高等教育の課題とその克服策とは
第66回オンラインシンポレポート・後半

活動報告|レポート

2021.11.26 Fri
高等教育の課題とその克服策とは<br>第66回オンラインシンポレポート・後半

概要

超教育協会は、20211020日、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の柳川 範之氏を招いて、「これからの教育のあり方を考える」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、柳川氏が現状の高等教育が抱える課題、オンライン教育の導入による克服策の可能性について解説。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答を実施した。その後半の模様を紹介する。

 

>> 前半のレポートはこちら

 

「これからの教育のあり方を考える」

日時:20211020(水)12時~1255

講演:柳川 範之氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

▲ 写真・ファシリテーターを務めた
超教育協会理事長の石戸 奈々子

 

シンポジウムの後半では、柳川氏への質疑応答が行われた。参加者からの質問を、ファシリテーターの石戸 奈々子紹介し、柳川氏が回答するかたちで進められた。

教育制度の改革にはまず変化に対する不安を解消することが重要

石戸:「コロナ禍で大学のキャンパスが閉鎖され、『大学の役割とは何か』を改めて考えるきっかけとなりました。柳川先生は大学の役割は何だと思いますか」

 

柳川氏:「今の大学が果たしてきた役割と、これからの大学が果たす役割は違うと思います。これからの大学が果たす役割は、リアルなところにあります。オンラインで全ての大学教育が完結するとは思っていません。

 

リアルにディスカッションするなど、リアルに人と人が接することによって、新たに生まれてくる気づきや、コミュニケーションは重要です。そういうものを本質的に生かしていくべきと思っています。多様な人材が集まって、雑談をする中から新しい共同研究や共同開発が生まれてくるのです。そういう場をしっかり提供できるのが大学の価値です。生身の教員なり研究者が人と接することで、オンラインでは伝えにくいことを伝えられるのがリアルの大学の場の大きな意味で、意義だと思います。その一方で、幅広い知見をより多くの人に知ってもらうのも大学の意義です」

 

石戸:「オンラインでできることはオンラインに任せ、リアルな価値を大学は創出する。デジタル、オンラインのおかげで、新たな大学像が構築できます。その一方で世の中には色々な規制があり、理想の大学に近づけたくとも、現状の制度ではできないということが余りに多いのではないか、デジタルファースト・オンラインファーストで再設計すべきではないかとも感じます」

 

柳川氏:「相当多いのは事実です。オンラインで教えることを前提に制度が作られていないからです。制度を作った時には、みんなが当然教室に来て朝から晩までいて帰るというのをイメージしてルールが作られているので、それを変えていかなくてはいけないと思います。

 

ただし、その一方で、制度や法律は、役人が怠慢だから変わらないということでもありません。みんながその変化をどこまで望むか許容するかの裏返しだと思います。みんなが強く思えば、政治家もそれを察知するし、霞が関の官僚も実現するように動きます。働き方や労働法制や教育に関する制度づくりの難しさは、急激な変化に対してみんなが不安を抱くことにあります。だからなかなか制度改革が進まない。教育に変化を起こすと、人々の一生や働き方に相当影響を与えてしまうのではないか。大きな格差が生まれたり、結果的にうまくいかなくなるのではないかと、潜在的に多くの人が感じている。それは全く間違いではありません。

 

大事なことは、どういう問題を解決してみんなの不安を解決していくのかを、ちゃんと説明して納得してもらうプロセスをとること。それから、ある程度のステップを踏んでいくこと。理想的な姿に、どういうプロセスで近づけていくかを語っていかないと、みんなの不安は解消しないと実感しているところです」

 

石戸:「変化の時には不安はつきものだと思いますが、その不安を打ち消すメリットを提示し、世の中を前進させていくことは重要だと思います。理想的な教育のモデルを見せることで理解が深まる可能性があるにも関わらず、そのチャレンジすらできない実態もあります。新しい挑戦ができる環境は最低限用意されることを期待します」

 

柳川氏:「チャレンジや新しい取り組みをどこまで許容してくれるか。そうでないと、そちらの方向へ進むメリットも実感できないし、具体的な形もイメージできないので、そういうチャレンジを許してもらえる環境、多様な取り組みができるような環境を作っていくのが重要です。今までは学校教育が画一的にやることを重視してきたので、これからはいろいろなバリエーションが生まれるように大きな価値変換をして、さまざまなチャレンジをできるようにする必要があると思います」

