地域留学と通信制が創り出す「働く」と「学ぶ」の新しい関係
第78回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2022.3.11 Fri
地域留学と通信制が創り出す「働く」と「学ぶ」の新しい関係<br/>第78回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は202229日、さとのば大学発起人で、株式会社アスノオト代表取締役の信岡 良亮氏を招いて、「地域でプロジェクトを進め、オンライン講義で日本中とつながる、ハイブリッドで学ぶさとのば大学」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、信岡氏が、さとのば大学を設立するに至った動機とこれまでのあゆみ、学習の仕組み及び目指す世界観について講演し、後半では、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに参加者を交えての質疑応答を実施した。その模様を紹介する。

 

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「地域でプロジェクトを進め、オンライン講義で日本中とつながる、ハイブリッドで学ぶさとのば大学」

■日時:202229日(水)12時~1255

■講演:信岡 良亮氏
さとのば大学発起人
株式会社アスノオト代表取締役

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

信岡氏は、約30分間の講演において、さとのば大学のこれまでのあゆみと、地域留学とオンライン学習のコラボレーションで目指す世界観について説明した。主な講演内容は以下のとおり。

【信岡氏】

さとのば大学は、全国の面白い地域に1年間ずつ留学し、4つの地域を巡って卒業する「地域を旅する大学」です。現在、10箇所の地域と連携していますが、各地域ではコーディネーターを担うアントレプレナーやまちづくり会社などと連携してゲストハウスやシェアハウスなどを確保し、受講生が地域で生活しながら学べる仕組みを作っています。10箇所の地域に3人ずつ留学できる仕組みを作れば、30人が同時に学べます。

 

さとのば大学は、自由大学や丸の内朝大学のような「市民が市民のために作る」学びの場です。受講生は、高校を卒業したばかりの大学生から、企業や行政組織に勤める社会人など幅広く、多様なバックグラウンドを持つ様々な人たちが学びあっています。私たち事務局はカリキュラムの作成や受講生と地域のマッチングを行い、各地の地域コーディネーターがそれぞれの地域課題やリソースを把握した上で受講生のプロジェクトを現地でサポートするというのが基本的な仕組みです。

 

さとのば大学では、Zoomによるオンライン講義を火曜日~木曜日の午前中に開いています。これは一方向型の配信授業ではなく、全員でのディスカッションを主体とした双方向型で、講義と対話の中からプロジェクトを進めるために必要なことをみんなで学んでいきます。

 

ここでは、これまで「自分は何者か」を問われる経験がなく、自分のやりたいことも曖昧でうまく説明できなかったような受講生の心に問いかけるようなカリキュラムが鍵となっています。また、地域ではコーディネーターとのメンタリングなどを通して、地域に入っていく際の留意点を実践的に学んだり、講義ディスカッションから生まれたプロジェクトの種を試したりしていきます。例えば、カフェをやりたい受講生に対して、営業中のカフェの定休日にお店を使わせてもらえないか相談することを勧める、といった具合です。

 

このように「小さく始める」という点では、地域は非常にやりやすいフィールドと言えます。地域コーディネーターと相談しながらプロジェクトを進める中で、そういったノウハウを自分で培っていく、いわば「プロジェクトの社会実装」の練習をする仕組みとして、この形を生み出しました。

 

講義の時間は日本中のメンバーとオンラインでつながっていますので、オンライン上で多くのコミュニケーションが行え、オフラインで会う友人よりもむしろ深い話ができる「水平軸」での仲間作りの感覚が味わえます。一方、地域では、幅広い年齢層と過去から未来につながる「垂直軸」の仲間作りが行えます。そういった仲間づくりのベクトルだけでなく、「オンラインの学び」と「オフラインのプロジェクト実践」、あるいは「知識のインプット」と「経験学習サイクルを回すアウトプット」を同時に実現できる「ハイブリッド」な「統合型学習」のようなものを狙って設計しています。

 

▲ スライド1・さとのば大学の1週間

大学卒業資格取得と地域でのプロジェクト学習を両立できる日本初の取り組み「さとまなプログラム」

さとのば大学では、新潟産業大学の経済学部経済学科が20214月に新たに開始したオンライン通信過程「ネットの大学managara(マナガラ)」とのコラボレーションで、オンラインで大学卒業資格を取りつつ、市民大学でプロジェクト実行力を身に付けられる「さとまなプログラム」を開始しました。

