「哲学」を取り入れた実践的な学びを追求
第103回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.11.25 Fri
「哲学」を取り入れた実践的な学びを追求</br>第103回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は20221019日、ワオ高等学校 校長の山本 潮氏を招いて、「多様化する学びへの挑戦~『議論と対話』を中心におくワオ高等学校の学びとは」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、山本氏が、学習塾を母体に設立されたワオ高等学校の歩みと「議論と対話」を重視する学習内容に関する講演を行い、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに質疑応答を実施した。その前半の模様を紹介する。

 

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「多様化する学びへの挑戦~『議論と対話』を中心におくワオ高等学校の学びとは」

日時:20221019日(水)12時~1255

講演:山本 潮氏
ワオ高等学校 校長

ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

山本氏は、約35分間の講演において、ワオ高等学校の概要と活動内容について説明した。主な講演内容は以下のとおり。

ワオ高等学校(以下、ワオ高校)の説明にあたり、まずお見せしたいのは生徒募集ポスターで、生徒が作ったものです。「『聞くだけ』じゃ終わらない、議論型の新しい授業」というコピーも生徒たちが考えたもので、言わば「子どもたちから見たワオ高校のイメージ」です。

 

▲ スライド1・在校生が制作した
ワオ高校の生徒募集ポスター

 

ワオ高校では生徒会のような自治組織ではなく、必要に応じてプロジェクトを立ち上げてさまざまな活動を行っています。その中で最も生徒会に近いプロジェクトが「プロジェクト・ワオ」という組織で、記念すべき1期生の有志数名が集まってワオ高校の行事やイベントを考えて活動しています。ポスターも、彼らがプロのデザイナーと「このイラストはワオ高校らしくない」とか「このイラストは子どもっぽくて嫌だ」といった屈託ない意見をぶつけ合いながら、自分たちが思うようなポスターを作り上げたもので、ワオ高校を象徴するものです。

 

このポスターにはワオ高校が重視する3つの要素が込められています。まず、子どもたちを中心とした「議論と対話」を主体とする学び。次に、オンラインを最大限に活用してその効果を学びに活かすこと。そして、自ら学ぶエネルギーを太陽の色に込めたコーポレートカラーのオレンジ色です。これらがいわばワオ高校のイメージです。

 

▲ スライド2・ポスターデザインに込められた
3つのワオ高校イズム

47年間の学習塾運営で見えてきた今の教育における「3つの違和感」

ワオ高校は、20214月に開校して現在2年目を迎えた広域通信制高校です。瀬戸内式気候で降雨が少なく「晴れの国」と呼ばれる岡山県岡山市にあり、現在、北海道から沖縄まで約30の都道府県と一部海外在住の生徒が通っています。 

 

本校は、岡山駅から徒歩約10分と利便性が高く、年に2度のスクーリングでも子どもが集まりやすい場所にあります。このビルは岡山県で45年以上活動してきた「能開センター」という学習塾が入っていたビルをリニューアルしたものです。この能開センターを運営するワオ・コーポレーションが、ワオ高校の運営母体でもあります。

 

大阪に本社を構えるワオ・コーポレーションは、47年にわたって学習塾を中心とした教育サービスを提供してきました。ワオ高校の「ワオ」もこの会社名が由来で、ワオ・コーポレーションの創業者で現会長の西澤 昭男が、これまでの教育ノウハウや教育への思いを、「学校」という形で新たに具現化したものがワオ高校です。

 

47年の長きにわたり学習塾を展開してきたワオ・コーポレーションが、なぜ突然高校を作ることになったのか。背景には、受験指導で感じてきた「個々の才能を伸ばせているか」、「社会で必要な力を伸ばせているか」、「効果的な方法を活用できているか」という「3つの違和感」があります。

 

▲ スライド3・今の教育に感じる「3つの違和感」

 

日本の教育は今、諸外国から「勤勉で真面目な国民性を育んでいて見習うところが多い」と改めて評価されています。一方で、スマートフォンの普及率が2010年の約4%から現在は95%になるなど、デジタルが生活やビジネスに大きく浸透し、働き方や人の価値観まで変わってきています。そういう中で教育と実社会の間に少しずつ生まれてきた乖離が、3つの違和感の要因ではないかと考えています。

 