 

石戸:「視聴者から質問です。『社会人による大学での学びを考えた時に、大学が産業界のニーズを反映したカリキュラムを整備する必要があるとお考えですか。その場合どのように実現するとお考えでしょうか』というものです」

 

柳川氏:「産業界のニーズをしっかり汲み取ったカリキュラムは必要です。特にリカレント教育では、大学で科目をとって次のステップアップにどうつながるのか分からないと、社会人の人たちは学ぶ意味を見出せないと思います。ステップアップ先の部署だったり産業だったり企業のニーズを汲み取っているようなカリキュラムでないと、学ぶ意味がないことになります。そういう意味では、産業界のニーズを汲み取った大学教育はあるべきです。

 

その時ポイントは2つあります。ひとつは、大学人がすべてやる必要はないということ。産業界の方々に大学に来てもらって、大学という場を利用してさまざまな人が教える取り組みがもっとあるべきだと思います。それは、今まで社内の人にOJT(職場教育)という形で行われてきたスキルトランスファーを、より広い人に公開することになります。それはこれからの人材が流動化している時代においてはとても大事なことなので、産業界の方々に大学に来て教えてもらうことは大事だと思います。

 

もうひとつは、全てが産業界のニーズを反映する学問である必要はないということ。大学は色んなバリエーションの科目を教えるべきです。直接的に産業界のニーズにはマッチしないけれど、例えば哲学を教えるということは社会人にとっても学生にとっても大事なことで、それがスキルアップにもつながると思います。直接のニーズを反映する科目と、そうでないけれど重要な科目と、両方あるのが大学教育の姿です」

 

石戸:「たくさんの質問がきています。『今日の話の出発点は、入試に過度のウエイトがかかっている、社会人のリカレント教育が不十分ということでしたが、そのさらに背後にある先生の問題意識をお聞きしたい』という質問です」

 

柳川氏:「みんなが頑張っているのに幸福感を感じられていない。あるいは十分に稼げていないということです。日本は労働生産性が低いと言われていますが、それは不真面目にやっていて結果が出ていないということではなく、非常に頑張っている割に結果が十分に出ていなく、幸福感が少ないということです。それは残念なことです。

 

社会全体としても国の政策としても残念なことですが、一人一人にとっても残念なこと。同じ努力をするなら、もう少し幸せを感じられて、楽にできるようにするべきではないでしょうか。例えば受験勉強をすることに、みんな意義を見出しているわけではありません。あれだけの時間を使うのだったら、大学で自分が本当に学びたいことや、やりたい仕事に役立つことを学ぶ時間を作った方がずっと有意義だし満足感が高い。使っている労力やかけている時間に対して、満足度が低い社会になっているのではないかというのが大きな課題です。受験に過度に時間を使うのはもったいない。社会人も頑張って働いているけれど、なかなか成果が出なくてうまく働けていない。そういう人も、いったん少し休んでリカレント教育をしっかりやれば、活躍できる可能性があるかもしれない。そういうチャンスを生かせていないという問題意識があります」

 

石戸:「みんなが受験勉強に邁進せざるを得ないのは、社会における評価の軸が画一的だからという気がします。その子がどのような経験をし、どのような考えで今に至っているのか、その過程を含めて評価されているのではなく、分かりやすい学歴で評価されてしまう。自分をまず理解してもらうために、学歴を切符として手に入れないといけないという発想につながりがちであったと思います」

 

柳川氏:「テクノロジーベースの話でいうと、これまでは情報を十分伝える手段がなかったので、何大学卒というラベリングでしかその人を評価できないし、情報をそこでサマライズするしかなかった。ところが今は、どこで何をやってきた人か、どんなことで成果を上げてきた人か、SNSでどれだけ評価を受けている人か、その人に関する多様なデータをそのまま相手に見せることができるようになっています。そうすると、極めて単純化された何大学卒というラベリングだけではなくて、もっと多様なもので人が評価できるようになる。社会はそういうものを積極的に利用するべきだし、正しい評価につなげていく可能性は高まっていると思います」

 

石戸:「つぎの質問です。『日本の貧困家庭の増加は問題になっていると思いますが、貧困の連鎖を断つための教育の無料化についてはどのようにお考えでしょうか。日本の大学の数の多さ、質についても疑問を持っています。私の住んでいるドイツでは、大学まで学費は無料です』というものです」