 

大学卒業資格を取得しながら地域でプロジェクト実行力を磨くことができる学びの仕組みは、おそらく日本初の取り組みとなりました。第1期生に参加してくれた4人の受講生と、実際に学びを始めてようやく1年が経ったところです。

 

▲ スライド2・managaraとの
提携による「さとまなプログラム」

 

さとまなプログラムの「4年制コース」を受講する学生は、4月に入学するとすぐにオンライン講義などで「どんな地域に行くか」を話し合い、5月ごろからそれぞれ地域に入っていきます。同時期には、「半年コース」を受講する地域おこし協力隊などの社会人の方がメンバー入りするため、約3カ月間は「4年制コース」と「半年コース」が共同でひとつのゼミを運営し、ともに学びます。

 

4年制の学生が夏休みに入ると、今度は普通の大学生などが「夏期集中コース(短期コース)」に入ってきて、半年コースの社会人と組んだ共同コミュニティで学習します。こうして4年制(1年時)、半年コース、短期コースが入り混じりながら一個の学習コミュニティを作るという非常にユニークな形です。

 

このように、さとまなプログラムでは高校から大学に進むタイミングの学生から、40代までバリバリ働いてきて初めて起業に挑戦するといった地域おこし協力隊の方までが一緒に学び、自分がどのようなプロジェクトを進めていきたいのかを、同じ土俵で、それぞれのスタートラインから学びあえる仕組みになっています。

危険から守りたまえと祈るのではなく危険と勇敢に立ち向かえますように

さとのば大学の学びの世界観において、そもそも何を目指すのかという点で大事にしている言葉があります。「危険から守り給えと祈るのではなく、危険と勇敢に立ち向かえますように」というインドの詩人タゴールの言葉です。学生は何のために学ぶのでしょうか。もちろん「良い会社に入って安定的な家庭をつくるため」という理由も理解できますが、これからのブーカ(VUCA)の時代において「安定」を揺るがす危険が未来永劫起こらないとは考えられません。それよりも、どんな危険が起こっても立ち向かえる力を身につけるほうが現実的で、意味のあることではないでしょうか。

 

そういう意味で、さとのば大学が「無限の不安」を「有限の課題」に変えていく力を蓄えていく場所となり、社会が不安定・不確実な「カオス」であることを前提に学べる学校にしていきたいと願っています。

 


▲ スライド3・信岡氏と
さとのば大学が最も大事にする言葉

 

「ここを卒業するとどういうスキルが身に付くのか」とよく問われますが、一番身に付けて欲しいのは、「未来を自分たちで作れる」という実感です。これは自分に対する信頼であり、社会は変えていけるという体感値でもあります。

 

現在、地方創生で有名な地域のなかでも比較的小規模な地域と連携していますが、そういうところには町をまるごとバージョンアップする経験値を持ち、社会システムは自分たちで変えてよいと背中で教えてくれる先輩が大勢います。そんな先輩たちのチャレンジで社会が変わっていく実感を持てる地域で学べば、箱庭に閉じこもった学習スタイルでは生まれない、リスクもワクワクもあるサファリパークのような不確実な社会で共生する学習コミュニティを作っていけるという感覚があります。

 

社会には「公」「共」「私(個人)」の領域がありますが、それぞれの領域でサービスの受益者ではなく創造者(未来の創造者)として生きていくための知識・知恵は経験学習でしか得られません。目指しているのは、「社会を良くしていける人を多く育てる」ことです。

 

▲ スライド4・未来を
自分たちで創れる感覚を目指す

人生を自分で動かしていける実践力を養う

プロジェクトは、10段階に分けて進めています。まず、学生は「やりたいこと」がおぼろげです。「イチローみたいな野球選手になりたい」という大雑把なイメージは持っていても、そこに至るためのレベルアップステップが見えない、あるいは世の中に解がないと思っています。おぼろげな未来しか描けなければ、「意識は高いけれど実践力がない」と笑われますが、問題は、意識が高いことではなく実践力が身に付いていないことです。

 

さとのば大学ではこの実践力を高めるメソッドを作っています。その最初の形が「ごっこ遊び」で、小さくやってみるというフェーズです。例えば、「新しい人たちの居場所になるカフェを作りたい」という願いがあっても「投資には1,000万円くらいかかるよ」と言われた途端に行き詰まってしまうでしょう。起業どころかプロジェクトを立ち上げた経験もないような人がいきなり単独でカフェを始めるのはリスクが高すぎます。

