インクルーシブ教育は選択の問題ではなく権利の問題
第123回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2023.6.23 Fri
インクルーシブ教育は選択の問題ではなく権利の問題</br>第123回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は510日、一般社団法人UNIVA理事の野口 晃菜氏を招いて、「なぜインクルーシブ教育が大切なのか~インクルーシブな学校・社会を作るために」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、野口氏がインクルーシブ教育の取り組みの現状や今後の方向性について講演し、後半では超教育協会の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。

 

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「なぜインクルーシブ教育が大切なのか~インクルーシブな学校・社会をつくるために~」

日時510日(水)12時~1255

講演:野口 晃菜氏
一般社団法人UNIVA理事

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。

一歩ずつでも進めていかないと何も始まらない

石戸:「視聴者から『日本はインクルーシブ教育が他の国と比べて遅れているという認識で正しいですか』という質問がきています。あわせて、日本でインクルーシブ教育が浸透しない原因についてもご意見を伺えればと思います」

 

野口氏:「何をもって遅れているとするかは非常に難しいですが、例えば通常の学級を望んだ時に障害のある子どもが行けるかどうかという観点では非常に遅れています。通常の学級を望んでも行けない子どもたちが多い状況です。例えばアメリカでは、本人や保護者が望めば基本的には通常の学級に在籍できます。そういう意味では、本人たちの希望の尊重という視点では遅れているという認識でよいと思います。一方で、特別支援学校の在籍率が、他の国と比べて過度に多すぎることはありません。

 

インクルーシブ教育が浸透しない理由については、意思の尊重の話でいうと障害のある人の権利がどれだけ大切にされているか、さらに障害のある人だけの話ではなくて、そもそも人権がどれだけ大切にされているかに関わってきます。アメリカの場合、権利を主張したらそれが通るべきであるという考え方や、それを前提とした制度が根本にあります。例えば法律上アメリカでは、障害のある子どもには無償で適切な公教育を与えるべきという文言があり、もし、公教育で適切ではないと保護者が判断したらすぐ訴訟問題になります。対して日本では、本人や保護者の意思が尊重されづらい部分があります。権利を主体とした法律にはなっていないことが大きいと思います」

 

石戸:「続いて『現状では本人がインクルーシブ教育にアクセスしたいと考えても日本ではなかなか受けられない。結果としてその選択をせざるを得ない状況があるのではないのか。それに対して現状を変えるために現時点でどういうことができると思いますか』という質問がきています」

 

野口氏:「結局、通常の教育が変わっていかないと、いくら本人の意思が尊重されたとしても別の場を選ばざるを得ない状況になるため、通常の教育をどうインクルーシブにしていくかに焦点を当てて、優先順位を上げていかないと、どうしようもないと考えています。私が入っていた文科省の検討会も、特別支援教育課のものです。本当は、もっと大きなレベルで話していかなくてはいけない話です。そこまで優先順位を上げていく必要があると思います」

 

石戸:「学校や地域に対して、短期でどのようなことができるかお考えですか」

 

野口氏:「まずはチームとして、通常の学校の中で通常の学級の先生を中心としながら、どうやったら授業づくりをインクルーシブにしていけるか話し合うことです。ポイントはチームとして取り組むこと。担任の先生一人では難しい状況にあるため、校内委員会を充実させていく必要があります。校内でチームを作り、通常の学級でできる工夫はどんなことがあるのか、すでに実践しているケースもたくさんあるため、それを共有し合うだけでも一歩進むと思います。それが短期でできることだと思います。

 

あとは合理的配慮というものがあり、障害のある子には必要に応じてその場でできる配慮をしなくてはならないという法律ですが、先生方も保護者から要望があった場合に、構えてしまって難しくできなくなることが少なからずあります。可能な範囲で持続可能にできることを対話していくのが合意的配慮のポイントです。保護者から要望があったら、それをすぐできないとするのではなく、どういう部分ならできるのか、何なら実現可能かというのを保護者と学校全体で対話しながら考えていくことも今すぐにできることです」

 

石戸:「インクルーシブ教育において、『子どもの権利条約に対する深い理解が大事だと考えると、教職員に対する研修などはありますか』という質問がきています。また、『野口さんがこれまで見てきたなかで、この国の実践はすごく理想的だというものがありましたら、ご紹介ください』という質問です」

 

野口氏:「研修は数が限られているなかで、少ないと思います。例えば教職課程で扱っていないところも多いと思います。権利に関して学ぶ機会が少ないと認識しています。本来ならば教員になる上で全員が必修として学ぶべきことだと思うので、今後、入れていくべきだと考えています。

 

