概要
超教育協会は2月22日、一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク常務理事の吉田 俊明氏を招いて、「教育エコシステムの要となるオープンバッジ」と題したオンラインシンポジウムを開催した。
シンポジウムの前半では、吉田氏が世界共通の技術標準規格に沿って発行されるデジタル証明・認証であるオープンバッジの概要や教育分野での活用事例などについて講演し、後半では超教育協会理事長の石戸 奈々子氏をファシリテーターに質疑応答を実施した。その模様を紹介する。
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「教育エコシステムの要となるオープンバッジ」
■日時:2023年2月22日(水)12時~12時55分
■講演:吉田 俊明氏
一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク常務理事
■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長
吉田氏は、約30分の講演において、オープンバッジの概要と日本における導入事例などについて説明した。主な講演内容は以下のとおり。
【吉田氏】
オープンバッジ・ネットワーク財団は2019年11月1日に設立され、2020年4月1日からバッジ発行サービスを開始しました。「学歴から学習歴へ」というスローガンを掲げています。
▲ スライド1・オープンバッジ・ネットワークの概要
2023年2月1日の時点で204の団体、一般企業、検定を実施している協会などと、70くらいの大学が参加し、ここ1年で会員数が倍増しています。
▲ スライド2・オープンバッジ・ネットワークの
会員の推移
オープンバッジとは何かについて説明します。リスキリングの時代と言われるように、現代は働く時間が伸びていく一方で、時代の変化が加速しています。そうした中で、20代前後の一時期に学んだというだけでは時代の変化についていけない状況になっています。
▲ スライド3・オープンバッジの概要
一方でさまざまな教育サービスが登場し、社会人になってからも個人ごとにいろいろ学んだ学びを継続できます。しかし、個人ごとの学んだ内容、形態、ボリュームなどの「学んだ経験」を、大卒や大学院卒といった学歴のようにくくって証明できる「ラベル」が存在しません。
そこで、多種多様な方法で学んだ内容や経験、身に着けたスキルなどについては学歴ではなく「学習歴」として、「学んだ履歴」として分かりやすく証明するツールが必要です。さらに、それらの学習歴を可視化することも大切です。つまり、人が見てもコンピュータが見ても分かりやすいマシンリーダブルな方法で学習歴を示すことが重要なのです。
そこで、オープンバッジの活用です。オープンバッジは技術標準としてどこに何を書くのか、どういった形式で書くのかが規格で決められています。バッジに含まれる内容や、その人の名前などをコンピュータが検索しやすいのです。オープンバッジは、このように人の目にもコンピュータにも可視化された学習歴として、重要な役割を担うと考えています。教育研修、学習の現場と仕事現場をつなぐ架け橋、要になる便利なツールと考えています。
▲ スライド4・学びと仕事の架け橋となる
オープンバッジ
企業研修の学習歴としても活用されるオープンバッジ
企業で研修にオープンバッジを活用した事例を紹介します。IBMでは多数の研修を実施していますが、オープンバッジを導入した結果、学びの成果が分かりやすくなり、受講の申込者数や最終試験の合格者数が何倍にも増えました。モチベーションを高める効果があったということです。
▲ スライド5・IBMでは研修に
オープンバッジを取り入れた
IBMでは、獲得したバッジがユニークに活用されていることにも注目です。IBMでは年間採用の15%が4年制大学卒ではない「ニューカラー」と呼ばれる採用です。サイバーセキュリティやクラウドコンピューティング、データサイエンスなど、通常の大学ではなかなか優秀な人材が輩出されないとされる分野でニューカラーの採用が多くなっています。
IBMは、これらの分野について学ぶさまざまなコンテンツを広く提供し、学んだ成果をデジタルバッジで証明し、これを持っている人達をニューカラーとして採用しているのです。
また、欧米の大学ではオープンバッジの発行は当たり前のように行われていて、ハーバード大学のITアカデミーは4段階のバッジを発行しています。
▲ スライド6・ハーバード大学の
オープンバッジ
ミラノ工科大学では150種類のバッジを発行しています。大学の正式な単位として認定されていて、ヨーロッパ域内での単位互換が可能となり、4単位相当の価値があるということが証明されています。
