老舗出版社が次の100年を見据えてXRでのコンテンツ提供を開始
第112回オンラインシンポレポート・前半

活動報告|レポート

2023.3.3 Fri
老舗出版社が次の100年を見据えてXRでのコンテンツ提供を開始</br>第112回オンラインシンポレポート・前半

概要

超教育協会は2023125日、小学館 ユニバーサルメディア事業局チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長の嶋野 智紀氏を招いて「いつでも誰でも気軽にメタバース『S-PACE(スペース)』の開発に込めた思い」と題したオンラインシンポジウムを開催した。

 

シンポジウムの前半では、嶋野氏が2022年からWebでの一般公開を開始したメタバース「S-PACE(スペース)」(ベータ版)の目的、出版社ならではの特徴ある機能やサービスについて紹介した。後半は、超教育協会理事長の石戸 奈々子をファシリテーターに、参加者を交えての質疑応答が実施された。その前半の模様を紹介する。

 

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「いつでも誰でも気軽にメタバース『S-PACE(スペース)』の開発に込めた思い」

■日時:2023年1月25日(水)12時~12時55分

■講演:嶋野 智紀氏
小学館 ユニバーサルメディア事業局チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長

■ファシリテーター:石戸 奈々子
超教育協会理事長

 

嶋野氏は約35分間の講演において、創立100年を迎えた小学館が出版社としてXRの分野に進出した経緯、「S-PACE(スペース)」の概要とサービスの目的、今後の展開などについて説明した。主な内容は以下のとおり。

 

【嶋野氏】

小学館は、2022年に創立100周年を迎えました。これからの100年に向けてさまざまなことにトライしていこうという中の一つのチャレンジがメタバースへの取り組みです。当社がなぜメタバースに挑戦するのか、キーワードは「場のメディア化」です。出版社は紙に印刷した「本」でメディアを作ってきたわけですが、それ以外に「場所」をメディアにすることもできるのではないか、という考えが、この言葉には込められています。

 

さまざまな「場所」をメディア化する試みには以前から取り組んでいました。例えば2016年に始めた「CanCamナイトプール」です。これはプールという「場所」をメディア化する試みです。雑誌のCanCamがプロデュースする「夜だけ開くプール」で、女性読者がたくさん集まり、自撮りしてSNSに上げる「インスタ映え」で話題になりました。

 

その後もCanCamでは、スキー場や大学のメディア化にチャレンジしてきましたが、コロナ禍でリアルな場所に多くの人を集めることができなくなり、すべてストップしてしまいました。そのときに思いついたのが、「XRの仮想空間の中に、人々を集めることもできるのではないか」という発想です。これが現在のメタバースにつながっています。このように「場のメディア化」というキーワードで展開してきた事業の先に、XRがあり、メタバースがありました。

 

小学館が提供する「S-PACE(スペース)」は、メタバースと呼ばれる仮想空間です。昨年8月末にベータ版として一般公開しました。コンテンツやサービスはすべて無料で公開しています。(https://s-pace.land/

 

▲ スライド1・メタバース(仮想空間)
「S-PACE(スペース)」のイメージ図

「コンテンツ」作りから「コミュニティ」作りへ 小学館がメタバースで目指すこと

小学館のメタバースのテーマは「『コンテンツ』作りから『コミュニティ』作りへ」です。当社はこの100年間、総合出版社として様々な紙の「本」を世に送り出してきました。また「本」だけでなく「映像」も早くから手掛けており、様々な作品がドラマやアニメ、映画になりしました。さらに近年では電子書籍、Webコンテンツなどにも拡大しています。

 

送り出す形がなんであれ、「コンテンツを作ってきた」ことはこの100年間、変わらず続けてきたことです。これは今後の100年も変わることはないと思います。

 

しかし、それだけではなく、「コンテンツ」作りから広げて「コミュニティ」を作るところまで、出版社の活動領域を広げられないものかと考えているのです。

 

良質な「コンテンツ」を核として、読者やクリエイターが触れ合えるような「コミュニティ」を育てていきたいと思っています。

 

例えば作品のキャラクターがアバターとして街を歩いて、ファンと直接コミュニケーションできる。またはある作品の作家が読者と語り合う場を設ける。あるいは作品のファン同士で開くイベントがあったり、一般の方が自分の作品を発表する場があったりと、さまざまなつながりを育んでいけるのではないかと考えています。