海外の実践ですが、この国はこの部分がよい、この国はこの部分がよいと思っています。例えば多層型支援システムはアメリカのやり方で、全てがそれでよいわけではないですが、考え方自体は実現可能で持続可能なので非常によいと思います。あと、フィンランドです。ある公立学校を視察に行きましたが、クラスサイズも小さく、校長先生が特別支援教育の教員免許を保持しているため、校長先生が主体となって中に入り込んで特別支援が必要な子に対してどういったことができるかを考えています。そうした小規模の学校で、専門家が中にいるのは理想的だと思います。また、これもアメリカの話になりますが、さまざまな専門家が中に入り込んでいるのがポイントで、通常の学級の先生一人がどうにかするのではなく、ソーシャルワーカーやスクールカウンセラー、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士など様々な専門家が入り込んで、一緒にいるためには何ができるのかという共通目標を持ちながら、一緒に話し合いよりよい実践ができるという体制が、私が見に行った学校ではできていました。日本もそうできればと思います」

 

石戸:「障害のある子どもをお持ちの保護者から、『現実的には学校になかなか取り合ってもらえない、どうすればよいでしょうか』という切実な質問がきています。一方で『現実的には先生方の負担が大きすぎて、時間が限られているなかで、なかなかそこまで対応しきれません』という声も届いています。両方とも切実な実態だと思いますが、それに対してアドバイスがありましたら、お願いします」

 

野口氏:「一人でやるとしんどいです。保護者もそうですし学校現場もそうです。保護者も一人で学校と交渉し合理的配慮を進めていこうとすると、どうしても上手くいかないことがあります。保護者も、できれば複数の保護者や、一緒に声を上げてくれる専門家などと一緒に作戦を立てやっていくとよいでしょう。また学校の中でも様々な先生がいて、全ての先生が理解がないかというとそうではないと思うので、学校の中で保護者の意見を聞いてくれる先生を探していくことが現実的にできることだと思います。

 

学校現場の先生にも同じようなことをお伝えしますが、先生一人でどうにかしていこうとするのは難しく、一人でどうにかしろとは私も思いません。まずは、一人でも二人でも自分の他にインクルーシブな方向性に学校を作りたいと思う先生と、少し話をすることから始めるとよいでしょう。そうするとそれが広がり、具体的には何ができるのかを考えることができます。できないことは無理にやることではありません。できないことは、文科省や教育委員会に声を上げていくべきだと思います。できないことを先生が無理してやると本末転倒です。自分のプライベートを犠牲にしてまでやることではないので、どうなればできるのか、学校内でできることは何かなどを整理し、文科省や教育委員会の力が必要だったら声を上げていくことを応援したいし、一緒に声を上げたいです。学校内でできることに関しては、味方の先生を見つけて、自分たちでできるところから進めていくことです。始めから完璧を目指すのではなく、少しずつできることから模索してもらえるとよいと思います」

 

石戸:「冒頭で個人モデルと社会モデルの話がありましたが、『ADHDの子どもに対して、社会モデルの対処にはどのようなものがありますか』という質問がきています。また、『合理的配慮で何をすればよいか分からないから諦めてしまうケースも多いのではないでしょうか』という質問もきています」

 

野口氏:「実際に実践した事例を紹介します。言葉がとっさに出てこなくて飛び出すなどの行動に移ってしまう子に、言葉カードを導入しました。これは、本人と学校で話し合い導入した合理的配慮です。本人がどうして飛び出したくなるのか話して、背景を踏まえた上で、伝えたいことが伝えられなくて飛び出してしまうため、言葉カードという方法を使い、本人が言いやすい環境を整えていきました。ポイントは、本人と対話した上で、その学級の中でどういうことが工夫できるかを考え合理的配慮を検討していくということです。こうしたら正解というのはなく、あくまで本人との対話の中や、学級の状況の中で決まっていくので、そこを大切してもらいたいです。

 

社会モデルを考える時に、発想の転換をして、今はたまたま教室を飛び出さない子が多数派だから今のやり方ですが、教室を飛び出す不注意の子が多数派なら学校はどのような学校になるか、授業はどうなるかを考えると、例えばもっと課題は小刻みになる方がよい、あるいはその子が好きなテーマを選べた方がよいなどのアイデアが出ます。実現可能なことを採用し、導入していくやり方をお勧めしています」

 

石戸:「最後メッセージをいただいて終わりにしたいと思います」

 

野口氏:「インクルーシブ教育はできない理由を探すのは簡単です。一方でどうやればできるのか考えていくことが実は楽しいです。教育をよりアップデートしていくためでもあるため、ぜひ一緒にできる方向を考えていければよいと思います。そのために私ができることがあればお声掛けいただければ嬉しいと思います」

 

最後は石戸の「インクルーシブ教育を考えていく先に個別最適化された学びがあると思います。その実現のためには多くのプレイヤーの対話が必要だと感じました」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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