まず「個々の才能を伸ばせているか」。これまでの受験指導は、テストで「英語90点、数学30点」なら30点の数学に着目して、苦手科目を何とか克服しようとしていました。しかし、全ての能力が高い子どもはまずいません。成績に凸凹があれば凹の部分を埋めようとする従来型の教育ではなく、凸の部分、この例なら90点の英語を伸ばして成果を上げ、子どものモチベーションを高める。そういう才能を伸ばす教育をやらなければなりません。

 

次に「社会で必要な力を伸ばせているか」。今の社会で必要なのは、高度成長期の「同じ答えに向かって競い合う」力ではなく、「答えのない社会で自分なりの答えを見出していく」力です。実際、日本におけるデジタル人材の不足は典型的な教育と社会の乖離によるものですし、かつて「読み・書き・計算」と言われた「基礎学力」も今は「英語・プログラミング」が重視されています。全国から小中学生が集まる本校主催のイベントでも、自分でコードを書いてゲームを作る小学生や、ネイティブ並に英語を話す小中学生は大勢います。そしてそのほとんどは独学など学校以外の場所でスキルを身につけています。本来はしっかり学校でやっていかないといけないことです。

 

そして「効果的な方法を活用できているか」。これは端的に言えば「デジタルの力を使わない手はない」ということです。社会に出ればパソコンやスマートフォンなどIT機器を使わずに仕事をすることはもはや考えられません。それなら、子どもの頃からそれらをきちんと使いこなして、効果的な学習に活用しくべきです。

3つの違和感からの脱却するためのキーワードは「教育から学育へ」「人生100年時代」「デジタル社会」

このような状況にあってワオ高校をどういう学校にしていくべきなのか。私たちは「3つの柱」を考えました。まず「教育から学育へ」、つまり先生が教え育てる「教育」から、子どもが自ら学んで育つ「学育」への転換です。それには先生も「教える人」から「教えない人」への転換、すなわち知識の提供ではなく、子どもたちが考える授業や環境の整備に注力することが求められ、そのための「教養探究科目」と呼ばれる授業/講座を学習の中心に置いています。

 

▲ スライド4・ワオ高校の中核となる「3つの柱」

 

次に「人生100年時代」。企業に就職して定年まで勤める時代がいつまで続くのかが議論になっていますが、7080歳まで現役で働く時代には、企業に雇われる働き方だけでなく、自らの力で生きていくための「実学」を身につける必要があります。そこで、そういうスキルを習得するための「オプションプログラム」を準備しています。

 

そして「デジタル社会」。オンラインのメリットを最大限に活用して学習効果を高めることはもちろん、オンライン・コミュニケーションを中学生・高校生のうちから学び、リアルでの人間関係と両輪で社会活動に活かしていくことの重要性を考慮した「オンラインベースの学び」が重要です。ワオ高校は、この3つの柱を中心に設計された学校です。

 

ここからは3本の柱について具体的にお話します。最初の柱は「教育から学育へ」ですが、学育とはすなわち「自ら学ぶ力を身につけること」です。そのためには、単に知識を学ぶのではなく、その知識がなぜ必要で、そこから何を学ぶことができ、どのように社会で正しく活用していけるかを知り、「知識」を「知恵」に変えていくことが求められます。そこでワオ高校では、必修科目として「教養探究」を設置して学習の中心としています。

 

▲ スライド5・「知識」を「知恵」に変える「学育」

 

教養探究の科目は、基本的に「問い」で始まります。子どもたちは先生を交えてその問いに対する議論を行うことで自分の意見を持ち、相手の意見を聞いて新しい知識を得ていきます。そして、考えることが少しずつ楽しくなり、「勉強」から「学び」への変化が促されます。

 

その中核となるのが「哲学」です。哲学を学ぶことは、究極的には「自分の考えを持って生きること」であり、日本人が「最も苦手」とされる自己肯定感やアイデンティティを養っていくためには、哲学的思考が重要です。

 

さらに、これからの社会で必要とされるのが、物事を論理的に考える力を養う「科学」と、日本が大きく遅れている「経済」すなわち「お金の教育」です。この3つの教養探究を必修科目とすることで、自分の頭でしっかり考え、自ら学ぶ力を身につけていきます。

 

▲ スライド6・「問い」で始まる
教養探究の3つの科目

 

ワオ高校の学習は、ピラミッド型の構成になっていて、一番下が教科書準拠の「基礎学習」、その上に位置づけられるのが今説明した「教養探究科目」です。ここまでが必修科目となっていて、これらを習得しなければ卒業できない仕組みは本校の大きな特徴です。