 

▲ スライド2・コンテンツを中核とした
「コミュニティ」を育んでいきたい思いがある
(©青山剛昌/小学館)

 

これまでの100年間で作ってきたコンテンツは、読者が文字や写真や絵を鑑賞したり、情報を得たりするもので、それが出版社と読者のコミュニケーションでした。これがメタバースになると、作品を見るだけではなく、自分自身がメディアの中に「没入」して作品の一部になり、活動しコミュニティを形成していくという、全く新しい体験を提供できます。文字通り、仮想世界で私たちがもう一つ別の人生を生きることができるのです。

 

▲ スライド3・自分自身がメディアの中に
「没入」して作品の一部になり、
コミュニティを育成していけるのがメタバース

「メタバース」を構成する6つの特長

メタバースとはどういうものか、その要素を6項目にまとめました。

 

まずは、「物理的制約から解放された3次元の仮想空間である」ということ。

 

メタバースでは仮想世界に自分がアバターとなって入っていきます。リアルな世界のような物理的な制約がないので、空を飛んだり、自分を巨大化したり、やろうと思えばなんでもできます。これがメタバースの面白さだと思います。

 

2つめに「自分のアイデンディティを表現したアバターを持てる」こと。本を読んだりWebサイトを見たりするとき、情報はあっても自分はそこにいません。しかしメタバースは、「アバターとなった自分がそこにいる」ことが非常に大きな特徴です。物理的制約から解放されていますので、自分そっくりのアバターだけでなく、何にでもなれます。リアルの自分の性別、国籍、年齢を離れて、自分がなりたい自分になれることがメタバースの特徴です。人間ではなく猫になったりロボットになったりもできます。

 

3つめが「実際にその場にいるような没入感」を体感できることです。

ヘッドマウントディスプレイを装着すると、360度見回せる空間の中に自分がいます。その世界の中に自分も含まれる感覚になる、これがメタバースの没入感であり、対象物を見るだけの、これまでのメディアとは大きく違う特徴です。なお「S-PACE」においては、誰でも気軽に体験できることを重視して、ヘッドマウントディスプレイが必要ないwebGLという技術を採用しています。

 

そして、4つめが「リアルタイムに他者と同一体験を共有できる」ことです。仮想空間に入ったら、その場にいる人たちと同じ経験を共有できます。例えば私がバケツをひっくり返したら、その空間にいる私以外のAさんやBさんにも、私がバケツをひっくり返したところが見えます。サイト側が用意したコンテンツを各自が個別に見ているわけではなく、自分が世界に影響を与えることができてそれを多くの人と共有できる、これも非常に大きな特徴のひとつです。

 

さらに5つめが「ユーザー同士が交流できる手段がある」ことも重要な要素です。同一の体験ができるだけでなく、その場にいる人たちと会話ができます。テキストチャットやボイスチャットなどの機能でユーザー同士が交流できます。

 

最後の6つめが「作品を発表したり経済活動を行う場がある」ことです。作品を鑑賞するだけでなく、自己実現をはかることができることも、メタバースの新しいところです。「S-PACE」にも決済機能がまもなく搭載されます。

 

▲ スライド4・メタバースを構成する6つの特長

 

少し前に「Third Place(サードプレイス)」という言葉が流行ったかと思いますが、メタバースが私たちの生活に溶け込んでくると、私たちとっての「Fourth Place(フォースプレイス)」、4番目の場所になるのではないかと考えています。「Third Place」というのは、第1の場所として家庭があり、第2の場所が学校や職場だとしたら、その行き来だけで毎日が終わるのではなく、そのどちらにも属さない第3の場所、例えばお気に入りのカフェなどがあるといいよね、という話でした。さらに4番目の場所としてのメタバースは、家庭や学校や職場のしがらみに縛られないだけでなく、物理的な制約や自分の属性にも縛られることなく、自分がなりたい自分として存在し、リラックスしたりエンタメを楽しんだり、創作活動や経済活動といった自己実現までできてしまう。メタバースはそんな場所として機能していくのではないかと、私は期待しています。