 

まずは週に一度、友人と一緒にカフェを出店するところから始めます。一回やれば「イベント化」されて、次は自分の企画に仲間が集まってくる経験や、相手が喜んで対価を支払ってくれるといった経験が得られます。それを連続5回ほどやっていけば、今度はチームビルディングが必要になってきます。

 

こうしてプロジェクトに必要な要素を少しずつ獲得していく4年間のカリキュラムで、思いはあっても進め方がわからない「プロジェクトレベル0」から最終的に収益化できる「プロジェクトレベル7」を目指します。ここでいう収益化は、半年間で約100万円のプロジェクトをきちんと運営してチームメンバー・クライアント・ユーザーの全員が満足できるプロジェクトを想定しています。

 

自分で仕事を面白く変え、仲間と共創しながらプロジェクトを回していけるコンピテンシーやスキルが身に付けられれば、将来は個人事業主でも、会社を起業しても、あるいは企業に就職しても、人生を自分で動かしていけます。プロジェクトレベルを0から7まで上げていくプロセスをどう学習メソッドに落としていくかは、常に大きな課題ととらえています。

 

▲ スライド5・マイプロジェクトのレベル分類

多様性を持ったチームが新しい仕組みにチャレンジする「学び3.0」を実践

学びの中で大事にしているのはオンラインの活用です。例えば、ある話を聞いて感想を述べる授業で、オフラインの教室なら挙手で質問を求めますが、そこで質問ではなく自分の話をしてしまう人がいれば全員がその話を聞かなければなりません。オフラインは優先順位を制御できない設計のため、全員の意見を汲み取るまで時間がかかります。

 

これがオンラインだと、Googleドキュメント上で感想を書いてもらえば、たとえ生徒が100人いても10分ほどで全員の感想を集めてその大意を掴むことができます。その中からいくつか良いものをピックアップして紹介すれば、全員が納得するでしょう。私たちは、多様なメンバーの多様な意見を拾い上げるコミュニケーション手段として、実はオンラインの方がオフラインよりも優れていると考えています。

 

もう一つ大事にしているのが「複雑な世界」における学びです。積み上げ式で社会を捉えると、本当の意味で世界を説明することはできません。そこで、複雑なものを複雑なものとしてそのまま捉えるために、何をしたらよいのかとアプローチしたチームがあります。そのアプローチでは、「新しいものが何も生まれない世界」、フラクタルと言われる「同じ仕組み、秩序が再生産される世界」、何が起きているのかさえ分からない「完全カオスな、無秩序な世界」、そして生命として一番可能性が感じられる「秩序とカオスが程よく均衡した世界」の4つに分類して図式化できます。

 

▲ スライド6・複雑な社会を図式化して
現代社会に必要な教育を考える

 

「秩序とカオスが程よく均衡した世界」では、生命がきちんと代謝できているように、世界も秩序を保っていく部分と新規を取り入れて変わっていく部分の両方を併せ持っています。この「カオスの縁(edge of chaos)」と呼ばれる仕組みを学ぶことが非常に重要ですが、今の秩序がどう成立し、現状で何が正解とされているのかを学ぶには、従来型の大講義型教育システムが非常に有効です。私たちはこれを「学び1.0」と捉えています。一方で今日、探究学習のように自分がやりたいことから物事を進めて行く世界観がどんどん広がっています。こういう一人ひとりが好きな方向へ動いていけばいい世界観が「学び2.0」です。

 

しかし、より面白いのは、仲間同士で「カフェを作る」や「文化祭を催す」という共有ビジョンはあるけれども、各自のアプローチや集めてくるノウハウが全く違うという状況です。例えばカフェを作る場合に会計を学ぶ人、マーケティングを学ぶ人、料理を学ぶ人など、多様性を持ったチームが新しい仕組みにチャレンジするところが、学びとしてもクリエイティブなテンションとしても最も面白い、これが「学び3.0」です。

 

インプット型学習・探究型学習・共創型学習をどのような割合で組み合わせていけば学び3.0の時間を効果的に増やしていけるかは常に議論の骨子です。もちろんインプットや探究の時間も重要ですが、地域側のプロジェクトやオンライン側のコミュニティを通して共創していく感覚を身に付けられるということが、この一年でだいぶ見えてきたと考えています。

 

>> 後半へ続く

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