 

▲スライド7・学びの中心に
位置づけられた教養探究

 

なお、教養探究については本校のYouTubeチャンネルで細かく説明していますので、ご興味ある方はチャンネル登録してご確認ください。

 

次の柱、「人生100年時代」への対応として用意しているのが、これからの社会で求められる実学を学ぶ「オプションプログラム」です。ピラミッドでは最上位に位置づけられ、それぞれの目的に合わせて3つを用意しています。

 

1つ目は「(留学のための)英語」です。もちろん本校職員や経営母体である学習塾のプロ講師による大学受験対策の英語講座は必須科目ですが、ここでは留学のための実践英語を学びます。主に英検2級/準1級やTOEFLの対策を徹底的に行うため、生徒は毎日4時間前後英語漬けで勉強するハードなプログラムです。高校3年時にオーストラリアへの1年間の長期留学を行うことを目標としています。

 

2つ目は「データサイエンス」、すなわち今世界で最もニーズが高い人材と言われるデータサイエンティストの養成プログラムです。日本でも滋賀大学など多くの大学がデータサイエンス学部を設置していますが、デジタルスキルは年齢に関係なく早くから取り組む方が有利なので、高校卒業までにデータサイエンスのG検定やE資格を取得できるようにカリキュラムを組んでいます。 

 

3つ目は「アントレプレナー」、すなわち起業家養成プログラムです。これは必ずしも起業を前提としたものではなく、自らの考えを形にして社会に役立てていくメソッドを学び、その考え方や精神を理解することを重視したコースです。もちろん、在学中に起業する子どもには、そのための具体的なサポートをしていきますし、実際、家業を継ぐことが決まっている、あるいは経営や起業のことを学びたいという理由で入学してくる生徒もいます。

 

▲スライド8・スキルをさらに高める
「オプションプログラム」

 

20229月に5名のワオ高生がオーストラリア・アデレードの州立高校に2週間の短期中学に参加しました。この海外研修で改めて感じたのは、容赦なく浴びせられる英語に対処するために重要な能力は「英語力」ではなく「コミュニケーション力」ということです。オーストラリアは3人に1人が外国人と言われ、さまざまな文化や価値観が共存するダイバーシティ先進国ですが、そういう中でしっかりと自分を持って行動するカギはコミュニケーション能力やアイデンティティです。実際、今回の海外研修で最も躍動していたのも参加者で英語力が最も低い生徒でした。日本にいる間のコミュニケーション力養成の必要性を再認識させられました。この研修に参加した5名のうち3名が、来年1月からの長期留学に参加予定です。 

 

最後の柱、「デジタルの活用」では、私たちはデジタルを「どのように使うか」よりも「どういう目的で使うか」を重要と考えています。教養探究の授業では、まず510分程度の短い動画を視聴しますが、この動画は必ず「賛成/反対」のような問いで終わります。それに対して子どもたちは、慣れ親しんだSNSの手法で自らの考えを述べ、他者の意見に返答したり「いいね」を返したりするなど、テキストベースでの議論を深めます。この流れを3回ほど実施したら、次はZoom上でリアルタイムの議論を行い、そして年に2回のスクーリングで対面してさらに議論を深め、プレゼンテーションを行います。

 

▲ スライド9・「教養探究」のオンライン活用事例

 

このように、SNS(テキスト)→ZOOM(オンライン)スクーリング(リアル)とグラデーションをかけながら議論を深めていきますが、それぞれの段階に合ったオンラインの仕組みを取り入れることでコミュニケーションの質が高まります。こういう議論をきちんとこなしていくことで、最終的に自分の意見をまとめて作成するレポートの質も高くなります。

 

デジタルは、学育すなわち「子どもたちが自ら学ぶ環境」を散りばめるためにも活用しています。例えば学校が契約しているソーシャル経済メディア「NewsPicks」からある生徒が気になるニュースを選んで自分の考えを発信し、それに他の生徒たちが意見を返すなど同じ土俵で議論をぶつけ合っています。これに熱中した子どもは毎日のようにニュースを選んで発信していて、そういう空気感が醸成されています。