 

柳川氏:「学費の無料化は重要だと思っています。ただ課題は2つあって、豊かな家庭まで無料にしてしまうと、日本は財政的に厳しいということ。本当に厳しい家庭だけ無料というのが現実の制度論としてあるべきです。理念的には、大学教育まで無償というのがあるべき姿だと思います。もうひとつは、入試など受験にお金がかかっていること。よい学校に行くには受験にお金をかけないといけないという仕組みを何とかしないと、いくら学校教育だけ無料にしても、無料で浮いたお金を受験産業につぎ込むのでは意味がないです」

 

石戸:「続いての質問です。『社会人のリカレント教育を考えた時に、実務と学習のスキル形成をとらえた恒常的なキャリアコンサルティングの必要性を感じていますが、どのような機関がどのように担うべきと考えていますか』というものです。いかがでしょうか」

 

柳川氏:「それは今一番日本に欠けている部分です。リカレント教育について、自分がどこで休んで何を学んだほうがよいか、どういう技能を身に着けたらよいか、そういうことをトータルにアドバイスしてくれるコンサルティングは必要だと思います。なかなかそういう人たちがいなかったのは事実です。昔は会社に任せておけば全部やってくれました。社内で必要な能力開発をやって、必要なポジションへ移してくれました。しかし今はそんな時代ではありません。現実的には、人材派遣会社などがノウハウを持っているかと思います。ただ一個人としてコンサルティングにお金をかける余裕はないので、将来的には国がサポートする必要も出てくるでしょう」

 

石戸:「こんな質問もきています。『学びたいことがあり、師事したい先生が複数の大学にいます。例えばリアルな大学も含め仮想的な大学に入学して研究を行い、卒業、修士号を取ることは近いうちに可能になるのでしょうか』というものです」

 

柳川氏:「かなり現実のものになりつつあると思います。ただ、単位互換の話をどこまでどう認めるのかが課題になっています。何大学卒というラベリングをどう解釈するかに関わってくるので、若干そこが難しいのですが、例外的に他の大学や他の科目で単位を取るのを認めていこうとか、複数の大学に順番に通って共通の卒業資格を取るみたいなことを、日本でもできないかと真剣に検討しています。そういう多様性はこれからどんどん出てくるでしょう。ましてリアルでなくてオンラインで受講してよいとなれば、現実的可能性も相当高いと思います」

 

石戸:「人生100の中でいつでも学べるのがよいと思っています。20歳くらいの子ばかりが大学にいるのが不自然だということも言われていますが、先生は、18歳くらいで一度社会に出て仕事をした方がよいというお考えですか」

 

柳川氏:「分野によると思います。例えば数学者になろうと思っている人が18歳になって社会に出されて、製造現場で働かされてもあまり意味がない。何を学びたいか、将来何をやりたいかによるでしょう。私が教えている経済や経営や社会科学の分野は、ある程度社会経験を積んだ方が、より深く学べる分野だと思っています。

 

もうひとつ現実問題として、就職活動に大学のリソースが割かれているということがあります。大学教育が成立していない状態です。就職活動が長期化して色んなインターンが出てきたので、大学で学ぶことそっちのけで就職活動に邁進しているのは異常でもったいない事態だと思います。平日の昼間にインターンや就職活動や説明会をやり、大学の授業は無視で101日の内定式には必ず来させる。これはまずい状況でしょう。それは企業の側だけの責任ではなくて、就職活動があっても大学で学びたいですと惹き付けられていない大学の問題でもあります。

 

だから就職活動で時間を使っているのであれば、入学した途端に就職活動をしてもらって、仮の就職をしてもらうのがよい。就職活動の片手間に勉強するのではなくて、本当に必要だと思った時に大学で学んでもらい、何年かかってもよいから卒業単位を取ってほしいと思っています」

 

石戸:「学習履歴がしっかりと蓄積されたら、就活をしなくても、自動的に合う企業とマッチングされるという時代もくるかもしれません。そうすると学業に専念できるかもしれないですね」

 

最後は石戸の「これからもぜひ、『これからの教育のあり方』を柳川先生主導で構築し、全国に広げていただきたい」という言葉でシンポジウムは幕を閉じた。

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