このように、大学高等教育機関でのオープンバッジの取り組みは各国で進められています。デジタルで学んだ成果を証明していくことについて、政府主導で進めるのか、教育機関が中心となって実施するのか、さまざまなアプローチがあります。
▲ スライド7・世界各国の取り組み
留学経歴やオンラインでの受講履歴などを一元管理できるのがオープンバッジの特長
次に、Groningen Declaration Networkという任意団体を紹介します。各国の有識者が参加し、ヨーロッパ域内を中心にどういった枠組みでオープンバッジを認定していくのかなどを議論しています。2012年から始まっていて、10年以上続いています。
ヨーロッパは移民や難民がいるので、そういう移動する人たちの学習歴をどうやって枠組みとして捉えていくのか、正しさをどうやって証明するのか活発に議論され、実際に活用されています。
大学での学位証明にもオープンバッジを活用できればよいのですが、それには課題もあります。各国でマクロクレデンシャル、卒業証明書がどれくらいデジタル化されているかを調査したところ、中国、フィンランド、ノルウェーは100%ですが、日本は0.3%でした。日本で卒業証書をとった人は紙で持っていてデジタル化されていないのが現状です。
▲ スライド8・各国の学位証明デジタル化率
日本が遅れているという認識は文部科学省も持っていて、「学修歴証明のデジタル化へ」という提言をまとめています。その提言の第一に、共通の技術標準・方式の利用促進とあり、PDFのデジタル署名やオープンバッジ2.0といった共通のフレームワークを活用することで相互運用性が担保でき、みんなが共同で使うことができます。
別々の教育機関で学んだ成果を一カ所で管理できたり、証明を持っている人を一元管理できたりと活用できるのがデジタルの良さのひとつです。
オープンバッジの特長は、人にもコンピュータにも分かりやすく、国際的な技術標準規格で発行されているということです。つまり、日本にとどまらず世界的に同じような形で発行されているので、留学した経歴や、オンラインで受講した履歴などがひとつの場所で管理できます。さらに、ブロックチェーンの技術を搭載して偽造や改ざんができないようにしています。特に海外では学歴詐称がわりと起きているようなので、この卒業資格、取得資格は本当なのかという確認ができるのが非常に便利です。
日本でも企業や大学でオープンバッジの活用が進む
日本におけるオープンバッジの導入事例として旭化成のDXオープンバッジ制度を紹介します。
▲ スライド9・旭化成のオープンバッジ制度
旭化成ではDX化の推進にあたって、全従業員4万人のデジタル人材化計画を打ち出しました。そして、全従業員のデジタルスキルを5段階に分けて、オープンバッジを発行しています。
図で示しているレベル1のバッジは「ナレッジ」で、30分くらいeラーニングを受講して、基本的な用語の理解、認識を持ってくださいというところから始めて、徐々に現場に寄っていくような形になっています。社長自ら先頭に立って受講し、バッジを取得し、メールに貼って、全社員に取りましょうという形で全社的に推進しています。
また、ローソンでは非IT部門の人材を対象に、追加コストをかけたり大掛かりなシステムを使ったりせずに、DXツールを活用して業務改善を実施した社員を「市民開発者」として認定し、そこにオープンバッジを活用しています。
▲ スライド10・ローソンの社内DX推進運動
大学では、東北大学が学修成果の可視化を行っています。「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」を新しく創設して、プログラムの修了者に先行してバッジを発行しています。全科目に発行となると、オペレーション回りの問題など影響が大きいので、まずできるところからやってみようということで去年開始されて、それをきっかけにさまざまな種類のバッジが発行されています。
▲ スライド11・東北大学の取り組み
法政大学は学修履歴の証明に活用されています。学生がどのような能力を獲得したのかを示す「学修履歴型」へと対外的に証明するスキームの転換を目指しています。単に何大学の何学部を卒業しましただけではなく、もう一段掘り下げ、そこで何を学習してきたのかを証明するのにバッジが活用されています。
科目のタイトルがバッジには表示されていますが、なかにはメタデータとしてその科目で取得した内容や、取得するためにどのような学習を何時間しなければならないのか取得条件が記載されていたり、あるいは学習をして身につけたスキル要素も記載できます。より詳細な情報を簡単に人に伝達する仕組みとして導入されています。
▲スライド12・法政大学は
「学修履歴」の証明に活用