新聞記事をテーマに哲学的視点で掘り下げる「哲学カフェ」

ワオ高校の活動を紹介します。まず「バーチャルキャンパス」は、全国から子どもたちが集まって授業を受けたり、朝活を始めとするさまざまな活動を行ったりするオンライン上の学校で、リアルな岡山本校の雰囲気を再現しています。

 

▲ スライド10・入学式も行う
「バーチャルキャンパス」

 

年に2回の「スクーリング」は、普段はオンラインで交流している子どもたちがリアルに顔を合わせる場として非常に盛り上がります。私たちにとっても、オンラインでは見えない子どもの良い面や課題がリアルでは見えてきますので、オンラインとリアルの両輪を活かすためにもスクーリングを重視しています。

 

スクーリングというとレクリエーションのようなイメージを持たれがちですが、本校の場合は「しっかり勉強するスクーリング」で、ほぼ校舎内での議論や授業が中心です。ただ、それだけでは単調ですし、せっかく岡山に来るのですから、希望者はスクーリングの時間外で岡山の史跡巡りや地域の文化や大学との交流等のスタディーツアーも行っています。

 

また、バーチャルキャンパスでのワオ高校らしい活動の一つに、先ほど少し触れた「哲学カフェ」があります。これは、教員がその日の新聞の一面から選んだ話題について子どもたちと自由に議論するもので、教員はファシリテートしながら哲学的な視点でその話題を掘り下げていきます。もちろん正解はありませんが、自分の考えを整理し、議論を楽しむ光景はとても楽しそうです。

 

さらに、ここから「哲学部」が生まれ、子どもたちが中心になって哲学カフェを外部に公開しようという動きが出てきています。また、バーチャルキャンパス上に音楽好きな子どもたちが数人集まって自称「音楽部」を設立し、文化祭の企画を話し合うなど、さまざまな活動がこのバーチャルキャンパス上で行われているのも本校の活動の特色です。

 

 ▲ スライド11・活発な議論が展開される「哲学カフェ」

 

その一つとして、課題解決型ワークの事例を紹介します。本校が所在する岡山県は交通事故ワースト1とも言われていて、その解決のために皆が知恵を絞るワークショップを実施しました。大事にしているのは、リサーチすること、それをもとに議論すること、そして最終的に自分の考えをきちっと持って動くこと。このプロセスをしっかり踏んだ活動が全国各地の生徒によってその地域の課題を持ち寄りながら行われています。

アンケート結果から感じる「対話と議論」の教育が浸透している手応え

私たちは、オンライン学校を運営する者として、特に家庭での過ごし方や健康状態、生活習慣などを重視しています。その一環として、日々の健康観察は毎日レポートさせているほか、定期的なアンケートを実施して学校運営に反映させています。最近では20229月に在校生に対する生活実態調査を行ないましたが、いくつか興味深いものを紹介します。

 

まずは「オンライン高校の印象が入学前と後でどう変わったか」という設問です。入学前は「とても良かった」と「良かった」を合わせても51%で、「心配」や「不安」と言う声が多かったのですが、入学後は両方合わせて82%と約30ポイント高くなっていて、正直意外な結果でした。

 

次に「オンライン高校の何が良かったのか」という設問です。最多回答は「通学時間を有効に使えた」で、これはある意味当然ですが、続いて「友たちができた」と「自分の意見や考えを発言する機会が増えた」という回答が多かったとことは嬉しいことでした。オンラインだから友たちができにくいとか、コミュニケーションが取りにくいことはなく、活用次第でそういうことにも十分な効果が得られると感じました。 

 

「ワオ高校に入って一番良かったことは何ですか」という設問では、「自分の将来について考えられるようになった」や「物事を多方面から深く考えるようになった」といった回答が上位にきていて、ワオ高校が重視する「議論と対話」による教育が、少しずつ子どもたちに浸透していると感じました。

 

一方で課題もたくさん見えてきていて、「自分で勉強の管理をするのが難しい」と答えた子どもが30%、「運動不足」という生徒も50%います。「朝食をとらない」などという回答もありますので、先日からはパーソナルトレーナーによるフィジカルな運動をオンライン上で実施するなど、具体的な対策を取り入れて学校運営の改善に取り組んでいます。

 

▲ スライド12・「ワオ高校に入って一番良かったこと」調査結果

 

今回は限られた時間で言い足りないこともありますが、公式SNSでも発信しておりますのでご興味のある方はフォローしていただければ幸いです。

 

>> 後半へ続く 

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