S-PACEは「メタバースへの入口」誰でも簡単にアクセスできるのが特長

それでは、こうしたメタバースとの中で、当社の「S-PACE」にはどんな特長があるのかを説明します。

 

小学館がメタバースを運営する上での強みは、全世界での紙の本の出版や商品化、イベント、映像化などをメタバースを使ってシームレスにつなぐ展開ができることではないかと考えています。

 

そこでまず、「誰でも簡単にアクセスできる」ことを重要視しました。一部の先進的な人だけでなく、当社の本を普段読んでくださっているような老若男女どなたでも気軽に体験してもらえるようにと考えました。

 

▲ スライド5・本や雑誌を見るのと同じ感覚で、
簡単に気軽に利用できるように開発した

 

まずメタバースの雰囲気を感じてもらうために、どなたでも気軽に入れるようにしました。いわば、メタバースへの入口です。ヘッドマウントディスプレイや処理能力が非常に高いゲーミングPCといった器具は必要なく、特別なアプリをダウンロードする必要もありません。お手持ちのスマートフォンやタブレット、パソコンでURLにアクセスすればすぐに見ることができます。

 

デザインも、多くの方に親しみやすいものと考え、マンガ風な表現を取り入れています。メタバースは、インターネットに接続できる環境があれば、国境関係なく世界中の人がアクセスできます。これまではつながる機会がなかった世界中にたくさんいらっしゃる日本のマンガファン同士が、またファンと作家先生が、出版社が、ひとつの場所に集まってつながりを作っていけるのではないかと考えています。

 

▲ スライド6・世界中からマンガファンが
利用することも期待し親しみやすいデザインを採用

 

S-PACE」では、たくさんの種類のアバターを用意しています。複数のユーザーが同じ空間に存在できるマルチアクセス機能も搭載しています。チャット機能は現在、テキストチャットを実装しています。アバターが感情を示すことができるエモート機能も備えています。アバターがあいさつをしたり、拍手したり驚いたりと感情を表すアクションができ、文字だけでなく感情も使ってコミュニケーションができます。アクションの種類はどんどん増やしていく予定です。

 

▲ スライド7・「S-PACE」には
さまざまな機能が実装されている

 

現在はまだまだ数は少ないですが、雑誌ブランドやキャラクターを使ったコンテンツをいくつか展開しています。さらにコンテンツの展開からコミュニティを形成するようなサービスの展開へと、徐々にシフトしていきたいと思っています。

S-PACE」は教育分野での活用の可能性も非常に高い

最後に、教育分野へのメタバースの期待についてお話しします。子供向け、教育分野にも相性が良いと考えています。まだ公開には至っていませんが、さまざまなコンテンツやサービスを開発中です。例えば、どんなに遠い外国にいても、みんなが同じ教室に集まることができます。海の底にも宇宙にも遠足に行けます。実験もし放題。先生も黒板の前で話すだけでなく、リアルなものをさまざま見せながら授業できます。

 

子供の属性も、実名で何年生の女子/男子、といったリアルなものに限らずに、猫になって授業に参加してもよいと思います。すると身体的特徴をいじめの対象にするようなことも起きにくくなるでしょう。また、ハンディキャップを持った子供がリアルではできないようなことを仮想空間で体験する、といったことも可能になると考えています。

 

没入体験のために使うヘッドマウントディスプレイは、現在「VR酔い」することが問題とされ、小さい子供には推奨されていません。しかしデバイスは急速に進化し、子供向けの器具もどんどん開発されていくでしょう。

 

当社ではセキュリティ面にも配慮し、子供向けにはチャット機能をオフにしています。知らない大人がアバターで話しかけてきて個人情報をいろいろ教えてしまうようなことがないようにするためです。

 

教育分野での活用の可能性は非常に高いと思います。子供たちはこのような世界にすぐ慣れ親しみますので、大人が思うよりも早い時期に、メタバースの世界を我が物として活用していくことになるかもしれません。

 

本日はメタバースの話が中心でしたが、ARという、現実世界に仮想コンテンツを重ねていく技術もあります。ARはヘッドマウントディスプレイではなくスマートフォンやARグラスを使います。教育現場に先に普及するのはARかもしれないと思いながら、さまざまな可能性を試していきたいと思っています。

 

>> 後半へ続く

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