「幸せの条件」を伝える授業を行っています。
横瀬町の全小中学生全員が「幸せ」について学んでいる具体的な方法は、「しあわせ応援シート」を埋める作業です。「やってみよう!」、「ありがとう!」、「なんとかなる!」、「ありのままに!」という「幸せ」の4つの因子を4つ葉のクローバーの葉っぱの中に書き込んでいきます。夢や目標は、感謝していることは、なんとかなると頑張っていることは、自分らしく個性を生かしてやってることは、という4つの問いに対する答えをたくさん書き込みます。書き終わったら、班やチームで回して自分で説明し、それに対して他の生徒から、4つ葉の外に応援コメントを記入してもらいます。
▲ スライド4・「やってみよう!」、「ありがとう!」、
「なんとかなる!」、「ありのままに!」の
4つの因子を書き込んでいく「しあわせ応援シート」
一方で、今後は武蔵野大学ウェルビーイング学部で4年間かけてウェルビーイングについてみっちり教育します。「あなたにしかつくれない、しあわせがある。ウェルビーイング学部 設置構想中」をキャッチコピーで動いています。
イノベーションをもたらすウェルビーイング革命を
私たちが考えたウェルビーイング教育の4年間のカリキュラムは、4つの柱から成り立つ予定です。1つはウェルビーイング学。心理学や統計学、経営学、工学に基づいた学習が中心です。最近は日立製作所の矢野 和男氏が、加速度計とAIや笑顔計測、バイタルバイタルデータ計測など、様々なテクノロジーによってウェルビーイングを測ることもできています。このようなことも含めて、ウェルビーイングの心理学を中心とする基礎と周辺を徹底的に学んでいきます。1年生から4年生までウェルビーイングデザイン科目としてたっぷり学んでもらいます。
▲ スライド5・1年生から4年生まで
ウェルビーイングについて学んでいく
ウェルビーイング研究はアメリカやイギリスが一番進んでいますが、仏教の根本思想ともいうべき「世界の生きとし生けるものが幸せでありますように」という考え方は、日本から発信したいと考えています。これがふたつめの柱です。
武蔵野大学は、春が1学期と2学期、秋が3学期で、冬が4学期という4学期制を採っています。1年生は教養過程がありできませんが、2年生~4年生の2学期には座学の授業はせず、森や畑に行ったり、地方で梅狩りをしたり、福祉施設、企業に行ったり、人と自然が共存する社会を作るためのパーマカルチャーを実践したりします。4年生になると、スウェーデンの福祉施設への訪問や、フィジー、ハワイ、アメリカ本土、オーストラリアなどで、世界の課題とウェルビーイングについて学んでいくことをしたいと考えています。「日本中がキャンパス」、「世界中がキャンパス」という、プチ・ミネルバ大学みたいなことをしたいと思っています。
最後の仕上げがイノベーションです。SDM(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)、KMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)でも、デザイン思考という0から1を生み出す方法(ブレーンストーミング、観察やプロトタイプ)をやっていますが、これに「ウェルビーイング・イノベーション」を適用していこうとしています。要するに新しい世界を作っていくにはどんなイノベーションを起こせばよいのかについて、企業人や地方人など、様々な人と一緒に混ぜて考えていこうと思っています。
私は「オンラインサロン ウェルビーイング大学」という大学を真似たオンラインサロンも運営していますので、そういう大人たちの学びと大学生の学びを混ぜながら、高校・大学連携もしようと思っています。とにかく多世代が混ざり合って、共により良い社会を作っていこうという学校を作ろうと思っています。これからの社会で必要とされる人材の排出と真にウェルビーイングな社会の実現という教育をするのに燃えています。
2024年は慶応義塾大学のSDMで教授をしながら、武蔵野大学のウェルビーイング学部長もやる予定です。慶応義塾大学は65歳が定年ですが、武蔵野大学には70歳までいる予定なので、これからの9年間、産業革命に続くウェルビーイング革命を起こすための志士を育てるつもりで頑張ろうと考えています。
▲ スライド6・武蔵野大学ウェルビーイング
学部長に就任予定の前野氏のほか、
各界から教員が就任する予定
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