大学の導入で多いのが、成城大学のように就活の武器にしている事例です。大学の就職課からすると、トップの2割は自分で就職先を見つけることができる人たちです。ボトムは反対に手を尽くしても大変な学生です。大学としては、真ん中の多数派の層の人たちに、少しでも就職するための武器を持ってもらいたいと考えています。
単に成城大学を卒業しただけではなく、そこで何を学んでその結果どうだったのかアピールするツールとして使ってもらいたい、就活力を上げるという形で導入している大学が多いです。
▲ スライド13・成城大学は
バッジを就活の武器に
資格の認定への活用では、日本数学検定協会が取り組んでいます。大人用のビジネス数学検定では、2020年から全階級で紙をやめてオープンバッジを発行しています。その背景にあるのは、コスト削減です。印刷をして封入したり宛名の確認をしたりするのに人件費がかかりました。また折り目がつかないようにレターパックで送るなど運送費用もかかります。オープンバッジを活用することで、こうしたコストがかからなくなり、紙の合格証に比べて8割から9割も削減できたとのことです。
▲ スライド14・オープンバッジ
導入によるコスト削減
東京商工会議所も昨年から、各種の検定でバッジを発行しています。アナログからデジタルに切り替えて導入している状況です。TOEICではスコアの優秀な人たち5%から10%をこれまではノベルティで表彰していましたが、2021年からオープンバッジを発行する形にしています。
▲ スライド15・TOEICもバッジを導入
Twitterを検索すると、毎日オープンバッジに関する投稿が上がっています。TOEICの高得点者としてバッジを発行された人がツイートすることで、クチコミの宣伝にもなっています。デジタルマーケティングツールとしてもオープンバッジはメリットがあると考えています。
こういう内容の資格があったのか、こういう内容の学習講座があったのかなど、実際に取得した人がSNSに上げたり、メールの署名欄にバッジをつけたりすることで、認知度を高めることができると思っています。また、デジタル庁でもデジタル推進委員の認定にオープンバッジを活用しています。
オープンバッジは教育成果を可視化し教育と仕事現場を結ぶ結節点
最後にオープンバッジ・ネットワーク財団のオープンバッジの規格の意味について説明します。オープンバッジ・ネットワーク財団のオープンバッジは、欧米を中心に教育関係のITシステムの技術標準を作っているワンエドテック(1EdTech)コンソーシアムが規定するオープンバッジ2.0の規格に沿っています。バッジのデザイン、バッジの名前、バッジの説明書き、どんなスキルが必要なのか、取得条件などをIT技術的にどこにどう書いてくださいというのを決めています。
オープンバッジにはサブカテゴリでイシュア、ディスプレイ、ホストの3つの規格があります。オープンバッジ・ネットワーク財団のプラットフォームは、この3種類の適格性の認証を受けています。また、日本だけでなく世界中で発行されたオープンバッジの相互運用性が担保されています。オープンバッジの規格に沿っていれば、オープンバッジウォレットという個人が管理するサイト上で一元的に管理することができます。このオープンであることがポイントです。
そして、このオープンバッジがなぜ教育エコシステムの要となるのかについても説明します。教育や研修をビジネスモデルとして見た場合、学習を開始してからゴールに辿り着くまで時間がかかります。例えばレストランに行って注文すればすぐに対価となるサービスが出てきますが、学習の場合は3カ月、1年、4年とかかります。
その長い期間中、進捗が目に見えにくいこともあります。自分の中に蓄積されていくものなので、動機の維持が難しく、脱落をしてしまう場合もあります。最終的にできあがった成果も、自分の中に入っているものなので目に見えにくいという特徴があります。こうした理由から、仕事の現場から教育の現場を見ると距離感がどうしても出てきてしまうのです。
そういう課題に対してオープンバッジは、学んだ成果を目に見えやすくするツールとして、仕事現場により近い触媒的な役割を果たせるのではないでしょうか。この人はこんな内容を学んだということがすぐにわかり、逆にこの仕事をするにはこういうスキルが必要ということを明示したりすることもできます。
自分は将来あの仕事に就きたいといったときには、オープンバッジを活用してどのような学びが必要かを理解し、それに合った学びと成果を記録していくこともできます。この全体をひとつの教育のエコシステムとして考えたとき、オープンバッジには、それらをつなぐ重要な役割があるのではないかと考えています。教育成果を可視化し、教育と仕事現場を結ぶ結節点となるのではないか、だからこそオープンバッジが教育エコシステムの要の役割を果たすと考えられると思います。
▲ スライド16・オープンバッジは
教育成果を可視化し、
教育と仕事現場を結ぶ結節点となる
>> 後半へ続く